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暗闇ヲ駆ケル花嫁 第弐部~再覚醒  作者: 喜多見一哉
話之肆 <包囲網(ホウイモウ)>
25/26

肆  苦戦(クセン)

 長い長い一瞬が訪れた。

 目の前で立ち止まり、振り返ってあたしを見るのは、間違いなく友人の津島さん。彼女の目には怯えの光と共に、あたしに対する驚きの光が宿っていた。

 なんで、彼女がここに!?

 自問自答するが、答えが出る訳がない。おそらく、津島さんも同じ事を考えているのだろう。そして、なぜあたしが刀なんて物騒な物を振るって、真っ赤なオーラ…神憑(カミツキ)と戦っているのかと。

 だけど、神憑を目の前にしてそんなことを考えている余裕はない。

 あたしは身を低くして、思いっきり神憑の宿主である少女に全身ごとぶつかっていく。兎にも角にも、神憑から津島さんを逃がすのが先決だ。距離というアドバンテージを稼ぐために、宿主そのものの体勢を崩しにかかる。

「こ・ろ・べぇっ!」

 叫んで自らを鼓舞し、右肩から神憑の女子高生の腰辺りに全体重をかけた。あたしの肩と神憑の腰がぶつかる瞬間、神憑の一部が鞭のように撓ってあたしに振り下ろされるのが視界に入るが、構わずにそのまま押し倒す。

 左腕に鈍い痛みが走った。

 だが、いくら神憑とはいえ相手はやはり体重の軽い女子高生だった。宿主である女子高生は、一メートルほど吹き飛ばされて転倒する。

「逃げるよ、ついてきて!」

 再度、津島さんに叫ぶ。未だに彼女は混乱故かその場で固まっていたが、あたしは津島さんの右手を左手で掴み、強引に駆けだした。痛みが走った左腕は服が破れ、そこから見える素肌からは真っ赤な血が流れ出している。

 走りながら、ちらりと後ろを振り返る。神憑きは両手をタイルの床について起きあがるところだった。神力そのものに攻撃を加えた訳ではないので、ダメージは大したことないはず。

 あたしは半ば引きずられるように走る津島さんに視線をずらした。津島さんは一生懸命に走りながら、何かを聞きたげにしているのが表情で判った。だけど、この状況でのんびり説明をしている時間はない。

 立ち上がった神憑が、あたしたちに向かって走り出した。あたしは時折後ろを確認しながら、井家袋駅の構内を縦横無尽に駆ける。幸いと言っていいのか、井家袋は障害物が多いから建物や柱の影に身を隠しながら極力神憑との距離を保つ。

 しかし、いくらなんでも永遠に走っていられる訳ではない。陸上選手であるあたしでも息が上がってきている。津島さんはもうかなり疲れがきているに違いない。どこか、彼女を隠せる、若しくはあたしが壁になれる場所があれば!

 周囲を見渡し、思考を巡らせる。構内売店の中に隠れて貰うか。しかし、万が一あたしに何かがあったら、彼女は逃げ場を失ってしまう。そうなると、何かの中に隠れて貰うのは危険だ。トイレとかも同様だろう。逃げ道が作れて、あたしが彼女を護りやすい場所…入り口が狭い、そして奥が広く、あたしが蜂須賀さんが来るまで時間を稼げる場所…。

 目の前に、あたしが通ってきた改札口が見えてきた。走っているウチに、構内を一周してしまったのだろう。

 そうか、改札口!

 一足飛びで乗り越えるには高い障害物。そして、神憑は兎も角、あたしたちはほとんどノータイムで通れる場所。津島さんに改札口を通って貰って、あたしはその前で神憑を迎撃する。もし何かあっても、津島さんは改札からホーム、線路を渡って外へ逃げることが出来る。

 平常なら駅員さんに叱られるし、電車が通っているから危険だけど、人払いの結界が生きている今なら!

 あたしはポケットからパスケースを取り出し、改札口のICカードセンサーにタッチした。そして、津島さんを開いた改札の向こうに押し込んで、改札を背にして仁王立ちする。

「ホームに向かって!ここで時間を稼ぐから!」

あたしは振り返らずに、改札の向こうの津島さんに声を掛けた。

「でも、名椎さん!」

「いいから!そっちに救助を行かせる。その指示に従って!」

 目を血走らせながら走ってくる神憑を叫びながら睨んだ。背後で、津島さんがホームの方に駆けてゆく足音が聞こえる。あたしは右手で神刀"草那芸之大刀クサナギノタチ"を構え、痛みの走る左手をそっと柄に添えた。流れ出る血は止まったようだ。源義経を護った弁慶の気持ちって、今のこんな感じだったんだろうか。

 交信通話スイッチが入ったままのヘッドセットに向かって、状況を通達する。

「明さん、要救助者、西武井家袋線のホームに向かわせたよ!保護をお願い!」

『わかった、ヒメちゃんも無理するなよ!』

すぐに明さんから返答があった。そして、続け様に蜂須賀さんからの連絡。

『ボクも井家袋駅についたぎゃ!比女ちゃん、どこにおる!?』

「西武井家袋線の改札口!」

叫ぶと同時くらいに、走り寄る神憑から真っ赤な神力の鞭が複三本迫る。あたしはそれを切り払おうとするが、二本目を斬り上げたときに開いた左脇にうち一本が命中する。コートが破れたが、身体のそのものにダメージはない。

 神憑が、あたしの目の前数メートルのところで立ち止まり、奇声を発した。その声は周囲のガラスをびりびりと振動させるほどの声量だった。思わずあたしは左手で耳を覆う。

「カ…メツ……!」

 喋った!?

 先日の神憑といい、やたらと神滅と言う言葉にこだわる。もしかして、すでに神憑側には神滅課という存在を敵として認識するようになっているのだろうか。現に、この神憑は既に津島さんを追うのを止めている。完全にターゲットはあたしだ。

 だったら、ここで立ち止まって津島さんを護る必要はない。右腕だけでどこまで立ち回れるかは疑問だけど、攻勢に出てみる!

「蜂須賀さん、あたしを撃たないでよ!」

叫び、太刀を構えて神憑きにダッシュした。神憑もあたしが攻撃に転じたことを理解したのだろう、女子高生の左肩に宿る人型の神力は、依り代である彼女の身体を操り、あたしに走り込む。

 その距離差はすぐに埋まり、接近戦(インファイト)状態になった。

 神憑きは鞭状の神力をあたしの頭めがけて振り下ろす。それを切り払うと、今度は依り代から右拳が飛んでくる。あたしは痛む左腕でその拳を流し、返す刀で神憑ごと女子高生の身体を薙いだ。神憑きが悲鳴を上げる。しかし、それほどダメージが入った様子がない。

 元々、神刀草那芸之大刀はリーチが長い。こうしてほぼノーレンジの接近戦になってしまうと、長い草那芸之大刀ではどうしても振る範囲が狭くなる分、ダメージが弱いようだ。

 あたしは舌打ちをすると、大きく一歩バックステップをした。しかし、神憑はあたしに距離を取らせようとはせず、すぐに走り込んでくる。

 今までの神憑は、こっちが走り寄るとその場から動かずに攻撃に転じるパターンばかりだった。しかし、今回の神憑は明らかに違う。依り代である少女の身体を自在に操り、動きも俊敏で、的確にこっちが不利な体勢に持ち込んでくる。

 こうなったら、防御に回って蜂須賀さんの減滅弾(ゲンメツダン)結界弾(ケッカイダン)に賭けるか。

「蜂須賀さん、まだ!?」

 あたしは苛立ちながら、ヘッドセットに叫んだ。

『…発見した…けど、障害物が多くて射線の確保が難儀なんだわ!』

 神憑越しにコンコースを見ると、ライフルを構えて柱の陰から陰へと走る蜂須賀さんの姿があった。なるほど、確かに駅構内では難しいかもしれない。だったら、あたしが神憑を射線の通る場所へ誘導するしか…。

 となれば、コンコースの真ん中付近か。あたしは腰を低くし、神憑に体当たりする姿勢を取る。タイルの床を全力で蹴り、右肩から神滅にぶつかっていく。

 しかし神憑は足を踏ん張り、あたしの体当たりをガード。その隙を見逃さず、鞭をあたしの身体に打ちつけた。

「あうっ!」

 あたしは呻き、そのまま床に叩き倒される。二発目の鞭が見えたが、全身の痛みに耐えながらあたしはそのまま床を転がってその攻撃をかわした。

「もう、なんなのよこの神憑はぁ!」

愚痴りながら素早く立ち上がる。

 この神憑は強い。いや、おそらくはあたしの経験不足なのだろう。八雲なら、この神憑きとどう立ち回るのか。

 思い出せ、八雲の動き。もう何度も見てきたじゃない!こうして、ほぼゼロ距離の戦いも見ているはず。思い出せ!

 再度接敵され、あたしは打ち寄せる鞭を小さく切り払いながら、記憶の中にある八雲の戦いを引き出す。

 一番記憶に残っている接近戦…弥生さんとの模擬戦だろうか…。あの時の八雲は、序盤彼女のほぼノーリーチによる拳の連続攻撃に為す術がなかった。その時、どうやって打開しただろう。

 大振りの攻撃を当てる方法…そっか、フェイント?八雲はあれ以来、フェイントを多用するようになった。相手の攻撃を誘うんだ。

 あたしはわざと草那芸之大刀を大きく振りかぶり、神憑めがけて斜め下に切り下ろした。もちろん、この攻撃は鞭でいなされることを承知の上で。本命は、次!

 案の定、神憑は鞭をしならせ、あたしの斬撃を流した。流されるまま太刀を振り抜き、そのまま身体を小さく一回転。回し蹴りを放つ。ダメージを与えるのが目的じゃない。あくまでも相手の体勢を崩し、距離を取る時間を稼ぐための技。

 その攻撃はさすがに神憑の想定外だったらしい。あたしの右足は依り代の左脇にヒットし、神憑は呻きながら体勢を崩した。

 あたしはチャンスとばかりに再度大きく床を踏み抜き、神憑から離れる。コンコースの中央付近まで走ると、草那芸之大刀を構え直した。

 これで神憑が接敵してくるようなら、蜂須賀さんから丸見えになるはずだ。そうすれば、減滅弾の攻撃が期待出来る。あたしは神憑の注意を引くために、わざと大声を上た。

「こっちよ、来なさい!」

 その声が聞こえたのか、神憑が奇声を上げてあたしに突撃してきた。それも、鞭二本のおまけつきだ。その二本を切り払い、太刀を上段に構える。そして思いっきり振り下ろした。

 その攻撃は神憑きの神力を切り裂き、その場所が霧散する。大声で悲鳴を上げ、神憑が蹌踉けたところを、蜂須賀さんは見逃さなかった。

『ナイス!一発目、いくでよ!』

威勢の良い名古屋弁がヘッドセットから聞こえたのと、銃声がコンコースに響いたのはほぼ同時だった。

 射出された減滅弾は人型神憑の身体に命中し、その周辺の神力を削る。続けてあたしが女子高生の身体ごと、太刀を横に薙ぎ払う。

 神滅課、必勝パターンが決まった。あとはこれを続け、ある程度まで神力を小さくすれば、蜂須賀さんが結界弾を撃ってくれる。

 そして、その時が訪れた。

『トドメ、結界弾いくでよ、比女ちゃん気ぃつけときゃぁ!』

 銃声と共に、依り代である女子高生の身体に結界弾がヒット。その弾丸は小さな四枚の羽根を広げ、周囲に雷を撒き散らした。あたしはその結界の雷に触れないように距離を取り、太刀を構えたままその光景を見守る。

 真っ赤な神力がどんどんと霧散してゆき、やがて綺麗にその姿はなくなった。女子高生がその場に崩れ落ちるのを、あたしは駆け寄って支える。浄化完了だ。

 女子高生の身体を抱きながら、あたしは大きく息を吐き出した。

「手間…かかったなぁ。もっと訓練しないと…」

あたしは独り言を呟いて、ゆっくり女子高生の身体を床に横たわらせる。

「ゴメンなぁ、手間取らせてまって。怪我しとらんきゃ?」

 ライフルを担いだ蜂須賀さんが、苦笑しながら近寄ってきた。

「かなりヤバかったよ…。経験不足を痛感したわ。もっと場数踏まないとね」

あたしは立ち上がって、蜂須賀さんに向かって微笑む。

『お疲れさん、二人とも』

無線から、明さんの声が聞こえる。

「お疲れ様。結局大庭さんは間に合わなかったね。こっちにも人を寄越して。要救助者、確保できたの?」

『ああ、無事に確保した。けど、ヒメちゃんの知り合いとはね。世間は狭いなぁ』

「…ん?なんで知ってるの?」

あたしは負傷した左腕をさすりながら、疑問に思い聞いてみる。彼女の名前とか、会話を無線で飛ばしてないはずなんだけど。

『あはは、だってヒメちゃん、無線の交信スイッチ入りっぱなしじゃないか。それ、通話スイッチ押さなくても双方の無線が入るからね。戦闘中の会話は全部こっちに筒抜けさ』

「あ、あう…」

そ、そうだったのか!ってことは、明さんに津島さんのことがバレてしまったわけ?

『それに、彼女自身がヒメちゃんの事を言っていたからね。事情を話してくれって職員に迫ったらしいよ。なかなか気が強い子だね。どのみち、こっちにご招待することには変わりがない。ココでの記憶を消す必要もでてくるだろうから。兎に角、事務所に来てくれ。後のことはこっちで話そう』

「りょ~かい!」

 あたしは返事をすると、ヘッドセットを外して無線のスイッチを切った。ヘッドセットを鞄に仕舞いながら、溜め息を付く。

「そういやぁ、左腕は大丈夫かね?」

 蜂須賀さんがあたしの左腕を見ながら言った。

「ああ、それほど深い傷じゃないから大丈夫。血も止まったしって……ああああ!」

 改めて確認すると、腕は破れてるわ、腰部分は切り裂かれてるわ、背中は大きく開いてるわで、お気に入りのコートは酷い有様になっていた。これはもう、廃棄レベルだなぁ。神憑との戦いの時は、あまり小洒落た服を着るのはやめておこう…。

「お気に入りだったのにぃ…」

肩を落として項垂れると、蜂須賀さんが苦笑してあたしの背中を叩く。

「…ドンマイ、だがね……」

 あたしは、再びもっと大きなため息を漏らした。


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