参 対峙(タイジ)
月読尊は、背後から斬りかかったあたしの剣撃を、まるで背中に目が付いているかのように難なく避け、弓で草那芸之大刀の軌道をそらした。間髪入れずに斬り込んだ八雲の攻撃をも避け、何事もなかったかのようにその場で弓を構えた。
そして、その弓から、体勢を立て直す前の八雲に向かって矢が発射される。至近距離からの一撃だ、八雲の身体に命中するのをあたしは覚悟した。しかし、その矢は八雲の脇をすり抜け、後ろにそびえ立つ街路樹に当たって霧散する。
八雲は振り返りざまに、超電磁銃を月読尊に向けトリガーを引く。だが、そんな狙いも絞っていない弾丸が当たるはずもなく、その減滅弾は夜空に美しい光のラインを描いただけだった。
「八雲、落ち着いて!」
あたしは叫びながらも、正面から太刀を斬り下ろす。その攻撃も、月読は弓で軌道を逸らす。
『そうだぞ、素戔嗚よ。そなたの妻の言うとおりだ。少し落ち着いてはどうか?』
その台詞に、八雲はさらに逆上したようだった。超電磁銃を投げ捨て、天羽々斬を両手で構えると、怒声を上げて再び突撃してゆく。
『頭に血が上りやすいのも、素戔嗚から受け継いでおるか…。仕方のない奴め』
あたしは月読尊の呟きを、横薙ぎがかわされた時、すぐ耳元で聞いた。
まるで八雲を試しているかのような物言い。その言葉に疑問を覚え、距離を置いて月読尊と対峙するものの、太刀を構えたまましばらく様子を見守る。
先ほどから、どう考えても月読尊には、八雲を殺そうとする素振りが見えないのだ。殺そうとするならば、この短時間にいくらでも機会があった。でも、その全ての攻撃を命中させてはいない。
それを八雲は気が付いているのか…。いや、今の八雲のメンタルを考えると、そのような余裕はないに違いない。現に今も、ただ我武者羅に天羽々斬を振るうだけだ。
超電磁銃を上手く併用すれば、もっと戦い方があるだろうに。
それに、やはり月読尊はあたしが稲田姫だということにも気が付いている。今までの神憑とは、本当に一線を画す様な存在だ。
…カミツキ?
ちょっと待って。彼は本当に神憑なんだろうか。今までの神憑は、依り代となった人の神力を元に活動していた。でも、この月読尊はどうか。おそらく依り代であろう女子高生は、未だに虚空を眺めたまま微動だにしていない。それに、依り代から離れて行動するなんて、今までに例があったのだろうか。真っ赤な神力は神憑のそれと同じ物なのだろうけど、どう考えてもおかしい。
事務所に待機している明さんに、確認が取りたかった。このような前例があるのかと。でも、ヘッドセットで無線を飛ばせば、それは八雲にも筒抜けになってしまう。
あたしがそんな事を考えている間にも、八雲と月読尊の戦いは続いている。
戦いと言うよりも、一方的に八雲が遊ばれているだけなのだが。神滅課トップの実力を持つと言われる八雲がこの有様なのだ。他のメンバーで、どれだけこのレベルの神憑に対応できるだろうか。
もう少し、八雲が冷静になれば、きっと結果も変わってくるんだろうけど。
…なるほど、なんとなく解った気がした。あたしの役割が。となれば、あたしはそのタイミングを見計らうだけだ。あたしは、八雲の行動に細心の注意を払う。チャンスは、月読尊に攻撃をいなされ、八雲が彼から最も離れた時。
あたしはじわりじわりと月読尊の正面まで移動する。そして、月読の顔…正確には顔であるかも分からないのだが…を見る。
月読尊が、ちらりとあたしを一瞥した気がした。あたしの意図を読んだのだろうか、大きく弓を振りかぶって、思いっきり八雲の天羽々斬の斬撃を弾いた。それに目一杯体勢を崩され、八雲があたしの方に蹌踉ける。
あたしは太刀を左手に持ち替え、右手で八雲の身体を止めて抱き寄せた。八雲が足を踏ん張って立ち上がったところに…。
平手打ちを、彼の左頬に全力で一発。
夜の原塾に、その音が綺麗に響いた。八雲は自分の左頬を押さえ、何が起きたか分からないような顔をする。
「落ち着きなさいって言ってるでしょ!そんな状態じゃ、勝てる神憑にすら勝てなくなるわよ。つまらない挑発に乗らないで!」
「でも…」
「デモもストライキもない!アンタと月読尊の間に何があったかは知らないけど、頭に血が上った状態で勝てるほど、義兄上が甘くないのは自分で解ってるでしょ」
あたしが八雲を諭している間、月読尊はその光景を眺めるだけだった。
これで確定だ。この月読尊は、何かの理由があって、あたしと八雲の力を試そうとしている。
「兎に角、今は深呼吸でもして落ち着きなさい。二人でかかれば、義兄上だってなんとかできるはずだわ」
八雲は、あたしに言われたとおりに大きく深呼吸をする。そして、再び月読尊に振り返った。
『ふむ…、なかなかの嫁を貰ったようだな、素戔嗚よ』
「それだけが、我の自慢だからな。と言っても、現世ではまだ妻ではないが」
八雲は、月読尊をにらみ返す。
「何が目的だ、兄上。まさか神憑になってまで、我の世話を焼きに来たのではあるまい?」
八雲の口調が、あの頃の素戔嗚様に戻っていた。その仕草が、夢の世界で何度も見た素戔嗚様の姿にダブった。
『そこまで暇ではない。だが、現世で弟が生まれ変わったと聞いてな。様子を見に来たまでだ』
八雲の"暇なんじゃねぇか"という心の声が聞こえたような気がしたが、突っ込まないようにする。
「では、何故にこのような事をする?」
神剣天羽々斬を構え直しながら、八雲が問う。すると月読尊が声高々に笑い、答えた。
『ひとつ言っておこう。私はそなた等が呼称する"神憑"と呼ばれる者ではない。先ほども述べたとおり、私はそなたの顔を見に来ただけだ。だが、余りにも不甲斐なさそうだったのでな、少し遊んでやろうと思ってな…。すれば案の定、この結末だ。稲田の言葉がなければ、そなたは私に負けていたであろう。更に精進するのだな』
今度は、八雲が高笑いをする。
「成る程…。と言う事は、その"精進"にも付き合ってくれるのだろうな、兄上よ」
天羽々斬を上段に構え両足を踏ん張り、すぐにでも攻撃出来そうな体勢を取る八雲。でも、あたしはそれを抑制した。
「ちょ、ちょっと待って!義兄上が神憑でないとするなら、この原宿に出た神憑はどこへ行ったのよ!?被害者はそこに座ってる女子高生だとしても、まずは神憑を探して殲滅しないと!」
あたしの言葉に、八雲がはっと我に返ったように周囲を見渡した。
「…まさか、忘れてたわけじゃないよね?」
あたしがジト目で睨むと、八雲は明後日の方向を見ながら、冷や汗を流した。
『その神憑ならば、まだそこの少女に宿っておる…。今は私がその神力を借りている形になっているので、顕現できぬ様だがな。私がいなくなれば、そこの少女より現れる事だろう。だが、その神剣・神刀の神力に勝る神憑などほとんどおるまいよ』
月読尊は、右手に持っていた弓を霧散させて消す。もう戦うつもりはないようだった。
『力試しはまたの機会にしよう。かなりその少女に負担を掛けているようなのでな。私と戦いたくば、神宮を訪ねて来るがよい。その時には私を楽しませてくれ、素戔嗚よ』
言いながら、彼の足下から順にその姿が消えてゆく。そして数秒後には、完全に消えてなくなった。
「…何しに来やがったんだ、あいつ?」
「さあ…。不甲斐ない弟が心配になったんじゃないの?」
八雲は捨てた超電磁銃を拾い上げると、ベンチに座る少女に向き直った。
「昔から、頭でっかちで何を考えてるか解らない奴だったからなぁ…。兎に角、神憑を浄化するか」
八雲はレールガンのマガジンを外すと、ポケットから結界弾を取り出して装填する。
ベンチの少女が呻きだし、その左肩から真っ赤な神力が人形を造りつつあった。
「さて…行きますか。一応、あたしが接近戦、アンタが補助役なんだから、間違えないでよ?」
「はいはい。はぁ…ヒメに接近戦役を持ってかれる日が来るとはなぁ…」
「ぐだぐだ言わない!新課長様の指示なんだから、従わないと!」
溜め息を付くと、超電磁銃を構えた。あたしも草那芸之大刀を構え、いつでも対処出来るように両足を踏ん張った。
少女がゆらりと立ち上がり、吼えた。
左肩に宿るのは、さっきあたしと陽子ちゃんチームで浄化した神憑と同じ大きさだ。あれが"末期症状"なのだろう。
「よし、行くよっ!」
あたしは、思いっきり大地を踏み抜いた。




