第32話 最後の揺らぎ
評議の間には、重たい空気が満ちていた。
王族、貴族、地方代表、商会、そしてセレスタ公国の観測団。
王国の“今”が、すべて揃っている。
だが、まだ決まっていない。
玉座は空いたままだった。
***
最初に口を開いたのは、王都貴族の一人だった。
「血統を否定するなど、王国の根幹を揺るがす行為です」
「否定はしていない」
アルヴェルトが即座に返す。
「再定義だ」
「言葉遊びだ!」
ざわめきが広がる。
地方代表が立ち上がる。
「我々は安定を求める。血で暴動は止まらぬ」
商会代表カインも続く。
「市場は王位が確定しない限り動きません」
それは脅しではない。事実だ。
エリオットが淡々と言う。
「隣国は、明日にも軍を動かせます」
広間が凍る。
時間はない。
***
イリスは、静かに立ち上がった。
「王位は争うものではありません」
声は小さい。だが届く。
「責任を負えるかどうか、それだけです」
王都貴族が冷笑する。
「責任? 女一人で国が守れると?」
レティシアの視線が鋭くなる。
だがイリスは動じない。
「守るのは私ではありません」
静かな否定。
「守るのは構造です」
ざわめき。
「王が倒れても、国が残る構造にします」
その言葉に、アルヴェルトがわずかに頷いた。
レオンハルトは、目を閉じる。
――これが、差だった。
自分は王で国を支えようとした。
彼女は国で王を支えようとしている。
***
評議は割れる。
賛成多数だが、全会一致ではない。
だが時間は尽きる。
宰相が立ち上がる。
「採決を」
鐘が鳴る。
一人ずつ、意思を示す。
地方代表――賛成。
商会代表――賛成。
王弟――賛成。
王太子――賛成。
王都貴族の一部は反対。
だが多数は決した。
***
その瞬間、扉が開く。
伝令が駆け込む。
「隣国軍、国境線に展開!」
広間が凍りつく。
イリスは、迷わなかった。
「評議結果を公表してください」
「今この状況でか?」
貴族が叫ぶ。
「今だからです」
彼女の声は揺れない。
「王が決まらぬ国は狙われます」
レオンハルトが頷く。
「公表せよ」
鐘が再び鳴る。
宣言。
――王国は、再編王制へ移行する。
――新王は、選出によって決定する。
その名が告げられる。
イリス。
***
国境。
隣国軍は動かなかった。
報告が入る。
「王位確定を受け、様子見に移行」
エリオットが静かに笑う。
「中心が確定しましたね」
***
広間に残る静寂。
レオンハルトはイリスを見る。
「逃げるな」
「逃げません」
短い応答。
王位は、もはや逃げ道ではない。
責任だ。
最後の揺らぎは、収束した。
あとは――
戴冠のみ。




