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第二十話

 ――眠れない。

 何度も寝返りを打ちながら、眞耶はそんな事を思っていた。枕元にある時計は、現在午前一時半を指している。通常なら、まだ眠っている筈の時刻だ。

 理由は自分自身でもよく分かっている。おとといから続いている、謎の失踪事件だ。

 毎朝未明、客人である少女達が消えていく……そんな事が二日も続けば、疲労困憊するのも当然といえよう。

 身体が疲れ過ぎて、逆に眠れない――今の眞耶は、まさにそんな状態だった。


「……お二人とも、一体何処へ行ってしまったのかしら」

 いい加減眠るのを諦めた眞耶は、事件についての思考を巡らせる。今朝――実際は、昨日の朝だが。今度は美玖が失踪した。昨日と同じく、靴以外の荷物類を全て置いて……。

 靴が無いという事は、屋外に出た事の何よりの証明だ。動機はさておき、彼女が夜明け前に旅館を発ったのは言いようの無い事実だろう。


 莉沙曰く、そんな理由は何一つ心当たりが無いし、芳恵を探しに行くようなそぶりも見せなかったという。

 もっとも、莉沙に心配を掛けさせない為、わざと一人で探しに行った――という事で、一応の説明はつくのだが。

 そんな考察を巡らせている眞耶の中には、もう一つの疑念が浮かび上がっていた。


 ――何故、三人来た客のうちの二人しか行方不明になっていない……?


 ……勿論、二人は莉沙を置いて意図的に消えたのかもしれない。だとすると、荷物を持っていかなかったのはおかしいが。

 しかし、もし二人が消えた事が何らかの策略だったのなら――この事件はまだ、終わっていないのかもしれない。


 莉沙が深い森の中で二人を殺したのなら、そんな事は無いのだろうが――もし、そうでは無かったら?

 勿論、確証は何もない。……だが、客のうちの二人が消えたのだ。もう一人が消えてしまっても、何らおかしい事はない。

 ――明日の朝、果たして莉沙は此処にいる事ができるのか?

 眞耶の胸には、いつしか暗い疑惑が浮かび上がっていた。


 その予感は、見事に的中する事となる――。




 翌朝七時半。莉沙の部屋へと朝食を運びに行った眞耶が見たのは、一足も靴が置いていない玄関だった。

 それを少し不審に思いながら、眞耶は障子越しに声を掛ける。

「――失礼致します。狩野様、御食事をお持ちいたしました」

 そう言って数秒ほど待ってみるが、返事が無い。それどころか、衣擦れの音一つ耳に届かない。……何か嫌な予感がした眞耶は、静かに引き戸を開けてみる。まだ眠っているのなら、急いで引き返せばいいだけの話だ。

「……やっぱり」

 眞耶の視界には、部屋の調度品である木製の家具と、無使用の掛け布団だけが映っていた。




 全く手の付けられていない膳を持って帰ってきた眞耶を見て、女将は目を丸くした。

「……眞耶。これは一体?」

「――」

 女将の問いには答えず、眞耶は静かに首を横に振る。その動作だけで、彼女は何が起きたのか察したらしい。

 悲観に暮れる女将を見ながら、二度ある事は三度あるとはよく言ったものだ――と眞耶は思った。

 その声を聞きつけたのか、熊谷が奥からやってくる。


「どうした、伸子」

「またお客様が消えられたのよ! きっと、山神様がお怒りなのだわ。ああ、一体どうすれば――」

「また、という事は、例の三人組か?」

「ええ。きっとこれは、山神様の祟りなんだわ」

「……伸子。まずは落ち着きなさい」

 女将の事を唯一名前で呼ぶ彼は、仕舞いにはすすり泣きまでし始める彼女の頭をそっと撫でる。そして、困惑した様子で眞耶を見やった。


「眞耶、一体どういう事だ?」

「私、いつも通りにお部屋に朝食を持って行ったんです。でも、そこには空っぽの布団しか無くて……。この前と同じで、靴も無くなっていました」

「成程」

 眞耶の言葉を聞いた熊谷は、太い眉を歪める。そして、情緒不安定な女将の頭を再び撫でた後、彼は廊下側へと歩を進めた。


「取り敢えず俺は、警察に連絡する。伸子、眞耶――お前達は、すぐに状況説明出来るようにしておけ。手荷物を置いて、三人も行方不明者が出たんだ。こいつはただ事じゃあない」

「で、でも、そんな事をしたら、山神様がまた――」

「伸子。人の命がかかっているんだぞ。分かっているのか?」

「……それもそうね。分かったわ」


 そう言いながらも、女将の表情は暗い。……この辺りで育ってきた眞耶には、その気持ちがよく分かる。

 (あが)めるべき存在である山神様に対する不敬な行為――それが何を意味するのか、幼い頃からずっと言い含められてきたのだ。しかも、女将はかなり信仰が深い。

 自分の人生観を否定されるような言葉。それがどんなに辛い事か、眞耶にも少しは分かるつもりだった。

 此処出身ではないにしろ、熊谷にも彼女の気持ちは分かるのだろう。彼は眞耶をちらりと見やり、そっと呟いた。

「……眞耶。伸子を頼んだ」

「はい」

 眞耶の言葉に安心したのか、熊谷は小さく頷いた後、廊下へと駆けだしていった……。




 その後、慌ててやってきた警察により、懸命な捜索が続けられたものの、三人の姿が見つかる事はついに無かった。

 旅館側を追及するも、証拠不十分の為犯行へと関与した事は認められず……警察は今回の件を不幸な事故と断定し、やがて捜査は打ち切られる事となった。


 神隠し事件発生からは、もうじき一年が経過しようとしている――。

今回の話で、眞耶の回想編は終わりとなります。

次回からまた現代編へと戻りますが、これからもお付き合い頂ければ幸いです^^

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