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布告御礼状

「おお! なかなか豪勢じゃないか。とても防衛砦の一室とは思えないぜ」


兵士の上役に案内された部屋は、まるで屋敷の客室のような造りになっていた。

白銀に磨き上げられた燭台、毛足の長いカーペットに、絵巻物じみた壁掛け織物(タペストリー)まである。


さすがに一人一室、ということはなかったが、フリアにはちゃんと女性用に個室が貸し与えられ、いち民間人にとっては、破格の待遇といってもよかった。

・・・まあ、隣国と緊張状態のときにこんな最前線に来る要人などいないだろうから、ただ接待部屋が余っていただけなんだろうけど。


いまは建物のちょっとした説明を受けて、明日の詳しい打ち合わせまでの、休憩の時間だった。


「・・・フリア、そんなとこに立ってないで、もう部屋で休んでていいんだぞ」

先ほどから、所在なさげに隅で待機している彼女に、俺は声をかける。


「あ・・・は、はい」

返事はちゃんと返ってくるが、それが行動にうつされることはなかった。

たぶんさっきの、自分の早計な行動を悔いてるんだろうけど・・・仲間をやつらに何人も奪われたんだ。あれくらいの反応は、当然だと言える。


だがーー

「なあ、フリア。あいつらをいくら殺しても、終わりがないことは分かってるよな?」

あえて俺は、酷なことを言う。


無言でうつむく彼女に、

「こっちは何の責任も背負っていない、命が綿毛のように軽い冒険者だ。けどあっちは、『国土を守るために、すべてを秘密裏に処理する』という大義名分で動く集団だ。あんたが仲間の無念を晴らし、ディノスという国に断罪を迫りたいのなら、ランバルド(隣国)に魔物をけしかけなくても奴らに攻め込ませない、巨大な抑止力を手にしなければならない」

まず無理な注文だが、それが何の関係もない民間人を守るための、最低課題なのだ。


唯一、冒険者に”責任”というものがあるとしたらーー


『どのような状態においても、目の前に対峙する敵より、強くなければならない』

命を失った彼らは、残念ながらそれを果たせなかったのである。


「・・・あんたは、今度の件を、絶対に口外しない。その代わり、”またフリアに危害が及ぶようなことがあれば、どのような手段を使っても、俺がランバルドにすべてを暴露する”。その約束は、なんとか取り付けたんだ。悔しいだろうが、向こうも味方を大勢失ってる。ここは我慢してくれ」

「・・・はい」


また短い返事をし、深く頭を下げたあと、ようやく彼女は退出したのだった。








その夜、沈んでしまった空気をどうにかしようと、俺とクリスは酒でも飲むつもりだった。


用意された部屋には、ディノス産の大麦を使った良質なウィスキーが置かれていたし、明日の作戦を前に、深刻になりすぎて魔術を失敗しそうに感じたからだった。


「しかしーー思った以上に過激なことになっちまったなあ・・・オイ」

その日の夕方・・・軍議のあと

俺とクリスと、もう一人、王都から派遣されてきたS級魔導師のタレスろうは、ほとんど絶望しそうな面持ちでソファに腰かけていた。

「俺が言い出したこととはいえ、まさか、あれほど攻撃的な文書を敵国に出すとは・・・」

「うむ。すまぬな、二人とも。まさか執政部が、あれほどランバルドに対して怒りを溜めておったとは・・・儂 《ワシ》も軍部にまで内容が回ってきたなら止めたんじゃが、何しろ彼奴きゃつら敵国も、今にも攻めてこようとしておったからのう。時間がなかった」


三人がうなだれて眺める文書のコピーは、まともにケンカを売っている内容だった。


よくある”穏当な”政治文章に見られはするが、問題はとどめの部分である。



『ーーオウグスト暦1508年、4月20日(つまり明日である)正午、貴国の軍勢を、リンクブルグの大砦から2里後方に下がらせたし。

そののちに起こる事実を目の当たりにし、まだ我が国に攻めようという意思をお持ちなら、ディノスは最大の友好国・・・として、貴国の進攻に応えよう』


「これ、もし俺が失敗したら、国が一つなくなるんじゃね?」

「・・・」

二人とも、顔から表情をなくして押し黙り、部屋は無音の空気に包まれた。

しばらくして、ロックグラスをくいっとあおったクリスが、勢いにまかせて言う。


「心配すんな、ニール! もし不発に終わっても、さすがに大砦の”消滅”は無理だが、俺とタレスじいの《直上隕石バーティカル・メテオライト》で、半壊ぐらいにはもっていってやる!」

旧知の知り合いであるらしく、タレス老は、クリスに向かって力強くうなずいていた。


また沈黙の時が過ぎ、カラン、と心地のよい音をさせて、今度は老師がグラスを空ける。

「ーーじゃが、儂は今でも信じられん・・・。

ニールどの、おぬしは本当に『灰塵槍』を使えるのか。

あの、大陸最高の魔道・・士とも呼ばれた、サンマルス国の”アン・リビエラ”だけが為したというーー」


「・・・俺が保証するよ、タレス爺」

自分で言っても説得力がないので、彼の隣に座っていたクリスが答えてくれた。

もっとも、友人の回答はざつ過ぎるのだが。


「こいつの、ふざけた能力の話は聞いたんだろ? 不安定だけど、一度耳で聞いただけでほぼすべての呪文を使えるようになる。”ラーカント導師”に「体系を理解できないまま魔術の精度を上げるために、なるべく多くの呪文を知れ」と言われたらしくてな。大陸全土を回ってる頃に、文献でしか残されていなかったくだんの”アン・リビエラ”の公開術式に出くわしたのさ」


ううむ・・・とタレス老は黙り込み、まじまじとこちらを見てきた。


ま、まあそうだよな。

自分でも感じるが、インチキな能力だと思うぜ?

けどそれだって、万能ってわけじゃない。


魔術体系から「使えるもの」「得意なもの」を枝葉として広げていけないぶん、成長の足場は無いに等しい。


俺にあるのは、ただ持って生まれた耳の良さからくる感覚の深さと、呪文の言語の志向をなぞっていく、再現性の高さだけだ。


だから、どれほどの潜在魔力(ポテンシャル・マナ)を抱えていたとしてもーーたとえ、海を超えて大陸の果ての孤島にまでたどり着いたとしても、結局は二番煎じでしかないのだ。魔術士としては。


「明日は決戦だな」

「・・・うむ」

「・・・」

(やれることは、全てやるさ)


タレス老が部屋から退室し、残った二人は、即座に眠りについたのだった。












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