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41 覚醒

 "彼"が眠 り(スリープモード)に就いてから、1014年239日8時間56分22秒が経過しておりました。


『戦闘時』に受けた損傷による身体(きたい)不 調(ステータスエラー)、激しい消費により枯渇寸前へと陥った機体内保有燃料(マナ)……と言う状況を前に、"彼"はその場で一旦再起動した後に最低限の機能だけを残したままスリープモードへと移行、条件(・・)を満たし次第スリープ状態を解除し活動を再開――と言う判断を下しました。


 永い永い刻を、"彼"は空気中の魔力(マナ)の吸収や内部チェックによる体調(ステータス)の回復を行いながら、傍目にはまるで岩のようにひっそりと静かに過ごしました。雨に打たれ風に打たれ、雪が積もり崩れた土砂に埋まり、ただただ孤独な昼夜を幾千幾万と繰り返しても、"彼"は一切の苦痛を感じませんでした。そもそも"彼"には、苦痛を感じる機能など存在しておりません。機体に受けた損害を察知するための機能(センサー)こそ存在しますが、そこから得られた情報は他人事のように客観的な分析であり、生物が直接その身に覚える主観的なものとは、似ているようで決定的に隔絶したものでありました。


 その日、"腕部"の感覚センサーが衝撃を察知しました。それ自体は決して珍しい出来事ではありません。地震や付近への落雷などの各種災害、動物や魔物が自身の上を歩く……などの理由で、センサーが何らかの反応を捉える事はしばしばあります(そもそも、土の中に埋まっている時点で常時感覚センサーが反応し続けているも同然であり、彼はその反応を『価値の低い情報』として無視しております)。


 そのため"彼"は、その時点で特別な注意を払ってはいませんでした。しかしやがて、何らかの存在が自身の腕を土の中から掘り返している事に気が付きました。


 "彼"は状況を判断するために、各種感覚センサー反応の精査を開始します。


『これは……部品、だけじゃない……?』


 "彼"は聴覚センサーの捉えた反応を『言葉』であると判断しました。『複数の手段で確認を取るべき』と言う二重事象の原則を適応し、さらに視覚センサーを起動します。


 こびり付いた土や枝葉の隙間から見た画像情報を精査し、"彼"は目の前に現れたものが"人間"である事を確信しました。


 事前条件を満たした"彼"はスリープモードを解除します。


 そして、彼の"心"に刻み込まれた目的に従って活動を再開しました。







「……うご……いてる、よね……?」

 眼前の光景に目を見開き、ヴェネッサは震える口を開きました。


「……え、ええ……。集団で幻覚でも見ていない限りは……」

「……う……嘘だろう……?」

「……信じられん……」


 あまりの出来事を前にハリー達は何をすると言う判断さえ下せず、衝撃の駆け抜けた直後の呆然とした心持ちで"遺産"を眺め続けました。


 ぱっと見た印象で"遺産"の形状を表すと、『一本の腕と八本の脚が生えた、真っ黒い(たる)または底の深い桶』でした。人の丈を一回りか二回りは上回る全高と、直立した人間を三人並べたくらいの横幅を持ち、正対していると威圧感を覚えるほどの大きさでした。 黒い身体の側面からは、ぐねりと動く一本の腕らしきもの――アルヴィドが最初に掘り出した部分でした――が生えております。人のように上腕と前腕を肘関節で繋ぐ、と言った形状にはなっておらず、さながら蛇腹のように自在に曲げられる構造でありました。先端部には鋭い爪状の物体が四本、放射状に生えています。腕のちょうど反対側側面には、根本から断たれた腕と破損の痕跡が見受けられ、本来は二本腕であった事が推測されます。


 本体下部からは、蜘蛛を思わせる合計八本の脚が生えておりました。本体に比べると脚の一本一本は細く感じられ、一見これで自重を支えられるのか疑問に思うほどでありますが、実際には全く不安定な様子は見られません。


 そして本体中心から少し上の辺りに、赤く灯る丸い光が浮かんでおりました。ハリーは『あれが"目"なのだろう』と思いました。彼は先史文明の技術に関してまるで無知ではありますが、それでも自然と"目"なのだと感じられました。例えるなら野山で手頃な大きさの岩を見付けた時、誰からも何も言われなくとも自然と椅子代わりに腰掛けるような、あるいは水の入った容器の(ふち)部分が一カ所くちばしのように出っ張っている時、説明されなくてもそこから水を注ぎ出すような、そう言う種類の自然さで『目である』と感じました。


「なあハリー……。それで、こいつをどうするんだ……?」

 ようやく、と言った風にアルヴィドが尋ねました。


「どうする、と言われてもな。……どうも何も、今のところただ動いて立ち上がっただけだろ? 取りあえずは様子見だ。様子を見て、村へ連れて行けるようなら連れて行く……とか」


「様子を見るのは賛成だ。……だけど、あいつの手の先を見ろよ。鋭く尖った爪に見える。僕には大昔の人間が、あれを攻撃的な用途で取り付けたんじゃないかって思うんだが……」


「そ……それだけじゃ分からないでしょ? ほら、警備の兵が槍持ってるからっ

て、それで通行人を見境なしに突き刺して回るって訳じゃなし――」


 ヴェネッサの声へ覆い被さるように、"遺産"がガシャン、と音を鳴らしました。六本脚の一本を前に出し、こちらへ向かおうとする足音でした。


「……み、皆さん、落ち着いて距離を離して。念のため、私の背後に付いていて下さい。慌てないで、相手を刺激しないようにゆっくりと。ただしすぐ動けるよう

に、心の準備だけはしておいて」


「い……いやいやいやいや。いや待ってエマ。た、ただ一歩だけ歩いたってだけでしょ? たまたまこっちの方に。あたし、決め付けって良くないと思うのよ。あれで結構、平和的な奴だったりとか――」


 ヴェネッサの声が、今度は自発的に止まります。"遺産"が二歩、三歩と迷いなく確実にこちらへ向かって来ました。


 そして、一本腕を大きく振りかぶり、


「逃げろっ!!」


 ハリーが叫ぶと同時に、"遺産"の腕が鋭く突き出されました。紛れもない攻撃動作でありました。


 エマは大盾を斜めに構え、迫る腕から仲間を守ります。


「うぅ……っ!」


 ガツン、と大きな衝突音が鼓膜を震わせ、強烈な衝撃が盾を持つ腕を伝ってエマの身体を駆け抜けました。軽い苦悶の声を漏らしつつ、それでも彼女は衝撃を上手く受け流して耐え切ります。


「エ、エマ無事かっ!?」

 アルヴィドが不安げに声を掛けます。


「ええ、大丈夫です。……しかし……どうやらあいつは……」

「……ああ。詳しい理由は知らないが……あの"遺産"は、俺達を敵だと考えているらしいな」


 エマの言葉を引き継ぎ、ハリーが言いました。


「ど……どど、どーすんのよっ!? 何かあいつ、見るからにヤバそうなんだけ

どっ!? てか、独りでに動く魔 具(アーティファクト)なんてアリなのっ!? 実はああ見えてティルノア島固有の魔物だったとか、そんなオチじゃないのっ!? そ、それか中に人が乗って動かしてるとかっ!! もしそうだったら、何とか話し合いで解決しましょうよっ!! ねっ!? ねっ!? ねえっ!?」


「あれの中に人間が入れるのだとしても、長期間土に埋まったまま生きていられるはずがない。……それに魔 具(アーティファクト)だろうが魔物だろうが、もうそれは大した問題じゃなくなってる」


 混乱するヴェネッサに、強いて動揺を抑えながらハリーは言いました。


「こいつとは戦わなきゃならない。倒すにしても、逃げるにしても」


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