第81話 均衡は、誰のものか
すべてが、元に戻ったわけではない。
ルクサリアの街は、まだ傷跡を残していた。
焼け焦げた壁。
修復途中の屋台。
閉じたままの店。
*
それでも。
人は、歩いている。
*
市場には、少しずつ品が戻り始めていた。
値は安定していない。
供給も不完全だ。
だが。
動いている。
*
「……変わりましたね」
エリアナが言う。
王城の窓から、街を見下ろしながら。
*
リリアは椅子にもたれたまま、目を細める。
「そう?」
*
「ええ」
*
エリアナは続ける。
「前と同じじゃない」
*
「でも」
一拍置く。
「止まってもいない」
*
その言葉に、リリアはわずかに笑う。
「それで十分よ」
*
沈黙。
*
遠くから、子供の声が聞こえる。
*
笑っている。
*
その音は、小さい。
だが確かにある。
*
「……全部は戻らない」
リリアが言う。
*
「でも」
*
「戻す必要もない」
*
エリアナが振り向く。
*
リリアは続ける。
「均衡はね」
一拍。
「完成しないの」
*
その言葉。
*
「だから」
*
「誰かが続ける」
*
エリアナは、その意味を考える。
*
そして。
小さく頷く。
「……はい」
*
レギオン。
均衡評議会。
*
会議は静かに行われていた。
*
「市場は回復傾向」
エルミナ。
*
「資源供給は七割まで回復」
サディーク。
*
「信仰の動揺は収束しつつあります」
リュネ。
*
「軍は警戒体制を維持」
レオナ。
*
報告は、どれも不完全。
*
だが。
どれも前に進んでいる。
*
イリスが言う。
「十分です」
*
沈黙。
*
「均衡は」
一言。
「維持されています」
*
その言葉に、誰も異を唱えない。
*
カミラが小さく笑う。
「……維持、ね」
*
「綱渡りだけど」
*
エルミナも笑う。
「それが均衡でしょ」
*
その空気は、以前よりも柔らかい。
*
完全ではない。
だが。
壊れてもいない。
*
カイエルは、静かに資料を閉じる。
*
「……続きますね」
*
イリスが頷く。
*
「はい」
*
「続けます」
*
地下。
暗い場所。
*
オルディスは、静かに立っていた。
*
灯りの届かない空間。
*
彼の顔は見えない。
*
「……選んだか」
小さく言う。
*
「壊れたものを」
*
「続ける道を」
*
沈黙。
*
そして。
わずかに笑う。
*
「いい」
*
「それでいい」
*
その声は、静かだった。
*
「均衡は」
一言。
「壊れる」
*
「必ず」
*
その言葉は、確信だった。
*
「だから」
*
「価値がある」
*
ルクサリア。
夜。
*
広場。
*
あの日、投票が行われた場所。
*
今は、静かだ。
*
ただ。
新しい箱が置かれている。
*
誰もいない。
*
だが。
*
一人の老人が、そこに立つ。
*
最初の一票の男。
*
しばらく見つめる。
*
そして。
小さく頷く。
*
「……悪くない」
*
その言葉は、誰にも届かない。
*
だが。
確かに、そこにある。
*
世界は、まだ揺れている。
制度も。
人も。
*
それでも。
*
進む。
*
誰かが選び。
誰かが支え。
誰かが疑いながら。
*
それでも。
*
続いていく。
*
均衡は、誰のものでもない。
*
だからこそ――
誰のものにもなる。
*
それが。
この世界の、答えだった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
ついに物語は完結しました。
「完全ではないけれど、それでも続ける」――それがこの作品の答えです。
もしこの物語が少しでも心に残ったなら、
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そして、もしこの先の物語――
まだ揺れ続ける均衡の世界を見てみたいと思っていただけたなら。
またどこかで、お会いできたら嬉しいです。




