20 キミだけが欲しかった(楓視点)
「蓮水楓、両親と姉の四人家族。愛猫はキテレツ。好きなものは没頭する時間、嫌いなものはそれを邪魔する奴だ。交友関係は不明、親友は元から謎だ」
「ほぼ正常だな」
「俺の存在はっ!?」
親父の言葉に圭介以外頷く家族の面々。
確かに一部記憶は無かったが自分自身と家族は覚えていた。
多少の混乱もあり交友関係が曖昧だが己が魔王であることは自覚している。どうしたって女は不快感があり会話をする気にはなれない。
しかし俺はその日ほど、親友というものに感謝したことはない。寧ろ初めてのことだ。
その日、圭介に連れられ行ったカラオケ屋で、俺は天使に出逢いあっさり全てを思い出した。
そう、全てを。交友関係も全て。
そしてこれは絶好の機会であると。
このまま彼女に魔王と知れたら怖がらせてしまうだろう。彼女の趣味は把握済みだ、少しずつ小出しに俺の本性を知ってもらえばいい。
さらに彼女は俺を推し、と言ったのだ。聞けばどうやら俺を戦隊ヒーローに例えているというではないか。
オイオイすでに両想いじゃねーか!?と俺は神に感謝したが記憶喪失を機に魔王を払拭し彼女の言うヒーローにならなければなるまい。間違っても女を睨み付け舌打ちするような下衆と思われてはならないのだ。
しかし、察しの良い人間はいるものだ。
黒崎は俺の思惑に何かしら勘付いていた。そしてドス黒い思考が似ているからこそこちらも感じる奴の天使への好意。
記憶を失っていた一月余りの間に、痴漢撃退に一役買った奴に天使を近付けるのは得策ではない。己の不甲斐無さを嘆く暇はないのだ早急に策を講じねば。
そして櫻井彩花………天使に俺を強く意識してもらうにはコイツを利用しない手はない。あまつさえこの香水臭い派手女は、俺があたかも記憶喪失前に惚れていたなどと虚言をちらつかせていたのだ。制裁を下して何が悪い。
「今日も友達と帰る…………だと」
しかし誤算は所々起こった。一週間もの間、天使に会えない日々が続く。黒崎に腕を引かれる天使を見て俺は血の気が引いた。せっかく帰りも一緒になるよう自然な流れでそう仕向けたというのに何故………
――――まさかあの利己的破天荒な姉のせいか!?いつか義理の姉になるあいつでは苦労するだけだと躊躇したのか!?
けれどもその後の天使の様子に杞憂だったと悟った。俺の一挙一動に動揺し頬を赤く染める天使………
可愛い。このままどうにかしてしまいたい近いうちに必ずその指を絡め髪に唇に触れてみせる。
「――――絶対に黒崎には渡さない」
だが記憶を思い出すタイミングをどうするべきか。
そんな時、天使とのデート中またあの女が現れた。殴りたい衝動に駆られるがそんな姿を天使に見せるわけにもいかない。
「櫻井さん、蓮水くん困ってるよ」
その時、なんと天使が俺を庇った。使える………やはりこの女は使える。俺より黒崎の株を上げようした柿沼には静かに圧力をかけた。しかしやはり黒崎の存在がチラつく………奴より劇的に距離を縮めるものが欲しい。
そして俺はコロ助というアイテムを駆使し犬の舌を通じての間接的なキスを成し遂げ、さらに己の知識を活かし彼女のトラウマを癒すことに成功した。
だが。
「メイド服…………?まさか…………星来ちゃんが着る……とか…………?」
いや駄目だろそれは。
ガン見したいのは山々だが俺と違い天使は己が可愛いという自覚がない。
リサーチ不足の失態で手芸部に所属など初耳だった。男子部員がいないことに安堵するものの採寸などと。
天使の手が俺以外に触れるなどもっての外だ。
「いい考えだね。でも来年からは後輩にやらせた方がいいと思うよ。習うより慣れろ、って言うからね」
俺以外に触れさせるわけがないだろうが。
「それでね、菜那ちゃんはなんと男装して執事役をするの!もうすっごく、本当に素晴らしくカッコいいの!!」
…………最早一刻の猶予もない。
俺を推しとするくらい天使の美醜に関する感性は一般的だが、彼女は親友のような『健康的な美』に憧れを抱いている。
その羨む美を持ち合わせる親友の男装した姿を想像し瞳を輝かせる天使に冷や汗が浮かぶ。
……………結果的にコレはアレか?
恋敵は天使の親友か?
もしやラスボスは彼女なのか…………!?
ちょっと待て蹴落とす自信が薄れるぞ。
「……………そうのんびりしていられないな」
天使が百合に目覚めたら大変だ。
「文化祭はお披露目するいい機会だから周りの反応が楽しみだね」
それまでにこの関係を深め、文化祭では常に天使の肩を抱き時には恋人繋ぎで指を絡ませ場合によってはキスをする。そして絶対的に『俺の彼女』として誰も手を出せないよう公開してみせる。
その後俺は利己的破天荒の姉をも利用し、外泊も獲得していよいよ佳境へ入ろうとした。
その矢先、また誤算が訪れる。
旅先へ招かれざる二人がついてきたのだ、こちらの親友の失態で。気のせいか最近やたらと互いの親友が恐怖だ。
天使の記憶に関してはこの上なく感謝したが、この時ほど親友を埋めたいと思ったことはない。
何をするにもいちいち俺の側を羽虫の如くウロつく激臭女………出来ることなら殺虫剤で………消臭スプレーで消し去ってやるものを。
しかも気が付けば天使が、あの黒崎へ「あーん」をして肉を食わせようとしているではないか…………!!
は?俺だろ?
そこは俺の場所だろーが。
俺は咄嗟に激臭女の肩へ虫をぶん投げた。
思惑通り、女は大声を上げ驚いた天使と黒崎を離すことには成功した……が、この馬鹿女は手に火傷などを負い、この俺が手当をするなどに至ったのだ。
放っておいてもよかったが、そんな無慈悲な姿を天使に晒すわけにもいかない………しかも姉は俺の所業に気付いている………が、とりあえずもうこの女に利用価値は無い。
「どっ、どーしよう星来ちゃんが…………!!スマホも繋がらない、たぶん充電が切れたんだと思う!!」
小刻みに震えながら天使の親友は動揺しスマホを握りしめた。
「私がちゃんと見てなかったから…………!!」
「菜那さん落ち着いて、神社の境内に向かうことは知っているはずだから。まずはこの辺を手分けして探してみよう」
「私と圭介、菜那ちゃんはこっち方面探すから、楓達は反対側ね!」
姉は指示を出しながら人混みを消えて行った。
踵を返し行こうとすると、
「きゃあ!!痛ぁぁい!!」
後方で激臭女が叫び声を上げ、俺の服を引っ張った。
「やだぁ、誰かに足踏まれたぁ!!」
知るかよ離せ。
「もう歩けなぁい、楓くん肩貸してぇ?」
…………ふざけるなよこの女。
さっさと黒崎に押し付けねば。
「黒崎、悪いけど櫻井を………」
だが奴はこの俺を嘲笑うかのような不敵な笑みを浮かべ、
「櫻井連れて先に神社行ってていーぜ。セーラのことは俺に任せときな」
と言い残し颯爽と消えやがった。
は!?
「おい、黒崎!!」
「楓くぅん、早く神社行こう?」
ふ……………………ッッざけやがって!!!!!!
※
「楓くん、あの時あたしとキスしたことも覚えてないんだ?」
この女………マジで殴られたいのか。
それよりも黒崎と一緒にいるであろう天使を今すぐにでも迎えに行きたい。
こいつらさえいなければ、俺は完璧な姿で彼女に想いを告げ、姉の計らいで同室になり遠慮なく先へ進めたものを。
足を挫いたなどと吐かしこの俺に貧乏くじを引かせた卑劣極まりないこの女にそろそろ引導を渡す時だ。
「ねぇ、もう一度キスしたら思い出すかも………」
「…………そうだね」
だがその相手はおまえじゃない、星来ちゃんだ。
と、言おうとして。
今にも崩れそうな泣き顔の天使が、背を向け走り去っていく姿を見て俺は全てを後悔した。
俺が間違ってた。
そんな虚勢も打算も必要なかった。
俺はキミだけが欲しかったのに――――