第3話.女王の館
散々笑われてへそを曲げたウルと、未だ思い出し笑いをして更にウルの機嫌を損ねるシヴァは、エルフの少年リンに連れられて『獅子弓軍練兵場』に入った。
「ここは万が一シリエールが攻撃されたとき、最初の壁になるんだ。まあ、そんなことはそうそう無いだろうけどね」
リンはそう説明しながら練兵場の建物の中を進んでいく。すれ違うエルフたちは、一旦ウルやシヴァに目を止めて戸惑った顔をするが流石彼らは軍人である、すぐに穿爪将軍であるリンに挨拶をして通りすぎていった。
「この軍で一番偉いのは君なの?」
へそを曲げていたウルが好奇心に負けて口を開く。リンはくるりと振り返って「違うよー」と答えた。
「違うと言っても微妙かな。将軍は三人いるの。僕はその内の一人だから、確かにこの軍で一番偉い三人の一人ではある」
でもね、と前を向いて彼は続ける。
「裂牙将軍……僕の兄さんは僕よりすごいし、何より咆哮将軍のミレイシアには、僕も兄さんも敵わない。すっごく怖いんだ」
「へぇ……兄弟がいるんだね。僕にも兄や姉が全部で七人いるよ」
「そうなの? 多いね。僕は、兄さんは一人でいいかな……」
「なんで?」
「……その内会うことになるだろうから、今は言わないでおく」
ウルは首を傾げたが、その内会えば分かるのだなと納得することにして口をつぐんだ。
「このまま女王の館へ行ってもいいか?」
「うん。僕も一緒に行くよ」
隣を歩くシヴァの言葉にリンは頷く。その後は無言のまま歩き続け、三人は練兵場を抜けた。
練兵場の先には、長年踏み固められたことによってできた草の生えていない乾いた土の道があった。その両側は柔らかく青々とした芝で、芝の奥は木々の並ぶ森になっている。
道の先には木製の小屋がいくつも並んでいた。ゆったりと歩いては小屋の中の者と言葉を交わすエルフたちの様子を見るに、そこは市場らしい。
そしてここにも地霊が飛び交っていた。地霊はリンの頭に乗ったり、シヴァの翼に触れたり、ウルの耳をくすぐったりと自由である。
リンが通りかかるとエルフたちは気さくに声をかけ、リンも笑顔で答えていた。シヴァのことを知っているエルフもいるらしく、彼にも時折声がかけられている。
反対にウルは、エルフたちから好奇の眼差しを向けられた。交わされる囁き声の中には「精霊」と言う単語が多い。
「ごめんねぇ、ウル君。皆精霊が珍しいんだよ」
「そうだよね、僕らは滅多に国を出ないもの」
リンは艶々した長い赤毛を尻尾の様に翻してウルを振り返った。彼の動作はとても軽やかである。
「北側に行ったらこんなもんじゃ済まないと思うよ」
「北側?」
後ろ歩きのまま話し続けるリンの姿に不安を覚えつつ聞き返したウルに、隣を歩いていたシヴァが答えた。
「この森の北側には魔法学園があって、魔導士が沢山いる。あいつらは物珍しいものはとにかく研究しようとする変態だ。精霊が飛び込んでみろ、酷い目に遭うぞ」
そう言う彼の苦々しげな表情をじーっと見つめて一つの答えを出したウルは「ふぅん」と頷く。
「君、その酷い目に遭ったんだな」
「……ちっ、そうだよ。あいつらにとっちゃこの俺も面白い研究対象の一つでしかないからな」
「でも意外と楽しかったんだろう」
「は? 何を根拠に言ってるんだか……」
「だって君、懐かしそうな顔をしている」
驚いたような表情をしたシヴァはそれきり黙ってしまった。
(それに君は、特異なものとして敬遠されるのを嫌う。だから、面白い研究対象でしかないものとして扱われてちょっと嬉しかったんだろう)
それは言わず、静かに心に留めたウルであった。二人のやり取りを相変わらずの後ろ歩きで眺めていたリンは、面白いものを見たと言う顔をしている。
「ウル君、意外としっかり見てるんだね」
「そうかな?」
「うん。すごいよ」
「ふふ、ありがとう」
そうこうしているうちに、彼らの視線の先に白岩と白木で造られた大きな館が姿を現した。女王の館である。
白木に囲まれた美しい建物であった。リンは慣れた様子ですたすたと進んでいく。正面の入口は焦茶の大きな扉で風や木々を描いた白銀の透かし彫が壮麗だ。扉の両側に銀の鎧の衛兵が長槍を手に立っている。
「やっほー。お客さんをつれてきたよ。いいかな?」
「穿爪将軍殿、お客人とは……?」
「ほら」
リンは片方の衛兵に二人を指し示した。衛兵は二人にちらりと視線を寄越す。
「もしや、シヴァ殿か?」
「あんたが忘れるほど長くここを離れたつもりはないけどな」
「おおぉ……元気そうだな」
「ああ。こっちは俺の連れで精霊だから心配いらないぞ」
ウルは慌ててぺこりと頭を下げた。衛兵はにこやかに「そうか」と言ってもう一人の衛兵と一緒に扉を開けてくれた。
礼を言って扉をくぐると、真ん中と左右に戸がある横長の小部屋があり、真ん中の戸を押し開くとすぐに広間になった。建物の中央に位置する長方形の広間である。
恐らくこの広間の外側に、先程の小部屋の左右の戸から繋がる縦長のいくつかの部屋があるのだろう。
広間は左右に美しい柱が等間隔で並び、高い天井でアーチの様に左右の端が結ばれている。天井が高いために周りを部屋で囲まれていても高い位置の窓から日光が差し込んでいた。
しんと静かな広間に三人分の微かな足音が響く。ウルは広間を見渡して小さな感動の声を漏らしていた。
広間の最奥に白木をそのまま椅子に変えた様な玉座があった。ウルはそこに座る人の姿に息を呑み、シヴァは静かな目で見つめている。リンは微笑んですたすた近づいていった。
「女王陛下ー、シヴァと精霊のお客さんです」
伏せられていた長いまつ毛がそっと持ち上がり、その下から現れた艶のある青灰色の瞳がウルを見た。
そっと白花の開く様な微笑みを浮かべた女王は月光を紡いだ様な白金の長髪に、緑玉と白い月石の嵌まった白銀の額冠をしている。
純白の長衣に銀灰の長上着を羽織った彼女は、儚く浮世離れした美しさだった。
(ミルテル義姉上でも敵わない……父上に似た、怖いまでの綺麗さだ)
そんなことを心の中で呟いたウルは、リンに促されるままシヴァの隣に並んで女王の前に跪いた。
「シリエールにようこそ、霊王の子よ。そしてお帰りなさい、シヴァ」
西洋琴の音の様にたおやかな声が降った。




