第1部エピローグ 均衡の上に立つ国
戴冠から三年。
王国は、静かに変わっていた。
王城の執務室には、豪奢な調度よりも書類が積まれている。
初代再編王イリスは、いつものように帳面を閉じた。
「北部の自治評議、問題なし」
向かいに立つのは、財務監査官フィオナ。
かつて辺境で数字を学んでいた少女は、いま国家の財務を監査している。
「商会の報告も整合しています」
「よろしい」
王の言葉は短い。
決して命令口調ではない。
責任を確認する声だ。
***
宰相アルヴェルトが入室する。
「隣国との条約、最終署名を」
「評議は?」
「全会一致」
イリスは頷く。
「では署名を」
ペンを走らせる。
かつてなら王の独断で決まったこと。
今は評議を経て決まる。
王は中心ではあるが、唯一ではない。
***
王城の訓練場。
レティシアが騎士団を指導している。
「王の剣は、抜くためにあるのではない」
剣を打ち合わせながら言う。
「抜かずに済ませるためにある」
騎士たちが頷く。
戦は減った。
だが抑止は強まった。
***
地方都市。
かつて暴動が起きた広場では、交易市が開かれている。
「再編王になってから税が安定した」
「商会監査が入るから安心だ」
民衆の声は落ち着いている。
熱狂ではない。
安定。
それが何よりの成果だった。
***
王城の回廊。
一人の男が静かに歩く。
レオンハルト。
今は地方統治官として働いている。
王冠はない。
だが背筋は伸びている。
イリスとすれ違う。
「順調か」
「ええ。問題は少ない」
「それは何よりだ」
短い会話。
過去を蒸し返すことはない。
彼は理解している。
王とは座る者ではなく、支える者だと。
***
夕暮れ。
王城のバルコニーにイリスが立つ。
風が穏やかに吹く。
レティシアが隣に立つ。
「静かだな」
「ええ」
「物足りないか?」
少しだけ微笑む。
「いいえ」
王は、静かであるほど良い。
均衡が保たれている証だからだ。
遠く、港にセレスタの船が見える。
交易は続き、外交は安定している。
王国は、崩れなかった。
血を捨てたのではない。
血に縛られなくなったのだ。
イリスは小さく呟く。
「王は、問い続ける存在です」
「何をだ」
「均衡を」
空は広い。
王冠は重い。
だが支えがある。
初代再編王の時代は、静かに続いていく。
婚約破棄から始まった物語は、
国家再編という形で終わりを迎えた。
そして王国は今日も、
均衡の上に立っている。
だが均衡は、永遠ではない。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
王が王位を解体する――
そんな物語を始めたとき、ここまで来られるとは思っていませんでした。
第1部では、
・王任期制の宣言
・王族特権の廃止
・王位完全選出制への移行
という“国内改革”を描いてきました。
ですが――
これは終わりではありません。
王位を解体した瞬間から、
物語のスケールは王国の外へと広がっています。
七王国。
軍事国家、商業都市、神権国家、共和国、資源王国。
それぞれが、それぞれの正義を持っている。
第2部では、
いよいよ大陸規模の思想戦が始まります。
剣よりも鋭い制度。
軍よりも重い経済。
王よりも強い秩序。
「王なき王国」は成立するのか。
そして、
次代の王は誰になるのか。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。
第2部、開幕です。




