砕けた幸せ
カシャンと音が響く。
生活の命綱が断たれた。
愛しい人と繋がる方法も消え失せた。
孤独な化け物になってしまう。
薄明りの中で起きた小さな悲劇。
平穏な幸せは確かに崩れた。
『ケイトさん、嫌なことをさせてごめん』
いつも通り仮面を手入れし、魔法陣が作動するように魔力を込める。
ただ、それだけでコールの大切な仮面は砕け、壊れてしまった。
原因は経年劣化。
もう十年以上も魔力を込められ続け、複雑な魔法を作動させ続けた仮面はとうとう限界を迎えたのだ。
むしろ仮面は寿命の想定範囲を大きく超えて、随分と長くコールの役に立ってくれた。
製作を愛し、大切に道具を扱う彼に応えてくれていたのかもしれない。
だが、それでも仮面は呆気なく、唐突に壊れてしまった。
仮面にはコールの目を隠し、かつ他者からの視線をぼやけさせるという効果がある。
人見知りで他者からの目線を極端に嫌うコールにとっては必須のアイテムだった。
だが、仮面の効果はそれだけではない。
むしろ、コールにとっては仮面に仕込まれた魔法陣の効果の方が重要だった。
自分の意志に関係なく勝手に発動させてしまう彼の恐ろしい魔法。
それを封じるためにコールは就寝時と入浴時以外、常に仮面を装着していた。
しかし、それが壊れ、身に着けることも魔法陣を作動させることも敵わなくなってしまったため、コールは外出と発声まで禁じる必要が出てしまった。
コールは今、誰かと関わることが、特に愛しいサニーと会うことが酷く恐ろしい。
そのため、コールは自宅に引きこもり、ケイトには「コールは重めの風邪を引いた」と嘘をついてもらってサニーを追い返してもらっていた。
ケイトにとって、コールは大切な甥だ。
彼と親しくするサニーのことも大切に思い、二人の仲の良さや彼女の一途な想いも知っている。
コールを心から心配して会いたいと願うサニーを何度も拒絶し、冷たくあしらうのは苦しい事だろう。
しかし、それでもケイトはコールの心を守るため、サニーを追い返し続けていた。
つい先ほどもサニーの訪問を断ったばかりで、ケイトは浮かない表情でキッチンのテーブルに座っている。
すっかり冷めた茶を啜り、ケイトは小さくため息をついた。
ケイトやサニーのことを思うと、コールの心もじくじくと痛む。
コールはまだ一口分も食品を救えていないスープをテーブルの上に置き、代わりにペンを持つとサラサラとメッセージを書いてケイトに見せた。
コールの謝罪に、ケイトは首を横に振った。
「嫌な事じゃないわ、コール。必要な事だもの。でもね、やっぱり辛い。だってサニー、とっても熱心なんだもの。貴方のことを大切にしているのが伝わって、あなたのことが大好きで堪らなくて、手助けだってしたいって思ってくれてて、それなのに私は何も言ってあげられない。ただ、かえってと願うことしかできない。それは悲しいことだわ」
『サニー、泣いてた?』
「いいえ。強い子だもの。じっとね、私の目を見て探るの。私の心を、私を通じてコールの現在を。そして、ずっと見つめた後は悔しそうに帰っていくの。明日も来ますって言い残して。あの子は私たちの嘘を見抜いている。けれど、今は何もしないのはサニーなりに考えがあるのかもね」
サニーは小心者な面もあるが普段から次期村長として村の運営を行っており、頭も切れるし度胸もある。
計画性だってあるし、何より活発だ。
特にコールが関わることに対してはかなり大胆に動く側面もある。
大人しくしているのは今の内だけだろう。
そろそろ、コールは本格的に自分の魔法へ策をとらなければならない。
「ねえ、コール。やっぱりサニーに話したら? あの子なら受け入れてくれる。絶対に」
クシャリ。
意図せずコールの両手に力が入って、手元にあったメモ用紙が握りつぶされる。
コールは丸まった紙を丁寧に開くと、震える手で文字を書いた。
『絶対はないよ』
ペン先にぽたりと透明な水の粒が落ちる。
それはコールの涙で、彼は静かに嗚咽を溢して泣いていた。
次々に水滴が落ちて、あっという間に紙面全体が変色する。
「そうね、そうだったわね」
ケイトはそっと席を立つとコールの隣に座って背を撫でた。
コールは目元を拭い、再びペンを持つと毛羽立つ紙面にグチャグチャの文字を書く。
『僕が、何とかするから』
不明瞭なソレは確かにコールの決意表明だった。




