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暗闇ヲ駆ケル花嫁 第弐部~再覚醒  作者: 喜多見一哉
話之壱 <恐怖夢(コワイユメ)>
7/26

漆  記憶(キオク)

 "必ず前に試したときと同じ夢を見る"

 これは、相田さんが実際に試した人から聞きつけてきた内容だ。ならば、あたしが今夜見る夢は、サンシャインシティで八雲があたしを斬る夢のはず。

 あたしは、身体がふわりと浮く感じに身を任せ、夢の世界へと降り立つ。

 急に冷たい夜風が身体を襲い、目蓋に写る光が消えた。あの時と同じ、弓月の夜。あたしは目蓋をゆっくりと開ける。

 姿は部屋着のまま。しかし、髪に手を添えると、そこにはしっかりとおばあちゃんの竹櫛…湯津爪櫛が挿してあった。あたしはそれを髪から外し、手に取ってみる。そこからは、緑色のオーラがゆっくりと立ち上っていた。

 前回の時と如実に違うのは、あたしが遊びではなく、覚悟を持ってこの夢を見ていること、そして、この竹櫛の存在だ。あたしに取り憑いた真っ赤なオーラを祓ったこの竹櫛が、今回はきっと役に立つ。そう確信させるものがあった。

 あたしは竹櫛をぎゅっと握りしめると、足音を殺してワールドインポートマートの入り口から大階段を降り、手すりの影に隠れて八雲がいたであろう場所を覗き見る。

 そこには、思った通りにあたしと、八雲の姿があった。夢の状況は前と同じ。もうすぐ、八雲が大きな刀を構えて、あたしに突っ込んでゆくはず。

 だけど、前の夢と違う点がひとつだけ。

 それは、立ちつくすあたしの身体を取り巻く、巨大な赤いオーラだった。あたしの頭の上辺りで枝分かれし、立ち上るその数は八本。足下には、尻尾に見える細長いオーラ。立ち上る八本は、それぞれが意志をもつかのようにうねる。

「………」

 夢の中の八雲が、何かを呟いた気がした。聞き取ることは出来なかったが、口が動くのを確認する。すると、八雲の身体からふわりと現れる、緑色のオーラ。

(確証はないけどね。可能性で言うなら、足下は神憑も攻撃しづらいと思う)

緑色のオーラが喋った。これはあたしが聞き取ったんじゃなく、あたしの頭に流れてきた台詞だ。緑色のオーラは形作り、女性の姿に変わる。

「あれは…」

あたしが呟く。緑色に光る女性、それは稲田姫…?

いや、違う。着ている服は、成城高校の制服。そしてあの姿、声は…

「あたし…なの?」

 真っ赤なオーラに覆われているあたし、そして、八雲に重なるように現れた、緑色のオーラであるあたし。更に、その光景を見ているあたし。

 この場所だけで、あたしが三人もいる!

 そっか、これが、さっき素戔嗚の言っていた未来であった出来事なのか。八雲がいち早くあたしの竹櫛のオーラに気が付いたのも、この緑色のオーラのあたしを纏った経験があるから…?

 素戔嗚と稲田姫の伝説に照らし合わせて見るなら、あの真っ赤なオーラは八岐大蛇ってことになるの?

 素戔嗚と稲田姫は、あたしと八雲の力がなければ、八岐大蛇を討伐することは出来なかったと言っていた。あたしがああして、稲田姫と邂逅を果たせているということは、いや、あたしが本当に稲田姫だとするのなら、八雲は素戔嗚の生まれ変わりだということ。この戦いの経験から、何かしらの要因で過去に跳び、素戔嗚としてではなく八雲として、伝説の八岐大蛇を倒したって事になる。

 でも、なんで?そもそも、この風景は実際にあったことなの?稲田姫の時のように、過去の映像ではないみたいだ。なぜなら、あたしが成城高校の制服を着ているから。それに、サンシャインシティ…。紛れもなく、過去ではない。だからといって、未来でもない。

「んじゃ、行ってみますか!」

 八雲が叫んだ。姿勢を低くして真っ赤なオーラを纏うあたしに走り込む。緑色オーラのあたしが、八雲に指示を出して、その通りに八雲が襲ってくる真っ赤なオーラを回避しているようだった。

 オーラ七本、八本目を回避。

(今!懐に飛び込んで!!言っておくけど、あたしの身体なんだから、キズモノにしないでよ!)

オーラのあたしが叫び、八雲が「わかってるよ!」と怒鳴り返す。

 そして、あたしの身体に刀を突き入れた。

 ここだ。ここで、前のあたしは夢から覚めたんだ。でも、今回はきっちり見守る。自分が刺されるのはやっぱり気分良くないけど、見なきゃいけないんだ!

 あたしは冷汗を流しながらも注視を続ける。

「シャァァァァッ!」

あたしの身体が、この世ならざる声を出して鳴いた。

(防御してっ!)

オーラのあたしが叫んだ。八雲が刀を引き抜き、防御の姿勢を取ろうとするけど真っ赤なオーラの方が一瞬速く動く。身を翻し、尻尾に似た細長いオーラが八雲の身体を打ち付け、そのまま八雲は街路樹に激突して崩れ落ちる。

(やくもぉっ!!)

「八雲!」

オーラのあたしと、今のあたし、声が被る。

 真っ赤なオーラを纏ったあたしの身体はゆっくりと八雲に歩み寄り、緑オーラのあたしがそれを睨んだ。

 あたしは、その風景に異変を感じた。

 あたしが今見ているのは、噂通りなら"八雲の夢"のはず。

 現実世界の八雲はさっき帰ったばかりだし、バイトもある。まだ寝ていないだろう。すなわち、まだ夢を見ていない。それに、この世界の八雲は、見る限り気を失っているようだ。

 気を失っている…そんな八雲に、この先の光景を誰かに見せることが出来るだろうか。じゃない、八雲が夢見ることが出来るのか、だ。

 ということは、これは八雲の夢じゃない可能性が高い。

 では、誰の夢なのか…。この場所にいるのは、八雲、オーラのあたし、赤オーラのあたしと、夢をみているあたし。実際に数えることが出来るのは、結局あたしと八雲の二人だけだ。

 だったら、これはあたしの夢…。

 あたしが心の何処かで記憶している、あたしの経験をプレイバックしているのではないだろうか。

 すなわち、あたしはこの光景を、実際に経験しているということになる。この緑オーラのあたしとして。

 それに、八雲のバイト。昨日も今日も、共に深夜だ。この光景は弓月の夜。それに、月の位置から考えて、かなり遅い時間だろう。

 更に、右手の怪我。もし、こうやって真っ赤なオーラと戦って出来た怪我だとするなら…? 

 辻褄が合ってきたぞ……。なにが"霊感が強い"よ。要するに、これを隠してたって訳じゃない。きっと、今夜も八雲は何かと戦っている。人外の何者かと。それが何かはわからないけれど…。

 じゃあ、なぜ八雲はあたしにこれを隠す?あまりにもオカルトだから?それとも、この記憶を、あたしに思い出させたくないから?

 すっごい変な話になってきた。こんなの、信じろって言われても無理な話だけど、真剣に考えているあたしがいる。これこそ、あたしが無くした記憶のワンピースなのか。

 目の前の空間が、ゆっくりと揺らぐのが見えた。

 記憶はここで終わりなのかな。あたしはちらりとオーラのあたしを見る。オーラのあたしは、真っ赤なオーラに包まれたあたしの身体に何かを言われている。

 …記憶は続いているんだ…。

 ということは、現実世界でのあたしの身体に、誰かが干渉して、あたし自身が目を覚ましつつあるって事か。

 …まあ、お姉ちゃんかお母さんなんだろうけど。どっちかがあたしを起こそうとしているのね。

 いいわ。兎に角今のあたしにやれることは、この記憶を現実世界まで持ち帰ることだ。目を覚ましてやろうじゃないの!


 「比女、ほら起きなさい。ご飯食べるわよ」

 ゆっくり目を開けると、そこにはあたしの顔を覗き込むお母さんの顔があった。あたしは布団から手を出し、お母さんに向かってひらひら振る。

「おかえり~」

「お帰り、じゃないわよ。そんなに寝ると、また明日、寝不足で学校行かないといけなくなるわよ」

「うん、今何時?」

お母さんは時計を見やり、呟いた。

「もう一〇時過ぎるわ。ご飯食べて、お風呂入りなさい」

「は~い」

あたしはのそりと上体を起こし、ベッドから脚を下ろす。そして、頭をぷるぷると振った。

…よし、きちんと覚えてる!

 一気に精神が覚醒した。すっくと立ち上がると、ご飯を食べにダイニングキッチンへと向かう。

 あたしは自分の席に座ってご飯を食べながら、この一件について考える。

 まだ現段階では、八雲に問いつめる訳にはいかないだろう。なぜなら、これはあたしが思い出した記憶であり、証拠能力が薄い。すぐに誤魔化されて終わってしまうだろう。

 だったら、八雲が誤魔化しきれないような証拠を作ってしまえばいい。

 この記憶のように、もし本当に八雲が何かと戦っているのなら…。バイトだと言った日の夜、あたしも別行動で街中に出ればいいのだ。そして、その現場をあたし自身が確認する。

 携帯電話(スマホ)のGPS機能が使えないだろうか。八雲のことだから、携帯電話は手放さないと思う。八雲の携帯電話IDはあたしの携帯電話に登楼されているから、GPS信号を追っていけば、新塔京のどこにいるのかわかる。その場所にあたしも行けばいい。GPSは例え携帯電話の電源が切られていても反応するから、これ以上使える機能はないとだろう。

 問題は、その機会がいつ訪れるかということだ。この噂話の件で、八雲もあたしの行動に注意してると思う。予想通りにあたしの記憶を思い出させない為ならば、慎重になるだろう。なるべく自然に、上手く聞き出さないといけない。

「どうしたの、お茶碗を睨んじゃって?」

 あたしの正面に座るお母さんが、声を掛けてきた。う、考えるあまり、あたしはお箸を持ったまま空っぽになった茶碗にケンカを売っていたらしい。

「ん、なんでもない!お姉ちゃん、もう寝たの?」

「さっきはリビングで、テレビ見ながら大爆笑してたけど…。あの子、お笑い番組好きよねぇ…。普段はおとなしいのに、テレビ見てるときだけ豹変するんだもの」

 ま、まあ…それでこそお姉ちゃんなんだけど…。でも、お姉ちゃんの彼氏になる人は大変かも。あたしは最後のお芋の煮っ転がしをお箸でつまんで口に放り込むと、手を合わせて席を立つ。

「お風呂入って寝るね」

「はいはい。明日も体調悪いなら、学校休みなさいよ」

「大丈夫だと思う。ちょっと生理が重いけど、明日はきちんと行くよ」

 そう。もちろんあたしの記憶も気になるし、八雲の事も気になる。だけど、学校に行かないと確かめられないことがあるから。それは、あたしの左肩に宿った真っ赤なオーラの意味。

「そう?あんまり無理しちゃだめよ」

「わかってるって」

 あたしは、バスルームへ足を向けた。


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