43 遺産はどこかへ行ってしまいました
「……あ……あれ? 私……」
薄っすらと開かれたエマの視界に、見下ろすハリー達三人の顔が映りました。
「エマ? 気が付いたか?」
「……すみません。私、どれくらい気を失っていましたか?」
「そう時間は経っていない。一、二分ってところだ」
「あいつは?」
「……向こうへ行ってしまった」
ハリーが"遺産"の走り去った方角を指差しました。
「そうですか……って、まさかあの方角は……つぅっ!」
「無理しないで。ほら、回復薬」
立ち上がろうとしたエマを制し、ヴェネッサは瓶の蓋を取った回復薬を渡しま
す。受け取ったエマは縁に口を付け、中身の青い液体をゆっくりと飲み干します。癒し草エキスが秘める天然の回復魔術効果がエマの体内を巡り、彼女の負った戦闘でのダメージを回復させて行きます。
「ありがとう、もう大丈夫です。私が攻撃を受けた際の態勢が悪かったんですね。きっちりその場で踏ん張っていれば、少なくともこう言う無様は晒しませんでし
た」
「いや、むしろエマの防御が間に合ったからこそ、その程度で済んだんだよ」
「そう受け取っておきます。……それより、あの方角には村が……」
「ああ。……もしかして、あいつは村を襲う目的で……」
「そ……それはいくら何でも考え過ぎじゃない? あいつが走り去った方角に村があるからって、村へ向かってるって断言出来る訳じゃなし。単なる偶然だって可能性の方が高いんじゃない?」
ヴェネッサが言いました。
「確かに、そうと言えばそうなんだが。……尋ねるが、あいつが俺達との戦闘を切り上げて向こうへ行ってしまった理由は何だ?」
「そんなもん、あたしに分かる訳ないじゃない。そもそも"遺産"の事なんて、あたし達誰も全然詳しくないし」
「ああ、俺も全然詳しくない。詳しくないが、一つ言える事はある。あいつは魔物なんかじゃない。"人の手で作られた"ものだって事だ。本質的に、あいつは"道具"のはずだ」
「はあ……」
「道具ってのは、何らかの目的があって作られる。ナイフはものを切るため。船は海や川を渡るため。魔力灯は暗闇を照らすため。
もちろん、本来の想定とは全く違う用途で使われるものもある。食べ物の話だ
が、大本は滋養の薬として用いられて来たものが、今では嗜好品として食されている……とかな。しかし、何の目的もなくただ作られただけの道具だなんて、まず考えられない」
「……段々分かって来ましたよ。つまり、あの"遺産"も何らかの目的のために作られ、目的に沿って活動しており、目的があって村のある方角へと向かって行った可能性がある……と、そう言う事ですね?」
「そうだ……まあ、あくまでも推測だがな。だがどの道、あのまま放置しておく訳にも行かない。単に森の中を彷徨しているだけだとしても、遭遇した他の開拓者達や村人に危害を加える可能性は高い。今すぐ村へ戻って、あいつの事を報告しなければならない」
「確かにね。……だったら急がないと。クエストは切り上げよね?」
「ああ、やむを得ないだろう。こっちの方が重大だ。エマ、無理はするなよ。もし本当に――」
「……僕のせいだ」
それまでずっと無言で話を聞いていたアルヴィドが、唐突に自責の言葉をぽつりと漏らしました。
「ど……どうしたんだよ急に?」
「僕のせいであいつが目覚めてしまったんだ。僕が良く考えもせず、あいつを地面から掘り返したりなんてしたから……」
「ちょ、アルヴィド?」
「そもそも、僕が崖から落ちなければこんな事には……。僕がゴミみたいな意地を張って、その末にエマを危ない目に……」
「ま、待って下さい。私は別にあなたを責める気なんて――」
「何だよこれは。一体何なんだよ僕は。これじゃただの能なしじゃないか。僕は無能だ。こんな事ならティルノア島へ渡るんじゃなかった。アラケルで大人しくしていれば良かったんだ。僕がここに来たせいで、こんな……」
「落ち着け、アルヴィド」
ぐちぐちと続くアルヴィドの悔恨の言葉を、少し口調を強めてハリーが遮りました。
「それは違うぞ。それを言うなら、そもそもお前の気持ちをろくすっぽ考えて来なかった俺にこそ責任がある。元を正せば、これはリーダーである俺のせいだ」
「だけど……」
「……いや、ちょっとちょっと。どさくさ紛れに、何ハリーも妙な考えぶり返しちゃってんのよ。あのね、これは誰のせいでもないでしょ? 強いて言えば、あたし達全員の責任よ。大体、土に埋まってる先史文明の遺産なんて見付けたら、あたしだって速攻で掘り返すわよ。それが動き出して襲い掛かって来るなんて、一体誰に予想出来るのよ?」
「ヴェネッサの言う通りです。それに改めて言っておきますけれど、私はアルヴィドを責める気なんて全くありません。私はパーティー内における自分の仕事を果たしたまでです。敵の攻撃を私が引き受けてあなた達の安全を守ると共に、みんなが攻撃に集中出来るようにする。これは覚悟した上で自分が望んだ役割であって、その結果を誰かの責任にするつもりはありません」
「……」
ヴェネッサとエマに諭され、アルヴィドは無言でうなだれます。何となく、親に叱られた子供のような印象を受けました。普段の、良く言えば冷静で自信に満ち溢れた、悪く言えば冷たくて傲慢な態度は完全に鳴りを潜めておりました。自己評価の安定しない典型的なタイプなのだろう、と二人は思いました。目の前の出来事によって自信が左右される種類の人間は、程度の差こそあれそうそう珍しくはありません。
「そ、そう言う事だ。今は気持ちを切り替えて、目の前の事に集中しよう。すぐに村へ戻って、この事を報告する。分かったな?」
ヴェネッサに指摘され、微妙にいたたまれない気分を抑えつつ、ハリーは言いました。
「……ああ……。すまない、みんな……」
「謝るのは後。ほら、早く行きましょう」
四人は樹木を手掛かりに崖を登り、村への帰路を急ぎました。




