3.反省会
そういうわけで、反省会です。
夜会から数日後になっても父は何故かガタガタと震えていましたが、そんなことはお構いなくも反省会をきっちりと行います。
まずもなにも、反省すべきは父だけです。父さえ暴走しなければ、あのような騒ぎにならなかったのですから。注目されたリュシエンヌ様への求婚が過熱しなくてすんだのですから。
正式には婚約者はいないことになっているリュシエンヌ様への婚約の打診を、シャルロット先生もブレーズ伯爵もなんとかお断り続けているという話を耳にしましたわ。もちろん、リュシエンヌ様本人の口から伝わったものです。
そうやって被害とも言えることが起こっているので、父にはきちんと反省して貰わねばなりません。
ちなみに、どうして夜会から数日経っているのかの疑問は、父の仕事の都合が付かず、且つわたくしも課題があったりしたもので寮から戻って来れなかったからですわ。
「……夜会でのことは反省している。私もどうかしていた。すまなかった」
夕食後に人払いをして、開口一番に父はわたくしたちに謝罪をしました。ガタガタと震えていたのは、とんでもないことをしたと理解し反省していたからでしょう。わたくしたちに謝罪したとして、許されないかもしれないという恐怖が父にはあったのかもしれません。
それはそれとして、許しませんが。
「父上、お聞かせください。何故あのような振る舞いを? ブレーズ伯爵夫人が父上の初恋の人だということを考慮しても、リュシエンヌ嬢に対する父上の振る舞いはなんというか……ソランジュに対する時と同等かと」
そうなのです。兄の言うとおりですわ。
父がわたくしを溺愛していることは、わたくし自身も重々承知です。そんな愛娘を溺愛する父が他家のご令嬢を溺愛するとうことは、わたくしたちは父を疑わなければなりません。
そもそも異常だと思うのです。
忘れられない初恋の人がいることは、貴族の婚姻ではよくある話ですわ。だからその件に関しては責めるつもりはありませんし、母との関係は円満以外の表現ができませんのでそれでいいのです。
しかし、かといって初恋の人の娘を溺愛するのは如何なものでしょう。ご自身のきょうだいの子ならばまだしも、ブレーズ伯爵家と我がラインバウト公爵家が縁続きという話は聞いたことがありませんわ。つまり、まったくの赤の他人なのです。
それなのに、何故。
父は母の方をちらりと窺いました。母は相変わらずおっとりと様子を見守っているようで、すべてを受け止め受け入れる姿勢です。いいえ、もしかしたらもう既に認めていらっしゃるのかもしれません。
「はっきりと、お訊ねします。お父様は、ブレーズ伯爵夫人と不貞をいたしましたか?」
「なっ……ソランジュちゃんが不貞なんて言葉を使ったらだめでしょうが!」
「今はそのようなお話はしておりません!」
……まったく。いつもの父の調子なので、わたくしと兄が抱いている疑惑は事実ではないのでしょう。
それならば、何故、なのです。
「……ディオンもソランジュちゃんも、父を嫌いにならない? 特にソランジュちゃんに嫌われたら生きていけないんだけれど」
「とどめを刺す準備はできておりますわ」
「大丈夫です、骨は俺が拾います」
「まあ! マティアス様の骨ですもの、わたくしも拾って差し上げますわ」
「わぁ……もう既に嫌われているね、私……」
自覚がおありでよかったですわ。
しょんぼりとなさった父は、大きく深呼吸をしてからピリッとした空気をまとわせました。
愛妻家の、子煩悩の穏やかな父の姿ではありません。先ほどまでの情けない姿でもなく、まるで公爵として法務大臣として振舞っている時のような。
何度見てもわたくしはぞくりとしてしまい、父を恐ろしく思いました。
「神に誓って、不貞はしていない。だからお前たちが懸念しているようなことはない」
……信じましょう。
「ただ、リュシエンヌ嬢が可愛くて仕方がないのは事実だ。もはや気持ちはソランジュちゃんに対するそれと同じ。いいや、ちゃんと別枠。別枠で可愛いなって思っている。できれば養女にしたい」
「それではソランジュに対するお気持ちと同じですわよ、マティアス様」
「え、違うよ? ちゃんと違うからね?!」
そんなに慌てなくても、わたくしも母と同じように思っておりますわ。父にとって、リュシエンヌ様は娘も同然、ということなのでしょう。
「私がソランジュちゃんに思ってるのは、一生幸せにするからお父様のそばで健やかに過ごしなさい、結婚は許しませんということ! 対してリュシエンヌ嬢に思ってるのは、君が幸せだったらなんでもいいから見守らせて欲しい、結婚相手は私が選んであげる!」
「ほとんど同じですわ!!」
「違うだろう?! ……ちがう、だろう?」
いいえ、ほとんど同じです。
わたくしは父のそばにいなければなりませんが、リュシエンヌ様は父が見守るということ。
わたくしの結婚は許しませんが、リュシエンヌ様の結婚は父が認めた相手ならばということ。
多少は緩い判定をするかもしれませんが、父がそう易々と誰かを認めるとは思いません。つまり、リュシエンヌ様の結婚もこのままでは絶望……では、ありませんわね。
わたくしは兄を確認しました。すると一つ頷くので、兄に任せようと思います。
「ならば一つ。……リュシエンヌ嬢には、婚約の約束をしている相手がいます」
「なんだと?! ディオン、お前は知っているのか?」
兄は一つ深呼吸をすると、父をしっかりと見つめます。
そうです、やっておしまいなさいませ、お兄様!
「イフィジェニー大公家が次男、サシャ殿です」
父のその絶望顔。これほど愉快な気持ちになったことはありませんわ。
そうですわよね。いくら我がラインバウト公爵家であっても、大公家の方に抗議できませんわよね。
縁続きもないブレーズ伯爵令嬢との婚約の話に、口出しなんかできませんもの。私が見守っているだけの令嬢だ、と抗議できるのならばしてみるがいいですわ。
「……はっ! そうだ、サシャ殿にはソランジュちゃんと……いいわけないじゃないか! ソランジュちゃんが結婚なんてありえないけれど、リュシエンヌ嬢の婚約を阻止したい気持ちが……くっ……私はどうしたらいいと思う、グレース」
「そうですわね……マティアス様は、リュシエンヌ様への投資だけをしていればいいと思いますわ。夜会の時、ブレーズ伯爵夫人があの場を収める時に咄嗟に仰っていたでしょう? それを実現なさったら如何です」
「そうしたら……」
「そうしたらブレーズ伯爵家との縁もしっかりできますし、時には夫人やリュシエンヌ様とおしゃべりも可能かと思うのです」
「……ぐ、ぐれぇすぅぅ!!」
にこり、と母が微笑んで見せると、父は感激したように母を抱き寄せて顔中にキスを降らせます。
子供のいる前でよくできますわね。まあそのくらいは慣れてはいますけれども。
父は反省会の場から去るようです。リュシエンヌ様への投資のあれこれを、今からでも準備したいのでしょう。
仕事ができた、と仰った父は、晴れやかな笑顔でわたくしたちを残して出ていきました。
「……で、母上。どういうことです?」
「あら、なぁに? ディオンったら。だってブレーズ伯爵夫人に頼まれたんですもの」
母は手紙を一通取り出すと、兄に手渡しました。
「そこに書いてあるでしょう? おそらく娘は公爵様の庇護欲を掻き立てたでしょうから、あの場で咄嗟に出してしまった投資の件の方に誘導して抑えてください。そうしなければ、公爵様は娘の未来を潰しかねません、ですって」
「お父様が、リュシエンヌ様の未来を潰す……?」
母が言うには、父はシャルロット先生に恋をしていた頃もこうやって暴走なさっていたとのこと。
才媛と呼ばれたシャルロット先生も、本当は研究者として生きたかったのですって。ですが父があれこれと動き続けた結果、シャルロット先生の研究への熱意を奪ってしまったのだそう。
「なるほど。ブレーズ伯爵夫人は、投資だけと釘を刺しておき、他の行動をなさるのならその投資すら遠慮なさる、おつもりですね?」
「ええ、そうよ。ですからディオン。ブレーズ伯爵と契約を結ぶときに、そのようにして欲しいの。あなたならできるでしょう? 次期ラインバウト公爵ですものね」
「承知しました。投資していた分は慰謝料として返還しなくてもよい、の文言も添えましょう」
そう仰って、兄も部屋から出ていきました。きっと、父のお手伝いをなさるのでしょう。
母と二人きりになったので、反省会はこれにて終了ですわね。
わたくしはゆっくりと立ち上がると、母に挨拶をしてから自室へと戻ろうとしました。けれど、それを母は阻むのです。
「さて、ソランジュ。あなたにはお話ししておくから、ちゃんと座ってちょうだいね」
母に促され、座り直します。すると母は微笑みながらも、ゆっくりとお話を始めました。
「知っての通り、お父様はソランジュのことが大好きよ。ディオンのこともね。大好きだから、ちょっと加減を間違えてしまうの。それはずっと変わらない。見守るだけなんてできやしないのよ。だって大好きなんだから。できれば手元に置きたい。できれば不自由をなくしてあげたい。そうやって手を出してしまうの」
わかります。父はそういう人。だから仕事では「大好き」を作らないように、贔屓をしないように、ずっとずっと冷静に判断なさっている。
その結果、家族への、特にわたくしへの異常な溺愛があるのだけれど。
「だからブレーズ伯爵夫人は……シャルロット様は潰れてしまったのね。受け止めきれなかったのよ」
「……お母様は?」
「わたくし? わたくしはね、すぐに捨てているわ」
「捨て……?!」
「わたくしだって受け止められないもの。でも、すぐに捨てたらいくらでもまた貰えるでしょう? わたくしにはそれができたのよ」
さすがは母ですわ。この度量、父の伴侶は母でなければ成し得ないのでしょう。
「本当は、今回の夜会にシャルロット様は出席したくなかったのかもしれない。きっとリュシエンヌ様から医術院でのことを聞いていたでしょうから、もし娘が気に入られていたら、と。でも逃げてばかりでは、あれこれと策を練って接触してくるかもしれない」
「……ええ、お父様ならそうなさるわ」
きっとあの日、リュシエンヌ様に会いたいと仰った時も練った策の上だったに違いありません。なにがなんでももう一度リュシエンヌ様と顔を合わせ、彼女を見守るという名のお節介をたくさんたくさん、それこそ広大な海のようになさるおつもりだったのでしょう。
――あら? でも母はあの時、父の味方をしていませんでしたか?
「わたくしもね、本当はお止めしたかったの。けれど無理だとも思ったのよ。だから、来る来ないはシャルロット様のご判断に任せようかと。才媛と呼ばれた方ですもの、策の一つや二つ、あったでしょうから。でも……シャルロット様は、リュシエンヌ様の気持ちを優先させたみたいね」
「どういうことです?」
「だってリュシエンヌ様、ソランジュとお友達になりたかったのでしょう? いいきっかけだと思ったのでしょう? わたくしが同じ立場なら、この機会を逃さないわ」
「そんなの、学園で……ああ、わたくしとは学科が違いますものね。顔を合わせる機会は少ないですわ」
つまり、シャルロット先生は本心では夜会に出席したくなかったけれど、リュシエンヌ様という可愛い娘のために出席をした、ということ。
なんてお強いのでしょう。ますます尊敬いたしますわ。
それに、母も。おっとりとしているだけではなく、父を見守っているだけではなく、ちゃんと、本当の意味でちゃんと、父の隣にしっかりと立ち、手綱を握っているのですね。
「よくわかりましたわ、お母様」
「ええ、これからもお父様のことはお母様がちゃんと軌道修正をして、ディオンにも手伝って貰うから大丈夫よ。だからソランジュも、気になる殿方がいるならちゃんと仰いね。あなたもお父様に縛られなくていいのよ」
母にそう言われ、わたくしは深く頷きました。こんなにも頼もしい思いをしたのは初めてかもしれません。
わたくしと母が穏やかな気持ちになっていると、不躾にもバンっと扉を乱暴に開ける音がしましたわ。このように礼儀も品もない扉の開け方をするなんて、一体誰なのかしら。
「グレース、ソランジュちゃん! いいことを思いついたよ! ロロット……じゃなかった、ブレーズ伯爵夫人と合わせる顔がなくて彼のことも避けていたけどね、ブレーズ伯爵も支援しようかと思うんだ! そうしたらほら、もっといろいろと手伝うことができるだろう? リュシエンヌ嬢も父親の研究が捗るなら幸せだろうし、そうしたらブレーズ伯爵夫人も幸せだろう。ああ、思いついてよかった。私はこれからそちらの方向で進めようと思うから、グレースもソランジュちゃんも、夫人やリュシエンヌ嬢と親交を深めて欲しい!」
……
満面の笑みの父の後ろで、兄が頭を抱えています。
「……お父様っ!!」
終わり。
ありがとうございました!




