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42 遺産との戦闘を開始しました

 森の薄暗がりの中で淡く輝く"遺産"の目が、ハリー達を睥睨(へいげい)しております。こちらの出方でも窺っているのか、それとも堅牢な外殻の奥で作戦を練り上げている最中なのか。息遣いの一つも感じられない石像のような静けさで、(いにしえ)の人工物は不気味に佇んでおりました。


 当然ハリー達は、『このまま見逃してくれるかも?』などと言う期待は全くと言って良いほどに抱いておりません。何しろ、真っ先に戦端を開いたのは"遺産"の方なのです。戦意満々の相手と見るのが妥当でしょう。また、例えこちらから逃げ出すとしても、相手の出方が分からない内に背を向けるのは迂闊(うかつ)であります。盾役であるエマを先頭に、ハリー達三人は武器を構えつつ注意深く様子を窺います。


 ハリーが相談のために口を開こうとしたちょうどその時、"遺産"に奇妙な動きがありました。ボンッ、と言う音と共に、"遺産"は頭頂部から『何か』を上空へ向けて飛ばしました。唐突かつ予想外の出来事であったため、ハリー達にはそれが一体どんな形状であるのかさえはっきりと確認出来ませんでした。精々、"遺産"の体内に収まる程度の小さな物体だった、と分かるくらいです。"遺産"から飛び出した物体は頭上に生い茂る樹葉の天蓋を突き破り――それっきりでありました。


「……今のは……一体何なんだ?」

 改めてハリーが口を開きます。ただし、当初予定していたものとは別内容でありました。


「分かりません。攻撃……のようにも見えませんでしたし……」

 一秒、二秒と様子見の沈黙が流れます。打ち上がったはずの物体が落ちてくる気配はありません。


「……遺産の行動に関して、僕らが考えても限界はある。上空に注意は払いつつ、まずは目の前のこいつに専念しよう」


「そうするしかないわよね……。で、具体的にどうするつもり? 四人で力押しの一斉攻撃、なんて手は流石に打たないよわね?」


「当然だ。やって見なければ断言出来ないが……あいつの鉄だか石だか分からんような身体を斬ったとしても、まともに傷付けられるとは思えない。……アルヴィドは上位(ノーブル)級魔術の準備を。得意の氷系魔術であいつを凍らせてやれ」


「ああ。……無駄だとは思うが、一応は停戦を呼び掛けてみてくれ。戦闘を回避出来るならそれで良いし、応じないのならこっちの正当性を証明する事に繋がる。仮にあいつを傷付けても、ギルドに対する言い訳が立つだろう」


「分かった、やってみよう。……アルヴィドの準備が整うまで、俺達であいつの攻撃を引き付ける。あいつは左腕部分が壊れている。攻撃するにしても、左半身側には届かないはずだ。そこに付け入ろう。俺が右半身からあいつの気を引くから、ヴェネッサは隙を突いてくれ。エマは俺の援護だ。あいつの攻撃を引き受けてくれ」


「りょーかい」

「任せて下さい」


 指示を飛ばし終えたハリーは、横運びの歩法で右半身へと回り込みます。ゆっくりと慎重に、いつ"遺産"が動きを見せても対応出来るような足運びでヴェネッサ達から距離を離します。


「なあ、さっきまで埋まってたお前」

 ハリーは剣の柄から離した左手の平を向け、極力落ち着いた口調で"遺産"へと語り掛けます。


「名前も事情も知らないが、俺達の言葉が分かるならどうか聞いてくれ。俺達はお前と争うつもりはない。武器こそ構えてはいるが、これはあくまで俺達の身を守る備えであって、お前が戦いを止めると言うならすぐに納めるつもりだ。お前が最初に攻撃した事も事情があったと思って水に流す。分かるか? 俺達の言いたい事が理解出来るか? 理解出来るのならゆっくりと――」


 そこまで言った辺りで、"遺産"が腕を突き出して来ました。ハリーの言葉にも態度にも一切何の反応も見せず、ただただ彼の身体に爪を突き立てるためだけの一撃です。たったのそれだけで、対話の余地など一切ないと確信出来る行動でありました。


「――やっぱり無駄かっ!!」


 ハリーは身を捻って回避します。一瞬前まで自身の身体があった空間を、鋭い爪が貫いて行きます。眼前を通る継ぎ目だらけの腕へ向かって、咄嗟に剣で浅く斬り付けました。予想していた通り、ガッ、と金属に似た手応えが返って来ました。


「ハリー!」


「無事だっ! ……やはりあいつは、こっちとやり合うつもりらしいなっ! それと予想通り、身体も堅いっ! 生半可な攻撃は通用しないぞっ!」


 得られた情報を共有するべく、ハリーは仲間達へと叫びます。


「だとしたら、攻めるべきはやっぱり」ヴェネッサが言います。

「あいつの破損した左腕付け根部分よね。傷口にちょっかい掛けられちゃ、流石に堪えるでしょ。……まさか中身まで堅いだなんて事はないわよね」


「だな」ハリーが言います。

「手はず通り、俺とエマで引き付ける。頼んだぞ」


 そう言ってハリーは"遺産"へと向かって駆け出します。慎重さの中にも、今度は攻撃の意志を明確にした足取りです。懐に飛び込み、一太刀を浴びせる――ダメージを与える事は難しいでしょうが、相手の注意を引くためにも"脅威"を演じる必要がありました。


 すぐさま、"遺産"が反応しました。長い右腕を高々と持ち上げ、金槌のように地面へと振り降ろしました。


「っ!」


 叩き付けられる右腕を、ハリーは咄嗟に回避します。しかし"遺産"は叩き付けた腕を、今度は横薙ぎに振るいました。無数の継ぎ目から連想される通り、実に柔軟に動く腕です。まるで(むち)のようにしなる右腕が、ハリーの右側面へと襲い掛かりました。


 素早くエマが割って入ります。払い除けるような右腕の攻撃を、構えた大盾で防ぎます。衝突時の衝撃を全身で上手く受け流しつつ、耐え切ります。


(……今っ!)


 "遺産"の意識が完全にハリー側へと向いた――と判断したヴェネッサは、必殺の意志を込めて大地を蹴ります。身体強化魔術(ストレングスニング)で高められた脚力が彼女の身体を勢い良く加速させ、相手との間合いを一気に縮めます。隙を突いての一撃は、パーティー内で一番の俊足の持ち主であるヴェネッサこそが適任――そう言う、ハリーの采配でありました。


「はっ!!」


 "遺産"が反応するよりも先に、ヴェネッサの短剣が左腕破損個所へと突き入れられます。何かを断ち切る感触と共に、銀色の刀身が根本まで食い込みます。"遺産"に苦痛を感じている様子はありませんが、ヴェネッサは『敵に十分な損傷を与え

た』と言う確かな手応えを感じました。


 すぐに引き抜いて、もう一撃。何やら得体の知れない、緑や赤の細い糸状の部品を引き裂きながら、短剣の切っ先が内部へと浸食して行きました。


「やっぱり内側なら攻撃が効くわっ! この調子――」

「離れてっ!!」


 エマの警告に、反射的に飛び退(すさ)ります。


 直後、"遺産"が身体を横回転させました。とは言っても、脚は八本とも一切動かしてはおりません。"腰"に当たる部分から上だけが横倒しにした滑車のように、その場で勢い良く時計回りに回転を始めました。


 鋭い遠心力の乗った"遺産"の右腕が強烈なラリアットと化し、ヴェネッサの右半身へと襲い掛かりました。


「くぅぅ……っ!?」

「ヴェネッサッ!!」


 "遺産"の腕に打ち据えられたヴェネッサは吹き飛び地面を転がされ、そのまま後方の茂みの中へと突っ込みました。低木の小枝がバキバキと折れる音が響き、勢いが削ぎ落とされ、ヴェネッサの身体が停止しました。


「無事かっ!?」

「……っぅう……な、何とか……」


 よろめきながらも、ヴェネッサは何とか立ち上がります。エマの警告のおかげで防御姿勢が間に合い、直前に飛び退いたため威力が減衰していた事が功を奏し、あちこちに軽い擦り傷を負った程度で済んでおりました。


「みんな離れろっ!! 魔術の準備が出来たっ!!」


 アルヴィドの叫びにハリーはそのまま背後方向へと移動、エマはヴェネッサの側へと駆け寄ります。退避を確認したアルヴィドが魔術名を叫び、体内で練り上げた魔力(マナ)を杖の先端から解き放ちます。


上位水流魔術(リフリジレイト)ッ!!」


 魔術で発生した猛烈な冷気が、"遺産"へと襲い掛かります。黒い外殻に付着した魔力(マナ)がたちまちの内に凍結し、"遺産"の身体がじわじわと真っ白い(しも)に包まれて行きます。関節部を霜でガチガチに固められた"遺産"は、徐々に動きを鈍らせて行きました。


 狙い通りです。柔軟に曲がる厄介な腕部も、独立して一回転させられる腰部も、凍らせてしまえば動きを阻害出来ます。まさしく、絶好の攻撃機会です。早速"遺産"のあちこちからバキッバキッ、と言う音が鳴り始めている辺り、長時間は止め続けられないでしょう。攻めるならば今です。


「良くやったアルヴィドッ!!」


 ハリーが剣を振りかぶり、"遺産"の左半身へと回り込みます。当然、狙うべきは左腕の破損部です。刀身の長いハリーの剣であれば、ヴェネッサの短剣よりも深く突き入れられるでしょう。致命傷を与えられるかも知れません。


 反時計回りに移動し、遺産の眼前を横切り――ハリーの目に、遺産の目に灯る淡く赤い光が、急激に輝きを増すのが見えました。灼熱の太陽のように煌々と、同時に厳冬の月光のように冷酷な光が、流れるハリーの視界に不気味なほどはっきりと映りました。それが一体何であるのか分からなくとも、対峙した者に危機感を抱かせるに十分な不吉さでありました。


「逃げてっ!!」


 エマがほとんど突き飛ばすようにしてハリーを押し退けた瞬間、"遺産"の目から真っ赤な閃光が走りました。正確に言えば、それは光球でした。あまりの速度に、人の目では閃光のように見えただけでありました。エマは反射的に大盾を構え、ハリーを押し退けた勢いのままに射線から横っ飛びに逃れようとし――大気を一直線に切り裂く閃光が、大盾に接触しました。


 瞬間、(まばゆ)い光が爆ぜ、凄まじい衝撃が大盾を伝わりエマの身体を揺さぶりまし

た。右腕の攻撃を防いだ時とは、まるで別次元の衝撃でありました。


「うあぁあっ!?」

「エマッ!!」


 猛烈な爆光に耐え切れず、エマの身体が弾き飛ばされました。そのまま彼女は、まるで球技に使われるボールの如く無遠慮に地面を転がされます。彼女の右手から跳ね飛んだランスがくるりと一回転し、落ち葉の積もる地面へザクッ、と突き刺さりました。


「エマッ!! おいっ!!」


 アルヴィドは血相を変え、ぐったりと地面に横たわるエマへと駆け寄りました。ハリーもヴェネッサも感情的に駆け寄りそうになりましたが、敵を前にして構えを解く訳に行かないと理性でぐっと抑え込みました。


「おいっ!! 大丈夫かっ!? おいっ!!」

「…………だ……だい、じょう……」


 弱々しく動いたエマの口が、そのまま止まりました。アルヴィドは一瞬、さあっと血の気が引く感覚に襲われましたが、呼吸で軽く上下するエマの胸部鎧板に安堵の息を漏らしました。どうやら、気絶しただけのようです。すぐに意識を切り替

え、エマの身体を診ます。金属製の鎧越しには、目立った外傷は見えません。あれだけ派手に転がされた以上捻挫(ねんざ)や骨折の可能性も十分に考えられますが、取りあえずは致命傷を負っている様子はありませんでした。


 そのままアルヴィドは、エマの大盾を見ます。閃光の接触部位が焼け焦げ、黒い(すす)が張り付き、金属板がわずかに溶けておりました。もしも直撃していたら――改めて背筋に悪寒が走ります。


「エ、エマは生きているっ!! 気を失っただけだっ!!」


 アルヴィドの報告を振り返らず聞きながら、ハリーとヴェネッサはひとまず安堵します。彼らの眼前で"遺産"は関節部の霜を砕き、動き始めておりました。


「もう回復したのか……! 何て奴だ……!」


 盾役のエマが気絶している状況下、"遺産"からの攻勢に晒されては非常に厄介な戦況となるでしょう。しかも『閃光での攻撃』と言う想像外の脅威を、たった今見せ付けられたばかりです。何しろ平均的な上位ノーブル級魔術以上の威力を、下位(コモン)級並みの速度で発動させてしまう攻撃手段です。もしも次、閃光(あれ)の矛先が自分達へと向けられたら――対峙するハリーとヴェネッサの額に、嫌な汗が流れます。


 緊迫した一瞬の後――唐突に、先程"遺産"が上空へと飛ばした『何か』が落下して来ました。打ち上げた時よりもゆっくりとした動きであったため、『回転する板状の部品が付いている』形状が確認出来ました。

『何か』は板状の部品を折りたたみ、そのまま"遺産"の頭頂部へと収まります。


 そして――"遺産"はごくあっさりとハリー達に背を向け、ガシャガシャと足音を立てながら何処かへと走り去って行きました。


 あまりにも呆気ない終劇に、残された――気絶中のエマを除いた三人は、しばしの間ぽかん、と口を開けたままその場で呆然と立ち尽くしておりました。


「…………助かった……の?」

 やがて、ヴェネッサが口を開きました。


「……そう、らしいな……。いや……? ちょっと待て。あいつが移動して行った方角って――」

 ハリーの途中で切られた言葉に、ヴェネッサとアルヴィドがはっと息を飲みました。


 "遺産"が向かって行った方角は、山を下り森を抜け――村へと辿り着く方角でありました。






 永い眠 り(スリープモード)から目覚めた"彼"は、まずは状況を確認します。長距離情報通信網(ネットワーク)との相互通信が既に途絶している事は、長年に渡る体調検査(ステータスチェック)によって事前に把握しておりました。


 そのため"彼"は本体内蔵式の小型偵察機を上空へと飛ばし、周辺の情報を得ようと試みました。観測結果が判明するまでの間、"彼"は『敵』を排除するべく戦闘行動を開始しました。


 "彼"にとって、眼前の敵は大した脅威とは映っておりませんでした。剣に短剣に槍に杖……と言った、近接戦闘用武装のみで戦う四人組など、"彼"の基準から言えば『貧相な装備』でしかありませんでした。身体強化魔術(ストレングスニング)の存在があるため、"彼"の生まれた時代でも刀剣などの近接武器が使用されるケースはあります。しかし使用者の魔術的才能に左右されず、手軽に強力な威力を発揮出来る武器こそが主力であり、近接武器のみが使用される戦闘……と言うのは基本的に少数事例でありました。


 当然、油断などしません。それ以前に『油断する機能』自体が備わっておりません。長期間、整備不要(メンテナンスフリー)で活動可能な設計であるとは言え、全身にこびり着き内部にまで侵入した土や砂、自己修復不可能な左腕の損傷……などなど、万全とはかけ離れた状態ではありました。それでも『目的』を前に、何ら関係のない事でありました。


 敵から損傷を受けた事で、"彼"は魔力砲(マナブラスト)の使用に踏み切りました。経年劣化による魔力貯蓄漕コンデンサーの大幅な性能低下もあって極力使用を避けたい状況ではありました

が、"彼"は迷いませんでした。


 そこで、上空へ打ち上げた偵察機からの短距離通信情報が入って来ました。


 ここより南東方面に、人間が生活している可能性の高い集落が存在していると。


 "彼"は眼前の四人に固執するよりも、より多数の人間が存在しているであろう集落へ向かう方が目的を果たす上で効率が良いと判断。即座に戦闘を切り上げ、村へと向かう選択を取りました。


 全ては、この身に刻み込まれた目的のために。


『人間を殺すために』。


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