第二十一話
「――これが、私の知る全てです」
「成程」
長い話をようやく終えた眞耶は、ふっと息をついた。彼女の話を出来る限り思い出しながら、啓輔は早速思考を巡らせる。
眞耶の話から察するに、女将はこの件を、山神様の祟りだ――などと思っているらしい。
……だが、そんな事は絶対にありえない。祟りや呪い。そんな物は、現実には存在しない。三人組を消した犯人は、間違いなく血の通った人間なのだ。
――最初の話を聞く限りでは、美玖が芳恵を殺害し、遺体を森の何処かに隠したのだと思っていた。……しかし彼女は、その翌日に失踪する事となる。
これだけなら、罪に怯えた彼女が自殺した、という可能性が考えられない事もない。だがそれが真実なら、その翌日に莉沙が消える必要は無いのだ。
とすると――怪しいのは、莉沙か眞耶を除いた旅館従業員達という事になる。……もっともこれは、彼女が全て真実を語っているという前提の上で成り立つ仮説だが。
そんな啓輔の疑念を察したのか、眞耶は不快気に眉を顰める。
「今私が話した事は、全て本当の事ですよ。もちろん、疑うのは探偵さんの勝手ですが」
「いや、そんな事は思っていませんよ……」
そう言う割に、啓輔の語調はどんどん弱まっていく。そんな啓輔を見ながら、眞耶はくすりと笑った。
「嘘吐くの、下手なんですね。……探偵さんなのに」
「正直者、とでも言ってくれませんかね」
苦笑交じりにそう言うと、眞耶は小さく噴出す。彼女はひとしきり笑った後、すみません――と謝りながら、涙交じりに啓輔を見やった。
それが何となく気恥ずかしく、啓輔は話題を変える。
「そういえば、失踪者の方――携帯は持っていなかったんでしょうか? 何か緊急事態が起きたなら、連絡して助けを求めるという事も可能だったと思うのですが」
「此処ら一帯は、電波が届かない環境なんですよ。固定電話しか使えない、不便な土地です」
「……ああ、それもそうですね」
啓輔は、胸元に仕舞っておいたままだった携帯を取り出す。初期設定のまま変えていない待ち受け画面には、“圏外”という赤い文字が浮かんでいた。
そういえば此処、山奥だったっけ――今更ながら、啓輔はそんな事を思った。
それが面白かったのか、眞耶は再びくすりと笑みを零した。しかし、その笑顔はすぐに真顔へと変わる。
「沢内探偵。探偵さんは、女将達従業員が怪しいと睨んでいますか?」
「――さあ、どうでしょうね」
はぐらかす間際、一瞬間が空く。その意味を、眞耶は十二分に理解したようだ。彼女は寂しげに微笑みながら、ぽつりと呟いた。
「確かに今の話を聞く限り、女将と熊谷さんは怪しい存在だと思います。……熊谷さんは体格も良いですし、遺体の移動なんかも、他の人と比べれば容易に出来る――なんて、そう思ってはいませんか?」
「……まあ、全く考えていないといえば、嘘になりますね」
「そう、ですか」
覚悟はしていたようだが、はっきり言われるのはやはり辛かったらしい。一瞬、眞耶が泣きそうな顔をする。
無理に口角を上げながら、彼女は言った。
「旅館関係者の私が言っても信じて貰えないとは思いますが、女将達はそんな事をする人じゃないんです。赤の他人にも本当に優しくしてくれて……本当に、良い人達なんです!」
「――だから、今回の件は事故だと、そうおっしゃりたいんですか? それを、自分だけの判断に委ねるのでは不安が残るから、探偵である私に、調査を依頼したと?」
「……」
今度は眞耶が押し黙る番だった。何も言いはしないが、その瞳を見れば、彼女が是と言っている事は伝わってくる。
不快にさせてしまった――そう感じた啓輔は、強張っていた頬を緩め、穏やかな微笑を浮かべた。
「分かりました。出来る限りの事はします」
「……事件の調査。引き受けて、下さるんですか?」
「ここまで話を聞いたというのに、今更見捨てる程、私は薄情者では無いですよ」
啓輔がそこまで言い切ると、不安げだった眞耶の顔がぱあっと晴れる。ころころと変わる彼女の様子に、啓輔は少々面食らった。
「ありがとうございます! 私に手伝える事があったら、何でも言って下さい! 出来る限りの協力はします!!」
真っ赤に頬を染めながらそう告げる彼女は、まるで天使のように愛らしく、輝いていた。




