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天秤の葉、紅  作者: 賽裏


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2/2

②優しい であい

 神は人の幸せを認めていない。

 進化・遺伝子は幸せを望んでいない。

 人は幸せになれず、不幸・不安を手放すことはできない。


 なら幸福を求めることそのものが、愚かなのだろうか。

 間違っている行為なのだろうか。 




 全てを終わらせてほしい。


 最後を迎えたことはないが、そう思うことは少なくない。


 終わりを求めている。

 結末を急いでいる訳ではないが、この長い時間はあまりにも生きる喜びより、死ぬ安堵、生きる苦しみ、不安の方が、まさってしまう。



 いつからだろうか、そんなつまらない存在になってしまったのは、

 昔は、友達と遊んで、美味しいものを食べて、美しい景色を見て、それだけで生きたいと、生き続けたいと思えていた。

 今や、気づくと、そのような無垢な心はなく、あの頃のような感性はない。

 幼き頃も、駆り立てるような恐怖はあったが、それ以上に希望的だった。少なくとも今のような、朽ちた天秤ではなかった。


 気持ちの持ちようと言えばそうなのだろう。

 でも、透き通り、真っすぐだった過去に戻るには、清算しきれない罪、穢してしまった時間が重く、深すぎる。

 知りすぎてしまったのだ。肥えすぎてしまったのだ。


 だから私は求めている。何度も何度も。

 私は終わりという赦しを求めている。

 終われば、許されるわけでなくとも、この苦しみからは救われると、か細い祈りに縋っているのだ。

 不幸のない世界など来ないからこそ、終わりという幸も不幸もない世界を求めているのだ。


 -----


 とあるマンションの屋上。

 俺は自殺を『考え』ていた。


 俺にとって、ここから飛び降りてしまえばいい、それだけのことだ。

 世界を消すことも、世界から消えることも俺にとっては同義で、たった1アクションで可能なこと。


 俺は真下に走る小さなゴミ粒のような車たちを見ながら、

 死にたいと思う反面、無理だなと。


 少し大きく息を吸い、溜息のように吐く。そしてまた、無意味にも『考え』る。


 飛び降りが駄目なのかと。

 別に、ここからでなくとも、首つり、入水、練炭、飛び込み、命を終わらせる方法はいくらでもある。飛び込みはちょっと、巻き込まれた車や電車のことを考えると可哀そうだが、


 いや、可哀そうってどうせ死ぬのに考える必要なんてあるのか?

 そもそも他者に迷惑をかけない死に(いき)方なんてないんだし、気にすることなんてないだろ。


 そのようなことをぐるぐると巡らせると、やはりある結論に辿り着くのだ。

 本当は生きたいんじゃないかと


 実際、そうだ。

 死にたいほど生きたく、生きたいほど生きたくない。


「俺って死ぬことも、生きることもできねえな」


 嗚咽にも、えずきにもならない感情。

 いつもこうだった。不幸になるならなってしまいたい、幸せでも、不幸でもないこの中途半端な状態が、俺をこうしてしまったのだ。


 いっそのこと、破滅。

 終わりが欲しい。

 そう願った。いつも、この瞬間もそう願っていた。


 解決しない不安、在りもしない不安、杞憂を保留、放置できない性質の彼は、幸せにはなれない。

 不安や恐怖がない平穏を幸せと定義している時点で、起こりえないのだ。

 人は不安からは逃げられない。

 どんなに金持ちになっても、どんなに出世しても、どんなに異性にモテても、だ。

 金持ちには金持ちの不安が、大出世した者にはその地位なりの恐怖が、モテる男にはモテる男なりの悩みがあるのだ。

 例え神に、全知全能の存在になろうと、その本質、強迫感・不安感は消えない。


 即ち、明日が怖い。明日なんて消してしまいたい。


 根源的な感情は、闇を引き寄せる。

 それは人間を人間たらしめるもの。

 漆黒というには、色が混ざりすぎている暗黒な起伏。

 安易に言ってしまえば、腐敗した心音が、ゆったりと歩む。


 ぽろっと出てしまう。


「やっぱ死のうかな」


 -----


 独白。

 それは独り言だった。

 少なくとも、のつもりだった。


「あなたは何故死にたいの?」


 俺は凄まじい速さで振り返ると、足が滑って尻もちをつく。そして夕日に目を眩める。

 そこ、には制服を着た高校生? いや身長的に中学生? がいた。

 いつの間にいたのかは分からないが、確かに顕在していた。


 透き通り長く真っ黒な髪、柔らかくもしっとりとした唇。氷のように何かを見透かした儚げな目。

 その視線だ。それが彼を制止させた。言葉がでないのだ。


 体格以外が大人びた少女は二度尋ねる。

 尻もちをついた彼に手を差し伸べて、


「死にたいの?」

 と。


 震える唇を噛みしめて、差し伸べられた手を払い返答する。

 

「死にたいんじゃない、生きれないんだ」


 ほんの少し気取った口調だった。

 少女が中学生? にしては大人びていたから、彼も少しぶったのかもしれない。

 こんなダサいところを見られて今更だが、年齢がダブルスコアまではいかないがそれに近いと、こんな状況でも体裁はあるのだろう。


 手を取り、立ち上がった彼を見て少女は、


「そう、理解できるわ」

 とだけ続けて彼の手を離した。


「理解できる……か、君も自殺願望でもあるのか?」

「誰でも意外とあるんじゃないかしら、度合いの問題であって」


 彼女は、彼の瞳を見つめて、


「でも、死ぬには天気が良すぎないかしら?」

 と。


 俺の自殺を止めようとも捉えれるその言葉の真意が、理解ができなかった。


「死ぬのに天気のいい悪いなんて関係あるのか?」

「私は大雨か大雪がいいわ」


 分からなくもない。

 でも俺にその理由を言語化はできない、だから、


「どうして?」


 自然とでた問い。

 そして自然とでる返答。


「私がそう思うから、理由なんてないわ。心がそう思うから」

 

 それを聞き、ほんの少し、本当に一ミリだけ救われた気になった。

 自分と近い感性をもった人間がいることが、疎外感を薄めた。

 彼女は続けて語る。


「人間一度しか死ぬことはできないわ」


 どこかで聞いたことのある台詞。


「死ぬのは今じゃなきゃだめかしら?」


 ここで理解した。彼女は俺を止めたんだと。

 涙が右目から出ていた。一粒だけだ。

 その涙を拭うことをしない。目先から頬、顎までいって落ちた。


「ありがとう、なんか元気がでたよ。今だけかもしれないけど、気持ちが楽になったよ」

「そう……よかった」



 そして何事もなかったように二人は別れた。

 名前もお互い知らせずにだ。同じ街であったのだからまた会えるとか、そのような考えはなく、これが最後のつもりで、何もなかったように別れたのだ。

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