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咎の勇者  作者: 如月厄人
第三章 激動
32/44

3-2

「あ、おかえりー」

「…また勝手に人の部屋にいやがる」

「いーじゃん、あたしたちけ…け…っこん…したんだし」


 寝っ転がっていた彼女は頬を真っ赤に染めながら俯きがちに言う。赤いサイドテールが揺れ、紅の瞳が恥ずかしさで潤む。種族としては、このくらいどうということないはずだが、彼女は肌の露出が少ない。


 ゴースト、リリス。


 男児を害するとされている女性の悪霊。なんて言われているが、蓋を開けてみれば、彼女は照れ屋の女の子である。長いワンピースの下から尻尾がふらふらと揺れている。照れた時はいつもこうだ。


 一目惚れした彼女にアプローチを始めて半年以上、プロポーズしては殴られ、プロポーズしては殴られを繰り返し、漸く血族の契りを結ぶに至った訳だが、彼女の照れ屋は依然治らず、この様に一つ言えば一度顔を赤くする。


 それが堪らなく可愛いのだが。


「そうだな。じゃあ、同じベッドで寝れる様になるといいんだがな」

「それはまだ早いの!キースのエッチ!」

「サキュバスと同等の扱いされてる奴の発言じゃねえな」

「いいんですー!私はサキュバスじゃないんですー!」


 べー!、と舌を出して反抗するリリスを抱き抱えて、椅子に座り膝の上に乗せる。リリスは驚いた様に短く声を発した後、顔を真っ赤にして縮こまった。


「知ってる。お前はこうしていてくれるだけでいい」


 膝の上に乗せても、彼女の頭は魔王の頭の高さと変わらない。それだけ、背丈が小さいのだ。


 魔王、キース。彼は本気で、彼女に惚れてしまった。だからこそ、彼女を守りたい。出来ることなら、永遠に共に生きたい。


 それが叶わないのは、魔術士であるムクスから聞いている。異邦人、と言っても、元は人間の体を無理矢理魔族に作り変えただけの存在。爆発的な力を持っている代わりに、その命は人間と同じでしかない。


 もしかすると、それよりも短い。


 それでも彼女に告白する事を選んだのは、後悔しながら死にたくなかったからだ。


 彼は生前、色んな後悔をした。見栄を張り、嘘をつき、沢山の人に迷惑をかけ、守りたかった人を失望させた。


 だから彼は、今度こそ正直に生きようと決めた。飾らず、嘘をつかず、守りたい人を守るのだと。


 他の人からすれば、当たり前に思うかもしれない。だがそれができなかった彼には、それが何よりも重要なのだ。


 膝の上に乗せたリリスを抱き締める。


 ただ、彼女には、辛い思いをさせてしまうだろう。守る代わりに、彼女には大きな悲しみを与えてしまう。


「キース…?」

「あぁ、すまん、痛かったか」

「んーん、大丈夫。キースこそ、大丈夫?」

「何がだ?」

「誤魔化してもダメだよ、あたしにはわかっちゃうんだから。ネガティヴなのがまとわりついてるよ」

「…隠せねえなぁ。先に謝っておく。すまない、お前を幸せに出来ないかもしれない」

「………、うん、わかってる。でも、あたしは今幸せだよ」


 頬と頬を合わせる。リリスの手が優しくキースの頭を撫でた。


 ありがとう、ポツリと呟いて、キースはもう一度リリスを抱きしめた。


「よっし、じゃあまた行ってくるぜ」

「うん、いってらっしゃい」


 リリスが立ち上がって手を振る。キースも振り返して、玉座の間に向かった。


「ムクス、いるか」

「はいはい」

「…お前最近適当だな」

「いいでしょう別に、やっと交代の目処がついたんですから」

「そうだな、長い間、ご苦労だった」

「えぇ、長かった。さて、お次はどちらに?」

「アジュカリウスだ。あそこを落とす」

「…畏まりました。軍の手配を急がせましょう」

「苦労かける」

「………、らしくないですな、そんな言葉を言うとは。まだ終わってはおりませんぞ」

「…そうだな」


 キースはぐっと仰け反ってストレッチをした後、うし、と気合を入れ直した。


「俺は咎と話をしてくる」

「そのまま攻めることになりませぬ様にお気をつけを」

「わかっている」


 キースはとうに現れなくなった咎守の長を思い出しながら、少し歯噛みした。一番厄介な相手に先手を取られては計画どころの話では無い。


 咎の背負った罪を何か別の形で利用される前に、此方の手中に収めておきたい。無論、その力は咎にしか使えないため、上手く咎という役割を使う必要がある。咎の役は他の役とは一味違う。スイッチを探って、入れることが出来れば、いくらでも有利になる。


 調停者につけたマーキングから地図上に位置を割り出し、転移魔法を発動する。風に包まれ、辺りの景色が一変、森林地帯に変わる、目の前には咎御一行。但し先頭の咎は役の方が出ている様で、目つきがまるで違う。


「よぉ、どうだった?ウィズバーンは」



 §



 俺はその言葉を聞いて、俺は目を覚ました。


 体が動かない。視界にははっきりと魔王の姿を捉えているものの、手も足も口も動かない。


 これは…そうか、今俺は役に入ってるのか。


 ウィズバーン跡地の地下、あの研究所に近いものを見たとき、俺の意識はノックアウトされた。誰かに殴られたかの様に視界がブラックアウトしたんだ。それから…あまり記憶に無い。無いのが逆に怖い。


 あれから何日経った?俺は何をした?今どこにいるんだ?


「確証を得る為にもう一箇所確認しに行く。だが、貴様の行いも看過できん」

「そうかいそうかい」


 魔王はヒラヒラと手を振って言った。


「確証を得た後で構わないんだが、俺はアジュカリウスを落としに行く。アンタも行くか?」

「…これ以上、罪を重ねろと?」

「いいや、原因がそこにあるって言ってんだよ、ただの街があんな研究するわきゃねえだろ。指示したのは王国で間違いない。調停者を囲って均衡を崩したのもその連中だ。証拠は調停者から聞くといいぜ」


 視線が後方に移る。マリアがびく、とした後、頷いた。


「何故均衡を正そうとしない」

「おっと、そいつを責めるのはお門違いだぜ、そいつがこっちに流れ着いたときには、その役に力は残っちゃいなかった。じゃなきゃメルタがあーなる訳もねえ」

「…その理を正とする。なれば協力しよう、悪しき根源を断たねばならぬ」

「…っ!ケイ!」


 アルマが俺を止めようとするも、俺は一目もくれず、魔王に言った。


「先を急ぐ、退け」

「へぇへぇ」


 適当に返事をした魔王は、その場で消える。歩き出した足は早く、他の三人の事などまるで考慮されていない。


 クソ、勝手なこと言いやがって…!


 いい加減に、


「しろっ!!」

 ガッ!!


 左腕が俺の意思通り、側頭部を殴りつける。ぐわん…、と視界がブレ、足がもつれる。


 自分の力で踏みとどまる。よし、体のコントロールが戻った。


 俺は大きく一息ついて、後ろを振り返る。やつれた顔の三人が、自損行為を行った俺を訝しげな目で見ている。


 と思えば、全員が目を潤ませてワッと押し寄せた。


「ケイ!ケイですよね!」

「よかった…!戻らなかったどうしようかと思った…!」

「心配したんだぞ!何してたんだ!」


 波に耐え切れず後ろに倒れこんだ俺は、苦笑いした。


 まぁ、そうだよな、そりゃ心配するわ。ここまで酷いのは初めてだったし、戻るのにも時間かかっちまった。


「ごめんな、心配かけて。今は大丈夫だ。とりあえず、一度休もう。みんな顔がやつれてる」


 俺がそう言うとアルマが涙を拭って体を起こした。


「それなら、近くに村があるのを見ました。多分この森をこのまま右手に進めばあるはずです」


 アルマが指さした方角を見る。太陽も隠れた森林では、方位も時間も掴めない。とりあえずの目的地をその村に決めて、俺は体を起こす。マリアは俺の膝の上に乗ったまま涙を拭い、俺の顔を見てもう一度泣きそうになったのを堪えて立ち上がる。エスは取り乱したのが恥ずかしかったのか、そそくさと立ち上がり、バスターソードを担いだ。


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