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第十四話


「『お話がしたい』ねえ。案外初めて会ったときに両想いになってたのかもね」

「そ、そうなのかな」


 夕食後部屋に戻り、ここ最近の習慣になってしまったパズルチャレンジをしていると美空がやって来た。

 今日は薄い本を持たずに手ぶらだったが、ベッドに転がるのは相変わらずだ。


 手を動かしながらもメッセージがあったことについて相談だ。


 日鞠ちゃんが『海人と話す』となると、今の状態では美空の協力が不可欠だ。

 でも、このパズルを完成させたら元に戻れるかもしれない。

 本来の俺で話が出来るのに……。

 諦めきれない。


 実は自分でも、『案外俺って好印象だったのかな』と思った。

 だからこそ早く戻りたい。

 自分の体で彼女と向き合いたい。


「ああもう! ぶっ壊したい!」


 こことこの部分が嵌まれば!

 この出っ張りを潰したい!

 ああもう、ハンマー持って来ようかな!


「そんな苛々してもすぐには出来ないって」

「何でだよ、出来るかもしれないだろ!」

「中に入っていたビー玉も消えちゃったし、私は無理だと思うな。あっ」

「はい、千円。消えたビー玉かあ。どこにいったんだろうな」


 ガレージの中を何度か探したが見当たらなかった。

 やっぱり落ちてどこかにいったのではなく、存在が消滅してしまったのかもしれない。

 忽然と消えてしまったなんて不思議だが、自分達に今起こっていることを思えばどんなことでも許容は出来る。


「これ、ガレージの中にあったけど、本当にじいちゃんが作ったのかな?」

「さあ? なんか『魔法のパズル』って感じだけど、おじいちゃんって自分のことを『錬金術師だ!』とか言ってたからおじいちゃんが作ったんじゃない?」

「錬金術師ねえ……。漫画でしか知らないな」


 パズルにはライオンとユニコーンが描かれている。

 確か錬金術師が出てくる漫画にも出てきたな。


「じいちゃんが作ったものなら設計図とか資料があるかもしれないな。探してみるか」


 今日はもう暗いから、外にあるガレージの中を探すことは難しい。

 明るい時に調べてみよう。


「頑張るねえ。でも水沢さんと仲良くなれたんだし、もう少し今の状況を楽しんでみようよ」

「嫌だ!」


 仲良くなれたのは嬉しいが、このまま仲を深めても自分の体に戻ったらリセットされてしまう。


「美空もさ、あんまりふざけ過ぎるなよ。本当に向こうが惚れたらどうするんだよ? お前のやっていることは人の心を弄んでいるんだぞ」


 万が一、鹿鳴が俺の体の美空を好きになってっしまったら可哀想だ。

 いや、『可哀想』なんて簡単な言葉では済まない。

 性別の壁を越えて心に決めた人が本当は別人だなんて……。


「分かってるよ。『好き』は本当なんだからふざけてないの! 戻ったら全部説明して本来の姿でアタックするから大丈夫!」

「全然大丈夫じゃないし、向こうは戸惑うだろ!?」

「愛の力で乗り越える」

「そんな自分勝手な……」


 本当は女だったのか、やったー! と喜んでくれたらいいが、そう上手くいくとは思えない。

 人を好きになるポイントは人それぞれだと思うが、性別の違いと外見は重要……というか、好きになる前に判断材料として当たり前にあるものだ。

 それが後から変更になるなんてあり得ない。


「私のことはいいから! 今は水沢さんと話をすることについて考えよう!」

「……ったく」


 鹿鳴に俺から忠告しておいた方がいいかもしれない。

 そんなことをしたら美空に殺されそうだが。

 一先ず、今は日鞠ちゃんのことを優先しよう。


「その前に、千円な」

「……バレてたか」

「もちろん……ってまたこの千円か」


 受け取った千円は野口英世の目の辺りが山折りになっていて、日本が世界に誇る細菌学者が突き抜けてニヤけたドスケベな顔をしている。


「本当にしょうもないことをするなよ、お前は……」

「どこかのお釣りで貰った時からこうだったんだよ」


 この気の抜ける千円が罰金として俺達の間を行ったり来たりしている。

 こんなくだらないことをしたお札を使うのも恥ずかしくて結局美空に渡すときに使ってしまうのだが、そろそろ自動販売機に入れてしまおう。


「あ、ねえ。今から電話する?」

「え?」

「アプリで通話出来るでしょ? 一緒に話を聞いて、返事を指示してくれながら話したら都合が良くない?」

「お前天才か」


 パズルは一旦中止だ。

 やばい、今から日鞠ちゃんの声が聞ける!

 どうしよう、凄くテンションが上がってきた!


「い、今、電話しても大丈夫な時間だよな? 風呂に入ってる時間とかじゃないかな? 寝てる時間じゃないよな? 好きなテレビ見ていて邪魔になったりしないかな!?」

「落ち着けよ童貞」

「……その体に入ってるのはお前だからな」

「前の方は捨ててあげるから安心して」

「ふざけんな!」


 俺の感覚ではそれに『前』とか『後ろ』とかないからな!


「はい、スマホ出して」

「ああ!?」


 怒りが収まらない俺に向かって涼しい顔で手を出してきた。

 スマホ?

 あ、そうか。


「お願いします」

「うむ」


 悔しいがここは大人しく従っておこう。

 日鞠ちゃんの声を聞くための試練だと思えば耐えられる。

 殿に献上する家来のように丁重にスマホを差し出した。


「じゃあ、かけるよ?」

「何卒よしなに!」


 ベッドの脇に腰掛けた美空の隣に座った。

 ハンズフリーにして貰い、コール音を聞いていると緊張してきた……ってそうだ!

 紙とペン!

 美空に何か言いたいときに話せない。

 慌てて机から適当なノートとペンを取り、元の場所に戻っているとコール音が途切れた。

 繋がった!?


「水沢さん?」

『…………はい』


 日鞠ちゃん!

 戸惑っているのか、凄く間があったし声も小さいけれど確かに日鞠ちゃんだ!


「ごめん、急に電話して。今話しても大丈夫?」

『少し、待って貰えますか』

「うん」


 ガチャガチャと日鞠ちゃんが動いている音を聞きながら待っていると、風の音のようなノイズが聞こえた。

 扉がしまった様な音も聞こえたので、思わず美空と顔を見合わせた。


「え、外?」

『はい』


 美空の呟きに日鞠ちゃんが返事をした。

 こんな夜に外!?


「危ないよ」

『ベランダだから大丈夫、危なくない』

「でもこんな時間に外に出たら風邪を引くよ。明日学校で話そうか?」

『いいの。今お話したい』


 お話ししたいと言ってくれるのは嬉しいが心配だ。

 もう一度美空と顔を見合わせた。


「何かあった? 困ってない?」

『大丈夫。でも、同じクラスになれたから。びっくりした』


 外で話すことは流してしまうらしい。

 これ以上こちらから心配しても日鞠ちゃんは家に入りそうにそうない。

 だったら早く電話を切った方がいいか。


 『心配だから手短に済まそう』とノートに書いて美空に見せるとコクリと頷いた。


「……そうだね。オレも驚いたよ。でも、また会えて嬉しかった」


 俺だと恥ずかしくて言えないことをサラッと言える美空、シビれる……。


『……私も』


 !

 やばい……ニヤけてしまう。

 慌てて手で口を覆った俺を見て美空もニヤニヤしている。

 こっち見んな、話に集中しろ!


「何か困ったことがあったら妹の美空を頼るといいよ。女の子同士だし、話しやすいでしょ?」

『……あなたには?』

「うん?」

『海人君にも話したい』


 !?

 ニヤけるのを通り越して吃驚いてしまった。

 美空が『へえ~?』と何か言いたそうな視線を寄越してくる。


「もちろん。オレのことも頼って。学校でも……」

『学校では話さない』


 美空の台詞を遮るようだった。

 声色もいつもふんわりと柔らかい話し方する日鞠ちゃんとは思えないくらいに冷たかった。


「どうして?」

『……』


 こちらを見てくる美空に、俺も首を傾げることしか出来ない。


「分かった。じゃあ、いつでもいいから話したい時には電話して?」

『……うん。ありがとう』

「あ、そうだ。前髪切った? 可愛かったよ」

「え……あっ……うん」


 前髪!?

 直接会って会話をしているのに全然気がつかなかった。

 『髪切った?』なんて聞ける男は、惜しまれつつ終わった某番組の司会者くらいなものだ。

 クソ、美空が気づけたのに日鞠ちゃんのことが好きな俺が気づけなくて悔しい!

 サラッと可愛いと言えるのも狡い。

 顔は見えなくても、声色で日鞠ちゃんが照れているのが分かる。

 おのれ美空め、俺の日鞠ちゃんを俺の体で誑し込みやがって……。


「長い時間外にいると心配だから、そろそろ切るよ」

『うん……』

「また明日。おやすみ」

『ありがとう。また……おやすみなさい』


 日鞠ちゃんの『おやすみなさい』を聞けて嬉しかったが、なんとも言えないモヤモヤを感じながら二人の会話は終わった。


「なんで学校で話せないんだろうな?」

「……」


 美空からスマホを受け取りながら、いくつか今まで気になっていたことを思い出していた。

 自己紹介時の女子の反応、俺が友達になりたいと言った時に零していた呟き。

 それらを美空にも話した。


「そっか……何か事情がありそうだなあ。人のことを嗅ぎ回るのは嫌だけどださ、なんか心配だし、仲良くなった女の子達とかにそれとなく聞いてみるよ」

「頼む」


 超頼りになる。

『仲良くなった女の子達』という、本来の俺であれば絶対に口から出てくることのないワードにザワッとしたけれど、大人しく聞き流しておこう。


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