公爵の告白
とあるパーティーにて一人の令嬢が婚約破棄を告げられた。
会場内はざわめきにより覆い尽くされる。
婚約破棄を告げる者と告げられる者共にこの国では有名な二人であったからだ。
婚約破棄を告げるのはこの国の第一王子ミカエル殿下。
婚約破棄を告げられているのはフォークス公爵家グレイシア令嬢であった。
この日、二人は婚約を破棄された。
しかし、それだけでは終わらなかった。
パーティー会場で婚約破棄とされた理由で裁かれる事となったグレイシア令嬢に下された刑は断頭の刑であった。
数日後、民衆に晒されるように現れるグレイシア令嬢。
罪人に許された最後の言葉を聞きとげようと皆が静まり返る。
「殿下、共に歩む約束を守れず申し訳ございません」
罪人が語る言葉は罵る言葉でも罵倒する言葉でもなかった。
そして誰もが令嬢の姿に戸惑う。
木枠に差し込まれた令嬢の顔は笑顔のままであった。
本当に令嬢は悪女なのかと囁かれる中でミカエル王子は立ち上がり手を上げる。
それは執行の合図であった。
執行人により綱が切られ大きな刃が落とされた。
本来なら籠の中に入るはずの生首が籠から転げ落ち、ミカエル殿下と聖女がいる方を見つめていた。
それはまるで何かを訴えかけようとしているかのようであった。
これは、この断罪に関わりのある者が語る告白の話である。
我が名はウィリアル・ウィル・フォークス。
フォークス公爵家当主を務めている。
我が父は先王の弟君で現国王とは従弟となる。
王家の血を引く者だけが名乗れるウィルの名。
由緒正しい血。
昔はそれが一番誇りであった。
一番大事なものは違う。
一番大事なのは妻であった
妻は現国王の婚約者候補の一人で最も優秀で最も王妃に相応しいとされていた。
そんな彼女に私は惚れてしまった。
赦される恋。
諦めようと思っていた。
しかし、彼女は王妃に選ばれる事なく我が妻となった。
妃に選ばれたのは別の令嬢であった。
当時は、この国で婚約者がいない高貴な身分であったのは私だけしかおらず、自然と彼女と婚約が結ばれる事となった。
この国で一番美しく一番優秀な彼女が我が妻となってくれた。
赦されぬ恋が実ったのだ。
私は血の誇りより大事なものが出来た。
そんな彼女も婚姻して数年ほどでこの世を去ってしまった。
だが、私は悲しくはない。
彼女は私が悲しまないですむよう娘グレイシアを残してくれたのだ。
私はなき妻の分までグレイシアを愛する事にした。
これは、そんな愛する娘を守る事さえ出来なかった情けない男の告白である。
ミカエル殿下の生誕パーティーに娘と共に参加した数日後にミカエル殿下より婚約の打診が届く。
グレイシアは一人娘だ。
出来れば、娘には公爵家を継いで欲しかったが、なき妻から『娘を王妃に』の遺言もあった。
最終的にグレイシアに確認したところ、本人も喜んでいたため婚約の話を引き受ける事にした。
跡継ぎについては縁者から選べば良い。
探したところ、縁者で寄り子であるグレーバス伯爵家に優秀なご子息がいた。
話は直ぐにまとまった。
養子と我が息子となったカミュ。
カミュは優秀であったため何の問題もない。
ないはずであった。
グレイシアが学園に通い1年が経った頃であろうか、娘の顔から笑顔が消え始めた。
カミュを問いただす。
ミカエル殿下が聖女と親しくしており、娘の事を疎かにしているらしい。
私は信じられなかった。
娘との婚約は王家からの申し出であった。
なのにそれを裏切るなどとは・・・
私は独自の調査をした結果、カミュの話は真実であり真実ではなかった。
王家は聖女が孤独とならないようミカエル殿下が付き添っていると説明された。
しかし、心意は違う。
王家は娘と聖女で婚約者を入れ換えを謀ろうとしていた。
「グレイシア、ミカエル殿下の件は私も知った。もし、お前が望むのならば婚約を白紙にしよう」
「いえ、そのような事をすれば公爵家の名を傷付けてしまいます。それに私の心はまだミカエル殿下を想っておりますので」
「そうか・・・だが、無理するな」
「はい」
公爵の名か。
そのようなものなどどうでも良い。
血の名誉よりも娘が大事なのだ。
娘の幸せを一番に想う。
だが、娘は大丈夫だと言う。
おそらく嘘であろう。
何故なら、グレイシアの顔から笑顔が消えていた。
もう、どれくらいグレイシアの笑顔を見ていないのだろう。
しかし、私が問う言葉に返って来るのは「大丈夫です」の一言ばかり。
ならばカミュにグレイシアを見守るよう頼んむ事にした。
「グレイシア、楽しんで来なさい」
「はい」
「カミュ、グレイシアの事を頼んだぞ」
「・・・はい」
王宮で行われるパーティーにミカエル殿下は迎えに来ない。
グレイシアには申し訳ないがミカエル殿下との婚約は白紙にしよう。
このまま殿下といてもグレイシアが幸せでいられるとは思えなかった。
娘が戻って来たら話をしよう。
しかし、私の願いは叶える事は出来なかった。
娘が帰ってくる事はなかったからだ。
「はぁ!?婚約破棄!?裁判!?」
戻ってきたカミュから婚約破棄をされた事を知らされる。
だが、そんな事はどうでもいい。
娘には申し訳ないが、あんな男の元で娘が幸せでいられるとは思えん。
だから、婚約破棄など逆に喜ばしい事だ。
問題は聖女に危害を加えた事で裁かれる事となった。
グレイシアが?
あの優しいグレイシアがそんな事をするはずがない。
「どういう事だ!何故、娘は一般牢にいれられている!」
「フォークス公爵、これは国王陛下の指示でございます」
国王陛下が何故?
聖女と娘の立ち位置を入れ換えるのにここまでする必要があるのか。
「グレイシア、国王陛下に話して今すぐここから出して貰うから安心しなさい」
「お父様、私は大丈夫です」
「何が大丈夫だと言うのだ!このような場所にいれられて!」
「仕方がないのです。全ては正しき国のためです」
「グレイシア・・・」
正しき国のため。
久々に聞く言葉。
この言葉を聞き顰める。
(ああ・・・またか・・・)
娘が時々、口にする言葉。
呪われた言葉。
娘は呪われてしまっていた。
(ああ・・・お前はまだ娘を解放してくれぬのか・・・)
失意の中、牢を後にする。
階段を登る足取りが重い。
娘だけでなく私の足にも足枷が繋げられているようであった。
漸く光が届くところまで来た。
目線を上げると一人の男が私の行く手を阻むように立っていた。
娘の婚約者であった男。
娘を裏切った男が立っていた。
「公爵、この度は残念な事だが私はグレイシアの罪を許す事が出来ない。無念だと思うが解って欲しい」
「解って欲しいだと小僧が!貴様などが婚約の申し出など寄越さなければ娘は公爵当主として幸せに過ごす事が出来たのだ!愛し続ける事が出来ないのなら、聖女に乗り換える時に婚約を破棄すればよいではないか!」
言葉に敬意の一欠片もない。
殿下の前にいる男は公爵ではなく父親として立っていた。
目の前に立っている男は経緯を伝えるのが誠意だと思っている。
誠意を履き違えた碌でもない男だ。
「誤解です。私と聖女は決してそのような関係では。私は今でもグレイシアの事を愛している。」
「ふざけるな!愛しているなら娘がどういう性格か知っているはずだ!碌に調査もせずに娘を貶めた貴様の愛などないにも等しいわ!」
「・・・」
「貴様は知らなかろう。もはや貴様が聖女に気があるかどうかなど問題ではない。娘がこうなったのも全ては国の謀略だ!」
「それはどういう事か?」
ここまで言って理解出来ない男に怒りが治まらなかった。
目の前の男は情けなくても王太子だ。
それがここまで愚鈍であったとは・・・
「貴様は不思議に思わないのか?学園だけではく休日まで娘と会う事は出来なくなった事に」
「それは王命が・・・」
「なるほどな。その王命で娘を殺すと言うのか?
ならば王命で聖女が次の婚約者となるのだろうな」
「何を!」
「否定出来る根拠はあるのか?貴様は本当に己で考えて動いていると思っているのか?」
「・・・」
「貴様の手紙は娘には届いていない。娘が出した手紙もおそらく届いてないのだろう」
「な、馬鹿な?どうして?」
「馬鹿は貴様だろう?どうしてなど、少し自身で考えろ愚鈍が!」
こんな愚鈍に構っている暇はない。
私は国王陛下に公爵家の財産を引き換えに娘を助けて欲しいと頼みこんだ。
今回の要は国王陛下だ。
こんな愚鈍が真実を知った所で何も変わらない。
私は必死に動いた。
なのに・・・なのにだ。
グレイシアの処刑は止められなかった。
翌日、娘を裏切った元メイドが自死を選んでいた。
手には手記が握られそこにはカミュの名が書かれていたと言う。
娘の部屋から日記が見つかり、そこにもカミュの名が書かれていた。
こんな近くに裏切り者がいたとは・・・
カミュは認めた。
この男は娘を死に追いやった裏切り者の仲間であった。
許す事など出来ない。
この男には娘と同じようにクビを跳ねる事にした。
それからの私は鬼となった。
屋敷に兵を集める。
屋敷に火を放ち皆に告げる。
「これは国への復讐だ。公爵家の血は今日で途絶える。お前達に支払う賃金もない。あるのは死だけだ。だが強制はしない。一刻だけ待つ。消える者は消えるが良い」
告げた一刻後、八割ほどの兵士が残っていた。
私の我が儘に付き合う何とも愚かで頼もしい者達だ。
兵と共に王都を責める。
公爵家いえど一私兵など王都を守る者達からしたらたいしたことではない。
だが、公爵家の兵は普通の兵ではない。
死をじさない兵であった。
どんなに劣勢でも無謀にも突進して一人でも多くの者を道連れにしようとする姿は相手に恐怖を与えた。
国を落とせる等とは思ってなどいない。
聖女を選択した者共に己の判断が誤りであった事を知らしめるだけで良い。
これは公爵家の誇り・・・ではない。
父親としての、娘を守れなかった父親としての加害者への怒り。
道中、私は名も知らぬ兵の槍に腹部を貫かれる。
敵将を撃ち取ったと喜び叫ぶ若僧の首に私の剣の最後の一振が届く。
これで内乱が終わると思っているのだろう。
恐怖はこれからだ。
私が討ち取られても兵達の歩みが止まらぬ事に気付く王宮の兵は畏怖し始める。
他に主導者がいないか喚き叫ぶ。
無駄な事だ。
この謀反に主導者などいない。
私もただの一兵士に過ぎないのだから。
一人の兵士が皆死ぬまで王宮を襲い続ける。
その恐怖を最後まで味わうがいい。
私は槍に貫かれたまま道端で息を引き取る。
公爵としてではなく。
父親として。
私はこの日死んだ。
が、私は生きている。
燃えたはずの邸はそのまま残っている。
アレは夢・・・なのか?
夢にしてはかなりリアルであった。
直ぐに王家の秘宝が頭を過る。
誰かがあの秘宝を使った?
まさかあの若僧か?
いや、それよりも娘だ。
先ずは娘が生きているか確かめたい。
娘の部屋に駆け寄りたい気持ちを抑え食事の席で娘を待つ。
扉が開かれると娘が姿を現す。
娘に会うことが出来た。
懐かしい娘の姿。
昨日も会っていた筈なのに娘に会うことが出来ただけなのに自然と涙が溢れ始めた。
「お父様?」
「いや、すまん。今朝、変な夢を見てしまってな」
「・・・お父様、その事ですが・・・」
むすめも記憶がある事を話し出す。
王家の秘宝には何らかの法則があるのか解らないが娘にも記憶がある事が解った。
記憶があるのならば変えられるかもしれない。
「今すぐミカエル殿下との婚約は白紙にして貰おう」
「その事ですが少しだけ待って頂けませんでしょうか?」
「どういう事だ?」
「あの後に何が起きたのかが解らないため、色々と調べてからお父様に相談したいと思います」
「お前が言う正しき国のためか?」
「はい」
「グレイシア、あやつが伝えたかった事はそのような・・・」
「お父様、解っております。解っておりますが、私にはこの道しか選べないのです」
「・・・そうか」
また呪い言葉か。
娘は呪いによって自身の幸せを蔑ろにしてしまう。
だからあのような願いもしてきたのだろう。
「何故、そんな事を?」
「正しき国のためです」
「また、正しき国か・・・」
「はい」
私では娘を助ける事が出来ない。
私では娘を幸せにすることが出来ない。
悔しいが娘を助ける事が出来るのはあの若僧だけであろう。
私は娘の操り人形のように言うことを聞く事しか出来ない。
暫くして国中に号外が知らされた。
『フォークス公爵家、最近発見された聖女を養子として迎え入れる』
今回は父親である公爵の告白でした。
ここでは『呪い』について少し言及してみました。
次回は国王陛下の告白です。




