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銀星と黒翼  作者: ふとんねこ
第二章.エルフの国編

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第4話.木と美男


「私はシリエールの女王スノアリィル。霊王の子ウルーシュラ、霊王は息災ですか?」


「は、はい! 元気です!」


(なんで僕の名前……名乗ってないのに)


 ウルは三段上の玉座に座るシリエールの女王を見上げ元気良く返事をしたものの、彼女の青灰色の瞳に全てを見透かされた様な気分に、漠然とした不安を覚えた。

 女王はウルの瞳に揺れた不安を見てとったのか優しげに目を細める。その目を見つめたウルは、くらりと眩暈の様な感覚に襲われた。


『私はとても目が良いのですよ。世界のことに目を凝らしているので、様々なことを見ています。貴方の目的も、貴方がその身に何を背負わされているのかも』


「?!」


(え? 口は動いていない、頭に直接声が……!)


「ウルーシュラ、この国への滞在を許可します。目的の果たされるまで、ここにいると良いでしょう」


 女王が穏やかな声音でそう言う。今度はその花弁の様な唇が動いていた。ウルは恐る恐る礼を言って、去っていった眩暈の様な感覚に、こっそり安堵の息を吐き出した。


 その後、女王はシヴァと一言二言交わしてこっくりと頷いた。


「東側の部屋を貸しましょう。リンドリス、案内してあげなさい」


「御意!」


 元気な返事をしたリンに女王は微笑むと、そっと微かな衣擦れの音と共に立ち上がり玉座の後ろの垂れ幕の向こうに姿を消した。


「さ、行こっか」


「ああ」


 リンに声をかけられウルは頷いたが、未だ頭に直接響いた女王の声を忘れられず、ぼんやりしていた。



――――……



 部屋に案内されたあと、二人はリンに続いてシリエールを見て回ることにした。

 リンと彼の兄の住まいはシリエールの東側にあると言う。そちらへ歩を進めていると、慌てた様子の子供が彼らの方へ走ってきた。


「リンにーちゃん! 大変だよ!」


「ティティ、どうしたの?」


 近所のティティ少年である。リンはしゃがんで彼に視線を合わせた。


「あのね、レイにーちゃんが木に引っ掛かってるんだよ」


 それを聞いていたウルは(ようやく女王ショックから復活した)その“レイにーちゃん”とやらは、ティティ少年の兄か何かだろうと思った。しかし、シヴァが顔を背けて肩を震わせていることに気づき、何やら違そうだぞと考え直す。

 どうやらそれは正しかったようだ。俯いたリンが低く地を這うような声で呟く。


「……あんの馬鹿兄さんめ」


(木に引っ掛かってるって言ってたよね? リンのお兄さんも将軍なんでしょ? どういうこと?!)


 混乱するウルを他所に、リンがスッと立ち上がって振り返った。やけに爽やかな微笑みである。


「ごめんねー、ちょっと寄り道してもいいかなぁ?」


「う、うん」

「くくっ、いいぜ」


 ウルとシヴァは各々そう返事をして、ティティ少年に案内されながら嬉しそうに歩くリンを追いかけた。




 そうしてティティ少年は三人を一本の高い木の前まで連れてきた。彼はピッと立てた人差し指をある枝に向ける。


 見上げたウルはその信じられない光景に絶句し、シヴァは噴き出しそうになって口を押さえ、リンは道中手慰みに弄んでいた小枝を真顔でポキッと折った。


 彼らの視線の先には高木の真ん中程に位置するそこそこ太い枝がある。

 そこから分かれた細い枝に美男が引っ掛かっていた。


 ふわふわした(と形容すれば聞こえは良いが、その実、櫛も通らないボサボサ具合だ)淡い金の髪と、柔らかなヘーゼルグリーンの瞳の男エルフである。

 優しげで繊細な美貌であり、その白い服の襟を枝に引っ掛けてぶら下がっていなければ誰もが目を奪われ、見惚れるだろう。

 今のところ、あまりの惨状に皆から注目されているので皆の視線を集めているという点で変わりはない。

 エルフは身体能力の高い種族なので、足下に別の枝でもあれば彼も自力でこの恥ずかしい状態から脱しただろうが、運悪く彼の足の下には枝が無い。


 そこでその美男(先程の会話からしてリンの兄なのだろう)が三者三様の反応を示す木の下の彼らに気づいた。洗われて干されたぬいぐるみの様にじっとしていた彼は、ようやく現れた助けにほわりと花の咲く様に微笑んで三人へ手を振った。


 それはもう全力で振った。


「リーーン、助けて~~」


 手を振る勢いのせいでそれはもう揺れる揺れる。ぎゅ、ぎゅ、と枝が軋んでいた。今にもポッキリいきそうだ。それにしては緊張感の無い救援要請である。

 名を呼ばれたリンが一切の表情の無い顔で自分の兄を見上げた。彼が自分の方を向いたことが嬉しかったのか、兄はほわほわと笑う。


「……その前に、どうしてそうなったか教えてくれる?」


「え~?」


 低く唸るような、しかし笑顔を崩さない弟が発した問いに兄は首を傾げた。またもや枝が揺れる。キラッと日の光を反射して輝いたのは彼の耳で揺れる緑玉の耳環だ。


「えっとね、今日は非番だったからこの木の上で森を眺めてたんだ。それで、帰ろうと思って立ち上がったら滑っちゃって」


「へぇ、そう。滑っちゃって、か」


「リン? もしかして……怒ってる?」


 真顔のリンの言葉に兄は笑顔を引っ込めて心配そうに言った。


「怒ってないけど?」


「えぇ、でも……」


「悪いと思うならちゃんと着地してね」


 そして彼はそう言い放ったのち、いきなり何の予備動作も無く兄の引っ掛かっている木の幹を蹴った。

 かなりの強さだったのだろう。太い木であったが上の方まで揺れた。メリ、と良くない音が上方から聞こえてくる。


「リン、ちょっと……あっ」


 ついに兄の襟首を引っ掛けていた枝が折れた。ひゅーん、と彼は真っ直ぐに落ちてくる。

 それを見て、ウルは「引っ掛かってはいたが将軍の一人なのだから着地はきちんとするだろう」と思った。人はそれを(フラグ)と呼ぶ。


「ぁだっ!」


 尻から着地した。それはもう見事に尻から行った。美男の形の良い尻が真っ直ぐ地面に激突した。


(うわぁ、痛そう……)


「大丈夫か、レイ」


 顔をしかめるウルの隣から、シヴァがそう声をかける。ティティ少年が言っていた通り、リンの兄の名は“レイ”というらしい。


「あはは……久しぶりだねぇシヴァ。いきなり格好悪いところ見せちゃった……あれ? そこの君は誰?」


 ぽんやりとした男である。ウルは「僕はウルーシュラです」と答えた。なんだかそれ以上の情報を話す気が起きなかったのである。レイはぽやぽやと微笑んで「そうかい」と答え、立ち上がった。


「私はレイニール・ユレイグ。王下三弓の一人、裂牙将軍だよ。よろしくね」


 本当に将軍かなぁ、とウルが疑ったのは彼の表情にしっかり表れていたため、彼はシヴァに脇腹を小突かれたのであった。


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