3-2
「あ、おかえりー」
「…また勝手に人の部屋にいやがる」
「いーじゃん、あたしたちけ…け…っこん…したんだし」
寝っ転がっていた彼女は頬を真っ赤に染めながら俯きがちに言う。赤いサイドテールが揺れ、紅の瞳が恥ずかしさで潤む。種族としては、このくらいどうということないはずだが、彼女は肌の露出が少ない。
ゴースト、リリス。
男児を害するとされている女性の悪霊。なんて言われているが、蓋を開けてみれば、彼女は照れ屋の女の子である。長いワンピースの下から尻尾がふらふらと揺れている。照れた時はいつもこうだ。
一目惚れした彼女にアプローチを始めて半年以上、プロポーズしては殴られ、プロポーズしては殴られを繰り返し、漸く血族の契りを結ぶに至った訳だが、彼女の照れ屋は依然治らず、この様に一つ言えば一度顔を赤くする。
それが堪らなく可愛いのだが。
「そうだな。じゃあ、同じベッドで寝れる様になるといいんだがな」
「それはまだ早いの!キースのエッチ!」
「サキュバスと同等の扱いされてる奴の発言じゃねえな」
「いいんですー!私はサキュバスじゃないんですー!」
べー!、と舌を出して反抗するリリスを抱き抱えて、椅子に座り膝の上に乗せる。リリスは驚いた様に短く声を発した後、顔を真っ赤にして縮こまった。
「知ってる。お前はこうしていてくれるだけでいい」
膝の上に乗せても、彼女の頭は魔王の頭の高さと変わらない。それだけ、背丈が小さいのだ。
魔王、キース。彼は本気で、彼女に惚れてしまった。だからこそ、彼女を守りたい。出来ることなら、永遠に共に生きたい。
それが叶わないのは、魔術士であるムクスから聞いている。異邦人、と言っても、元は人間の体を無理矢理魔族に作り変えただけの存在。爆発的な力を持っている代わりに、その命は人間と同じでしかない。
もしかすると、それよりも短い。
それでも彼女に告白する事を選んだのは、後悔しながら死にたくなかったからだ。
彼は生前、色んな後悔をした。見栄を張り、嘘をつき、沢山の人に迷惑をかけ、守りたかった人を失望させた。
だから彼は、今度こそ正直に生きようと決めた。飾らず、嘘をつかず、守りたい人を守るのだと。
他の人からすれば、当たり前に思うかもしれない。だがそれができなかった彼には、それが何よりも重要なのだ。
膝の上に乗せたリリスを抱き締める。
ただ、彼女には、辛い思いをさせてしまうだろう。守る代わりに、彼女には大きな悲しみを与えてしまう。
「キース…?」
「あぁ、すまん、痛かったか」
「んーん、大丈夫。キースこそ、大丈夫?」
「何がだ?」
「誤魔化してもダメだよ、あたしにはわかっちゃうんだから。ネガティヴなのがまとわりついてるよ」
「…隠せねえなぁ。先に謝っておく。すまない、お前を幸せに出来ないかもしれない」
「………、うん、わかってる。でも、あたしは今幸せだよ」
頬と頬を合わせる。リリスの手が優しくキースの頭を撫でた。
ありがとう、ポツリと呟いて、キースはもう一度リリスを抱きしめた。
「よっし、じゃあまた行ってくるぜ」
「うん、いってらっしゃい」
リリスが立ち上がって手を振る。キースも振り返して、玉座の間に向かった。
「ムクス、いるか」
「はいはい」
「…お前最近適当だな」
「いいでしょう別に、やっと交代の目処がついたんですから」
「そうだな、長い間、ご苦労だった」
「えぇ、長かった。さて、お次はどちらに?」
「アジュカリウスだ。あそこを落とす」
「…畏まりました。軍の手配を急がせましょう」
「苦労かける」
「………、らしくないですな、そんな言葉を言うとは。まだ終わってはおりませんぞ」
「…そうだな」
キースはぐっと仰け反ってストレッチをした後、うし、と気合を入れ直した。
「俺は咎と話をしてくる」
「そのまま攻めることになりませぬ様にお気をつけを」
「わかっている」
キースはとうに現れなくなった咎守の長を思い出しながら、少し歯噛みした。一番厄介な相手に先手を取られては計画どころの話では無い。
咎の背負った罪を何か別の形で利用される前に、此方の手中に収めておきたい。無論、その力は咎にしか使えないため、上手く咎という役割を使う必要がある。咎の役は他の役とは一味違う。スイッチを探って、入れることが出来れば、いくらでも有利になる。
調停者につけたマーキングから地図上に位置を割り出し、転移魔法を発動する。風に包まれ、辺りの景色が一変、森林地帯に変わる、目の前には咎御一行。但し先頭の咎は役の方が出ている様で、目つきがまるで違う。
「よぉ、どうだった?ウィズバーンは」
§
俺はその言葉を聞いて、俺は目を覚ました。
体が動かない。視界にははっきりと魔王の姿を捉えているものの、手も足も口も動かない。
これは…そうか、今俺は役に入ってるのか。
ウィズバーン跡地の地下、あの研究所に近いものを見たとき、俺の意識はノックアウトされた。誰かに殴られたかの様に視界がブラックアウトしたんだ。それから…あまり記憶に無い。無いのが逆に怖い。
あれから何日経った?俺は何をした?今どこにいるんだ?
「確証を得る為にもう一箇所確認しに行く。だが、貴様の行いも看過できん」
「そうかいそうかい」
魔王はヒラヒラと手を振って言った。
「確証を得た後で構わないんだが、俺はアジュカリウスを落としに行く。アンタも行くか?」
「…これ以上、罪を重ねろと?」
「いいや、原因がそこにあるって言ってんだよ、ただの街があんな研究するわきゃねえだろ。指示したのは王国で間違いない。調停者を囲って均衡を崩したのもその連中だ。証拠は調停者から聞くといいぜ」
視線が後方に移る。マリアがびく、とした後、頷いた。
「何故均衡を正そうとしない」
「おっと、そいつを責めるのはお門違いだぜ、そいつがこっちに流れ着いたときには、その役に力は残っちゃいなかった。じゃなきゃメルタがあーなる訳もねえ」
「…その理を正とする。なれば協力しよう、悪しき根源を断たねばならぬ」
「…っ!ケイ!」
アルマが俺を止めようとするも、俺は一目もくれず、魔王に言った。
「先を急ぐ、退け」
「へぇへぇ」
適当に返事をした魔王は、その場で消える。歩き出した足は早く、他の三人の事などまるで考慮されていない。
クソ、勝手なこと言いやがって…!
いい加減に、
「しろっ!!」
ガッ!!
左腕が俺の意思通り、側頭部を殴りつける。ぐわん…、と視界がブレ、足がもつれる。
自分の力で踏みとどまる。よし、体のコントロールが戻った。
俺は大きく一息ついて、後ろを振り返る。やつれた顔の三人が、自損行為を行った俺を訝しげな目で見ている。
と思えば、全員が目を潤ませてワッと押し寄せた。
「ケイ!ケイですよね!」
「よかった…!戻らなかったどうしようかと思った…!」
「心配したんだぞ!何してたんだ!」
波に耐え切れず後ろに倒れこんだ俺は、苦笑いした。
まぁ、そうだよな、そりゃ心配するわ。ここまで酷いのは初めてだったし、戻るのにも時間かかっちまった。
「ごめんな、心配かけて。今は大丈夫だ。とりあえず、一度休もう。みんな顔がやつれてる」
俺がそう言うとアルマが涙を拭って体を起こした。
「それなら、近くに村があるのを見ました。多分この森をこのまま右手に進めばあるはずです」
アルマが指さした方角を見る。太陽も隠れた森林では、方位も時間も掴めない。とりあえずの目的地をその村に決めて、俺は体を起こす。マリアは俺の膝の上に乗ったまま涙を拭い、俺の顔を見てもう一度泣きそうになったのを堪えて立ち上がる。エスは取り乱したのが恥ずかしかったのか、そそくさと立ち上がり、バスターソードを担いだ。




