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暗闇ヲ駆ケル花嫁 第弐部~再覚醒  作者: 喜多見一哉
話之弐 <再覚醒(サイカクセイ)>
8/26

壱  浄化(ジョウカ)

 翌朝。

 またしても盛大に寝坊をしたあたしは、お母さんの痛いお小言を聞きながらも、大急ぎで家を出た。

 普段なら、八雲からのお小言も飛んでくるのだけれど、今日は例の"バイト"の為にお迎えはナシ。だから、あたしはダッシュで最寄りの櫻台駅へ向かう。食パンを囓りながら走って登校すると遅刻をしないって都市伝説が昔はあったみたいだけれど、今日だけはそんなヒマすらない。

 なぜなら、最悪でも七時一二分発の電車に乗らなければ、確実に遅刻コースまっしぐらだからだ。この時ほど、自分が陸上部であったことを幸運に思わずにはいられない。

 あたしの家から櫻台駅まで、徒歩で一〇分くらいかかる。全力ダッシュでも、半分の五分を切るか切らないか。腕時計は既に七時五分を回っているのだ。住宅街を駆け抜け、近所で一番大きな道路"千河通り"に出る。後はこの道を頑張って真っ直ぐ走れば、櫻台駅の南口だ。 

 時計は七時九分。目の前に櫻台駅南口が見えてきた。駅前ロータリーの中を突っ切りながら、鞄からパスケースを取り出す。そして自動改札にパスをかざし、ホームへ走り込んだ。

『まもなく、電車が参ります。白線の内側にお下がり下さい…』

 あたしが走り込むのとほぼ同時に、ホームにアナウンスが流れた。時間、七時一一分。ギリギリセーフ!呼吸を整えるために、大きく息を吸い込んで吐き出す。それを数回繰り返すうちに、電車がホームに進入してきた。あたしは最後尾車両の、一番後ろの扉の前に並び、ドアが開くのを待つ。並んでいるのは、出勤するサラリーマンや、あたしと同じ女子高生が多い。

 ふっと目の前に並ぶ女子高生に視線を移す。そして、異変に気が付いた。

 左肩に宿る、赤いオーラ。

 でも、あたしに宿っていたオーラとは少し違う。もっと大きく、まるで生き物のように揺らめいているのだ。

 この少女も、あの噂話を試したのだろうか。電車のドアが開き、あたしは車内へ入る際にわざとその少女の横に並び、ちらりと顔を(うかが)った。

 まるで、死人のように蒼白な顔。でも、表情はにこやかだ。誰も、この顔色に気が付かないのだろうか。もしかしたら、オーラ同様、この顔色さえもあたしにしか見えていないのかもしれない。

 その少女は、ふらつきながら電車に乗り込む。いや、あたしにそう見えているだけなのか。これだけ体調を悪そうにしていれば、周囲の人誰かが気が付くだろう。でも、そのような素振りを見せる人は一人もいない。

 原因は、左肩に宿る真っ赤なオーラ。あたしは偶然にも湯津爪櫛(ユツツマグシ)で払いのける事が出来たけど、もしずっと憑依し続けられていたら、この少女のようになっていたのだろうか。

 …そうだ。湯津爪櫛。

 あたしの左肩に宿ったそれを払いのけられるのならば、この少女にも同じ事が出来ないだろうか。

 でも、何と言って声を掛けよう…。まさか、本当のことを話す訳にもいかないし、いきなり肩を触るのは失礼だろうし。ゴミがついてますよ…ってのも、ベタだなぁ。

 そうだ。もうすぐこの電車は、大きなカーブに差し掛かる。その時に、蹌踉けたフリをして、肩に触ってしまおう。あたしは髪から湯津爪櫛を抜くと、右手に握りしめ、そのタイミングを待った。

 果たして、電車が大きく揺れる。あたしはわざと足を縺れさせ、少女の肩に湯津爪櫛を握る右手を掛けた。

 パァン!

 あたしの時と同じ、まるでガラスが割れたような音が車内に響いた。予想通りなら、この音もあたしにしか聞こえていないはず。そしてその通りに、周囲の人は誰一人として気が付かなかった。

「あ、ご、ごめんなさい!」

ちょっと棒読みが入っちゃったけど、その少女にあたしは頭を下げる。

「いいえ、大丈夫ですよ」

少女がにこりと微笑んだ。

 よし、上手くいった!少女の左肩を見ると、真っ赤なオーラは跡形もなく消失している。

 あの噂と、この赤いオーラが関係するのは最早明白だ。考えるに、あのオーラは取り憑いた人の何かを奪い続けるのだろう。しかしそれは、ある特定の人にしか確認することが出来ない。

 でも、もしあの赤いオーラにずっと取り憑かれ続けていたら、一体どうなるのか。この子の場合、顔色が死人のように真っ青だった。もしかしたら、削っているのはその人の命…?

 だったら、早急に何か手を打たないといけない。他校にまで広まっている噂だ。この状態の学生が、新塔京にどれくらいいるのだろう。でも、こんな噂を広めて、例え命を削るのだとしても、一体誰が、どのような目的でこの行為を行っているのか。

 あたしは湯津爪櫛を髪に挿し直し、吊革を握る。ざっと見たところ、この車両にはもうオーラに取り憑かれた人はいないみたいだった。ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、本当に訳のわからないことだらけだ。とりあえず、早く学校に行って相田さんと津島さんに、この噂話に深入りしないように伝えないと。現段階で、解っていることと言えば、夢は相手の夢を覘くのではなく、自分の中の経験、若しくは欲望といったものを見ると言うこと。これはあたしが立証したから、説明出来る。でも、赤いオーラが見えているのはあたしのみだし、命を削るっていうのも想像の域を出ない。これは説明出来ない。こんな事を真面目に語り出したら、あたしは"不思議ちゃん"確定ではないか。

 …いや、いっそのこと、不思議ちゃんになってしまおうか。相田さんと津島さんのどちらかが、この噂を試しているのなら、左肩はオーラに冒されているはず。あたしはその状態の時に、左肩に重さを感じていた。だったら、彼女たちの目の前で、あたしがそれを祓ってしまえば…。左肩の重さから解放されるはずだし、信憑性があるのでは。

 だけど、そんな事をしたらきっと二人はあたしから離れていくだろうなぁ…。折角仲良くなれたのに惜しい気がする。

 ええい、どうにでもなれ!成り行きを見守りつつ、臨機応変に動くしかない!相手の出方なんて、解るはずないもん。とにかく、出来る事を一つずつやっていく!


 なんとかホームルームの時間には間に合った。

 だけどウチの学校に、例の噂話に翻弄された生徒の多い事。校門から下駄箱までの間に少なくとも五人、下駄箱から教室までで、更に六人。あたしが見ただけでもこれだけいるんだ、生徒全員中で換算すると、もっと多いのだろう。つくづく、この手の噂話は人気があるって事を再認識してしまった。

 あたしは自分の席に着くと、そのまま机に突っ伏した。考えすぎで、ちょっとだけ頭がオーバーヒート気味だ。目を閉じて窓から差し込んでくる温かい光に身を委ねていると、誰かがあたしの肩をつつく。

 ゆっくり目を開け、その人物を確認すると、案の定、それは相田さんだった。

「おはよう、相田さん」

挨拶をしながら、彼女の左肩を一瞥。すると、やはり彼女も真っ赤なオーラに冒されている。でも、まだ顔色とかは普段と変わらない。

「おはよう、名椎さん。あのね、わたし…」

「例の噂、自分でもやってみたって言うんでしょ?」

あたしが言うと、相田さんはちょっと驚いたように目を丸くした。

「なんで、わかるの?」

「いやぁ、相田さんの事だから、あたしが休んでる間待ちきれなくて、自分でも試すだとうなぁって予測しただけ」

「う、鋭いね。もう体調は大丈夫なの?」

あたしは机に突っ伏したまま、こくりと頷く。

「なんてゆーか…ちょっと生理が重くてねぇ。まだ本調子じゃないけど、昨日よりはマシだよ」

「そっか。で、試してみた?」

再びこくりと頷くあたし。

「うん。二回ほど。で、解った事があるの」

「え、なになに?」

あたしはむくりと上体を起こすと、周りを確認。

「う~ん、その話は昼休みにしよう。津島さんにも聞いて貰いたいし…」

津島さんの名前を出した途端、ちょっとだけ相田さんの表情が曇った。あれ?あたしが休んでる間に何かあったのかな。

「う、うん。そうだね。昼休みに屋上でしよっか。でも、津島さん、来るかな…」

そう言って、自分の席に座っている津島さんを見る。釣られてあたしも見ると、彼女も赤いオーラに冒されているようだ。

「なんか、あったの?」

あたしが相田さんに問うと、彼女はちょっと口ごもり、あたしに小さな声で耳打ちする。

「あのね、津島さん、昨日から変な事言うのよ。わたしが変なものに取り憑かれているとかどうとか…」

 え、今なんつった?

 あたしは、その言葉に目を見開く…が、それを相田さんに悟られないように、すぐさま表情を戻した。思わぬ所に、仲間がいたっぽい。津島さんにも、あのオーラが見えるって言うの?とりあえず、誤魔化さなきゃ。

「アレかな。霊感とかそういうの?だったら、あたしが声を掛けておくよ。その様子だと、相田さん声を掛けづらいっしょ」

「う…、よろしくお願いします」

「あいよ~」

 朝の会話は、それで終了した。教室に設置されたスピーカーから予鈴が鳴り響き、相田さんも自分の席に戻っていく。

 とりあえず昼休みまでに、その真偽を津島さんに確認しなきゃ。そして、相田さんに怪しまれないように口裏を合わせる必要がある。なんか相田さんを利用してるみたいで気が引けるけど、情報通の彼女の意見は貴重だ。あたしまでオーラが見える事を明かしてしまえば、確実に彼女は孤立し、あたしと津島さんから離れていってしまう。それだけは避けないといけない。

 もし、津島さんがあたしに協力的であるなら、まずは相田さんをこの一件から手を引かせよう。津島さんに関しては、その後でもいいような気がする。

 だけど、あの子は"見えるだけ"なんだろうか。おそらくはそうだろう。あたしのように赤いオーラを浄化できるのなら、もう自分の左肩に取り憑いてるものは消しているだろうし。オーラが見え、話題を共通する相田さんに弾かれてしまったからこそ、今彼女は悩んでいるに違いない。

 本鈴が鳴り、教室のドアから先生が入ってきた。よし、コンタクトを取るのは一限目の放課にしよう。なるべく早いほうがいい。

 あたしは教壇に立った担任の先生に視線を移動させた。

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