表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
―響きを探す―
PR
117/117

蒼の季 向夏-35.歓迎の声

 水の音を聴きながら小川に沿って進むと、遠くに橙の灯りが見えた。

 暮れかけた林に灯るその灯りは、風に揺れながら火の粉を飛ばす。


 洞窟の入口を示すように、そこには小さな集落が作られていた。



 ヒュースとアディが、馬を走らせて集落へと先駆ける。


「夜になる前に着けて良かったですね」


 周りに灯りがない山の中は、夜になると何も見えない。

 レイランの表情は、鞍に付けられた魔導灯でうっすらと見える程度だ。


「これだけ灯りがないと、夜って暗いんだなって思うよな」


 ユアンは星空を見上げて感心している。

 王都に来たばかりの頃は、夜の明るさと賑やかさに驚くばかりだった。


 それが今では、この暗闇と静けさが懐かしく感じる。

 夜のこの静けさは、変わらず心を落ち着けてくれるものだ。



 ドワーフの集落に着くと、ヒュースとアディがドワーフに話をしてくれていた。

 集落の入口に立っているドワーフは、火が揺らめく灯りを持っている。


「無事に来られて良かった! バドゥ爺様から話は聞いている」


 灯りを顔の横に上げて、頬を思いっきり引き上げて笑う。

 顔と一緒に動くたっぷりの髭が焦げてしまわないかと心配になる。


 馬から降りて中に入ろうとすると、彼はこちらを手で制した。


「集落の中では、魔導灯は消してくれ。この辺りの虫は、虫除けがあっても魔導灯の魔素に集まって来るんだ」

「魔素に……?」


 光の魔導石は、虫除けの陣が刻まれているものがほとんどだ。

 そのお陰で、夜でも魔導灯に虫が寄りにくくなっている。


「そうなのか、失礼、すぐに消す」


 レイランとヒュースは、鞍に付けていた魔導灯を消す。


「いや、珍しいだろ? この辺り特有だ。虫だけなら鬱陶しいで終わるんだが、それを食べにくる羽トカゲが厄介でな。噛まれると血が止まらない上に腫れ上がる。あんたらも気を付けてくれ。もし噛まれたらカバの樹液がないと酷いことになるからな」


 カバの樹液……?

 さっき分けてもらった樹液のことだろうか。


「ここにはその樹液はないのですか?」

「一応常備はしてあるんだが、最近も数人やられてな。ちょうど使い切っちまった。また分けてもらいに行かにゃならん」


 ドワーフは渋い顔で髭を擦る。


 この集落に治癒師はいないだろう。

 薬が尽きれば、傷を負ったまま数日を過ごすことになる。

 腫れ上がるのなら、熱も高くなるかもしれない。

 この暑い時期だと、そのせいで陽の障りが出てもおかしくない。

 大丈夫だろうか。


 ルティナは分けてもらった樹液を取り出して、ドワーフに差し出す。


「ちょうど先ほど分けてもらいました。これだけあれば、しばらくは足りますか?」


 ドワーフは口をぽかんと開けて、手に持った灯りと大きな目を一緒に近付ける。


「なんだ、あんたら、ヤトと知り合いだったのか? これは助かる。代わりと言っちゃあなんだが、広場に置いてある酒なら、好きなだけ飲んでくれて構わん」

「彼らは……ヤト……というのですか?」

「そうだ、この辺りに暮らす野兎の獣人でな、ヤト族ってんだ。この辺りに木が根付いて林があるのは、あいつらのお陰だって話だ」


 山を育てる種族……ということだろうか。

 確かに、この鉱山にこれだけの木があるのは不思議だった。

 水場を過ぎたあたりから景色が変わり、木々が現れ始めた。

 地質の違いなのかと思ったが、彼らが暮らす場所だからなのかもしれない。


「ルティナはいつも、良い出会いをするね」

「わたしだけではありません。皆さんといると、新しい出会いがあります。本当に……嬉しい限りです」


 ドワーフが灯りを高く上げて、全員を見回す。


「バドゥ爺様はあんたらにそりゃあ感謝していた。失礼があったら、ひと夏禁酒だと言われたばかりだ。ここにいるドワーフは皆、バドゥ爺様と同じ気持ちだ。全力で歓迎するぞ!」


 少ししゃがれた声を張り上げ、彼は大声で笑いながら集落の中へと歩いて行く。

 集落にいるドワーフたちも、なみなみと酒が注がれたコップを片手に、口々に歓迎の言葉を向けてくれた。


 豪快な彼らの笑い声が、静かな夜の山に響く。

 その声を大地が返すように、地面の奥で、微かに何かが震えたような気がした。




 広場を囲むように、いくつもの小屋が建ち並ぶ。

 薪や石が積まれた倉庫、樽やエールの箱が並べられた酒庫。

 屋根と壁だけの開け放たれた建物にはたくさんの寝床が並べられ、ドワーフたちは交代で眠るようだ。


 その隣の、まだ木の香りがする新しい小屋に案内された。

 2つ並んだ丸太造りの小屋には、すぐ横に厩が備え付けられている。


 厩の水桶に、まだ小さなドワーフの子供たちがせっせと水を運んでいる。

 彼らは、大きな荷物を背負ったジェイドを見ると、目をまんまるにして動きを止めた。

 らんらんと輝いた瞳は、憧れのような眼差しを向ける。

 ジェイドはちらっと彼らを見やって、すんとして視線を外したものの、厩の横で静かに伏せた。 


 不器用だが、ジェイドは優しいのだ。



「ここを使ってくれ。多少軋むかもしれんが……」


 ユアンが、木の質感を確かめるように小屋の壁に手を当てる。


「まだ新しい……わざわざ用意してくれたのか?」

「か弱い女性もいるから、整えておけとバドゥ爺様に言われた。俺たちと雑魚寝はさすがにまずいだろう? 皆でやったらこんなの半日だ。禁酒は嫌だからな! ちょうど商人や旅人用の小屋が欲しかったところだし、気にせず使ってくれ」


 顔全部を使って笑う彼と話していると、不思議とこちらまで明るい気持ちになる。

 ドワーフは髭を蓄えているせいか、年齢がよく分からない。

 この話し方を見ると、まだ若そうに感じる。


「ありがとう、助かるよ。遠慮なく使わせてもらう」

「おうよ! 俺はオガだ。何か分からないことがあれば声を掛けてくれ。広場には酒と食べ物もある。自由に過ごしてくれて構わん」

「よろしく、オガ。ユアンだ。荷物を置いたら向かうよ」


 オガは灯りを顔の横に構えて、にかっと笑う。

 案内を終え、広場へと戻る足取りは弾んでいる。

 彼はこれから、念願のお酒がようやく飲めるのだろう。


「ありがたいな」

「ドワーフは、なんだかんだ世話好きなんだと思う。義理堅いし、あったかいよね」


 レイランとリシェも、彼につられて笑顔を浮かべている。


「じゃあ、俺たちはこっちを使おう。ルティナとリシェとセラは隣だな。せっかくだから、ドワーフの食事をご馳走になりに行こう」


 気付けば喉がカラカラだ。

 ドワーフの食事はどんなものだろう。

 きっとお酒に合う料理が並んでいるに違いない。


 扉を開けると、削りたての木の香りに包まれた。

 何とも言えない優しい空気を、胸いっぱいに吸い込んだ。




 広場には、中央に篝火が焚かれ、大きな酒樽が2つ置かれている。

 この広場の主役は、間違いなくこの酒樽だ。


 端の方では、女性のドワーフが忙しく動き、次々と料理を机に並べていく。

 ドワーフたちは気に入ったものを手に取って、代わりに彼女たちへ酒を届ける。


 煙に乗って運ばれてくるのは、直火で焼かれる肉の香りだ。


「お嬢さんたち! 焼き立てを遠慮せずに取っていって!」

「あっちの屋根がある所なら、ゆったり座れるし涼しいからね」


 すごい活気だ。

 直火で肉を焼き、大鍋をかき混ぜながら汗を流す女性たちは、皆いい笑顔だ。

 大きなコップに注がれたエールを飲み、休むことなく手を動かす。

 その姿は、男性のドワーフに負けず劣らず逞しい。


「かっこいい……」

「あははっ、ルティナのかっこいいはこういうのだよね」

「リシェも身体が弾んでいますよ?」

「うん、だって、かっこいいもの」


 並べられた出来立ての料理は、力強い湯気が吹き出している。

 どの皿も山盛りで、とてもひとりでは食べきれそうにない。


「お姉さん……これに好きな分を取り分けてもいいよ」


 服を引っ張られて下を見ると、先ほどジェイドに見惚れていた子供が2人、小さめのお皿を3人分持って来てくれた。


「ジオもロダも、気が利くじゃないか! 取り分けて、涼しいところに連れて行ってあげな!」

「うん!」

「どれがいい?」


 服を掴んだまま、ちょうど顔の辺りにある机を、背伸びして覗き込む。

 抱っこして見せてあげたくなる。

 けれど、ドワーフの子供は大人と変わらない重さがありそうだ。


 その子の身体がふわっと浮き上がる。

 抱き上げたのは、マントを外してやって来たユアンだ。


「取り分けてくれるか? おすすめのはどれだ?」

「このお肉は甘辛、こっちの魚はチーズが挟んであるの。あの大麦は、炊いた後に卵や野菜と炒めてあるよ。どれも美味しい!」

「よし、じゃあ、それを取り分けてくれるか?」

「まかせて! お姉さんは……あんまりたくさんじゃない?」


 ユアンに抱えられた女の子は、ひょこっと首を傾けてこちらを見上げる。

 可愛い……

 目も頬もまん丸だ。

 ニドムと同じくらいだろうか。


「ありがとう、ロダ……かしら? 少しずつ取ってくれる?」

「うん! ひとつ、ひとつ、ひと盛りくらい?」


 料理を指差しながら確認する姿に、目が細くなってしまう。

 思わず何度も頷くと、ロダはにこっと笑って皿に取っていく。


 ユアンの腕の中で、頑張って腕を伸ばす姿は、まんまるの天使のようだ。

 一緒にいたジオはロダよりも少し年上に見える。

 調理場の奥から踏み台を取って来て、取り分ける準備をしている。


「これは何の肉かわかる?」

「ツノイノシシだよ! 今朝罠に掛かってたんだ」

「大物だね」


 リシェの皿に、ジオが丁寧に切り分けて乗せる。


「一切れもらえるか?」


 レイランたちを見ると、ジオは裏へ走って行き、大きなお皿を抱えて戻って来る。


 ジオは、豪快に肉を切り出して皿に乗せる。

 ドワーフには普通の大きさらしいその肉は、リシェの肉の数倍の大きさの塊だ。


「……これが、一切れだったか……」


 男性4人は、言葉を詰まらせる。


「……足りない? もっと?」

「い、いやいやいや、充分だ。できれば……半分にしてくれるとありがたい……」

「半分で良いの? 遠慮しないで! たくさんあるから!」


 ジオの善意の笑顔に、反論できる人などいるはずがない。


「ジオ兄、他のも食べたいんだよ。それだと他のが取れないよ?」


 助け舟を出したのはロダだ。

 やはりこの子は天使だった。

 女の子らしい、優しい気遣いが出来る子だ。


「そっか、そうだな。魚も食べたいもんな」


 ジオは肉を半分にして、その隣に、今度は控えめに魚を取り分ける。

 ちらっとレイランに視線を送り、頷くのを確認して、ほっとしたように皿を渡す。


「ありがとう、ジオ。あとで集落を案内してくれるか?」

「もちろん!」


 火に照らされたまん丸の頬は、つやつやと光を返す。


 その様子を見守るドワーフの女性たちは、温かな目をしていた。


 ドワーフは、子供も同じように働く。

 その子にできることを、役割として持たせている。


 だからどの子も、自分で考えて動けるのだと思う。


「こっちが涼しいよ! 虫もいないから安心して!」


 ユアンの手から降りたロダは、ルティナの皿を持ったまま案内してくれた。

 そこには、丸太を切り出したままの椅子と机が置かれている。


「飲み物は何がいい? 果実水もあるよ。お兄さんたちは……樽? エール?」


 取り分け終えたジオが、ドワーフたちと同じ大きなコップを4つ抱えて走って来る。


「お姉さんたちは……これだと大きい? 小さいの持ってこようか?」

「小さいコップを3つ、貸してもらえますか?」

「待ってね、持ってくる!」


 ジオの走り回る姿は、ドトムを思い出す。


 それぞれが渡されたコップを持ち、ロダに案内されて好みの酒を取って来た。


 ドワーフの料理は、どれもしっかりとした味付けでお酒が進む。

 調味料なのか、使われている素材なのか、どの料理も力が湧くようだった。

 身体を使う彼らには、こういう料理とお酒が何よりのご馳走だ。


 皆が食べる姿を少し離れて見守っていたジオとロダは、満足そうに微笑む。


 食べ終わる頃になっても、彼らはずっとそこにいる。

 目が合うと、もじもじしながらすっと目を逸らされる。

 何か言いたいことがありそうな空気だ。


 ルティナが手招きすると、2人は揃って近寄って来る。


「何か、気になることがありますか?」


 ジオは言いにくそうに下を向いて、小さな声で答える。


「あそこの……魔獣たちは、何を食べるの? 僕たちがあげにいくのは危ない?」


 ジェイドに見惚れていた子たちだ。

 魔獣が気になって仕方がなかったのだ。


「気にしてくれたのね。あの子たちの見える所から近付いて行けば大丈夫。馬たちは果物や干し草、犬っぽい子はお肉も果物も食べます。大きな猫っぽい子達は、お肉が好きです」

「お肉は生?」


 聞き返すジオの表情は真剣だ。

 エールを飲み干したリシェが、ジオに向き直って答える。


「生よりも、火を通してある方が好きかな。あまり熱いのは得意じゃないから、冷めている方が喜ぶと思う」

「……名前、教えてくれる?」

「どの子?」

「全員!」


 ジオは魔獣が好きなのだ。

 ドワーフは、あまり魔獣と暮らしているという感じがしない。

 チノワくらいだろうか。



「ジェイド、ラウラ、フウ……フェン、リズ……アウ……?」

「アウリスだ」

「アウリス……あれ? あと3頭、馬がいたよね?」


 よく覚えているものだ。

 その様子を眺めていたヒュースが、後ろから声を出す。


「黒い馬が、ネロ。薄茶の馬がリン、焦げ茶の馬がベルだ」

「ネロ、リン、ベル……アウリス……フェン、リズ……ジェイド、ラウラ、フウ……。うん、覚えた。ありがとう! 僕たちがご飯をあげてきてもいい?」


 大変じゃないだろうか。

 9頭分のご飯を用意するだけでもかなりの仕事だ。


「ジオ、私が一緒に行って手伝ってもいいか? 道具がどこにあるかも教えてくれ」


 ヒュースが立ち上がり、ジオとロダの後ろに回る。


「うん!」

「行こう!」


 子供たちはヒュースの両手を掴み、走り出しそうに引っ張っていく。

 笑いながらついて行くヒュースは楽しそうだ。


「ヒュースは年の離れた弟や妹が多いから、子供に慣れているんだ」


 ユアンは彼らを見送って立ち上がる。


「さて、ルティナはそろそろ行く? 気になっているんだろ?」

「……え?」


 ユアンの後ろには、アディが控えている。


「羽トカゲに噛まれた人のこと、気になっているんじゃない?」


 ふっと、心が浮き上がる。

 ユアンには、だいたいのことを見抜かれる。


 解散した後に、オガに聞いてみようかと思っていた。

 でも、樹液は渡したし、ルティナでは噛み跡を治療できるわけではない。


「アディは応急処置くらいなら治癒魔法が使えるんだ」

「お供いたします」


 アディは浅く頭を下げる。

 確かに、アディの身体に流れる魔素は鮮やかな水色だ。


「様子を見て、状態を確認するだけでも安心できるだろ?」


 この人は、なぜここまで……心を温めてくれるのか。

 こうやっていつも、言葉にしない小さな不安を掬い上げてくれる。

 

「……ありがとうございます」


 溢れる気持ちを抑えるように、胸に手を当てて立ち上がる。


「片付けは私がやっておきます。いってらっしゃいませ」


 セラが全員の食器を片付け始める。


「わたしとリシェは、ドワーフたちに洞窟の様子を聞いてきます」

「必要なものは借りておくね」


 レイランとリシェは、広場の方へ向かう。



「行こう」


 ユアンの差し出した手を、何の躊躇いもなく取れるようになった。


 この心地よさは、彼の隣にしかないものだ。

 それを、霊核ではなく自分自身が、もう知っている――。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ