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暗闇ヲ駆ケル花嫁 第弐部~再覚醒  作者: 喜多見一哉
話之弐 <再覚醒(サイカクセイ)>
13/26

陸  覚醒(カクセイ)

 誰もいない夜の新塔京のを、全力で駆ける。

 何故誰もいないのか、という疑問すら、今の状況では考える余地がなかった。あたしの真後ろに、不可思議な脅威が迫っていたからだ。

 あたしは来た道を真逆に戻り、階段を降りて井家袋駅の敷地内へと入る。そして、柱の影に隠れ、追ってきているであろう少女の姿を、そこから覗き見た。

 …誰もいない。よかった。これでも、足の速さには自信がある。短距離走に限ってのことではあるけれど。

 おおきく息を吐き出し、胸を撫で下ろす。

 しかし、メキっという何かが歪んだ音であたしは顔を上げて周囲を見渡した。しかし、視界に入る範囲で、何か異変が起きた様子はない。念のために腰を落とし、柱に背中を貼り付けた。

 そして、その音の正体がわかる。先ほどまであたしの頭があった場所…その位置の柱が、まるで重機の体当たりを食らったかのように弾け、崩れた。崩れたときの轟音は、周りの建物をびりびりと震えさせるほどだった。

 あたしは慌ててその場所から逃げ出し、後ろを振り返る。あたしと柱を挟んで対極に立っていたのは、巨大な赤いオーラを背負った先ほどの少女。

 果たして少女が破壊したのか、それともオーラの方が破壊したのか。それはどうでもいい事。問題は、確実にあたしが狙われてると言う事だ。再び走り出そうとしたとき、その上空をふっと影が通り過ぎた。目の前に降り立ったのは、その少女。少女は、あたしを血走る目で睨み付けながら、泡を垂れ流す口で何かをぶつぶつと呟いていた。

『カメツ…コロス…コロス…』

その言葉を聞いて、あたしは反射的に叫び返す。

「あたしはもう神滅(カメツ)じゃない!」

 叫んでから気が付く。もうって?そもそも神滅って何…?更に激しい頭痛が襲い、あたしは呻いて耐えきれずにその場に蹲った。

 あたしの右横腹を強烈な衝撃が襲い、あたしはすぐ横に立っていた柱まで吹っ飛ばされる。ごろりと地面に転がり落ち、痛みに耐えながら少女を見る。

 少女はゆっくりと、そして恍惚の表情をしながらあたしに近づいてきた。あたしはそのままタイル張りの床を転がり距離を置くと、脇腹を押さえて立ち上がる。

 目の前の少女が、夢の中で見た"あたしの身体"のイメージとダブった。巨大な八本の首が、次々とあたしに襲いかかる記憶。あたしはそれを避け続けて…。

 いや、それは八雲の記憶。あたしのじゃない。でもなんで、そんなイメージが鮮明に蘇るのか。

 少女が腕を振り上げ、それに同調したかのように赤いオーラが巨大な腕の形に変化し、再びあたしを殴りつける。

 とっさに腕でその目標…あたしの頭を護る。しかし、やはりその力は強烈で、その場に殴り倒された。

 髪から"湯津爪櫛(ユツツマグシ)"が外れ飛び、地面に落ちて真っ二つに割れてしまった。湯津爪櫛は緑色のオーラを放ち、跡形もなく文字通り霧散する。


 …その光景をあたしは見て、途端に頭の中に、ある記憶が蘇り始める。

 それは、八雲、明さん、大庭さんに蜂須賀さん。直樹くん、陽子ちゃん、そして、おやっさんの姿。

 そう、あたしの身体は神憑である八岐大蛇に占拠され、短い時間ではあったがあたしは、彼らと共に戦い、勝利を得、犠牲と共に自分の身体を取り戻した。

「そうか…そうだった…」

あたしは呟く。そう、記憶の封印と改竄を望んだのは、あたし自身だ。凪くんと那美ちゃん…伊邪那岐様と伊邪那美様の力で、記憶の封印蓋とした模造品の湯津爪櫛を身につけて。

 記憶が戻ったからなのか、それとも、違う要因があるのか。あたしの身体から、巨大な緑色のオーラが漏れ溢れる。全身を激痛が襲い、あたしはその痛みにのたうち、転げ回った。

"比女さん、どうしようもなく困ったときは、詠いなさい!わたしと、夫が共に詠んだ歌を!間もなくやってくる、次の試練の……!"

 稲田姫が叫んだ、あの言葉が脳裏を横切った。

 あふれ出たこの力を抑制する、唯一の方法。オーラ…いや、神力(シンリョク)を具現化させ、ある御品へと変化させる祝詞。

 あたしは蹌踉けながらも立ち上がると、震える両手を胸の前で合わせた。そして、懐かしいあの歌を詠う。

「八雲立つ…出雲八重垣、妻籠みに…八重垣造る、其の八重垣を…」

 両手で大きく柏手を二回打ち、叫んだ。

「お出でませ、神刀草那芸之大刀(クサナギノタチ)!」

 両手を広げると、全身から溢れる神力が胸の前に収束し、緑色の神力を神々しいまでに放つ、一振りの刀が顕現された。

 その柄を右手で握り、大きく振って構える。これこそ、須賀の地で稲田姫(あたし)が身につけていた、日本三種の神器であるうちの一つ、草那芸之大刀。

 全身を襲う激痛が一瞬で消え、あたしはその少女と対峙した。光り輝くその刀を見て、少女と、赤い神力がたじろいだ。

 あたしは青眼に草那芸之大刀を構え、間合いを取りながら少女を注意深く観察する。彼女に宿っている神力は、一体どの神様の神力なのだろう。学校に流行る噂話により取り憑いた神様であることには間違いなさそうだけど。

 しかし、人払いの結界を張ってあるのに、なんで神滅のメンバーは誰も来ないのよ。電車の中でウチの生徒の神力を散らしたのは、間違いなく陽子ちゃんだ。彼女、成城高校に入学してたのか。あたしの監視をするため…ってことかな。八雲と帰り際に校門で話してたのは、その為なのか、噂話のことなのか。この神憑浄化は、陽子ちゃんの担当だろうと思うのに。

 そこまで考えて、ふっと全てが一本の線で繋がった。

 要するに、大分前から神滅課としては、この噂話を神憑の仕業としてマークしてたんだろう。あたしの事はさておき、陽子ちゃんを学校に潜入させ、それの対処を行った。あれだけ流行っていた噂話に取り憑かれた子が少なかったのも、陽子ちゃんが随時浄化していたから。他の学校にも、きっと直樹くんが潜入してるのか。八雲が遠回しにあたしに警告したのも、この結果を防ぐためなんだ。

 電車を降りて陽子ちゃんが電話していたのは八雲で、八雲はその状況を鑑みて、ここにやってくるのだろう。それは、おそらくあたしの記憶を取り戻させない為だと思うんだけど。

 神憑の少女は、奇声を発して再び右腕を振り上げた。神力が変形し、まるで蔓のように細長く伸び、鞭のように撓ってあたしに振り下ろされた。

 あたしは冷静に草那芸之大刀を振り払い、その蔓を切り落とす。

 八岐大蛇に比べれば、なんて弱い神力なのだろう。あの大蛇は、こんなにたやすく両断なんて出来なかった。かなり位の低い神様なのだろうか。

「だったら、あたしだけでも何とかなるよね!」

 あたしは右斜め下に太刀を構えると、腰を落として少女の足下に走り込もうとした。しかし、それよりも早く、少女の真っ赤な神力に光の筋が音もなく突き刺さる。

 見間違える訳がない。それは、超電磁銃(レールガン)の弾丸。おそらく、減滅弾だろう。あたしは足を止めず、すれ違いざまに少女の左肩に宿る神憑に、太刀を滑り込ませた。

 神憑きは悲鳴を上げ、少女の身体がのたうつ。草那芸之大刀が切り払った場所の神力が霧のように散り、抉られた。あたしは再び神憑の方に向き直り、対峙する。

 そして、背後から駆け寄ってくる軽い足音。それが誰のモノなのかあたしは解っていた。振り返らずにあたしは叫ぶ。

「遅いよ、陽子ちゃん!」

あたしの声を聞いて驚いたのか、あたしが神憑と戦っていたから驚いたのか、後ろの足音がぴたりと止まって、可愛らしい声が聞こえた。

「え…、比女さん!?なんで…」

ビンゴ、やっぱり陽子ちゃんだ。神滅課最年少の接近戦役(オフェンサー)。ってことは、超電磁銃で減滅弾を撃ったのは、直樹くんか。

「見ての通りだよ。あまりにも遅いから、あたしが戦っちゃったじゃん!」

 言いながら、再び神憑に突っ込む。神憑きは腕らしきものであたしの薙ぐ太刀を防ごうとしたが、神力の差が物を言っているのか、その腕ごと切り落す。

「早く交代してよね、草那芸之大刀は顕現させるのに、すっごい疲れるんだから!」

「は、はい!」

 あたしは神憑から距離を置く、そして、今度は小さな小太刀を構えた陽子ちゃんが神憑きに走り込んだ。そしてほとんどゼロ距離でその右手の小太刀を振るまくる。

 その速さたるや、閃光のごとし。

 みるみるうちに、神憑の神力が霧散していく。一発一発で削る量は少ないけれど、それを手数でカバーしている。神憑は防御する暇もなく、数十秒後には、その赤い神力のほとんどが原型を保っていなかった。

 陽子ちゃんが後ろに飛び退き、耳に付けたヘッドセットに向かって声を張り上げる。

「直樹くん、今!」

その声とほぼ同時に、少女の身体に一発の弾丸が命中。小さな羽根を展開し、雷を周囲に振り蒔いた。

 浄化の最終ステップである、結界弾だ。

 神憑の少女は、断末魔の叫びを地下街にこだまさせ、がくりと崩れ落ちた。

「終わった…かな」

 あたしは胸の前で柏手を打つと、草那芸之大刀を消す。陽子ちゃんも鞄からタブレットPCを取り出して操作して、小太刀の顕現を終了させた。目の前には、綺麗サッパリ神憑の神力を浄化された、少女が横たわる。殺した訳ではない、気を失っているだけだ。


 「お疲れ様」

 あたしは短く、陽子ちゃんに声を掛ける。

 陽子ちゃんはあたしに振り返ると、顔をくしゃくしゃにさせてから、ぽろぽろと涙を落とした。

「比女さん…記憶、戻ったんですね…」

 あたしはそんな陽子ちゃんに歩み寄って、頭を撫でる。

「戻っちゃったねぇ。記憶封印は、あたしが望んだ事だったのに」

「わたし、ずっと比女さんにお礼言いたくて…叔父さんのことも、八岐大蛇の事も…。でも、その暇もなく記憶封印されちゃって…」

 叔父さんの事、すなわち、おやっさんの事だろう。最後の夜、霊安室であたしはずっと陽子ちゃんを慰めていた。

「そんな事もあったねぇ…。なんか、懐かしいわ~」

 ちょっと苦笑い気味に微笑んでいると、どこから現れたのか、直樹くんが超電磁銃を担いで近づいてくる。

「比女さん、本当にバカですね。記憶戻らなければ、一生平凡で幸せな人生送れていただろうに」

その方向を見て、あたしは顔をしかめた。

「あのさぁ、相変わらずの毒舌は大変結構なんですが、もうちょい言い方ってのがあるっしょ?」

その言葉に、直樹くんは戸惑いながらも、顔を真っ赤にして呟いた。

「…そうですね。えっと…お帰りなさい、比女さん」

直樹くんは、右手を差し出してくる

「はい、ただいま。…ただいまって言っていいのか解らないんだけど」

 あたしは、直樹くんの右手を握って、にこり笑った。涙を袖で拭った陽子ちゃんが、思い出したようにヘッドセットで無線を飛ばす。

「あ、課長、報告遅れました。神憑、浄化完了です。職員さんたちを回してください」

 しばらくしてから、黒服の職員さんがぞろぞろとやってきて、被害者である少女を担架に乗せて運び出してゆく。この後、きっと那美ちゃんと凪くんの所に移動して、この間の記憶を封印されるはず。

「そうだ、比女さん。八雲さんがもうじき来ますよ。なんて説明します…?」

陽子ちゃんが、ちょっと遠慮がちに教えてくれる。やっぱり、想像したとおりだ。

「あの時の電話、やっぱり八雲にかけてたのか…。そんな気がしたんだ」

「う…ごめんなさい…。わたしの尾行を止められるのは、八雲さんだけだと思って…。でも、記憶まで取り戻してるなんて思ってないでしょうね」

止めるも何も、すぐに撒かれちゃったんだけど。まあ、それは置いておいて。

「そうだ、八雲になんて言ってやろう…。あたしが記憶取り戻した事をを黙ってるってのが一番面白いんだけど」

直樹くんが手をぽんと叩く。

「なるほど、それも一つの手です。僕たちは、まだこの現状を誰にも話してないですから、僕達さえ口裏を合わせれば、騙すのはたやすいですね。是非そうしましょう。特に八雲さんは単純ですから、ころっと騙されるでしょう」

「酷いなぁ」

あたしは口に手を当てて、声を殺して笑った。

「まあ、正直に話すよ。あたしが再び、神滅としてみんなと戦うかは置いてね。さすがに、自分の彼氏を(たばか)るのは気が引けるわ~」

そして、続ける。

「それに、凪くんと那美ちゃんに、あたしの湯津爪櫛を返して貰わないと。あれがないと、あたしキツいんだよね。八雲が来たら、神滅課事務所に行こう」

「そうですね」

陽子ちゃんと直樹くんが、同時に相づちを打った。


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