32 街道の整備をしました
「――お二人共、良いですかー? ゆっくりと降ろしますよー」
「うん……っ、マールも気を付けてね……っ」
「そっとだぞ……っ」
マールの合図に合わせて、ティエラとシエロは三人掛かりで持っていた石を足元へとゆっくり降ろして行きます。"石"とは言っても自然石ではありません。綺麗な長方形に切り取られた、"街道用の敷石"です。
垂直に立てれば直立した人間の太もも程度の高さで、断面は正方形。重量は大の大人二、三人分ほどあるでしょう。相当な重量物をマールが片側、ティエラとシエロがもう片側を支えつつ、監督者からの指示通りの箇所へと慎重に設置しました。
「……じゃあ、次行きましょうか」
「……ちょっと待って。ここらで一旦休憩入れようよ」
「え? まだまだ余裕ですよ?」
若干息を切らせながら言うティエラに、マールは平然とした様子で答えます。
「……マールは体力あるな。だが無理は良くないぞ。ここいらで少し休んでおいた方が良い」
「そうだ。ただでさえ君達は人一倍の働きをしているんだ。そろそろ休んで来なさい」
「……まあ、そう仰るのであれば。ではお言葉に甘えて、少し休憩を入れましょうか」
シエロと監督者の男性からも休憩を促され、マールも折れます。
「うん。……リオーッ、リオもそろそろ休憩入れよーよーっ」
別箇所で作業をしているリオへ向かってティエラは声を掛け、
「……………………やっとか……」
疲労困憊状態のリオが弱々しい声で答えました。
リオ達パーティーにシエロが加わってから、十日ほど経っておりました。
モモモモンガ討伐クエストから三日後にリオ達はとあるクエストを受けました。『街道の整備作業』です。土で踏み固められただけのティルノア島の街道を、本格的な石畳の街道へと置き換えるためのクエストです。開拓者と言う名前が微妙に形骸化しつつある中、"開拓者ギルド"として正しいクエストであると言えました。
測量士の定めた通りに地面を溝状に掘り、下から石、砕石とコンクリート片、セメントの三層からなる路盤を重ね、その上に切り出した敷石を乗せる――と、四人はここ一週間相当な重労働を続けておりました。
周囲を見渡せば、百人は下らないであろう作業員達がいます。その多くは本職の作業員でありますが、ギルドからのクエストを受けてやって来た開拓者の姿も珍しくはありません。輝く太陽と草原を揺らす風の中で、敷石を乗せた台車を数人掛かりで引く者達、作業員達へと指示を飛ばす監督者、作業場所へ魔物が接近していないか監視台の上から双眼鏡で確認する監視員……と、各々が与えられた役割を果たしておりました。
身体強化魔術を使用出来る者は、当然の如く活用しつつ作業を行っております。マール、ティエラ、シエロの三人もこの例に漏れず、身体能力を上げて作業を進めております。むしろ並の開拓者以上の身体強化魔術を使用出来る彼女らは、他の作業員達を大きく超える作業効率を誇ります。特にマールは、やろうと思えば一人で敷石を持ち運び出来るほどです。ただし長期間の作業、小柄な彼女一人に負担を集中させるのは望ましくありません。最悪怪我の可能性も出るため、監督者からの指示で念のため三人で運ばせております。
対するリオは、力仕事にはまるで向きません。三年ほど開拓者として様々なクエストを受け、ティルノア島の大地をあちこちと冒険し続けて来たため、何だかんだと言って一般人よりは体力が付いております。が、元々座学や魔力制御技術の訓練を優先し、運動は後回しにする性格です。そもそも、大抵の魔術師は『身体を鍛える暇があったら、魔術の訓練を行いたい』と言う思考を持っております。きっちり身体を鍛えて来た、あるいは身体強化魔術が得意な三人とは比べるべくもありませんでした。
作業所を離れた四人は休憩所の天幕へと移動し、まずは用意されていた錫合金製の水差しからコップへと水を注いで一気に飲み干します。
「……ぷはーっ、生き返るー」
「……一杯だけで良く生き返れるなティエラは……」
「まあまあリオさん、もう少しの辛抱です。今日が最終日なんですから」
「マールの言う通りだぞ。何よりこのクエストは報酬額も中々な上、それとは別に宿代諸々もギルド側が出してくれているんだ。お得じゃないか」
「……この重労働を"お得"の一言だけで言い表せるシエロも割と大概だよ……」
額を流れ落ちる汗を手ぬぐいで拭き取りつつ、死んだ魚のような目でリオは言いました。目前の三人が爽やかに汗を拭う姿とは実に対照的でありました。
「戦闘ばかりじゃなく、こう言うクエストも大事だよ。お金は稼げる時に稼いでおかなくちゃ」
「それに関しちゃその通りなんだがな……」
ちなみに、このクエストの受注を提案したのはティエラです。一週間の労働で纏まった額の報酬金が支払われる事、その間の宿代諸々が浮く事を理由に、三人へと持ち掛けて来ました。リオは渋りましたが、マールとシエロは乗り気であった上にティエラの主張は至極もっともな事であったため、最後は消極的ながらも賛同しました。
「ティエラの言う通りだぞ。そもそも、力仕事が苦手なら別の仕事でもやれば良かったんじゃないか。ほら、例えば魔術で水でも出して、他の作業員達に飲み水を提供するとか。水を汲みに行く手間が省けて便利だと思うぞ」
「……シエロ、お前魔術にあんまり詳しくないのか?」
「ん? ……まあ、魔術師と接する機会もそう多くはなかったからな。何度かパーティーを組んだ事こそあったが……確かに詳しいとは言えない」
リオは一口水を飲み、呼吸を落ち着けてから語り始めます。
「属性魔術ってのは基本、魔力によって一時的な"現象"を起こす術なんだよ。術者の制御から離れてしばらくすれば、魔力も霧散して行く。その時点で、発動させた属性の力も失われるんだ」
「つまり?」
「俺が魔術で水を出して、お前に飲ませたとする。しかし、水分として身体へと吸収される前に、水は魔力へと戻ってお前の身体から抜け出る。一時的にノドを潤す事は可能と言えば可能だが、肝心の"水分補給"を行う事は出来ない」
「そうなのか?」
「そうだよ」
「そうです」
シエロが尋ねると、ティエラとマールは揃って頷きました。
「火炎系魔術で薪に火を点けた場合、魔術は消えても"魔術の熱"によって発生させた炎はそのままだから、『魔術での火起こし』は可能だ。だが、例えば岩石系魔術で発生させた岩で穴を埋めてたとしても、しばらく時間が経てば岩は魔力に戻って消えるから一時しのぎにしかならないんだよ。古代の強力な魔 具なら"水そのものを生み出せる"ものもあったらしいが……少なくとも、俺には無理だ」
「そうだったのか……。そう言えば、ギルドバッグも定期的に魔術を掛け直さなければならないんだったな。色々と腑に落ちたぞ」
シエロは納得しました。
リオの話が終わったちょうどその時、作業員達のざわめき声が聞こえて来まし
た。
「……何だ?」
リオ達は天幕から離れ、手近な作業員に話を聞きます。
「おい、どうしたんだ?」
「ああ、監視員から連絡が来た。魔物を発見したらしい」
「魔物? 種類は?」
「突撃鳥との事だ。まだこちらを発見している様子はないそうだが、見付かればまず間違いなくこっちに突っ込んで来るぞ」
作業員の男は言いました。
「突撃鳥か……。この辺りの駆除はまだまだ十分じゃなかったって事だな」
「リオ、戦闘準備しといた方が良いよね?」
「だな。まだこっちに来ると決まった訳でもないが、油断も出来ん」
四人は自分の武器を保管しているテントへと向かいました。




