31 モモモモンガ戦に勝利しました
「……結構、手強い相手だったね」
「ああ。それでも、先手を取って数を減らせたのは大きい」
地面に倒れるモモモモンガの死体を見下ろしながら、ティエラとリオは言いました。
「マールもありがとうね。良い援護だったよ」
魔物からマールへと視線を移し、ティエラは言いました。"木を叩いて魔物を落とす"――と、言葉にしてしまえば単純ながら、実行するには凄まじいまでの膂力が要求されます。刃物では決してあり得ない、繊維が激しくささくれ立った樹木への打撃跡を見れば、彼女の身体強化魔術がいかに高いレベルにあるのかが窺えま
す。
「ふっふっふ。まあ、私はやれば出来る子ですからね!」
「じゃあ、次からは前線で戦ってもらって問題ないな」
「あ、それは嫌です」
「凄え。思ってたより堂々言い切りやがった」
「あれはあくまで他に魔物がおらず、かつ反撃を受ける確率が低い状況だったためです。機を見るに敏、それが私のモットーですから。今後とも私の身の安全が十二分に確保された状況下でのみ、私の有能ぶりをたっぷりと見せ付けてあげます。ですからリオさん達は私と言う存在のありがたさに感謝しつつ後顧の憂いなく存分にあびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃっ!?」
「さっきから素敵な単語を垂れ流してるのは、この良ぉ〜〜〜〜〜〜く伸びる口
か?」
「いびゃいいびゃいいびゃいでふ(痛い痛い痛いです)っ!? ふぁか、ふぁかりましは(分か、分かりました)っ! ひょーひのってふみまへんへした(調子乗ってすみませんでした)っ! ふぁかったのへはなひてふらはい(分かったので離して下さい)っ!?」
マールからの涙目の懇願を聞き入れたリオは、両手で『びよ〜〜〜〜ん』と伸ばしていた彼女の両頬を『ぱっ』と離してやりました。痛みを紛らわすよう、マールは真っ赤に腫れ上がった自分のホッペをさすります。
「……ぼ、暴力反対ですよ……全く……」
「だから、暴れないよう静かに力を振るってやっただろ」
「求めてませんよそんな返し……」
「まあまあ二人共。早いとこ魔物の死体、ギルドバッグに詰めようよ。吸魂管も忘れないようにね」
「だな」
「ですね」
ティエラに促され、リオとマールが回収に動き出そうとしますが、
「ああ、ちょっと待ってくれ」
シエロからの言葉に一時停止しました。
「ん? どうした」
「魔物を今の内に解体しておきたい。体温が残っている内は、毛皮が剥ぎ取りやすいんだ」
「……確かにギルド側の手間が省けるって理由で、解体して持って行った方がほんの少し報酬に上乗せが発生する。出来るならその方が得する訳なんだが……お前、解体なんて出来るのか? 雑にやると逆に報酬減らされる事だってあるんだぞ?」
「問題ない。リオ達はどうなんだ?」
「う〜ん……。まあ基本的な手順くらいなら知っているが……実際にやった事はないな」
「ボクもかな。やってるところは村で見た事あるんだけど」
「私はさっぱりです」
「そうか。……折角だ、私がやり方を教えよう」
シエロが言いました。
「――そうだ。そうやって身体や各脚の中心線を通るよう、ナイフで毛皮に切れ込みを入れるんだ。深く差し込み過ぎて胃などを傷付けないよう注意しろ。皮を肉から離す時は、極力ナイフではなく指を使うんだぞ。丁寧に行えば、切れ目のない一枚の毛皮が取れる」
シエロに教わりながら、リオ達はモモモモンガの毛皮を剥ぎました。しっかりと血抜きをして、ナイフで切れ目を入れて毛皮を剥ぎ取り、ついでに内蔵を取り出して肉を大まかに切り分け――
リオとティエラが一体ずつ手間取りながら作業を進める一方、シエロは滞りなく済ませてしまいます。毛皮、肉、血液、内蔵と、魔物の身体を構成していた部位があっという間に切り離されて行きました。肉と内臓は布で包んで持ち帰り、血液は地面に穴を掘って埋めてしまいます。場合によっては血液も有効に活用するのですが、今回は見送る事にしました。
剥ぎ取った桃色の毛皮は土埃にくすんでいるとは言え、黒々とした落葉の上に十分映えております。帰ってから丹念に洗えば、見事な桃色が現れる事でしょう。
「皆さーん。水汲んで来ましたので、これで手を洗って下さい……ってうわ、結構グロい場面で帰って来ちゃいました……」
「ああ、ありがとうマール。何、その内慣れる」
ちょうどリオが内蔵を引っ張り出す辺りで戻って来たマールが、水を汲んだ鍋を両手に『うえっ』と顔をしかめます。対してシエロは平然とした様子で答えます。彼女らにとって"獲物を解体する"行為こそごく身近な事象であるとは言え、『作業場面を直接見る機会』には差があります。肉と言えば"加工済みのもの"を思い浮かべるマールと、生まれ育った村で幼い頃から狩猟に接して来たシエロ、両者それぞれに反応の差として現れるのも当然でありました。
「しかし、見事な手際だな」
「昔から村でやっていたからな。慣れればお前達にも出来るようになるはずだ。
……見事と言えばリオの方こそだ」
「ん?」
「魔術の事だよ。ほら、魔物に雷属性の魔術を使用した時の」
「ふっ、その事か。まあ俺の実力ならあの程度は――」
「制御が比較的容易な『下位級』とは言え、実に精密なコントロールだったな。魔術の軌道があんな風に曲がるところなんて初めて見たぞ。見事な技を見せて貰ったよ」
「…………」
手放しで称賛するシエロの大いなる勘違いに、リオのドヤ顔が石のように硬直します。
「まあ威力こそ大分不足してはいたが、制御を重視してあえて弱めに撃ったのだろうな。……ん? いや待てよ、ライトニングジャベリンは下位級だったか……?」
「…………上位級です」
「……は?」
「…………いやだから、あれが俺の上位級魔術の威力です」
リオの言葉に、シエロは彼の顔を怪訝な様子で覗き込みます。
「…………本気か? 私が以前他の魔術師と組んだ時に上位級魔術を見た事があるんだが、アレとは比べものにならないほど威力があったぞ……?」
「…………本気です」
「…………………………しょぼっ」
「マジトーンで呟かないでぇっ!! 泣くからっ!!」
飾る事なくただ胸に湧いた感情を素朴に表したシエロの一言が、あらゆる修辞を施した万言以上にリオの精神を直撃しました。
「いや、アレで上位級とかないだろうっ!? 並の魔術師の下位級よりしょぼかったぞっ!? ……何か今思い出したぞっ!! 噂に聞く"七星(笑)の魔術師"ってお前の事だったのかっ!!」
「知ってやがったコイツッ!! 本人を前に(笑)入りで言い放ちやがったコイ
ツッ!! ……謝れっ!! 俺に向かって心の底から謝れっ!!」
「いや、普通にしょぼいだろアレはっ!! 直撃したのにちょっと怯ませただけとかっ!! お前の魔術はしょぼいっ!!」
「念を押して言うなよっ!! い、一応言っとくが、あれが俺の実力の全てって訳じゃないんだからなっ!! 火炎系だけとは言え、極位級魔術だって使えるんだからなっ!!」
「ふぁかがふぃれへるな(たかが知れてるな)っ!!」
「まさか口論の最中、おもむろに干し肉食い始めるとは思わなかったよっ!!」
「ふぉばらがふいたんはからひははないはろう(小腹が空いたんだから仕方ないだろう)っ!?」
「凄えっ!! 何を言ってるか全く分からんのに、何を言いたいのかは大体分か
る!!」
「……ほら、二人共ケンカしないの。早いとこ街まで帰ろうよ」
ぎゃあぎゃあと騒ぐリオとシエロの二人をなだめるように、ティエラは言いました。しばらくの無言の後、二人は深呼吸(咀嚼)します。
「……まあ、お前の言う通りだな……」
「確かに。ここに長居する事もないな」
「そうそう。……それじゃあ、帰ろうか」
「ティエラさん。そっち林の奥です」
晴れ晴れとした表情で明後日の方角へと向かうティエラを、マールが服を引っ張って止めました。
四人がファインダの街へと帰還した頃には、すっかり夜になっておりました。ちらちらと瞬く星々が、黄色く輝く半月が、道を照らす街灯が、窓から漏れる室内灯が、緩やかに穏やかにファインダの街を夜闇の中から浮かび上がらせておりまし
た。
ほっと一息吐く間もなくリオ達は真っ直ぐにギルド本部へと出向き、クエスト終了報告を済ませます。吸魂管と共に解体した魔物入りのギルドバッグをカウンターへと返却、手続きを待って報酬を受け取ります。
それから四人は酒場へと移動、受け取ったばかりの報酬を使って、本日の労をねぎらう夕食時間へと移りました。
「――メシぃっ!」
「食ってる最中に何叫んでんだ」
皿の料理を半分ほどを空にした辺りで何の脈絡もなく歓声を上げるシエロに、リオ言いました。
「まあそれは置いといて。……どうだ? 私は役に立っただろう? パーティーに入れる気になったか?」
「う〜む……」
食事の手を止め、リオは迷うような素振りを見せます。
「ボクは賛成だよ。弓の腕前も確かだったし」
「ですね。それに、シエロさんのおかげでモモモモンガの住処にも気付けた訳ですし。今後も同行して頂けるのなら助かります」
「む……」
「何か迷う事あるの? 戦力的に申し分ないと思うんだけど」
「そうなんだが……性格面がなぁ……」
「小さいなあ。ちょっとした欠点くらい、どーんと受け入れちゃおうよ」
「そうですよリオさん。ちょっとした瑕疵くらい、気にする必要はありません」
「全くだ。ちょっとした短所くらい、受け入れてこその器の大きさと言うものだ」
「こいつらに言われたくねぇ……。特に本人からは……」
それぞれの言葉で寛容性を説く方向音痴、チキン、残念美人の三人を、リオは半眼で見回しました。
「大体リオ、お前も人の事をどうこう言えないだろう。あの魔術の弱さはかなりのマイナスだぞ」
「ぐ……ハッキリ言いやがる……。見定められる立場な事もお構いなしに……」
「でも事実だよね?」
「事実ですよね?」
「事実だけど!! 否定し難い事実だけど!! けどちょっとした難点くらい、広い心で許してあげるべきじゃないのか!?」
一転して寛容性を説き始めたリオに、三人は無言の視線を注ぎ込みました。
「その上で、だ」
一旦の間を置いて、シエロが口を開きます。
「その上で、私はお前達パーティーに加わりたい、と言っているんだ。お前達は十分に頼りになる。私の弓も上手く使ってくれる事だろう。それに何と言うか、お前達とは気が合いそうだ。まだ出会って一日経った程度だが、お前達となら上手くやって行けそうな気がするんだよ。……どうだろう。ぜひとも私をお前達の仲間に加えて欲しい」
そう言ってシエロは微笑みました。花が凛と咲くような、一瞬リオも見惚れてしまうほどの、それはそれは魅惑的な微笑みでした。
「……ああ。分かったよ。これからも頼むぞ」
「その期待に応えよう。……ティエラにマール、二人もこれからよろしくな」
「うん、よろしく!」
「こちらこそ」
こうして、リオ達パーティーにシエロが正式に加入しました。




