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【連載版】初めまして。不法投棄された石像です。  作者: 佐倉 百


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8/8

夢みる元石像

 オフィーリアに会った数日後、私のところに家庭教師が派遣されてきた。私が石化させられていたことを知ったオフィーリアが、好意で手配してくれたらしいわ。


 アルフレッドは淑女の教育について詳しくないし、乳母のソフィアは教育の専門家じゃない。私が現代人と同じ知識や教養を身につけるためには、教えることに特化した人が必要なのよ。教師なら私に合った学習計画を立てて、効率よく教えてくれるはずだから。


 いざ教育が始まると、予想よりも面白くて驚いたわ。もっとたくさん知りたいって思うの。子供時代の私は、語学以外あまり興味がなかったのに。たぶん孤独な時間が長すぎて、情報に飢えていたのね。


 歩く姿勢を矯正するとき、本を頭の上に乗せるのよ。子供のころ町にいた女性たちを真似して、壺を頭に乗せて遊んだのが懐かしいわ。あの時の経験を活かせば、本なんて帽子と同じよ。


 私ね、両親から放置されていたのをいいことに、町にいる同世代の子供と遊び回っていたの。だから体を動かすのは得意よ。この時代の家庭教師が聞いたら卒倒するかもしれないけれど。家の壁を登って屋根に座ったり、野山を走り回って木の実を食べるなんて当たり前のようにしていたわ。


 遊ぶといっても、みんなが家の手伝いを始めるまでの話よ。子供も家族のために働かないと生活できないから。たまに私もみんなの手伝いをして、町の生活を体験したわ。豆料理が作れる王女って、この時代にはいないんじゃない?


 勉強をするだけでいいって幸せだわ。アルフレッドたちに感謝しながら、私は知識を吸収しようとした。ちょうどアルフレッドが仕事で家を空けていたから暇だったのもあるわ。そうしたら体調を崩してしまったのよ。


「疲労ですな」


 私の健康診断をしてくれた医者がそう断言した。


「環境が変わって得られる情報が増えたからでしょう。豪雨のように浴びた結果、脳が処理しきれなくなって熱が出たのです」


 もちろん勉強は一時中断になったわ。家庭教師には無理をさせてしまったと謝罪されたけれど、もっと勉強したいと言ったのは私よ。だから私の責任なの。


「石化が解けて嬉しいのは分かりますが、休憩は必要です」

「そう言われても。石化前と同じぐらい動いただけなのに」

「新しいことに出会えて興奮をしているのですよ。子供と同じですな。興味があるものに気を取られて、疲れていることに気がついていないのです。ようやく気がついた時には、倒れる一歩手前まで体力が減っています。そんな状態が何日も続けば、体調を崩すのは当然ですな」


 子供扱いされることは不満だけど、言っていることは正しいわ。動けることが楽しくて、つい時間を忘れてしまうもの。


「とにかく熱が下がるまでは療養しましょう。いいですね?」

「はい……」


 医者は使用人たちに療養の方法を指示して帰っていった。


 ベッドに寝転んで目を閉じていると、泥の中に埋まっていた時を思い出すわ。熱と薬の影響もあるでしょうね。時間の感覚がなくなって、浮いているのか沈んでいるのか分からなくなるのよ。


 でも今は、体にかかる重力が生きていることを実感させてくれるわ。


 いつの間にか私は眠っていた。そうしたら、夢を見たの。何年ぶりかしら。石化させられると体の機能が止まるから、眠ること自体できないのよ。ずっと意識が続いているだけ。


 夢の中の私は、隣国の王城にいたわ。謁見の間にいる王様に挨拶をして、それから結婚相手の王子を紹介されたときの再現ね。


 謁見の間に集まっていたのは、隣国の王族や重臣たち。みんなが私に注目していた。でも私に対して好意的な視線は感じなかったわ。値踏みするような、と言えばいいのかしら。


 私の行動はブランモールの評価になるのよ。緊張したわ。


 どうして私なんだろうって、何度も思ったわ。仕方ないわね。王女ですもの。飢えることなく成長できた見返りを要求されただけよ。育ててもらった恩はないけれど。


 謁見が終わったら、王子と二人きりにされたわ。そこで愛人がいることを知ったの。


「お前さえ来なければ、全て丸く収まったのに」


 夢で再会した王子は、顔がぼやけていたわ。細部が思い出せなくなっているみたいね。でも言われたことは覚えているわ。


「お前と結婚するなんて死んでも嫌だ」


 そうですか。では死にますか?


「国のために仕方なく結婚してやる。自分が愛されると思うなよ。お前は両国の友好のために子供を産むだけだ。でも世継ぎはサリエラが産んだ子供だ。いいな?」


 過去の私は、この後も反論をした。たぶん、あなたの血を引いた子供だといいわね、みたいな内容よ。それが王子の怒りに触れて、監禁されたの。


 腹が立ったとはいえ、ちょっと迂闊だったわ。私は味方を増やしていかないといけないのに、敵を作る発言をしたのよ。


 目が覚めた私は、自分がどこにいるのかしばらく分からなかった。

 監禁された部屋じゃない。全く似ていないわ。


「……一度でいいから、あの王子の頬を叩いておくべきだったわ」


 想像の中で叩いても、過去は変わらないから面白くない。


 眠れずに寝転がっていると、メイドが部屋に入ってきた。アルフレッドが私に会いたがっているらしいわ。


「いかがいたしましょうか」

「もちろん会うわ」


 手櫛で髪を整え、肩にショールをかけた。寝癖だらけの姿では会いたくないの。でも、もし寝癖が残っていたとしても、そういう髪型ですって顔で堂々とするつもりよ。変に隠そうとすると、かえって目立つから。


 心配そうな顔で入ってきたアルフレッドは、ベッドのそばに立ったまま体調を尋ねてきた。


「疲労で倒れたって聞いたんだけど……」

「倒れてないわ。ちょっと疲れたから休んでいるのよ」

「無理して現代に馴染まなくてもいいから」

「それは違うわ。私は自分の意思で動けるのが楽しかったの。誰かと話せることもね。この時代のことを知るのも面白くて、休むのを忘れていただけよ」

「うん。家庭教師から、君は熱心な生徒だって聞いたよ」


 質問が多すぎる生徒って言われなくて良かったわ。この時代の子供でも知っていることすら、私は知らないのよ。


「今は休むことだけを考えて。勉強は逃げないから」


 そうね。少し焦っていたかもしれない。一人だけ未来に放置されてしまったから、何かしていないと落ち着かないのよ。


 アルフレッドに促されるままベッドに寝転んだ。その拍子に枕元に置いていた手帳が床に落ちてしまったわ。


「これは?」

「やりたいことを書いているのよ」

「やりたいこと?」

「ええ。試してみたいことがたくさん出てきたの。でも数が多すぎて混乱しそうだったのよ。だから文字にして整理している最中」


 達成したら上から線を引いて、一目で分かるようにするの。


「見てもいいわよ」


 アルフレッドは丁寧に手帳を開いた。壊れやすい文献を扱う時と同じね。手帳は新しい物だから簡単に破れないわよ。


「一番最初に、走りたいって書いたのか」

「そう。土の上をね。草原でもいいわ」

「馬に乗りたい」

「乗馬は得意なのよ。でも久しぶりだから大人しい子がいいわ」


「発掘調査に同行したい」

「研究室で発掘品を見るのは楽しかったわ。今度は埋まっているものを掘り出す作業に参加したいの」

「エリンドラが元気になったら、手伝ってもらおうかな」


 断られるかもしれないって思っていたわ。その場しのぎの嘘じゃないのは、目を見れば分かる。嘘つきはどの時代にもいるから。


「このブランモール語で書いてあるのは?」

「該当する言葉を知らなかったの。研究室で聞いた言葉だけじゃ足りないわ」

「なるほど」


 ごめんなさい。嘘よ。


 あなたが見ているところには、アルフレッドと手を繋ぎたいって書いているわ。もし誰かに手帳を読まれたら恥ずかしいじゃない。どうしても私一人の秘密にしておきたかったの。


 手帳を私に返したアルフレッドは、ゆっくり休んでくれと言って部屋を出ていった。あまり長居をしたら私が休めないから、ですって。部屋に入ってから出ていくときまで、私を気遣ってくれるのね。


 アルフレッドとブリサリスの王子。肩書は同じ王子なのに。全然違うわ。あんな夢を見たせいか、どうしても比較してしまうわね。


 私はアルフレッドの気遣いが嬉しかった。でもソフィアは違ったらしくて、アルフレッドに注意したらしいわ。未婚女性の部屋に入って、寝る姿の私に会ったことが問題なんですって。見舞いの品を持っていかなかったことも。王子という立場の人間がやることではありません、と静かに怒っていたわ。


 あまり叱らないであげてね。私も悪いのよ。だって部屋に入ってもいいと許可をしたのは私よ。だからアルフレッドと一緒に、私も叱られることにするわ。



***



 体調が戻った数日後。私は自分が養子に出されると知った。


「養子といっても、特別に何かをする必要はないわ」


 オフィーリアと二度目の茶会をしたとき、彼女が言った。


「この国では王族が結婚できるのは、王族か貴族だけなの」

「私はブランモールの王女だけど、後ろ盾になる国はもうない。だから仮の身分が必要なんですね?」

「話が早くて助かるわ」


 察しは悪い方だと言われた私だけど、手がかりを出されたらさすがに分かるわ。


「結婚は強要しないけれど、身分は必要よ。息子の恩人には、相応の礼をしないと」

「私がアルフレッド様と結婚する前提で話が進んでいるようですが、反対しないのですか? 自分で言うのもなんですが、古代王国の王女を名乗る不審者かもしれませんよ」


 説得の手間が省けるのはいいけれど、順調すぎても警戒するわよ。


「あなたを診察した医者は、この国で最も優秀と言われているわ。その医者が、あなたは長い間石化していたと診断したのよ。現代人が知り得ない情報も持っている。息子の研究が認められるきっかけになった人を冷遇するなんて、愚かなことはしないわ。あなたさえ良ければ、アルフレッドを選んであげて」


 安心したわ。研究室で読んだ本の中には、嫁姑問題や確執が取り上げられていたのよ。現代も愛憎あふれる関係がみんなを悩ませているのかと身構えていたわ。杞憂だったみたい。


「……じゃあ、息子さんを私にくださいという台詞は、永遠に使えないのですね」


 ちょっと言ってみたかったのに。

 オフィーリアは楽しそうに笑い飛ばした。


「あの子でよければ、いつでもあげるわ」


 まるで猫の子供を譲るような軽さね。


 許可が出たことですし、遠慮なくアルフレッドはもらっていくわ。たしか横恋慕をしてくる人がいたら、知恵を絞って正論で殴るのが最適解だったわね。恋愛小説って本当に参考になるわ。


「では、これからオフィーリア様のことは、お義母様とお呼びするべきでしょうか」

「公式な場でなければ、喜んで」


 一瞬だけ、オフィーリアの瞳の奥が光った気がした。やっぱり一定の距離を保つのが正解だったかしら。後で家庭教師に聞いてみるわ。



***



 エリンドラが帰ったあと、オフィーリアは自室で物思いにふけっていた。


「親孝行な息子ですこと。ようやく夢が叶うわ」


 オフィーリアはずっと娘が欲しかった。


 娘を産んだら、可愛らしいドレスを着せて、可愛い髪飾りをつけてあげるのが夢だった。他人の子供が舌足らずでも大人びたことを喋る様子を、何度羨ましく思ったことか。年頃に成長した娘に、貴族社会のことを少しずつ教えていくのも楽しそうだ。


 息子のアルフレッドのことはもちろん愛しているが、男児と女児では可愛いの種類が違うとオフィーリアは思う。


 初めてエリンドラを見たとき、儚げな様子が気になった。着ているドレスは似合っていたが、自分ならもっと彼女の魅力を引き出せるはず。そう思ってしまった。


 ――まず色ね。それから髪型も工夫したいわ。彼女についているメイドと接触できないかしら。もっと、こう、人間離れした雰囲気にしたいのよ。顕現した精霊ってこんな感じかしら、って見た人に思わせるような!


 イスにじっと座ったまま、オフィーリアは頭の中に想像図を描いていった。


 ――アルフレッドは良い子を連れてきてくれたわね。あの子の研究も大切だけど、私は早く社交界で彼女を自慢したいのよ。義理の娘です、可愛いだけじゃなくて、研究を手伝えるほど聡明なのよー。うちの息子は幸せ者だわぁ……って、さんざん見下してきた王妃に言いたいわ。あの女、私が一人しか産んでいないことを長年ネチネチと……。


 内心で本音を吐露したオフィーリアは、手に持っていた扇子が音を立てたことで我に帰った。力を入れすぎてしまっていたらしい。


 ――教育を待ってから結婚なんて、悠長なことは言ってられないわ。他の貴族があの子を見つける前に囲い込むのよ。余計な手出しをされないようにね。


 エリンドラの顔が知られていない今なら、冴えないアルフレッドが世間体のために結婚したと誤解するだろう。わざわざ平民を貴族の養子にするなんて酔狂だと笑わせておけばいい。彼らが真相に気がついた時には、もう手遅れになっているのだ。


 アルフレッドとエリンドラがお互いにどう思っているかなんて、二人の態度で丸分かりだった。社交界で長年戦ってきたオフィーリアの目には、初々しさが新鮮に映る。そんな二人の様子を特等席で鑑賞していたい。そのためには、余計な横槍はなんとしてでも排除しなければならなかった。


「でも私がでしゃばりすぎるのも良くないわね。ああっ。匙加減が難しいわ」


 だが嫌いな悩みではない。心が躍るのは久しぶりだ。

 オフィーリアは上機嫌で扇子をテーブルに置いた。

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