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22 初めてのキスは

「待って、星来ちゃん!!」

 

 楓くんの足は速くて、わたしはあっという間に追い付かれ、腕を掴まれ抱きすくめられた。

 それでも涙は止まってくれない。

 

 情けない、

 情けない。

 泣くだなんて。


「ごめん、星来ちゃん、俺……!!」

「ごめんなさい!!」

 彼が何かを言いかける前に、わたしは叫ぶように言った。

 

「わたし知ってて………!記憶喪失の前に楓くんが好きな人は櫻井さんだって……!知ってて…………!!」

「え………?」

「………ごめん……なさい……………」

「櫻井って………?」

 

「それなのにいつも邪魔して………もう邪魔しないから。楓くんはこれからも大切な友達だから………!」

 

「………………友達……………?」

 そう呟き、彼は黙ってしまった。

 

 

 どうしよう………困らせないなんて言ったのに。

 

 そうじゃない。

 

 

 ーーーー楓くん怒ってる…………

 

 当然だ、友達の顔をして大切なことを黙っていたのだから。


 

「…………ごめん、星来ちゃん。俺もう無理だ」

 

「……っ」

 友達すら無理とゆう現実に、ショックのあまりそれ以上言葉が出なかった。


 

 どうしよう…………

 どうしよう楓くんを怒らせた…………


 どうしよう……………どうしよう、ちゃんと謝らなきゃ……………


 


「か…………楓くん、ごめんなさい、わたし………もっとちゃんと友達として距離を………ーーっ!」

 


 瞬間。


 楓くんの唇がわたしのそれを塞いだ。

 あまりの出来事に、頭の中は真っ白になった。



 ………ーーーー!?!?


 え。

 いま…………?


 え?

 なにが。


 なんで………………?


 

「友達なんて無理だ…………こんな…………」

 

 と、楓くんはゆっくり唇を離して、それは懺悔するように言ったのだ。

 

「ーーーーごめん星来ちゃん。俺はキミが思っているようなヒーローでもなければ王子でもない。好きな子がいても声もかけられないようなヘタレで、その子が落とした手作りのキーホルダーに話すキッカケができたと浮かれて階段をすっ転ぶようなマヌケで、人の感情も愛玩する動物も…………キミに降り掛かる不快なことすら利用しようとした………」

 

「手作りのキーホルダー…………?もしかして前に……わたしが落とした……………?」

 

「ーーーー俺はヒーローにはなれない」

 楓くんは自嘲するように目を伏せて、それからスッと切れ長の瞳をわたしへ向けた。

  

「ずっと………キミを見てた。桜の花びらを頭に乗せていたキミのことを。七分間だけの、一駅で降りるキミの背中を見ていた。

 ーーーーあの日からずっと好きだった」

 


 そう言い切る真剣な眼差しに射竦められて身動き出来なかった。


 ………………好き…………って………………?

 わたし、を………………?


 ううん。

 


 ーーーーそんなはずない。

 

 

 ずっと自分が思っていたことと違う彼の言葉をすんなり受け止められるほど器用ではなく、戸惑いと否定が生まれた。

 

 だって、

 だって楓くんは、

 

「さっき……………キス、を…………」

 彼女と過去に………………


 だとしたら、わたしじゃない。

 

「あ………ごめん断りもなく」

「わたしとじゃなくて…………」


 その言葉に楓くんはハッと察したらしく「あれは……!」と言いかけるけれど、グッと何かを飲み込んで気を落ち着かせるかのように少し呼吸を整えた。

 

「じゃぁ………もう一度仕切り直しさせて」

「………?」


 

「さっきは先走ってごめん。今日は………色々と余裕がなかった。初めてのキスは好きな子と………星来ちゃんとそうなれたらと。ずっと前からそんなことを考えて勝手だった」


 ーーーー初めての…………?


「星来ちゃんとのキスで記憶を取り戻したようにしようと…………打算的な考えを。本当にごめん。

 ーーーーもう、キミに嘘はつかない。虚勢も張らない。泣かせたりしない」

 そして彼の双眸は真っ直ぐわたしを見た。

 

 

「キミが好きだ。俺の彼女になってほしい」 


 



 仄かに薄明りの灯る神社に、夏の虫達が心地良い音を添える。

 現実なのかと疑うようなこの空間と楓くんの言葉は、今度は染み渡るように。

 

 さっきとは別のあったかいものが胸を締め付けて、やっぱりさっきとは別の涙が頬を伝った。

 

 

「…………楓くん、は………自分で気付いてないくらい優しくて………」


 お婆さんに見せた気遣いも、キテレツを拾ったことも、決して計算なんかじゃない。

 

「努力して頭も良くて………カッコよくて絵もうまくて」


 プレッシャーに負けず、努力を怠ることなく好きなことも貫き通した。

 

「一緒にいて本当に、本当に楽しくて……………」


 そんな完璧な人の隣に、わたしは友達としても少しだけ迷いがあった。

 

「ーーーーでも、ちょっと不器用だって知ったことが………打ち明けてくれたことが嬉しい」


 見せてくれた、弱さも。


  

「わたしも…………そんな楓くんが大好き」

 



 

 ゆっくりまた彼の顔が近付いてきて、その背後から夜空に大きな花火が上がったのだけれど。

 


 わたしはその儚い大輪の花を見るより瞳を閉じて。



 もっと幸せで甘い夢見心地を味わったのだーーーー



 


次回最終話になります。

金曜日または火曜日更新予定です。

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