10話 「毒祭り」
——よくわからないけど!
あれこれ考えている余裕はなかった。
わたしは危険を感じて飛び出した。
宙に舞う水晶玉の落下地点は、百夏と八宵。
二人は何が起きているのかわからずに立ち尽くしている。
わたしは急加速の飛行で割り込み、落ちてくる水晶玉の一つを弾き飛ばした。
「……?
ほう……」
ジェノはその光景に何かを感じたようだ。
わたしはひたすら細かく飛行を繰り返し、水晶の雨を弾いていく。
そのうちに、弾き飛ばした水晶玉のいくつかが、地面に着弾。
すると、割れた水晶玉が爆発。
「——きゃあああああ!!」
「うわあっ、なんか爆発したぞ!?」
周囲からは悲鳴が上がり、そこにいた人々はこちらに目もくれずに逃げ出し始めた。
平和の象徴だったお祭りが、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化していく……。
……くそっ、人が沢山なだれ込んできて、水晶玉を弾きづらい……。
「……ねぇ、八宵っち……。
これってどういうこと……?」
「……あ、ああ……」
八宵! 呆けてないで早く逃げなさいよ!
百夏! あんたもスマホをいじいじしてる場合!?
「ん〜、そこに私の邪魔をする誰かがいますね。
水晶が弾かれていく位置から、居場所は特定できていますよ」
ジェノは更に水晶玉を追加。
今度はこちらの現在地を正確に狙って投げつけてくる。
ヤバイ……これを弾いたら周りの人間を巻き込むことに……!
わたしは咄嗟に背中を向けて、両手両足を広げて滞空。
全部、背中で受けてやる!
水晶玉の一つが右肩に着弾。
ボンッ!
小さな爆発がわたしの右肩と背中上部を焼く。
ア゙ア゙ア゙ア゙……ッ!!
熱ィィ! 痛いいいいっ!
苦しみに悶えている暇なく、わたしにめがけて飛ばされていた他の水晶玉も誘爆。
あっという間に、わたしの背中は大火傷し、醜く焼け焦げた。
「………………ぐっ!」
かなりヒリヒリするが、この衣服のおかげで致命傷には至っていない。不老不死だし、そのうち全快するのはわかっている。
しかし、天使が用意した大量の爆薬を一度に受けたことによって、わたしは飛行する力を失い、頭から地面へと墜落した。
衣服は破けていない。流石の耐久力だ。
……けれど——
「フッ、やはり悪魔でしたか」
背後でジェノの嗤い声が聞こえる。
身体が……急に重い……!
この感覚……ダメージによるものじゃない……!
もっと物理的な重さだ……。
まさか——翼が露出した!?
攻撃を大量に受けて、動揺したのか!?
「姿隠して翼隠さずとは。
いやはや、これは面白いものを見せてもらいました。
さぁ、私の楽しみを邪魔する罪深き悪魔よ。
早くその姿をお見せなさい」
幸い、衣服のステルス効果もきちんとまだ続いている。
相手には、わたしの姿も声も認識できていない。
だが、これはマズイ……翼は隠せていないから、居場所はバレバレだ。絶体絶命……。
……くそっ、まだ這うことすらできない……!
「姿を見せないのなら、更に爆弾を追加するとしましょう。
何発まで耐えられるか、楽しみですね」
本当にヤバイ……。
……けど、ここで下手に動けば、百夏と八宵に……!
わたしはギュッと目を閉じて、覚悟を決めた。
BURRRRRRRRRRRRN!!
………………………………。
激しい爆発音がすぐそばで聞こえた。
……けれど、わたしの身体は何ともない。
「〜ったく、動くなって言っても動くし。
深入りするなって言ったんだけどな」
彼の声がする。
わたしは歯を食いしばって、ゆっくりと振り返る。
苦しみで視界がぼやけ、焦点も合わない。
見えるのは、これでもかという程の【赤】。
炎の中で輝きを放つ深紅が、わたしの瞳に映る。
「まぁ、因縁を前にすれば仕方ねぇか。
おれも人のことは言えんし」
軽い調子の声は続く。
徐々に、はっきりと炎の中にいるソレが見えてくる。
「とりあえず、お前は休んでろ」
燃える爆発の中、赤魔くんがこちらに背を向けて勇ましく仁王立ちをしていた。
頭部の後ろに面紐が見えることから、彼もわたしと同じくまだお面を被ったままのようだ。
しかし、わたしの時よりも大きな爆発を受けたせいか、せっかくウィンベルちゃんに作ってもらった衣服が、所々焼け落ちていた。露わになっている彼の背中は、筋肉質で逞しかった。
「…………んんっ、ぐぐううぁぅ……ふんっ!」
赤魔くんが激痛に耐えて踏ん張るような声を上げた。
すると、彼の身体にミント色の爽やかな光が発生し、焼け焦げているその肉体をみるみると綺麗に癒していく。
不思議なことに、衣服も焼け落ちる前の状態に再生されていった。まるで巻き戻しのようだ。
回復の魔法……?
「よぉ、クソ天使。
名前はジェノって言ったか?
趣味の悪いことしやがるなぁ、おい?」
赤魔くんが胸元と思しき箇所に触れて、ジェノに喋りかけた。ステルスを解除したのだろう。
「成る程……二人いたというわけですか!
颯爽と駆けつけて非力な仲間と、虫けらの人間どもを庇った……と。
いやぁ、ヒーローぶってて生意気ですねぇ」
ジェノがクックッと嗤いながら赤魔くんを挑発。中折れ帽を人差し指で弄びながらで余裕そうだ。
「おれを見ての感想がそれか?
粗末にも程がある」
「?
……まぁ、そんなことよりまずは——」
赤魔くんの応酬にピンときていないジェノの雰囲気が変わった。何か新たなことをしてくる感じがする。
「ここにいる皆さんを、閉じ込めてあげましょうかねぇ!」
ジェノの頭上に小さな深い黄——菜種油色のドームが形成された。
ドームは凄まじい勢いと速度で広がり、この祭り会場一帯を覆い尽くしていく。
「六空!
そこで腰を抜かしている二人は、お前の友達か!?」
赤魔くんが藪から棒に聞いてくる。
差し迫った圧に押され、わたしはたどたどしく返した。
「あ、うん、そう!」
それを聞くや否や、赤魔くんは後ろ足を大きく蹴り上げた。
わたしをすり抜けて、突風が発生。
「「ああああああっっ!!」」
百夏と八宵は、この会場から追い出されるかのように思い切り吹き飛ばされていった。
その直後、菜種油色のドームが完全に祭り会場を包み込んだ。
周囲で逃げ惑う人々の行手が、通り抜けられない壁で塞がれた。
恐らく、ドームの中にいる者たちは皆閉じ込められたのだろう。これは多分、いわゆる結界的なやつだ。
赤魔くんは、百夏と八宵だけは逃がしてくれたのだ。
彼は、やはり——
「クックックッ……健気ですねぇ。
無駄なのに」
ジェノはまだこちらを見下しながら嗤っている。
赤魔くんの行動で標的が逃がされてしまったが、その程度では動揺しないということか。
「私は今日この日を惨劇で染め上げようと準備してきたのです」
「……それで?」
赤魔くんも至って冷静に会話している。ジェノのペースに呑まれないように振る舞っているのだろう。
周囲は悲鳴と絶叫、避難誘導の呼びかけが雑然と飛び交い、逃げ出そうとしてあがいている人々で芋洗い。
みんなパニックになってて、警察すらもこちらに気づきもしない。
そんな中、赤魔くんとジェノの間にはそれらと切り離された一触即発の緊張感が走っている。
互いに、動揺した方が負けと言わんばかりの探り合いをしているのだ。
「ここで出されている食材に仕込みを入れておきました」
仕込みだと……?
コイツができる仕込み……天使のコイツにできること……。
——まさか!
「天啓か」
「そう!
【術を施した道具を一定時間所持している者を天使に変える】。
それが私の天啓」
「食材に仕込み……。
……つまり、【てめぇに仕込みされた食材を食べてしまった人間を一定時間後に天使にする】……。
そういうことか。
ここにある殆どの屋台の食べ物に、術をかけておいたんだろ?」
「ご名答。
理解が早くて面白くないですねぇ。
天啓の詳細を楽しく言おうと思ったのに」
…………ああ、なんてことだ……。
このクソ野郎……奴はとんでもないことをしてくれた。
「てめぇの天啓なら、とっくに聞いている。
てめぇからな」
「何を言っているのかわかりませんが、そんなに余裕ぶってて大丈夫ですか?」
そうだ。
ここに来ている沢山の人が、ここで色々買って口にしているんだ!
これが道具なら早く捨てさせればいいけど、食べてしまった物を捨てることはできない……!!
「一番古い時間に仕込みを食べた人たちに術がかかるまで……あと10分……。
それまでにこの私を倒して術を強制解除させなければならない……と、いったところでしょうか」
「ははは、10分もあれば十分…………って六空?」
赤魔くんが何かに気づいたのか、こちらを振り向いた。
「お前……」
わたしの身体は、さっきよりも重くなっていた。
それに、急に気分がすごく悪くなった。
これは、痛みや火傷の後遺症という感じではないだろう。
何か別の……わたしには理解できない何かが起こっているような感覚。
顔が少しずつむくんでいっている? 目と鼻も腫れ上がっているのか痛い。
「フッフッ!
そこにいる姿を隠した悪魔さん。
悪魔になってから日が浅いんでしょう」
「……チッ、1週間では無効化できねぇのか」
赤魔くんが舌打ちして吐き捨てる。
〈悪魔になって間もない奴が天使の攻撃を受けると、天使になる可能性がある〉
わたしは赤魔くんが前に言っていた言葉を思い出した。
……そうか!
今の身体の異変に合点が行った。
わたしは、天使になろうとしている!
身体の重みもそういうことだ。
天使の純白の翼が生えたんだ。
「悪魔さんは、10分とかからずに同胞になりそうですねぇ。
フッフッフッ」
わたしは奴の天啓がかけられたチョコバナナを口にし、なおかつ奴の技を受けた。
二つの効果で天使化が加速しているんだ……。
……はぁっ、はあっ……。
呼吸するのも苦しい……。
まずい……このままじゃ……。
「くっくっくっ」
赤魔くんが笑い出した。
この危機迫った非常事態にそんなことができるということは……。
「知ってるぜ。
てめぇの天啓とおんなじ。
六空が完全に天使になる前にてめぇを倒せば、天使化は止められる」
「あなたにそれができると言うのですか?
もう一刻の猶予もありませんよ」
「おれが何の使い手か……これを見てもわからねぇか?」
赤魔くんがお面を外した。
彼の顔を見たジェノの表情が変わった。
「あなたは……もしや——」
「——おれは、てめぇの目論見を潰せるんだよ!!」
赤魔くんの身体が巨人のように大きくなった。
全高60mくらいある(適当)。
そして、両手から毒ガスを放出し、ぐるぐると旋回。
毒ガスをスプリンクラーのように周辺に……いや、結界内全体に散布させていく……。
その毒ガスの色は——緑。
これはいつもの毒ガスじゃない。
「……!?
——ぶふっ!」
お面越しに毒ガスを吸ってしまったわたしはうずくまる。たちまちに吐き気を抑えられずに、お面を少し上げて嘔吐した。
身体の中に入っていた物が全部……体内が空になるまで、凄まじい勢いで吐き出されていく。
……………………?
「これ……は…………」
吐いているのはわたしだけじゃない。周囲にいる人々もだ。毒ガスの症状によって、食べた物が強制的に吐かされている。
ここにいる一万人を超える者たち全てが激しく嘔吐しているという、地獄絵図。
赤魔くんの毒。
死物すらも殺せると言っていたが、それ以外の効果もあったんだ。多分、気体の色によって効果が違う。
紫はいつもの。
緑のこれは——すなわち【食中毒】を無理矢理起こしているということなのか……?
ジェノの天啓を打ち破るための対応。
どこを見回しても今の光景は全く綺麗な絵面ではないし、良いことをしているとは言えないが、天使化という怪物になることを免れられるのであれば、致し方ない。
今自分が吐いて苦しんでいる中でこんなことを思うのもアレだし、こんなことを言うのは不謹慎だが、みんな、どんどん吐け。
後遺症とか起こらないのか心配ではあるが、赤魔くんがこの局面でこれをやったということは問題ないのであろう。
「何ですか……一体……。
——ごふっ!」
ジェノもみんなと同じように吐いている。
恐らく彼は標的ではなかったのだろうが、範囲内にいたことで巻き添えを食らったというべきか……。
「六空、口を開けろ」
急に振られて驚いた。巨人になって毒を撒き散らしていた赤魔くんが、いつの間にか元のサイズに戻っている。瞬時に切り替えられるのか。
吐き終えたわたしはヨタヨタしながら上半身を起こして、お面を少し持ち上げてどうにか言われた通りにする。
直後、赤魔くんはわたしの口の中に左手を突っ込んできた。
彼の左手から、今度は黒い気体が発生した。
「今にも天使にされちまいそうな奴の、天使化を打ち止める毒だ。
これまで使った回数は極僅かでデータが少ないが、効くはずだ」
わたしの中に、新たな毒ガスが入り込んでくる。
その毒を吸った瞬間、嘔吐する前の苦痛の症状が徐々に治っていくのがはっきりとわかった。
目も口も正常になっていってる。
顔のむくみも感じない。
自分が異常になっていく感覚は完全に消えた。
すごい……。
——これが、赤魔くんの毒……。
彼は、悪魔なんかじゃない。
わたしを、みんなを救ってくれた天使。
「…………悪い、翼は無理だった」
……言われてみると、先程発生した身体の重みは変化が感じられない。
つまり、わたしに生えた純白の天使の翼は取り除けなかったということか。漆黒の翼も重みもちゃんと残っている。
今のわたしには白と黒の両翼が、二対の翼がある。
……ということは、わたしは悪魔であり、天使でもあるってこと……?
よくわからないから今はいい。とりあえず翼を隠しておこう。お面もまだ被っておく。
「やって、くれましたねぇ」
立ち直ったのか、吐き尽くしたのか、ジェノが苛立ちの眼差しを向けて一歩踏み出してきた。
「——しかし!
結界が形成される前に逃げ出した人々は!?
天啓の効果が適用されたままなのでは!?
犠牲者を出さないことはできませんでしたねぇ!」
ジェノは天を仰ぎ、勝ち誇ったように嗤う。
けれど、赤魔くんは全く動じずに、
「ああ。
だから、天啓が発動される前にてめぇを倒す」
「はあー!?
あと、8分も無いというのに!?
無駄です、無駄ですー!」
「……だからよ、」
赤魔くんは気怠そうにトーンを落とし、髪をかき上げて。
「そんだけあれば十分だって言ってんだろうがよォ」
その自信に満ち溢れた雰囲気に気圧されたのか、ジェノのサングラスがずり落ちる。
彼の露わになった表情には、明らかに焦りが見えていた。
「六空」
赤魔くんは肩越しにこちらを見てきた。
「は、はい!」
「安心しろ。
誰も天使にならねぇし、誰も死なない。
……死ぬのはコイツだけだ」
そう言って、赤魔くんは柔らかく微笑んだ。
「前は不甲斐ねぇところを見せちまったが、もう大丈夫だ。
こんなザコに負ける気がしねぇ」
赤魔くんが再びジェノに向き直る。
差し込んできた夕陽に照らされたその背中は、子供の外見をしているとは思えない程、頼もしく映えていた。
「特訓の成果、見せてやる」




