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21話 「六空と赤魔の最期」




「赤魔(あかま)くん!!」


 わたしはバルコニーの中央に立つ。


 ビフォンが用意したと思われる泉の真上。赤魔くんが宙に固定されていた。



「……六空(りく)、何故お前がここまで……」


 上半身が裸の赤魔くんの姿は異様だった。


 赤黒かった右腕と両足が肌色になっていた。左腕以外の四肢が剥(は)ぎ取られたかのようだった。



「天使の翼を燃やして無理矢理来た!

それより、これがミーミルの泉ってやつ!?

赤魔くん、わたしに黙って何をしようとしているの!?」

 

 赤魔くんの顔が青ざめていた。凄まじい汗をかいているのがここからでもわかる。身体をプルプルと痙攣(けいれん)させてもいる。



「キャプテンは……あの赤黒い身体を差し出したのよ。

左腕以外。

誰も天使にも悪魔にもさせない力を求めてね。

身体がちぎれる程の激痛にも厭(いと)わずに」


 容態の悪そうな赤魔くんに代わって、ビフォンが教えてくれた。



「赤魔くん……どうしてそこまで……」


「おれは……人を天使にも悪魔にもしないで不死にする力が欲しいんだ。

天使の手から人を【守るための力】が欲しい……。

おれが人を【悪魔にしてしまわないための力】が欲しい……。

どうしてもそれを得るのに自力では及ばないから、インチキして手に入れようとしている。

その代償がこれだ……。

悪魔に魂を売るって言葉、知ってるだろ?

それだけだ。

今は身体が辛いが……すぐに治る……!

失った身体の穴埋めはいくらでもできる……!!」


 赤魔くんはぜぇぜぇと息を切らしつつ、強い語気で答えた。



 そういうことか! 


 彼はわたしを悪魔にしたこと、さっき一万人を天使にされてしまったことを気にしているんだ!

彼の性格なら、昨日の戦闘で危なかったことも恐らく……。


 だから早急に対応できる力を手にしようとして……!



「あとは……両目を捨てれば、代償が全て払い終わる。

だから……邪魔しないでくれ……」



 …………………………。



 …………………………は!?



 邪魔しないでくれ?



 するに決まってるだろ!



「ビフォン、泉にお願いする時ってどうすればいいの?」


「え?

普通に話しかければ……って、何する気!?」


「こんなの、黙って見てられない」



 わたしは大きく息を吸って、



「ミーミルの泉さん!

彼の両目の代わりに、わたしが何かを差し出します!

だから、彼の両目を奪わないでください!」


「六空!?」


「……ほう、」


 わたしの呼びかけに泉が意外そうな様子で答えた。



「それが貴様の望みか。

……いいだろう。

貴様が代償を払えば、この者の代償はここで打ち止めにしてやろう」


「はい、それでお願いします」


「では……貴様が払う代償を伝える」



 わたしの鼓動が高鳴る。大丈夫。何を払っても受け入れる。



「貴様の代償は——貴様と天使にされた友達、そしてそれぞれの家族。

全員の存在を世界から消す。

それでよければこの者の両目は無事にしてやろう」



 それが、わたしの代償……。



 想像していたよりも、ずっと……。



「存在が消えても、今ここにいる貴様の命と記憶は消えない。

だが、貴様たちの【人間】として生きた痕跡と経歴が世界から全て焼却され、【人間の知り合い】の全ての記憶から消える。

貴様と天使にされた友人、その家族たちは初めからこの世界に存在しなかったことになるのだ」


 ミーミルの泉は残酷なことを告げてくる。



「…………そっか……。

みんな……わたしのことも、お父さんとお母さんのことも、千歳(ちとせ)たちのことも、全部忘れて存在自体が無かったことになっちゃうんだ……」


 何が来ても受け入れると思っていたけど、わたしは戸惑った。



 わたしだけがそのような目に遭(あ)うのは構わない。


 でも、両親や千歳たちにまで及ぶとなると……。


 これは、親戚とかにも影響を与えてしまう……。



 俯いて、長考——



「……………………。

……いいです、それでお願いします!」


 決意したわたしは顔を上げて、はっきりと声を張り上げて答える。



 何度も悩んで迷った。


 だけど、もう引き返せないし、引き返すつもりはない。



 ここで逃げたら、また棒立ちのわたしと変わらない。



 それにわたしたちは、この世界のみんなを天使の魔の手から守るために戦っているんだ。


 そのために赤魔くんが身を犠牲にするのなら、パートナーのわたしも肩代わりする必要がある。


 わたしだって、今日みすみすみんなを天使にされてしまったこと、悔やんでいるんだ。

本気で戦わなければこの先はもっと犠牲が出るだろう。



 わたしもそうだし、代償の対象になってるみんなはもう死んでいる。選択がわたし一人に委ねられているとはいえ、こっちで勝手に決めてしまうのは申し訳ないとは思う。

けど、きっと天国のみんなは許してくれるはず……。



「おい、六空!

おれが両目を出すことなんて、別に惜しくはねぇ!

だからやめろ!!」


 赤魔くんが当然のように反発してくる。

しかし、わたしはゆっくりと首を振る。



「赤魔くん、いや——『アルシン』くん!

あなたの目は潰させない。

その目は恋人のファムさんを助けて、彼女の顔をしっかりと見るためにあるんでしょ!?」


「!」


 もう彼は赤魔くんじゃない。


 ファムさんを迎えに行こうとしている男のアルシンくん。


 わたしは彼の【本当】を肯定する。



「どうしてだ!?

お前がそこまでする理由があるのか!?」


「理由はあるよ!

あなたはここまでわたしを導いて守ってくれた!

それに、わたしはあなたとコンビだから!」


 これだけでも、理由としてはわたしにとって十分(じゅうぶん)。



 けど、本当の理由は——


「〜〜っぅ、…………何よりさ!

あなたがその身体を犠牲にして、百夏(ももか)と八宵(やよい)を昨日も今日も守ってくれたから!

とっても感謝してるんだよ!

弱点の炎で燃やされながらも二人を守ってくれて、本当にありがとう!

さっきのイベントの前にわがまま言ってごめん!

だから、もうこれ以上、自分の身体を犠牲にしないでよ!

わたしも、自分と友達を助けてもらった分くらいは、あなたを助けさせてよ!!

ハッピーエンドをこの目で見るのはわたしだけじゃない、あなたも!!

アルシンくん!!」


 わたしは声を震わせて大粒の涙をこぼしながら、喉からしぼり出すように訴えた。



 アルシンくんは何かを思い出したのか、それともその心が揺れ動いたのか、何も言葉を返せなくなっていた。




「本当にいいのだな?

もう一度確認するが。

貴様だけではなく、貴様の両親。

天使にされた友達、その友達の両親も世界から無かったことになるのだぞ?

また、全てに決着をつけた時、人間としての存在が世界から消えている貴様は、人間に戻れずに消える可能性が高い。

滅びゆく他の天使や悪魔と同じく、貴様も滅ぶことになるのだぞ?」


 泉は改めてわたしに問いかける。


 これが、最後の引き返すチャンス——



「はい!

千歳やお父さんたちには申し訳ないけど、わたしたちのことを忘れてもらった方が、もうみんなわたしたちのこと心配しないし、探さないし、悲しまないし!

だけどわたし……滅ぶのは嫌です。

でも、命あるものはいつかみんな死ぬんだし、ここにいるみんなも一緒に滅ぶのなら、あまり怖くないかも。

それに、先の恐怖を考えても仕方ないですよ。

……悪魔になったのは不本意だったけど、死ぬその時まで満足して生きていけるようにこれからを頑張るから!

きっとわたしがみんなと一緒に消える時、後悔はないと思います!

だから——お願いします!」


 わたしが言い終わってから間もなくして。



 わたしの全身に泉の水が浴びせられた。



 その瞬間——世界の在り方が変わり。


 海原(うなばら)家と若葉(わかば)家の人間みんなの生きた証が全て抹消された……。



 お父さん、お母さん。


 千歳。千歳のお母さん、お父さん。


 勝手にみんなのことをこの世界から消してごめんなさい。


 わたしが消える時、天国に行けるかはわからないけど、また会えたら何度も謝らせて。



 それから、百夏と八宵。


 必死に探してくれていたのに、冷たくした挙げ句、あんたたちの気持ちを裏切ることをして、ごめんなさい。


 ……だけど、これであんたたちは、全部忘れて平和に過ごしていけるはず……。



* * *



 泉が消えたバルコニーで。



「悪いことをさせてしまったな……」


 地上に降りてきたアルシンくんは、目を逸らしてわたしに言った。


 彼の赤黒い身体は左腕以外全て失われてしまったが、その両目は無事に守られた。



「わたしが望んでやったことだし。

さっきも言ったけど、みんなわたしたちのこと忘れた方がもう悲しむことも探すこともないから。

わたし一人で決める問題ではなかったのかもしれないけど、いつまでもわたしたちが行方不明のままでも、死亡したって報道されたとしても、残された人たちが悲しむことになる。

全部忘れて、みんな自分たちの人生を生きた方がいいと思う。

百夏も八宵も……これでわたしと千歳のことを忘れた。

何も背負わずに生きていける」


 わたしは軽い調子で返す。ここで悲壮に振る舞ってしまったら台無しだ。アルシンくんに気に病んでほしくない。



「ねぇ、一応聞いておくけど。

これからは、本名のアルシンくんって呼んでもいいんだよね?」


「……ああ……。

何故それを?」


 彼は嫌がると思ったが、あっさりと承諾してくれた。



「いや、ずっと名乗ってなかったし……。

そんなに嫌な名前なのかなって……。

みんなも、キャプテンって呼んでるし」


「本名を名乗らなかったのは、単におれの意地だ。

アイツの——ファムの前でしか名乗りたくなかった。

大切なアイツの前以外では、この名前を封印したかったんだ。

だからみんなにも、リーダーを意味するキャプテンって言わせてた。

この名前は、忌むべき名前なんだ」


 アルシンくんは明後日の方向を見つめた。彼の過去はよくわからないが、昔のことを思い出しているようだった。



「……そっか……。

忌むべきっていうのはよくわからないけど、嫌なら呼ぶのをやめるよ?

赤魔くんって言いやすいし」


「いや、ファムの前で自分から名乗ったし、お前にも呼ばれてもう吹っ切れた。

自由に呼んでもいい。

みんなにも呼び方を改めさせ——」


 

 ——ガシッ!


 横から割り込んできた強い抱擁(ほうよう)。わたしとアルシンくんの肩が掴まれる。



「…………六空……!

キャプ……アルシン!

二人とも、頑張ったね!」


 わたしたちの肩に腕を回すビフォンが涙ぐんでいた。



「ううぅぅ……。

ご主人様がご無事でなによりです〜!」


「六空さん、すみません……。

キャプテンのために……ここまでしてもらって……」


 いつの間にか来ていたウィンベルちゃんは号泣し、リアストさんは申し訳なさそうに頭をかいている。



「お前たち……」


「全く……お前らは大したもんだ。

他人のためにここまでするなんてさ」


 ドアの陰から、腕を組んだソリネスさんも得意げに現れる。



「お似合いだよ、お前らは」


 ソリネスさんが、わたしの手に刑光刀を握らせてきた。

 


「?」


「その神器、俺が使うつもりだったけど……六空。

君が使ってくれ。

アルシンを救ってくれたお礼だ」


「……あ、ありがとう、ございます……」


 ソリネスさんの紫の瞳が笑った。



「それから、俺のことは呼び捨てでいい。

敬語もいらん」


「あっ、そうですか……、いや、そう?

じゃあ、ソリネス。

これからもよろしく……」


 わたしはソリネスとぎこちなく握手をする。



 今更だが、上半身が裸のソリネスはなかなかに逞(たくま)しい体つきをしている……なんてことはなく、筋肉が殆どついていない痩せ細った肉体だった。


 見た目は10代後半で若々しく、身長は175cm以上あるだろうが、とても最強の悪魔と銘(めい)打たれているとは思えない。



 だが、イベントで見せてくれた強さは本物だった。


 これには何か理由があるのかな……?

長い間天使に封印されていたのもあるのだろうか?


 …………今は詮索しないでおこう。



 ……何はともあれ、わたし——海原(うなばら) 六空(りく)はこの世界から死んだ。


 これからは完全な悪魔——リクとして生きていく。


 赤魔くんという名前も死に、これから彼は本名のアルシンとして生きていく。



「次はどうする?」


「メイリーと奴が天使にした一万人は半年目覚めない。

今がチャンスだ」


「まず、こっちと人間界で連絡が取れるように、天使のスマホを奪った方がいいんじゃない?

中に天使の情報があるかもしれないし」


「そうだな。

それと、あと二人の仲間と合流したい」


「そう言えば、ミーミルの泉ってまた出せるの?

キツイ代償はあるけど、アレを何度も使えば天使を滅ぼすのだって簡単に——」


「ダメよ。

これ以上みんなに犠牲を強いるのはあたしが許さない。

それに、泉は三年に一回しか出せないんだから」


「冗談!

もう使う気はないよ。

ねぇ、アルシンくん?」


「ああ。

今回のは特例だ。

すまないことをさせてしまったな、ビフォン」


「全く!

リクにちゃんと感謝しなさいよ、アルシン!」


「わかってる。

リク、本当にありがとう。

これからも、おれたちはともに行くぞ」


「うん!」



 わたしたちの戦いは、まだまだ続いていく……。

 


* * *



 8月28日。1時30分。


 札幌から帰宅した寒田(かんだ) 百夏(ももか)は、次の日に夢を見ていた。



 夢の中に、一人の少女がいた。



「あなたは……誰?」


 くせ毛の髪をワンサイドアップにした少女。セーラー服にスカートを身につけている。身長は多分150cmくらい?

小柄だが女子高生か?


 左目の下には泣きぼくろ。深い顔の彫り。鋭い目つき。



 どこかで見た気がする……。つい最近まで、一緒にいたような……。



 少女はアタシを見て涙をこぼしながら、にっこりと微笑んだ。



 そして。



「バイバイ……」


 少女はそれだけを告げて、アタシに手を振る。



 少女の姿が、霞(かす)んで消えていく……。



「待って!」


 何故だかわからない。アタシは少女を追いかけた。


 このまま行かせてはいけないと思った。


 それでも、少女との距離がどんどん広がっていく……。



「あなたは——」


 思い出せない。けど、きっと大切な人だった……?



「——ッ!」


 手を伸ばした時、アタシは目が覚めた。



 ここはアタシの家。ワンルームのアパート。

アタシは右手を天に掲げて、布団に横になっている。



「あ……ああ……ああ……」


 今のは誰だ? 会ったことはあるはず……。



「どうした?」


 暗がりの中、押入れの方から男の声。


「…………ごめん、起こしちゃった?

なんか、友達……?

……が、消える夢を見たの」


 アタシは起き上がり、押入れの方へと歩く。



「友達だって?

僕のことを言っているんじゃないだろうな?」


「違うよ、女の子だったし。

どっかで、何回も会った気がするけど思い出せなかった。

だから、本当に友達なのかもわかんない……」


 押入れの前で足を止める。


 そして、そのまま押入れを一気に開けた。



 黒髪の端正な顔立ちの青年が座っていた。


「大丈夫、あんたのことはちゃんと覚えているよ。

これからも忘れない。

——明馬(あかま)」





読んでいただき、ありがとうございました!

この話で1章が完結です!

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