8話 「世界の真実と戦う理由」
屋敷の地下。
瓦礫の山と周囲を囲む岩以外は、何もない広い空間。
赤魔くんはそこで黙々と特訓に励んでいた。
「……ッ!」
赤魔くんの両腕が、昨日何度か見たものと同じく伸びて、樹木のように枝分かれ。
それらは周辺の沢山の岩を持ち上げて、虚空へと放り投げる。
続いて、赤魔くんは右腕を巨大化させてのジェット噴射。
放たれた右腕は、舞い散る岩石を次々と粉々に打ち砕いていく。
「どおりゃあああぁぁ!」
今度は、赤魔くんの左手に真っ赤な血潮の気が纏う。次に赤魔くんはその左手を床に密着させた。
すると、気を纏った左手が床を突き抜けて地中を這いながら、前方へと進んでいく。
やがて、左手は瓦礫の山の真下で動きを止める。
「ふんっ!」
赤魔くんが左腕を引き寄せる動作をする。
それに呼応して、地中にあった左手が間歇泉が噴き上がるかのように、勢いよく地中から飛び出した。
瓦礫の山は掬い上げられ、岩石と同じく宙を舞う。
「おおおらあああああ゙あ゙あ゙あ゙!!」
仕上げなのか、赤魔くんが両手を天に掲げた後に重ね合わせた。
直後、巨大化した赤黒い両手が槌と化す。
そして、赤魔くんは重ねた両手を振り下ろした。
ズドオオオオオオン!!
轟音が鳴り響く。
槌になった赤魔くんの巨大な腕が、浮き上がらされた瓦礫の山を見事に粉砕した。
これが……赤魔くんの力と技。
凄くダイナミックで、迫力がある。アクション映画を観ているかのようだ。
「…………はあっ、はあっ、」
赤魔くんは膝を突いて荒くなった呼吸を整えている。だいぶ全力で力を振るったらしい。
それを見て、わたしはあることを思いついた。
せっかくだから、少し驚かせてみよう。
赤魔くんの翼が出せるのか試したいし。
気配と足音を消して、赤魔くんにゆっくり近づいていく。
あと、5m。
3m。
1m。
「…………はあっ、はあっ、はあっ……」
荒い息の赤魔くんの肩を、指でトントンと……。
「——うがあああああ!!」
「ひぃぃ!?」
わたしが赤魔くんを驚かせようとした瞬間。赤魔くんが上げた獣のような咆哮に、逆にわたしが悲鳴を上げさせられてしまった。
わたしの背中から翼が出現。一気に身体のバランスが崩れる。
「びっくりしたか?」
赤魔くんは肩越しにわたしを見つめて、ニヤリと笑う。
「………………」
わたしは驚きすぎて、言葉が出なかった。翼の重みで平衡感覚が狂い、へなへなと座り込む。
「おれにイタズラしようなんざ、100年早ぇぞ」
…………くっそ。気づいていたのか。
「今ので翼が出るようなら、まだまだだな」
「…………ゆ、ゆーて、悪魔になってから……まだ2日目でしょ。
しょ、精進はするけど」
「で?
何の用だ?」
腰が抜けているわたしに、赤魔くんが手を差し伸べる。
わたしはどうにかその手を取りながら、
「いや、ちょっと見学。
それと、赤魔くんの翼を見てみたくて」
「ああ、それなら、ほら」
……と、赤魔くんはあっさり己の翼を露出させた。
所々赤みがかかった漆黒の両翼。わたしのただの漆黒よりも、数段強そうでレアリティも高そうな翼だ。
「おれは——【天使と悪魔を生み出した張本人】なんだ。
故に、他の奴らと違って戒めの赤が混じっている」
彼はサラッと重大なことを口走った。そこら辺は話してもいいのか。
「張本人って、どういうこと?
よくわかんないんだけど」
「…………昨日の戦闘で助けてくれた礼もある。
話してやるよ」
赤魔くんは遠くを見て話し始めた。
「お前たちが生きている世界はな、何百年も昔に一度滅んでいる」
「……え、うそ……」
赤魔くんは瞳を閉じる。昔のことを思い返しているのかもしれない。
「強大な敵からこの世界を守るため、おれたちは沢山の仲間と戦っていた。
……けどな、最終的に敵を倒すことはできたが、世界の崩壊を止めることはできなかったんだ」
いきなり壮大な話だ。
わたしは告げられた内容に驚きを隠せず、何度もポカーンとまばたき。
「天啓という概念がまだ存在しない当時から、おれには毒の力があってな。
この赤い身体も生まれつき。
……それで、毒の他にもおれには強力な能力があった。
おれはその能力を使って崩壊する世界を再誕させ、一度は命を落とした。
仲間たちもそれの犠牲になった」
……では、今のわたしたちの世界を作ったのは、まさかの目の前にいる赤魔くんだった?
にわかには信じられない話だが……。
そんなことを思っていると、赤魔くんの瞳がくわっと勢いよく開かれる。
「——だがな!
その再誕の結果、世界のシステムは狂いだした。
再誕される瞬間、みんなが無意識に願ったんだ。
【もう二度と滅びが来ないように】と……。
それによって世界の意思が、【滅びを回避するため】に不老不死のシステム——【女神の加護】を作り上げた。
世界再誕の時に死んだ人間は【死物】として蘇り、女神の加護の恩恵である【不老不死】と【天啓】を手にすることとなった。
その後死物は、それらの恩恵を永久のモノとしたいと思って人間を同族に変えようとする派閥と、それに反対し人間を守ろうとする派閥に二分された。
不老不死を求める派閥は【天使】。
反対する派閥は【悪魔】。
そうして、天使と悪魔と定義づけられた者たちは、永遠に終わらない争いをすることになった。
天使は不老不死の永久化を求めて。
悪魔は不老不死の撤廃を求めて」
…………そうだったのか。
天使と悪魔が争っている理由がわかった。
……なら、赤魔くんはもしかして——
「……昨日、ニッカが言ってただろ?
女神のこと」
「うん」
そう。わたしが気になっているのはそこだ。
赤魔くん自身の戦う動機。
「女神は天使側の大将のような存在……。
だが、元は悪魔。
……おれたちの仲間で、おれの——大切な人だった」
「………………」
「おれたちが悪魔という種族に生まれ変わって間もない頃。
アイツは、天使の攻撃を受けて悪魔から天使にされた」
……悪魔から天使に?
「普通はそんなことがないんだけどな。
悪魔になって間もない奴が天使の攻撃を受けると、天使になる可能性がある」
「……じゃあ、わたしも?」
「ああ。
そもそも、ここに来た理由にはしばらくお前を匿うというのもある。
昨日は助けられたけど、お前の行動は実は危なかったんだぞ。
千歳の親父さんの時な」
「うえっ」
想像すると寒気がしてきた。
理性を失い、大切な人たちを襲って殺し、同族に変える。
そんな存在になるのであれば、死んだ方がマシだ。
あの時、千歳のお父さんがわたしに攻撃していたら、わたしはそんな存在になっていたのか……。
「で、話を戻すが。
おれの大切な人は、それで天使どもの女王である『女神』にされてしまった。
奴らの操り人形と化し、女神の加護を永続させるために捕らわれて、世界の歯車にされているんだ。
世界が再誕してから数百年間、ずっとな」
赤魔くんは左手を強く握りしめて、勇ましい面構えで、
「おれたちはもう十分生きた。
アイツも女神や不老不死なんて望んじゃいねぇ。
だから、おれたちは天使を抹殺し、不老不死を与え続ける輪廻から女神を解放する。
そして——死ぬ。
天使も悪魔もこの世から消え去るんだ。
そのために、数百年間終わりの見えない戦いをずっとしてきた」
赤魔くんが言った最後の言葉は、わたしの心に重くのしかかった。
天使は生き続けるために戦い、悪魔は死ぬために戦う。
正反対の戦う動機。
一見、言葉だけだと天使側が正しいように思えるが、赤魔くんの詳しい事情を聞くと悪魔に肩入れしたくなる。
天使がわたしにとってもはや許せない存在で、わたし自身が既に悪魔になっているから……というのはもちろんある。
赤魔くんの、悪魔側の戦う動機。
死ぬために戦う。
それを聞いてしまうと、後ろ向きな感じで、明日を否定しているようで、すごく悲しい。
彼の胸中を全部が正しいと肯定しきることは、今のわたしにはできない。
それでも、わたしを助けてくれて色々気遣ってくれている彼を否定することも、わたしにはできない。
それに、彼を止める権利もわたしにはない。
むしろ、恋人を天使の傀儡にされてしまった彼のことを、助けてあげなければならないと思っていた。
「天使を完全に殺すには、おれの毒ガスが必須。
天使側には悪魔を完全に殺す術がない。
これだと、おれたちの方が有利に見えるだろ?」
「確かに。
こっちは相手に殺されることがないんだもんね」
「だけど、未だに天使を殆ど倒せていない。
どころか、おれたちが劣勢だ。
これ、何でだと思う?」
「前に、数では圧倒的に向こうが上だって言ってたよね?」
「それだけじゃない。
向こうは天啓の他に、【神器】というものを持っている」
「神器?」
また新しい情報が。
「死物が扱える超能力を備えた武器のことだ。
それを天使に独占されてしまっている。
その力で、おれたちの仲間は封印されたり、巨大な要塞を作られて撹乱されたりしているんだ。
おれの毒も、上級の天使には通りにくくされている」
「サラッと言ってるけど、仲間が封印されてるって?
ヤバくない?」
「だから劣勢なんだ。
しかも、要の戦力を封印されてしまっているからな。
奴さえ解放できれば、形成を一気にひっくり返せるはずなんだが……」
「奴って?」
「最強の仲間——『青い悪魔』だよ」
赤魔くんはふふっと笑った。
その青い悪魔の解放が、彼の当面の目的らしい。
今回の赤魔くんとの会話で、また新たな情報を沢山入手できた。
わたしは赤魔くんの目的に、どれぐらい力になれるのだろう。
……あれ? ちょっと、待って。
「ねぇ、気づいたんだけど。
赤魔くんの、悪魔の目的が達成されると、わたしも悪魔だから死ぬの?」
「お前が望むのならな。
つーか、今気づいたのか?
おれたちの戦う理由を他人事だと思ってたか?」
「うん、なにしろ、昨日悪魔になったばかりだし……。
——てゆーか、まだ死にたくはないよ!
いや、もう死んでるんですけど……はい」
「安心しろ。
全てが片付いた時、死物という存在はなくなり、天啓も女神の加護も全部消える。
そん時にお前は普通の人間に戻れる。
翼や天啓、不老不死を失い、普通の人間として生きることができる」
「家族とか千歳とかも?」
「すまない。
あの人たちは完全に死んだから無理だ」
そうか。やっぱりそんなに都合よくはいかないよね……。
「……わかった。
じゃあ、【元に戻るため】っていうのをわたしの戦う理由に追加する」
「わかった。
お前が望むならそれでいい。
おれもできる限りのことはする」
赤魔くんはわたしに手のひらを差し出してきた。
昨日もしたが、事情を説明された上での改めての握手だ。
わたしはこちらの決意を示すように、その手を強く握る。
戦いが本格的に始まる前にこれを聞いておいてよかった。
わたしは、ずっと高校二年生のままでいるわけにはいかないんだ。
* * *
その後わたしは数日間にわたって翼のオンオフ、飛行、天啓の練習をした。
翼のオンオフは完全にものにできるようになった。
あとはこれを簡単に露出されないようにしなければならない。あまり動揺しないように、心を強く保たなければ。
飛行の方もかなり様になってきたようで、高速で方向転換しながら、どこにもぶつからずに動けるようになった。数多の障害物を高速で縫いながら飛べるようにもなり、赤魔くんからも上達が早いと褒めてもらった。
やはり、生前の運動経験があることが慣れるのに大きいのかもしれない。そして、空を高速で飛ぶのは風をダイレクトに身体に浴びることができて気持ちいい。
天啓の方は、全然上手くいかなかった。
訓練や昼寝をしている赤魔くんを驚かせて翼を出させようとしたが、予測されているようで全く驚いてくれない。
何やら作業しているウィンベルちゃんにそれをやっても、驚きはしても彼女の翼は出せない。
というか、【お客様とはいえ、邪魔しないでください!】と怒られてしまった。ごめんなさい。
赤魔くんの推測では、わたしの天啓は対天使用のもの。悪魔に対しては発動できないのかもしれない。
……よく考えると、天使との戦闘中に誤射して赤魔くんの翼を露出させてしまう可能性がある。なら、悪魔相手に出す練習は良くないのかな……?
そんなこんなで。
悪魔になってから、早くも1週間程経過した。
まだあれから天使との戦いはしていないが、わたしの考え方もカタギではなくなってきている気がする。
こうなってしまったのは、本意ではない。
けれど、託されたもの・わたし自身が守りたい者のために戦うと決めたのだから、順応していくしかないんだ。
引き返すことはできない。
未だにこれが夢ではないかと思いもする。
しかし、夢などではなくこれは現実で、わたしは紛れもなく死んでいるのだから。
* * *
「お待たせしました」
わたしと赤魔くんは、ウィンベルちゃんに衣装部屋に呼び出された。
「完成しました。
ご要望通りの品が」
「らしくないな、もっと早くできると思ってたが」
赤魔くんが素っ気なく言い放つ。
「も、申し訳ございません。
ご要望通りの性能に加えて、今後に備えて耐久力を従来品の【3倍】まで引き上げたのと、わたしの判断で【完全ステルス機能】を搭載したことにより、作成に時間がかかってしまいました!」
ウィンベルちゃんは頭をペコペコ。彼女にとって、赤魔くんは上司にあたるのだろう。
「ほう、なら良い。
それは良い。
良い仕事をしてくれたな。
実戦で実践するのが楽しみだ」
「はい、頑張りました!」
……と、彼女の言い訳を聞いた赤魔くんは、途端に表情を明るくさせた。その変わり様はまるで小さい子供のようだ。……子供の外見をしているが。
ウィンベルちゃんもそれを受けて、すっかりご機嫌の様子。
「あ……すみません……。
私からも失礼します……」
背後から、突然のボソッとした呟き。
振り返ると、長身で猫背の男性が立っている。
目の下に隈があってマスクを付けているが、顔立ちはハンサムな方だと思う。……別に一目惚れしたりはしないけど。
「『リアスト』、そっちは順調か?」
赤魔くんは彼に問いかける。それが名前か。
恐らく、人間界の監視をしているというのが彼なのだろう。……となると、わたしの友達を見守ってくれているのも……。
「今日、六空さんの地元で夏祭りやっていますよね……?」
「……え……?
あ、はい……多分」
リアストさんは赤魔くんの質問に答えずに、いきなりわたしにボソボソと振ってきた。
そう言えば、夏祭りがあるのを忘れていた。
今日だったのか……。
みんなで行く予定だった夏祭り。
学校ももう二学期が始まっている……。
わたしがいなくなった学校は、どうなっているんだろう……。
百夏、八宵、みんなは元気にやっているのだろうか……?
みんなはわたしがいなくなったこと、どう思っているんだろう……?
「奴らは巧妙に隠していますが……会場内に天使の気配を察知しました……」
リアストさんは抑揚なく呟く。
「では?」
「ええ……。
人が沢山いるあそこで……きっと何かが起こります……」




