23 戦闘が終わりました
「……下位治癒魔術……」
マールは草原の上で正座したまま、正面に腰を下ろすリオへ治癒魔術を施しま
す。かざした手の平から灯る淡く優しい光が、激しい戦闘で負った顔の傷を見る間に癒やして行きました。
「……うん。痛みも引いたし、鼻血も止まった。ありがとうマール」
「……どういたしまして」
「……で、だ」
無事に治療を終えた直後とは思えない重々しい空気の中、リオが切り出しまし
た。固い声色に、マールの身体がビクッと震え上がります。
「さっきのお前、役割うんぬんじゃなく普通に戦うのが怖くて逃げてただけだよ
な? 仲間より、自分の身の安全を優先させたよな?」
「…………はい」
派手に取り乱した直後の気まずさと、図らずもリオに怪我をさせてしまった負い目からか、思いの外素直に白状しました。
「……言う事は?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい本っ当にごめんなさ――――いっ!!」
リオの口から険の混じった声が出た瞬間、マールは地面に両手を突き頭を土にめり込ませる勢いで頭を下げました。彼女もまた、アヅマ式謝罪スタイル・土下座の使い手でありました。小柄な身体を存分に使い切り己の赤心を外部へと露わにしてみせる、それはそれは美事な土下座っぷりでした。
「怪我させるつもりはありませんでした完全に私の責任です本当にごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ――――いっ!!」
「……リオ、その、本人も反省してるみたいだし、くれぐれも穏便に……」
「……はあ……」
調子に乗っていた割に自分に危険が及べば逃げ回り、挙げ句結果的に仲間へ危害を及ぼす……と、マールのやった事はどうしようもないですが、必死に謝罪の言葉を口にする姿を見れば、根まで腐っている訳でもないようです。ティエラからのおずおずとした進言に、リオは毒気を抜くように大きく息を吐き出しました。
「分かった。分かったから頭を上げろ。怪我の件は許すから」
「本当にごめんなさいっ!!」
最後に深々と一礼し、マールは顔を上げました。恐怖と罪悪感で、すっかり涙目となった表情が貼り付いておりました。
「取り敢えず、もう一度答えてくれ。お前が逃げたのは特に深い理由もなく、普通に怖かっただけだよな?」
「はい……」
消え入りそうな声で、マールは言いました。
「正直な話、私はどうにも臆病な質でして。戦うのが怖いと言いますか、魔物を見ると縮み上がってしまうと言いますか……。危険な場所では、身を隠していないと安心出来ないんですよ……」
「……だったら、そもそも開拓者にならない方が良かったんじゃないの……?」
「私だってそう思いますよぉっ!」
ティエラのもっともな指摘に、マールは天を仰ぎます。
「でも仕方ないじゃないですかっ! ティルノア島へ来ちゃったんですからっ!
……故あって本土を離れる決断こそしましたが、私としては新天地で準司祭としてのお仕事だけを頑張って行こう、ってつもりだったんですよ。しかしご存じかとは思われますが、フォルト教会は開拓者達の支援を積極的に行おうって方針を取っているんです。
ある時、ファインダ教区の司祭長様から『君は準司祭達の中でも、特に癒やしの魔術が得意だったね?』……って尋ねられまして。ついうっかり『はい、もうバッチリですよっ! 身体強化魔術だってお手のものですし、これはもう天賦の才に恵まれたと言いますか、我らが主"トゥーナ"様より特別のご寵愛を頂いた女と言っても決して過言ではないでしょうっ!』……なんて調子に乗ったのが運の尽きです。 次の瞬間『では主より賜ったその力を活かし、開拓者の皆様の助けになってやりなさい』……とのお達しが下されました……」
「……こいつは……」
「思いっ切りぶち上げた手前断ろうにも断れず、気が付けば開拓者ギルドの門をくぐっておりまして……後はご覧の通りです……」
「……そ、そうだったんだ……」
悲運を嘆き顔を覆うマールの口から、概ね自業自得な顛末が語られました。ちなみに"トゥーナ"は、フォルト教で祀られている神様です。
「それでも最初は、教会の名に泥を塗らないよう頑張ろうとはしていたんですよ。ですが、いざ魔物の出没する危険地帯へ足を踏み入れますと……不安で不安で仕方ありません。身体が縮み上がって、心臓がバクバクして、とても冷静ではいられないのです。結局どこかに身を隠していなければ、まともについて行く事が出来ません……」
「……もしかしなくても、お前が他のパーティーに所属していないのは……」
「お察しの通り、何度も何度も追放されまして。『すぐ逃げるような奴は戦力としてアテにならん』と言った感じで……。毎回、頑張って食い下がってはみるんですが、結局最後は追い出されて……」
そのまましょんぼりと俯くマールの様子に、リオとティエラは顔を見合わせま
す。
「……まあ、何だ。取り敢えず今日のところはもう帰ろう」
「クエストはこれで終わりなの? たくさん狩れば、それだけ報酬も増えるんで
しょ? 今日中に終えるとしても、時間的にまだ余裕はあるよ」
「こんな状態じゃ無理に続けられん。ほら二人共、倒した突撃鳥をギルドバッグに詰めるぞ。吸魂管を使うのも忘れるなよ」
「……それもそうだね。マール、立てる?」
「あ、はい……」
ティエラの手を借りて、マールはのっそりと立ち上がりました。
三人は手分けして、魔物の死体をギルドバッグへと詰めて行きます。配分としては、荷物持ちであるマールへと多めに持たせます。一羽だけ、気絶していただけの個体もいたので――ティエラの蹴りで倒した個体でした――マールがリュックの中に用意していた縄で縛り上げます。全て回収し終わった後、三人はファインダへの帰路に着きました。
目的を果たしたにも関わらず、リオ達は無言でした。魔物に襲われる可能性のある場所で口数が減るのは当然ですが、街道に戻っても必要な事以外、誰も何も口にしません。街道を歩む三人の空気を、湿っぽい沈黙が支配するばかりです。
「……それでさ、どうするの?」
リオの隣を歩いていたティエラが、耳打ちをするように話し掛けました。周囲に余計な意識が向いていない時は、きちんと付いて来られるようです。
「どうする……って、マールの事だよな」
「うん」
二人は後ろをちらりと覗き、少し離れた位置をとぼとぼと付いて来るマールを見ます。
「どうもこうもない。パーティーからお引き取り願うつもりだ」
「あ〜、やっぱり……。怪我させられた事、怒ってるの?」
「それはもう良い。が、純粋に戦力として頼りにならない事は看過出来ん」
渋い顔でリオは言いました。
「臆病なのは……まあ当人の資質だ。精神力やら頑張りやらでそうそう簡単に改善出来るとも思えんし、それを責めるつもりも見下すつもりもない。しかし、俺達は開拓者だ。クエストこなすのに自分の命が懸かってる以上、相手の持っている能力でパーティーに加えるか否かを判断するのは当然だ。
確かにマールの潜在能力は高い。が、何かあるたびに逃げ回ってちゃ、その能力も生かせない。宝の持ち腐れだ」
「……」
「そう言う訳で、あいつとは今回だけの臨時戦力って考える。街に帰ったらそこでお別れ、新しいメンバーが加わるまで俺とお前の二人パーティーに逆戻りだ」
「……でもなぁ……」
ティエラは控え目に切り出します。
「確かに、戦闘中に逃げられるのも困るけど……ここで追い出すのも何て言うか、ちょっと可哀想だなぁ。悪気があった訳じゃないんだし、一度の失敗で見切っちゃう事もないでしょ。マールが望むならだけど、もうちょっと一緒にやって行って、それから判断しても良いんじゃない?」
「お人好しだなぁ、お前……」
「それに例えばさ、戦闘はボクらに任せて、マールには荷物持ちと回復に徹してもらうって手もあるでしょ。それじゃ駄目なの?」
「まあ、一応そう言う考え方もあるが……」
「だったらさ――」
「それでも駄目だ。あいつに俺達の荷物を預けた結果、それを持ったままどっかに逃げて、必要な道具が使えなくなる……って事もあり得る。いざ鉄火場に臨んで怖じ気付いて、負傷者が出たのに回復が出来ない……なんて事も考えられる。そう言う可能性のある奴に俺は背中を預けられん」
「……う〜ん……」
「危険な仕事だ。実力だけでなく、『当人へ信頼が置けるか?』も大事だ。『仮にこいつがミスを犯した結果、俺達にもしもの事が起こったとしても、それを受け入れられるか?』……と言う種類のな。悪いが、マールに対してそう言う信頼は置けない。それを図ろうって気も起きない。あいつが決してろくでなしの類ではない、と理解した上でだ」
「……」
「そう言う訳だ。お前が気に病む必要はない。後で俺から伝える」
リオの言葉に、ティエラもこれ以上反論する事は出来ないようです。再び、無言の時間が戻って来ました。
街道を重く叩く三人分の足取りが、沈黙をより一層浮き立たせておりました。
三人の遠目に見えていたファインダの外壁も、やがて石の継ぎ目が確認出来るほどに近付いて来ました。
「今回は迷わず帰って来れたね」
「全面的にお前が原因だけどな」
「後はギルドへ戻って報告を済ませるだけだね」
「流しやがった。そうだけどな。そうなんだけどな」
「……あの、お二人共」
それまでずっと口を閉じていたマールが、憚るように声を出しました。
「どうしたの?」
「今日はどうもすみませんでした。特にリオさん」
「良いって、もう気にすんな」
「はい。……それで、その、パーティーの件ですけど……」
「……あ〜……」
「良いんです、分かってますから。何度もあった事ですし。仲間に怪我をさせるなんて、治癒術士として痛恨の失態です。今回ばかりは残留なんて言う資格はありません。黙って受け入れるまでです」
「……まあ、その……」
マールの沈んだ声色を前に、リオは言い淀みます。こうも萎縮している相手に追放を言い渡すのは、流石に罪悪感が湧いて来ます。
(……いやいや。しっかりしろ俺)
躊躇を胸中へ押し込めるように目を瞑ります。
(今の俺は、このパーティーのリーダーだ。今は情に流されちゃいけない時なんだ――)
――だけどパーティーのリーダーとして、今は情に流されちゃいけない時なんだよ……。
不意に、ハリーの言葉がよぎりました。
かつての仲間と全く同じ事を考えている自分に気が付きました。
それ自体は問題ではありません。決してハリーの言葉を非難するつもりはありませんし、自分がこれから下そうとしていた判断が間違いだとも思いません。
ただ連鎖的に、連想的に、自分と彼女が"似ている"事まで気付いたのです。追放を言い渡そうとしている今の状況だけでなく、自分でも持て余すような欠点を抱
え、それでもどうにか足掻いているところも。
自分も、魔術の威力不足で散々仲間の足を引っ張りました。何度も何度も追放を宣告され、そのたびに食い下がってはみるものの、結局最後は強引に追い出されました。
目を開けて、少女の顔を窺います。こちらを見上げる表情は、そのまま消え入ってしまいそうなほど弱々しく儚く感じられました。
流石に自分もこんな表情をしていた訳ではありません。ですが、他人から突き放される心細さ、役立たずの烙印を押される悔しさ、それでも反論出来ない現実……マールが今耐えているであろう、或いは今まで何度も耐えて来たであろう屈辱が、リオには手に取るように理解出来ました。
「……俺も大概お人好しだよな……」
無意識に自分の口からこぼれた言葉を自覚してから、ぱちくりと瞬きしているマールに気付きました。気付いてから、ぼんやりとした決心が急速に固まって行くのを感じました。
「一度だけだ」
「……あの、それはどう言う――」
「取り敢えず、戦闘面に関してはアテにしない。基本は荷物持ちと治癒術士として扱う。魔物を怖がるのも仕方ないと割り切るし、戦闘中は後ろに下がってて良い。ただし、与えられた役目を最大限こなす努力を見せろ。勝手な理由で自分一人戦域から離脱するのは駄目だ。しばらくの間様子を見て、それでも目に余るような行動を取るなら、今度こそ間違いなく追放する」
「リオ、それって――」
「俺達のパーティーでやって行くつもりなら、それを約束してくれ。出来るか、マール?」
リオからの全く予想外の問い掛けに、マールの目がたちまちまん丸く見開かれました。
「リ……リオさん……良いんですか? 私、このままパーティーに残っても
……?」
「多目に見るのは今回だけだ。ティエラ、お前もそれで良いか?」
「リオ……うんっ! もちろんだよっ!」
「だとさ。どうする? マール」
マールはリオ、ティエラ、リオ……と、二人の顔を交互に見比べます。視線を移し、自身に向けられる柔らかな瞳を確認するにつれ、自分が受け入れられている実感が、心に染み渡って行きました。
しばらくして、マールは口を開きました。
「……あの。多分、お二人にはまた迷惑を掛けるかとは思います。ですが、与えられた機会を無駄にはしたくないと思います。今回の失態は、いつか必ずや返上します。ですから、その――」
控え目に切り出された言葉へ徐々に芯が通って行き、
「――これからもよろしくお願いしますっ!!」
最後はきっぱりとした口調で、マールは満面の笑顔を見せました。




