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おまけ話 (屋敷へ行こう)

三話分くらい長いです。おバカならぶらぶ話です。

 

 温泉で寛いだ後、マークは馬でリーシェとともにマークが普段暮らしている領地へと戻ってきた。


「あれが、マークの家なの?」


 街を抜けたところにあるガルフォンス家の屋敷は、やや小高い場所にあるということもあり遠くから見える立派な建物だった。

 リーシェが知る中では最も大きい。

 軍事用でもあるその屋敷は、見張りの塔や侵入者を拒む石壁を有しており、造りは厳めしい。

 リーシェは迫るほどに大きくなっていく壁をぽかんと口を開けて見つめていた。


「あの家には、たくさんの人が住んでいるの?」

「そうだな」


 家という表現には奇妙な違和感を覚える。ハルファング家の借家と同じレベルで語るには無理のあるサイズだ。


「あんなに大きいと迷子になってしまわない?」

「すぐに覚える」

「そうね。マークと一緒にいればすぐに覚えるわ」

「お前の部屋は別に用意される。言っただろう? 結婚していない男女は同じ部屋で就寝することは許されない」

「今までずっと一緒だったのに?」

「今までは、他に誰もいなかったろう? 夜はエンナもいなかったのだから」

「じゃ、他の人にばれなければいいのね?」

「あそこには人が大勢いる。お前には無理だ。大人しく言う事を聞け」


 むううっ。

 リーシェは膨れて、ドンっとマークの胸に背中をぶつけてきた。前を向いて座っているので、互いに顔を見ることはない体勢で。リーシェはそうすることでマークに不満を訴えているらしい。

 この事については、マークも反省していた。一緒の部屋で寝起きしていたため、リーシェにはそれが当たり前のこととして認識されている。今更、駄目だと言ったところで、素直に承諾できないのも無理はない。

 甘やかしていたつけが回って来たのだ。教育は何事も最初が肝心だとマークは溜め息をついた。

 そうして二人は屋敷への大きな門をくぐった。




「お帰りなさいませ。マークィン様。そちらのお方は?」

「ああ、ジョイ。私の婚約者リーシェ・ラナルス嬢だ。しばらく滞在することになるので、部屋を手配してくれ。父上はいるか?」

「旦那様は書斎においでになりますが、すぐにお会いになられますか?」

「いや。先に身を整えてからにしよう」

「では、旦那さまにはそうお伝えいたします」


 執事が振り返ると、女中が一人近づいてきた。

「お嬢様、この者が部屋へ案内いたします」

「トリスです、お嬢様。どうぞこちらへ」


 女中がにっこり笑顔で案内しようというのに、リーシェは渋い顔でマークの腕をがっしりと掴んだまま離そうとしない。

 近づく女性に、リーシェは危機感を募らせていた。この人達は、わたしをマークから引き離そうとしている、と。

 腕に力が込められたのを感じ、マークははっとした。

 自宅へ戻った気の緩みのせいか、うっかりリーシェがどう思うかを考えていなかった。他者に向けて威嚇するリーシェ。しがみ付く腕に籠る力に、マークはくすぐったさを感じた。

 それを目撃したジョイとトリスは無言で驚いていたが、マークは気付かなかった。

 

「リーシェ。トリスに付いて行け。後で俺も行くから」

「本当? 本当に来る?」

「ああ。お前も汚れを落とした方がいい。旅で土埃まみれだからな」

「そう? なら、そうする。でも、すぐに来て?」

「すぐ行く」

「今、一緒には、駄目?」

「駄目だ」


 そのやり取りは、非常に、なんというか、馬鹿らしい恋人同士のやり取りにしか見えず。

 あのマークィン様が……と感慨深くもあり、はた迷惑でもあり。ジョイとトリスは生温かい瞳で二人を見守った。


 何だかんだと馬鹿らしい問答の末、ようやくトリスに従ってリーシェは歩き出した。何度も振り返り、溜め息をつきながら進むその歩みは遅く。

 トリスは苦笑するしかなかった。もちろん、声にも態度にも出さなかったけれど。

 そうして、トリスはリーシェを整えられた広い客間に案内した。


「風呂の支度が整いますまで、こちらでしばらくお待ちいただけますか? お荷物は開けてもよろしゅうございますか?」

「ええ。構わないわ。扉は閉めないで! マークがわたしを見つけやすいように」


 マークィン様は扉を開けてなくてもわかってらっしゃいますよと言おうとしたけれど、部屋に入ってからずっと佇み扉を見つめるリーシェに、トリスは言葉をなくした。

 すぐに来てねと言ったとおりに、マークィン様が来るのを待ちわびる姿は、滑稽ではあったが必死で慕う様が見て取れる。

 マークィン様が婚約者を連れて帰られると旦那様から知らされ、この数週間というもの使用人達の間ではこの女性の話題ばかりだった。

 婚約者についての情報がまるでなく、一体どんな女性が堅物のマークィン様を射止めたのかと使用人達は想像を膨らませていた。将来、自分達が仕える女主人になるのだから、極めて重大な関心事だった。

 マークィン様は他の女性と噂になったことはなく、独身の貴族女性達に冷たいとの印象を持たれていた。社交場に滅多に現れず、その少ない機会に話しかけても応か否かしか返らないからだ。ガルフォンス家は由緒ある貴族であり地位が高いため、跡取り息子である彼に取り入ろうとする女性も多かったが、成功した者はいなかった。

 そんな彼を、あの馬鹿っぷりに変えてしまった女性。

 トリスはリーシェを観察した。

 若くはない。二十歳くらいだろうか。愛嬌のある丸顔で口元の黒子が印象的だ。丸みを帯びた身体と肌は美しいのだが、服装はドレスとはよべない庶民クラスのものであるし髪は手入れもセットもされずバサバサだった。姿勢や仕草はそれなりに教育を受けていると見える。

 マークィン様が剣士姿であるため、それに合わせていたとも考えられるが、貴族女性が庶民の格好をすることに同意するとは考えにくい。特にあのセットすることを放棄した髪型は通常の貴族女性には我慢ならないだろう。けれど、そんな稀有な方を見つけていらしたのだろうか。貴族女性というよりは、躾の行きとどいた庶民の女性ではないかと判断した。

 庶民といえど、貴族の出身の親族を持つものは案外多いのだから。


「お嬢様、風呂場の準備が整いましたので、浴室へご案内いたします」

「マークがまだ来ていないわ」

「マークィン様は、お嬢様が綺麗になるまでお待ちになってくださいますよ」

「マークと一緒でないと浴室には行かない」


 トリスは耳を疑った。マークィン様と一緒に浴室へ行くということは、もしや今まで一緒に入っておられた? 未婚の女性と一緒に入浴するなど、この女性はそういう職業の女性? そうは見えないのだが。そうとでも考えなければ、未婚の男女が一緒に風呂に入るとは考えにくい。

 トリスはリーシェに対し眉をひそめた。

 マークィン様は剣士のふりしてフラフラなさっているが、そういう遊びの場で知り合った女性と結婚なさるつもりなのか。

 そういう女性が悪いとは言いたくないが、女主人として認めたくないのは確かだ。トリスは、どこか裏切られたような気持ちを抱え、彼女が浴室へ向かいそうにないことをマークィン様に伝えることにした。




「リーシェ。どうして浴室へ行かないんだ?」


 トリスの苦情を受け部屋にやってきたマークは、リーシェに問いかけた。リーシェはマークを見つけた途端、その様子など意にも介さずマークの胸に突進する。反射的に腕を広げ。


「リーシェ!」


 リーシェを受け止めながら、マークは使用人達の気不味い雰囲気を察し、語気を強めた。風呂の度に髪を洗ってやっていたのは、やはりまずかったかと後悔しながら。

 マークは、すでに着替えを済ませていた。腰には剣を持たず、シャツの上に黒い生地のかっちりとした上着をはおっていたが、貴族男性としては幾分崩した着こなしだった。

 リーシェはしっかとマークに張り付き、胸元の新しいシャツに頬擦りしている。

 マークが、リーシェの背中に腕を回し、答えを促すように背中を撫でると。


「だって。ごしごしされるの嫌だもの。マークがいれば、誰もそんなことしないでしょ?」


 そうだった。リーシェはほとんど覚えていないが、神殿で暮らしていた頃、大きな風呂場で身体を擦られるのが嫌だと思っていたのだ。


「トリス。浴室では、リーシェの身体を洗うときに強く擦らないでやってくれないか。苦手らしい」


 その言葉に、トリスは自分が早合点してしまったことに気付いた。申し訳なさを込めて、返事の声に気合いを入れた。


「もちろん。お嬢様の嫌がることは決していたしません」

「トリスもそう言っている。これで構わないだろう?」

「うーっ、一緒に」

「早く風呂場へ行け」


 マークはリーシェの言葉を遮るようにそう告げると、リーシェの身体を引き離し部屋を後にした。下手に風呂の面倒をみていたことを喋られたくはなかった。自分がリーシェに甘いことを自覚してはいても、知られるのは恥ずかしいとマークは思っていた。




 その後、マークが向かったのは父がいるだろう書斎だった。

 広大な領地を治める父は、一日の大半をここで過ごしている。領地の見回りに出ることもあるが、各地の管理はそれぞれ担当する管理人に任せているため、仕事の大半が事務作業なのだ。


「父上、只今帰りました」

「うむっ」


 それ以上言葉のない父に、マークは訝しげな表情を浮かべた。口数の多い人ではないが、久しぶりに実家へ帰った息子に一言もなかったことはない。


「手紙に書いていた通り、私はリーシェ・ラナルス嬢と結婚しようと思っています」

「あぁ、そうだったな。彼女のために家庭教師をよんである。後でジョイに紹介させよう」

「では、認めていただけるのですね?」

「お前が決めたことだ。結論は変わらんのだろう?」

「はい」


 すんなり認めてもらえたことにマークは拍子抜けした。リーシェの身元について言及されるかと思っていただけに、あまりにもあっけなさすぎる。

 言葉少ない父をよく見ると、目の下にくまができており、疲れた顔をしていた。


「どこか身体の具合でも悪いのですか? ずいぶん顔色が悪いようですが」

「そうだな、少し疲れているのかもしれん」

「しばらく休まれては?」

「いや。仕事をしている方が気が紛れる」


 その言い方に、何か悩み事があるのだろうと察する。疲れた様子なのもそういう理由があってのことか。


「結婚の時期だが、アルネが帰ってからがいいだろう」

「母上がお出掛けに? 珍しいですね。いつ帰ってくるんですか?」

「知らん」

「どこへ出掛けて?」

「知らん」


 父はただ、知らん、を繰り返した。

 そこでようやく父と母に何かがあったことはわかったが、父の口からは事情を聞き出せそうになかった。どうやら父の悩みには母が関わっているらしい。

 マークは困惑したまま書斎を出た。




 その足でマークは、両親の事情を詳しく知っているであろう弟リックの部屋を訪ねた。


「どういうことだ? リック?」

「母上が出て行ったんだよ。いろいろ誤解があってさ」

「誤解?」


 つまり、マークの手紙を受け取った父は、すぐにリーシェのための家庭教師を募集した。

 数名のうら若き女性家庭教師達の面接を行っていることを、事情を知らない母は黙って見守っていたらしい。

 そうして、そのうちの一人が屋敷に住み込むことになった。

 その時点で、何も知らされなかった母はブチ切れたらしい。

 書斎へ乗り込んで行き、母は自分に断りもなく一体何のつもりだと夫に迫ったのだ。

 そこで母はようやくマークの婚約者についての話を聞かされた。

 父は、言うのが遅れてしまったが、その事情を知れば何の問題ないと思ったが。

 母は爆発した。

 息子の結婚について、何も聞いていない。聞かされなかった。言うのを忘れる程度の存在でしかないんですね、私は!と激怒したのだ。

 結構です。その程度の存在など、居ても居なくても構いませんわね。そう捨て台詞を残し、屋敷を出て行ったのだという。

 その所在は未だつかめてないらしく。

 母は仕事仕事な父を黙って支える大人しく従順な女性だったのだが。実は堪えに堪えていたのかもしれない。

 何日も家を空けるなど、今迄の母にはあり得ないことだった。行く先を父に告げないなど、考えられない。

 母が屋敷を出て以降、父は虚ろな状態と化しているらしい。もちろん平静を装っているので、領地運営での支障はきたしていないが。それも時間の問題のようだ。


 帰ってきたら家庭崩壊中だとは。

 時期が悪かったらしい。




 夕食直前、待ち合いの部屋で、マークは、父と弟、そして家庭教師のロレインにリーシェを紹介した。

 リーシェは慣れない礼をして見せた。マークの後ろに半分隠れるように立ち、威嚇しそうになるのをこらえ顔に笑みを浮かべようと苦労している。

 そんなリーシェに、ロレインが言葉をかけた。ただの挨拶だったが、落ち着いた態度と滑らかな話し方には好感が持てる。

 マークがそう思っていると、腕を軽く引っ張られた。視線を下に動かせば、唇を尖らせたリーシェが睨んでいた。

 リーシェが何を考えているか、マークにはわからない。だが、不機嫌な顔も可愛らしいので、視線をそらさず見つめ続けた。

 リーシェは唇をむにゅむにゅと動かし、瞳は次第に不機嫌さを消していく。嬉しそうな顔に変わり、視線を落としたリーシェは、マークの腕に頬を擦りつけた。


 その一連を見せられ続けた人達は、無言だった。

 会話が弾む空間ではなかった。

 彼等は、この空間を途切らせる執事が来るのをじっと待っていた。

 しかし、途切れたとしても、食堂でまた繰り広げられるに違いないと思うと気が重かった。

 ガルフォンス家の男達はもともと会話が弾まない。予想通りの食事時間が訪れたのだった。




 寝静まった深夜。


「マーク……どこ?」


 リーシェは屋敷西側の二階廊下を徘徊していた。マークの部屋があるからだが、そこにはいくつもの閉ざされた扉が並んでおり、どの扉がマークの部屋かわからなかった。

 扉を開けてマーク以外の人だったらと思うと、扉を開けてまわることはできなかった。


「マークぅ」


 静まり返った暗闇がリーシェを取り巻いている。暗闇に慣れた目でも、薄い月明かりしかない今夜は、ほとんど何も見えない。

 リーシェは二階へと上がる階段の最上段に腰かけた。廊下の伸びる背中側は先へ行くほど闇で覆われていた。

 しかし、そこに並ぶどれかの扉の先にマークがいるのだ。


「マーク……」


 リーシェはそう呟いてみる。その声をマークが聞きつけてくれるかもしれないと思うと、そこを動くこともできず。

 耳を澄ませてじっと待つ。何度も呟いては、それを繰り返し。


 何度目の後だったか、リーシェの背後でキイッと扉が開く音がした。

 振り向くと、そこには歩いてくる男性の姿が見えたような。暗くて見えないけど、その歩き方は、マークで。

 リーシェはそこに向かって飛び込んだ。


「リーシェ。こんな夜更けに何をしているんだ?」


 全く顔が見えない暗闇の中、マークは胸でリーシェを抱きとめていた。これが別の男だったらどうするつもりだと、リーシェの軽はずみな行動に眉をひそめる。

 しかし、リーシェはマークの胸に頬をすりよせぴったりと張り付いた。


「目が覚めたの。ね、マークの部屋に行っては駄目?」


 少し上を向いてリーシェが囁く。その動きをわずかに捕える事が出来ても、顔の表情まではわからない。だが、声の調子からは全く眠気を感じず、遊びたいと誘いかけているようだった。


「駄目に決まっているだろう? 俺の部屋にお前の寝台はない」

「一緒の寝台で寝ればいいでしょ?」

「狭いから駄目だ」

「寝台の下でもいいから。入れて? ね?」

「駄目だ。この屋敷に来る前、大人しく言う事を聞くと約束しただろう?」

「だって……寂しい」

「リーシェ」


 マークは部屋に入れてくれないようだとリーシェは判断した。それなら。


「じゃあ、ね? ん? んん?」


 リーシェはマークの首に腕をまわして背伸びをしていた。届かないので、リーシェは時々こうやってキスをねだる。温泉でキスをしてから妙に気に入っているらしい。

 マークとしても楽しいので拒絶することはなかった。

 しかし。

 ここで、か?とマークは躊躇した。ハルファング家の借家と違い、使用人を多く抱えたこの屋敷の廊下は、誰もが行き交う道のようなもので、家の外と同じような空間だ。誰が見ているかわからない場所では……。だが、マークがそう考えたのは、僅かの間でしかなかった。温泉も夜の廊下もさしたる違いはない。

 マークはリーシェの腰を軽く持ち上げ、キスしやすいようにしてやり、唇を寄せた。

 軽く済ませるつもりだったが。

 暗闇で抱き合っていて、それで済ませられるはずもない。

 繰り返されるキスは、だんだん長く深くなっていった。

「はふっ」

 合間に漏れるリーシェの息が上がっている。身体の力も抜け、マークの腕が無ければ立っていられないかもしれない。

 だが、より深くなるキスに、リーシェは満足しない。

 息が上がり苦しげな呼吸だというのに、もっと、もっとと催促するばかりで。それでもマークは、強請るリーシェに応えてやる。リーシェのためか、自分のためかはどうでもよく。

 温泉とは違い、夜であることが冷静だったマークの思考をぼやかしていく。

 互いの身体を辿る手に熱がこもり、そこから相手の反応を引き出そうとする。マークの腕にも手にも力が込められ、リーシェのあちこちを滑り、その感触を確かめる。リーシェの腕は力なく、掠めるようにその指先がマークの身体を辿る。

「ね。マーク。部屋に、ね?」

 この状態で部屋になど入れられるわけがないだろう。マークはリーシェの言葉には抵抗した。だが、離すのは惜しい。

「駄目だ」

 低く短い言葉でリーシェに返す。

 そうしながらも相手の声を奪う。リーシェは言葉で抗議できず、更にマークの首へと縋りつき、その肢体をくねらせ押しつける。

「ね? ね?」

「リーシェ」

 マークの声も少しずつ変化していく。低く擦れ、リーシェの耳をくすぐる。

 次第にマークも、闇に侵食されるように思考が狭められ。そして、なぜリーシェに駄目だと答えているのか、わからなくなっていく。

 彼女が望んでいるというのに、自分も望んでいるというのに。抗う意味があるのだろうか、と。

 だが、頭の片隅で辛うじて、リーシェと自分では意味が違うんだと考える冷静さは残っていた。その冷静さゆえに、意味が違ってもリーシェは拒まないだろう、とも判断できてしまい。

 リーシェを抱き締め、甘い陶酔に流されかけた時。


 バンッ。

 と二人の近くの壁が鳴った。


 弟の部屋だった。どうやら、起きていたらしい。

 夜中に、かなり邪魔だったのだろう。

 壁を叩いた音には苛立ちが表れていた。

 身内の艶場面に遭遇したくなかっただろうから、弟には悪いことをしたと思う。だが、正直、助かった。

 リーシェには抵抗しにくくなっているらしい。マークは今更ながら自覚した。

 次は無理かもしれない。そう思いながら。


「部屋まで送る。もう出るんじゃない。夜、他の男に、お前の姿を見せたくない」

 腕の中の温もりを確かめ、その耳に囁いた。ぼうっとしているリーシェに、それが届いたかはわからなかった。


「リーシェ?」

「わかっ、た。夜、部屋から出ない。だから、マークが来て?」

「……そのうちに、な」


 バンッ、バンッ。

 壁には怒りがこもっていた。

 破壊されそうな音だ。

 一度目は弟に同情していたマークだったが、今度は、さっさと寝ろ、邪魔だ、と思った。薄情な兄だった。


 ようようマークはリーシェとともにリーシェの部屋へと歩き出した。

 部屋の前では、入る入らないの甘いやりとりがあり。二人は再び扉の前で甘々な時間を過ごした。

 弟の介入はなかったものの、隣が家庭教師の部屋だったため、マークの理性が総動員された。

 良かったのか悪かったのか理性が勝利したマークは、溜め息をつきつつ自室へと戻ったのだった。



 翌朝の食堂で、視線を絡めては微笑み合う鬱陶しい恋人達を前に、疲れ果てた父と呆れ果てた弟は黙々と食事を取っていた。ロレインはその世界から超越した独自の空間を作り上げることに成功していた。


 ガルフォンス家が今後どうなっていくのか。

 未来を知る者は、いない。



~The End~


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