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極悪令嬢ルミナ・ヴィクトリアは許さない。  作者: 二代目菊池寛


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復讐の同窓会!極悪令嬢は罪を裁く!{中編}②

エンディミオン学園校舎と今年度の卒業生1周年記念パーティーにて貸切されている大議堂は隣接されている。


深夜1時が経過し。

2件の殺人事件が起きて暫く経った頃。


ヴィクトリア家が使用人で、令嬢側近メイドであるアリッサ・レストは。自分が盛ったパーティの料理の皿を両手で持ちながら、暗い隣接廊下を歩きながら、校舎の方へと向かっていた。


「……大丈夫かな、あの人。」


誰かを心配している表情をするアリッサは、


「…ふぅ、誰も見られては居ませんね、取り敢えずこのお料理を医務室に__」


『あら?この様な夜更けの学園内に野鼠(のねずみ)が無断で忍び込んで、何をなされてるのかしら?アリッサ。』


「ひいっ!?」


不意に後ろから、アリッサを呼び掛ける人影があった。


アリッサは身を震えさせながら、ゆっくりと後ろを振り向くと、窓から差し込む月光が、翡翠色の長髪を銀に染めていた。扇子を閉じたまま立つルミナ・ヴィクトリアの姿は、夜闇に溶け込みそうなほど静かで、しかしその瞳だけが冷たく光っている。


「お、お嬢様……!い、いつから……!?」


「貴女が皿を両手に抱えて廊下を歩き出した瞬間からですわ。主の目を盗んで夜食を運ぶとは……。随分と大胆なことをなさいますのね。」


アリッサは皿を持つ手が小刻みに震え、思わず一歩後ずさった。


「も、申し訳ありませんっ!でも、これは……その、医務室で休んでいるライルさんに…。」


「ライル?」


ルミナの扇子が、パチンと開かれると共に思い出した。


「ヴァニラ・エバンズの側近執事でしたわね。彼はまだ医務室のベッドで休んでいるのですこと?」


「は、はいっ。ライルさん、朝から何も口にしてはいなくて…。それに__」


突然、アリッサの表情が沈む。


「……構わないわ、言いなさい。」


「…はい、アストン様に蹴られたとは言え、念の為にお腹の治療をさせました。鎧を脱がして、塗り薬を付けて包帯を巻こうとライルさんの衣服を脱がせたんですが。それが、その、ライルさんの背中、青痣が出来る程の多くの傷があったんです、お嬢様、恐らくですがあれは__」


「…鬱憤晴らしの、『使用人虐待』ですわね。」


この王国の貴族社会は表向きこそ『品格』と『礼節』を重んじている、しかし裏では使用人を『人間』ではなく『所有物』として扱う家が少なくは無い。


特にエバンズ家のような中級貴族は、家名を守るために弱者へ向けての暴力を『躾け』と呼んで正当化する。これを『使用人虐待』と言う。


「使用人虐待って、確かそれ、犯罪では!?」


「ええ、今の時勢、使用人も1人の人間として扱われている、特に暴力行為は重罪、この事が公になればヴァニラ・エバンズは家名剥奪、最悪、国外追放は逃れられないわ。」


ルミナは扇子をゆっくり閉じ、廊下の先を見据えた。


「……それだけではないでしょう?アリッサ。貴女がわざわざ夜中に料理を運ぶほどの理由が、ただの『お腹が空いている』だけでは足りない。」


アリッサは唇を噛み、小さく頷いた。


「……はい。ライルさん、治療の最中に、少しだけ口を滑らせたんです。『もう……あの人たちの言うことは、聞きたくない』『今日で……全部、終わりにしたい』って。」


「全部、終わりにしたい――ですか。」


ルミナの翡翠色の瞳が細められる。


「_____参りますわよ、医務室に。」


「お嬢様、それじゃあ!」


「貴女の勝手な独断行動は不問にするわ、それに、何も知らされていない彼にも一応、事件の事を伝えなければ参りませんので。」


ルミナは即座に歩き出した。ヒールの音が静かな廊下に小さく響く。


そしてアリッサは慌てて料理の皿を抱え直しながら、主の後を追った。


2人は校舎内の廊下を歩くと、懐かしさを感じたルミナは、学内の周りを見渡し、微笑んだ。


「懐かしいですわね、此処へ足を踏むのも。」


「本当です、学生時代のお嬢様も今と同じく、悪女らしく周りから恐れられながら、強く、凛々しく、逞しく、そして曲がった事は許されない。成績優秀文武両道、レイナ様やエリーゼ様、そしてカトレア様の様な良き御友人達と沢山の思い出を作りましたし。」


「あら?そもそもカトレアとは友人でも何でも無いわよ。」


「えっ?そうなのですか!?」


アリッサは驚く。


「じゃあ、お嬢様とカトレア様とのご関係とは一体__」


「……それは__」


ルミナが自身とカトレアとの関係を答えようとした。その時だった__


『ヴォォォォォォォォ!!!』


『!』


校舎の何処からか、獣の咆哮が大きく響き、2人は一旦足を止めた。


石造りの壁が微かに振動し、窓ガラスがカタカタと鳴る。アリッサが思わず皿を強く抱きしめた。


「……今の、獣の声……ですよね?」


「ええ。人間の声ではありませんわ。」


ルミナは扇子を閉じたまま、廊下の奥――咆哮が響いてきた方向を静かに見据えた。翡翠色の瞳に、いつもの冷静さが戻ると共に、咆哮のエコーを自身の耳で聴き通す。


「方向は……医務室の辺り。」


「そ、それって__」


ガシャーン!!料理の皿を落とし、震えながら、恐ろしい想像をしたアリッサは直ぐ様にライルの身に危険が迫ったのか、医務室に急ぎ駆け出した。


「アリッサ!!」


主であるルミナの呼び掛けに届かず、アリッサは医務室に到着し、ライルの無事を確認しようと迷わず扉を開けた。


「ライルさん!無事で…すか?」


医務室に入室しようとしたアリッサは突然と動きを止め、額が青ざめながら、とんでもないものを目に見て後退りしてしまう。


アリッサが目にしたもの、それは、医務室内の中央に立つ影は、人(・)間(・)ではなかった。


肩幅は成人男性の倍近くあり、背中は黒く長い毛で覆われ、両腕は異常に長く、指先には鈍く光る『鉤爪』が生えている。頭は獣と人の中間のような形をしており、赤い瞳だけが闇の中で鋭く光っていた。


「……ひ、ひぃ……っ。」


アリッサの喉から、小さな悲鳴が漏れた。


声に反応したのか、獣はアリッサの方へと振り向き、赤い瞳が彼女を捉える。


次の瞬間、影が低く唸り声を上げた。


「ヴォォ……ォォ……。」


鉤爪が石床を抉り、火花が散る。アリッサは後ずさろうとしたが、足が動かない。恐怖で膝が笑っていた。


そのとき――


「アリッサ、下がりなさい!!」


背後から鋭い声が飛んだ。


ルミナが廊下から滑り込むように医務室に跳び出し、獣人の腹部に拳を打ち込む。


「グゥゥ!!」


拳を食らった獣人はその衝撃で、少し後ろに押し出される。ルミナの両腕には既に籠手が装着され。ヴィクトリア家の紋章が月光を反射して淡く光らせる。


獣の影が、ルミナに視線を移した。


「……貴方が、ロザリーナ・ガネットとアストン・ヴォーゲンを殺害なされた『鉤爪』の主ですわね。」


ルミナの声は静かだったが、底に凍てつく殺意が宿っている。


獣は答えなかった。代わりに、巨大な腕を振り上げ、鉤爪をルミナへ向かって振り下ろした。


金属と爪が激しくぶつかり合う音が響く。

ルミナは右の籠手で爪を受け止め、火花を散らしながら半歩だけ後退した。爪の先端がドレスの袖をわずかに裂く。


「……力は本物ですわね。ですが__脇が甘すぎますことよ?」


彼女はすぐに踏み込み、左拳を獣の脇腹へ打ち込んだ。


「!?」


鈍い衝撃音。獣の巨体が大きくのけぞる。だが、獣人は直ぐに体勢を立て直し、今度は両腕の鉤爪を同時に繰り出してきた。


「ヴォォォォッ!!」


連続する斬撃が空気を裂く。ルミナは身を低くし、回転しながら爪をかわし、回し蹴りを獣の膝に叩き込んだ。膝が軋む音がした。


「アリッサ!ライルは!?」


ルミナが獣人と交戦している間、アリッサは既に怪我で安静していた筈のライルが寝ているベッドに駆け付けるも、信じ難い表情をしながら、ルミナに伝えた。


「そ、それが、お嬢様、ライルさんが居ません…。と言うよりも、ライルさんが使われていたベッドのシーツがズタズタに!!」


「何ですって?__!!」


咆哮と共に、獣人の不意の大振りを来る。

ルミナは即座に両腕で防御するも、医務室の外を追い出され、廊下の壁へと向かって吹っ飛ばされる。


{この一振りの威力、先程とは違って力が増(・)し(・)て(・)い(・)ま(・)す(・)…。}


宙に吹っ飛ばされたルミナは、そのまま身を縦回転させ、廊下の壁を踏み台代わりに、強く両足で踏み込み、獣人に向かって突撃を返す。


「お返し致しますわ。『螺旋撃(スピンアタック)』。」


ルミナは浮遊したまま、両拳を頭上に突き立てて、身を高速横回転させながら獣人の腹に打ち込む。


医務室の廊下は、獣の咆哮と金属のぶつかる音で満たされていた。


ルミナの攻撃が獣人の腹部に直撃した瞬間、鈍い衝撃波が石造りの壁を揺らした。


獣の巨体が大きくのけぞり、後ろへ数歩よろめく。黒い毛が逆立ち、赤い瞳が痛みと怒りで歪んだ。


「グゥ……ォォッ……!」


だが、それで終わりではなかった。


獣人はすぐに体勢を立て直し、両腕の鉤爪を交差させて構え直す。爪の先端から、微かに紫がかった魔力が滲み出ていた。


「……やはり、ただの獣ではありませんわね。」


ルミナは着地と同時に息を整え、籠手を軽くはたいた。袖の裂け目から肌がわずかに見えるが、血は出ていない。


翡翠色の瞳が、獣人の体を冷静に観察する。


獣人の首に、黒いベルト状の『首輪』から紫色の魔力の反応にルミナは発見する。


「見つけましたわ。どうやらその宝具(アーティファクト)が今回の事件に使われた代物の様ですわね。」


「グルル…。」


「もし、貴方の中に人としての理性が残っているならば。その首に着けている物を私に頂戴し、速やかに議堂に居る騎士団の元に自首をするのならば、私の名の下に罪を減刑に協力致しますことよ。」


獣人は答えなかった。


代わりに、赤い瞳がさらに細められ、喉の奥から低い咆哮が漏れ出す。


「グルル……ル……。」


首輪から紫の魔力が強く脈打ち、獣の体が一回り大きく膨らんだ。筋肉が膨れ上がり、鉤爪がさらに長く鋭くなる。理性の残り火が、急速に消えていくのが見て取れた。


「……拒絶、というわけですわね。」


ルミナは小さく息を吐き、両拳を構えた。


「ならば、仕方ありませんわ。貴方が『人』に戻る意思を捨てた以上、私は『獣』として扱います。」


次の瞬間、獣人が跳躍した。

天井に頭が届きそうなほどの巨体が、鉤爪を前方に突き出し、ルミナへ一直線に襲いかかる。


「ヴォォォォッ!!」


ルミナは動かなかった。

ただ、わずかに身を沈めただけだ。


爪が届く寸前、彼女の体が横に滑るように移動し、獣人の懐に潜り込む。右の籠手が下から突き上げられ、獣の顎を正確に捉えた。


「がはっ……!」


鈍い音と共に獣の頭が大きくのけぞる。続く左の肘打ちが脇腹に沈み、さらに膝が下腹部を抉った。連続する打撃に、獣人の動きが一瞬止まった。


その隙を逃さず、ルミナは獣の首筋――紫に輝く首輪に手を伸ばした。


「これですわね……!」


指先が首輪に触れた瞬間、獣人は自身の首をルミナに触れさせない様に、右足で彼女を蹴り込むも、ルミナは瞬時に両腕でガードをするも距離を取られてしまう。


ルミナは距離を取られた体勢を瞬時に立て直し、籠手を握り直す。獣人の首に嵌まった黒い首輪は、紫の魔力を脈打たせながら、徐々に輝きを増していた。


すると、獣人は突然、視線を窓の方へと向けた。


月光が差し込む大きな窓。

その向こうに、夜の校舎の外が広がっている。


「……逃げますの?」


ルミナの声に、獣人は短く咆哮しただけで、今度は窓へ向かって一気に跳躍した。


ガラスが粉々に砕け散る音が廊下に響く。


「っ……!」


ルミナはすぐに追おうとしたが、窓から外を見下ろした瞬間、獣人の巨体はすでに校舎の外壁を駆け下り、夜の闇の中へ消えていこうとしていた。


「……逃がしませんわよ。」


彼女は迷わず、割れた窓枠に足をかけ、外へ跳び出した。


夜風が翡翠色の髪を激しく揺らす。


下は3階相当の高さ。それでもルミナは着地の衝撃を最小限に抑え、すぐに獣人の逃げた方向――学園の中庭から森へと続く道へ走り出した。


背後からアリッサの悲鳴が聞こえる。


「お、お嬢様ぁっ!!」


だが、ルミナは振り向かなかった。


「アリッサ、医務室を調べてライル・トレガーの行方を追いなさい!私はあの獣を追いますわ!」


そう言い残し、極悪令嬢は夜の学園を駆ける。


首輪の紫の魔力が、遠くで明滅していた。



*



闇夜と共に1つの大柄な人影が、学園周辺を颯爽に駆け出していた。


その影を追跡するルミナは、獣人の首に宝具から溢れ出す魔力を頼りに、深緑のドレスの裾を持ち上げて駆け走っていた。


{外に逃げられてしまっては、また新たな犠牲者が現れる可能性がありますこと、その前に必ずや阻止をせねば…。}


追う最中、ルミナは石畳の道を見下ろす、獣人の足跡は石畳に深く抉られ、道や校舎の壁には幾つか、鉤爪の跡が月明かりに鈍く光っていた。紫の魔力が点々と残り、ルミナはそれを道標に速度を落とさず追う。


「……それにしても、体力はかなりあるようですわね。あれだけの打撃を受けてもまだ走れるとは。」


追い付こうとするも、獣人の方が機動力が高いのか追い付く気配は全く無かった。


宝具の魔力の痕跡だけを頼りに、ルミナは追い続けると、何故か議堂の方へと戻っていた。


{……まさか獣人は此処に戻って来た?しかし、魔力の痕跡が中へと続いているのは間違いは無い、だとすれば、学園内に出られない事情があるとなれば、また出席者の誰かを狙う可能性が__}


ルミナは考えながら議堂内に入ろうとすると、外を出ようとする誰かとぶつかる。


『きゃっ!』


その人物は尻餅を付いて倒れると、ルミナは気付いたのか、彼女に手を差し伸べる。


「大丈夫ですこと?」


「え、ええ、大丈夫です…。」


ぶつかった相手は。藍色のドレスを着た。眼鏡を掛けた。黒髪ボブカットの貴族令嬢だった。彼女は差し伸べて来たルミナの右手を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。


『あっ!ルミナ居た!』


廊下の方から、突然と居なくなった事を知り、ルミナを探していた幼馴染のエリーゼ・クラインとレイナ・フォルクスの2人が駆け付ける。


「あら?レイナ、エリーゼ。どうかしたのかしら?」


「どうかしたのかしら?じゃないわよもうっ!勝手に会場内から居なくなって、私、探してたんだから〜!」


そう言いながらエリーゼはルミナに抱き着く。するとレイナは眼鏡の令嬢の存在に気付き、声を掛ける。


「ミスティアじゃないの?貴女、こんな所で何をしてるのかしら?」


「っ…。ご、ご機嫌よう。レイナ・フォルクス。」


ミスティアと呼ばれた令嬢は、レイナに目を逸らすも、一応挨拶をする。どうやら彼女はレイナの知り合いの様だ。


「レイナ、彼女は貴女の知り合いなのかしら?」


「ああ、紹介しておこう。彼女はミスティア・クラエス。私と同じ商業貴族の出で『クラエス食品商会』の食品総部長を勤めている。」


「よ、宜しくお願いします。ルミナ様。」


自分より格上の貴族令嬢相手、ミスティアは震えながら、ルミナに向けて頭を下げ挨拶をすると、ルミナはある事を思い出す。


「確か、今回の1周年記念パーティーに使われてる料理の食材も全て。クラエス食品商会が仕入れたと聞きましたわね。」


ルミナは扇子をゆっくり開き、口元を隠したまま眼鏡の令嬢を観察した。翡翠色の瞳に、いつもの冷静な分析の光が宿る。


「はい……。食材の仕入れから調理まで、うちの商会が担当しております。ただ、今夜は……このような事態になってしまい……。」


ミスティアの声は小さく、途切れがちだった。眼鏡の奥の瞳が、頻繁に視線を泳がせている。


レイナが腕を組んだまま、低く口を挟んだ。


「ミスティア。貴女、さっきから落ち着きがないわね?」


「い、いいえ……!私は何も……!」


怯えるミスティアが否定する瞬間、ルミナはすでに彼女の右手に目を留めながら。レイナに言った。


「止しなさいレイナ、彼女も一応は事件に巻き込まれた人間の1人よ。__しかし、レイナの言う通り一理ありますわ、ミスティア・クラエス。私とぶつかる前に誰かとすれ違いましたか?」


「す、すれ違いですか?い、いいえ…。誰1人とも。」


「そうですか、有難う御座います。」


どうやらミスティアは獣人とは遭遇してはいない様だと、確認を終えたルミナは彼女に礼を言う。


すると、エリーゼはある事を思い出したか、本題をルミナに伝える。


「そ、それよりもルミナ!大変なの!直ぐに議堂内に来て!皆が大騒ぎなの!!」


「何ですって?…分かりました。直ぐに参りますわ。」


ミスティアと別れたルミナは、レイナとエリーゼの2人と共に急ぎ、議堂の方へと向かって駆け出した。


1人残ったミスティアは、去るルミナ達3人の後ろ姿を暫く見つめると、直ぐに外の空気を吸いに議堂から出て行った。



*



ルミナ達3人が議堂へと戻り、彼女が目にしたのは。多くの出席者らが怒鳴り散らしながら、クレア達王宮騎士団達と特級貴族令嬢で前生徒会長であるカトレア・フレイローズが多くの令息令嬢らを対応していた。


「何時になったら屋敷に帰してくれるんだ!!」


「もう検査は終わったんだ!確認終えたならもう用は無いんだろ!!」


「カトレア様も騎士団に何とか言って下さい!!このままだと私達本当に犯人に殺されてしまいます!!」


「そうです!アストン様を殺した犯人と同じ場の空気を吸うなんて、冗談じゃありませんわ!!」


ギャーギャーと怒りの混ざった数多の出席者達の怒号がカトレアとクレア達騎士団の耳の耳に響かす、対してクレアは苦虫を噛み潰した様に彼等を落ち着かせ、カトレアの方は平然と対応していた。


「…これは一体何事なのかしら?」


この様子を見ていたルミナは一体何事なのかと、レイナとエリーゼに聞き出すと、レイナは説明した。


「見ての通りよ。」


レイナが腕を組んだまま、議堂内の喧騒を眺めながら続けた。


「貴方が医務室へ向かっている間に、検査がほぼ終わったの。宝具らしき反応は一切出なかった。それで『もう帰してくれ』『犯人と同じ空気を吸いたくない』と、一気に不満が爆発したわけ。」


エリーゼが青ざめた顔で補足する。


「特にヴァニラ様が……アストン様の遺体が騎士団に運ばれたあと、ずっと泣き叫んでて。『犯人を出せ』『ルミナ・ヴィクトリアが怪しい』って何度も言ってるの。」


ルミナは扇子をゆっくり開き、口元を隠したまま議堂を見渡した。


中央ではクレアが騎士団員を指揮して列を維持しようとし、カトレアが特級貴族としての威圧で何とか場を抑え込んでいる。だが、すでに限界に近い空気だった。


「……検査で何も出なかった、か。」


ルミナは小さく呟いた。翡翠色の瞳が細められる。


「当然ですわね。あの獣が付けていた首輪は、おそらく『使用者に合わせて姿を隠す』タイプの宝具。検査の瞬間には魔力を完全に遮断していた可能性が高いですわね。」


「獣……?」


「あっ!お嬢様!」


するとアリッサが心配しながら駆け付けて、どうやら医務室での件の後、先に戻っていた様だ。


「心配しましたよもう!3階の医務室の窓から飛び降りて、犯人を追い掛けて、兎に角。本当に致しましたよ!」


「3階から!?一体何の事なのアリッサちゃん!!?」


エリーゼはアリッサに聞き出そうとすると、レイナは「落ち着きなさい」と言いながら、エリーゼを落ち着かせる。


「それよりもアリッサ、私に何か伝えたい事があるのでしょう。」


「あっ、はい。実はお嬢様、見せたい物がありまして…。」


「見せたい物?何かしら?」


「はい、実は__」


アリッサはメイド服のポケットから、ある物をルミナに見せようとした。その時__


パァン!!


突然と議堂内全体を大きく響かせる程の何かを強く叩く音が聴こえた。


全員が音が聴こえた方へと振り向くと、行方不明中の筈の、医務室から戻って来たばかりのライル・トレガーの頬を強く叩いた。涙目のヴァニラ・エバンズとその隣には彼女を落ち着かせようとする、取り巻きのマチルダ・ロッドフォードの姿があった。


「一体全体どう言う積りなの!!私の側近の使用人の分際で、許可無く無断で執事の仕事を抜けて!?」


「も、申し訳有りません…。医務室で休んでいまして。」


「黙りなさいっ!!」


ヴァニラは怒り叫びながら、再度。ライルの頬を引っ叩こうと右手を振り下ろした途端、ルミナが直ぐ様に彼女の右手首を掴み止める。


「お止めなさい、ヴァニラ・エバンズ。」


「ル、ルミナ・ヴィクトリア!?」


ルミナの乱入にマチルダは恐怖しながら後退りする。


「……は、離しなさいよ!此奴は私の使用人よ!主人が叱るのは当然でしょう!」


「当然、ですか。」


ルミナは扇子を閉じたまま、ヴァニラの瞳を真正面から見据えた。


「彼は、今朝から何も口にしていない。アストン・ヴォーゲンに腹を蹴られ、医務室で治療を受け、背中には多数の青痣がありました。……貴女が『躾け』と呼ぶ行為の結果ですわね?」


「っ……!」


ヴァニラの顔が一瞬強張る。周囲の視線が一斉に集まった。マチルダは唇を噛み、視線を泳がせている。


駆け付けたカトレアが低く警告した。


「ヴァニラ・エバンズ、これ以上の使用人への過剰な暴力行為は重罪、すでに複数の証言が出ている。これ以上の行動を重ねれば罪は免れ無いわ。」


「くっ…。」


ルミナはヴァニラの右手首を離すと、彼女は右腕をゆっくりと下ろし、卿が冷めたかの様にこの場から離れようとすると、ヴァニラはライルを強く睨みつけながら、彼に告げた。


「……覚えときなさい、屋敷に帰ったら。お父様に頼んで貴方を解雇にしてやるから!!」


そう言い残し、ヴァニラはマチルダを置いて、逃げるかの様にこの場を去った。


自分の主に解雇通告をされたライルはそのショックを受けたのか、貴族の世界では良くある事に慣れてる影響か、周りの者達は見て見ぬ振りをするも、アリッサがライルの元に駆け付け、心配しそうな顔をしながら、彼を慰めた。


「だ、大丈夫ですか?ライルさん…。」


「は、はい…。心配して有難う御座います、アリッサさん。それに僕はもう……。」


自分の執事としての職を確実に失ったライルは、深く落ち込むとアリッサは立ち上がると共に彼の主であるヴァニラに文句を言い放つ。


「何なんですかあの方は!!幾ら何でもやって良い事と悪い事がありますよ!!私、エバンズ様にライルさんの解雇を撤回して来ます!!」


怒れるアリッサはヴァニラの後を追いかけようとすると、ライルは慌てながらアリッサを止める。


「や、止めて下さい!他家の使用人であるアリッサさんが、そんな事をしなくても僕は望んでは…。」


ライルの必死の制止にも関わらず、アリッサは一歩も引かなかった。


「望みません、ですか?でも、ライルさん。貴方が我慢すればするほど、あの人は『これが当然』だと思って続けます。使用人を物扱いして、傷だらけにして、最後は都合が悪くなったら切り捨てる。……それを見て見ぬふりをするのは、もう嫌なんです!」


アリッサの声は震えていたが、芯は通っていた。


周囲の貴族たちが視線を向け始める中、ルミナは自分の使用人の震える強さを傍観していると、上級貴族シルバニスタ家子息にして、元婚約者のギルバートがルミナに話し掛けて来た。


「良いのかい?彼女、使用人ながらに貴族相手にあの様な態度を取らせて。」


「構いませんわ、ヴィクトリア家に仕える使用人はこうも強気でならなくてはなりませんことよ。……それはそうと、私に何の用かしら?」


「……結局のところ、問題沙汰に巻き込まれるのは、学園時代の頃から変わらずか。まあ良い、殺されたアストン・ヴォーゲンの事だがね。」


ギルバートはルミナにしか聴こえない小声で、彼女にある情報を教える。


「何でも彼、ヴァニラ嬢の婚約が決まった同時期に『愛人』を1人、見繕っていたそうだ。」


「愛人…!」


ルミナは殺害された。ロザリーナ・ガネットの顔を思い浮かび上がると共に疑問を感じた。


{殺害されたアストンの愛人…。その愛人がロザリーナだとしたら、殺されても可笑しくは無い。そうなると2人を宝具で殺害した犯人の正体は、この関係を知ってしまった人物の誰か。}


ルミナは周りの出席者を見渡す。


数多くの令息令嬢らは今も尚、関わりは無い可能性が高く、ルミナは自分の頭の中の数百人以上記されてる容疑者リストを一気にごく僅かまで絞り切る。


アストンの婚約者にして、ロザリーナの友人であるヴァニラ・エバンズ。

彼女は2人が愛人関係だと知って、2人を殺害した可能性もあるが、ヴァニラはロザリーナが殺害された事をマチルダから知らされて後から事件現場に駆け付けて来た。


{そもそも仮にヴァニラが犯人だとして、友人であるロザリーナは兎も角、アストンの様な大柄の男を殺害し、自らの力で十字架に磔させるのは並の令嬢の力では不可能。彼女はアストンが離席して以降もずっと劇に集中していた。}


アストンの殺害は不可能と判断したルミナは、一時的にアストン殺害の容疑者リストからヴァニラを外すと次なる人物を目に向ける。


マチルダ・ロッドフォード

下級貴族ロッドフォード家の令嬢でヴァニラの友人もとい彼女の取り巻きの1人。


{しかし、マチルダはヴァニラと共に居た。ロザリーナが殺害されて駆け付けた時も、アストンが離席してからも、彼女は2人の殺害は不可能。}


頭の中の容疑者リストから、マチルダをあっさりと切り捨てる。


「そうなれば…。」


ルミナはあ(・)る(・)人(・)物(・)へと視線を向ける。


だが、その人物が犯人だと言う事はまだ確証ではない。先ずは全てのピースを繋げなければならないからだ。


そんな中、置き去りになったマチルダは何かを思い出したのか。何かに怯えていた。


「ぼ、亡霊が、ロザリィとアストン様を殺した何て、有り得ない…。」


亡霊とは恐らく、2人が殺害された場所に書かれた血文字の事を言っているのだろう。


『亡霊は蘇った。次に狙うはお前の番だ。』


『亡霊は蘇った。

復讐はまだ終わらない、次に狙うは――

お前の番だ。』


マチルダ・ロッドフォードはまるで何かを知っていそうな口振りだった。その様子を見過ごせなかったルミナは単身、マチルダの元へと向かい、亡霊の事を聞き出した。


「亡霊とは一体、誰の事を言っているのかしら?」


「っ!!」


マチルダは振り向くと、何時の間にかルミナが目前に居た事に気付き、彼女は青ざめる。


「ル、ルミナ様、そ、それは、その…。」


ルミナから目を逸らすマチルダ。


「どうしたのかしら?貴女、まるで何かに怯えてる目をしていますわよ?『亡霊』と言いましたが。」


「な、何の事ですか?わ、私は何も…。」


彼女はやはり『亡霊』に関して何かを知っている。しかしマチルダはその事を話す事は疎か、ただ単に怯えてるだけか、何かを喋る気配すら無い。


「__その亡霊の話、僕にも教えて貰えないだろうか?」


すると、会話の横からギルバートが乱入して来た。彼の表情は普段の爽やかさは無く、真剣な表情をしていた。


「僕も立場上、同じ学園の同期が2人も殺されたとなれば。シルバニスタ家の名の下に捨て置く訳にはいかない。マチルダ嬢、どうか話して欲しい。」


「……ギ、ギルバート様が、そう仰るなら。」


暫くしてカトレアや、レイナ達も彼女の話を聞き出そうと駆け付け、マチルダは今回の『亡霊』が一体誰の事何かを話し始めた。


「み、皆様は学園に在籍しているため、既に存じていますよね?学園で新たに法案なされた『特待生制度』を。」


特待生制度と言う言葉を思い出したか、レイナは答える。


「確か。貴族だけでなく、平民の子の中から有能なる逸材を育成させる為に、王陛下が新たに法案した学園の新制度よね?」


マチルダは視線を泳がせたまま、震える声で続けた。


「……はい、特待生制度は、王陛下が『有能な平民を貴族と同等に教育する』ために作ったものです。でも……実際は、そう上手くはいきませんでした。貴族の子女の多くが、特待生を『成り上がり』『汚れた血』と見下し、陰でいじめを繰り返していたんです。」


レイナが腕を組んだまま、低く補足する。


「私も聞いたことがあるわ。特に上級・中級の家の子女が、特待生を『使用人扱い』して雑用を押し付ける。成績が良いと嫉妬して妨害する。……最終的に何人かが退学に追い込まれた、という話よね。」


マチルダは小さく頷いた。


「はい……。その中で、特に酷い扱いを受けていた子がいました。名前は……『ヴェイバー・イェーガーソン』。平民出身の特待生の男子生徒で、成績は常に上位でした。特に身体能力と魔法適性が高くて……。でも、だからこそ狙われたんです。」


ルミナの扇子が、わずかに止まった。


「ヴェイバー・イェーガーソン……。カトレア、その名に心当たりはありますか?」


カトレアが紅い瞳を細めながら答えた。


「……あるわ。学園時代、生徒会に『特待生への過剰な暴力行為』の告発が匿名で届いたことがある。調査した結果、ほぼ全員が口を閉ざした。証拠不十分で打ち切りになった。……その告発の中心にいたのが、ヴェイバーだったはずよ。」


「成る程、それなら彼がロザリーナ嬢やアストンを殺しても可笑しくは無い。だが、それは有り得ない話だ。」


ギルバートを含めた何人かが既に、そのヴェイバーなる人物の現状を存じながら、暗い表情をする。その最中にマチルダは怯えながら続けて言った。


「有り得ない、有り得ないのよ、あの男がロザリィとアストン様を殺す事なんて、絶対に…。」


誰よりも先にルミナは答える、ヴェイバー・イェーガーソンの犯行が不可能な理由を。


「ええ、絶対に不可能ですけどよ。何故なら彼、ヴェイバー・イェーガーソンは__」


1年前に既に亡くなっているからだ。

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