元石像、職を得る2
結論から言うとね、コンサートは大成功だったわ。
聞き慣れないけれど、どこか懐かしい旋律。知らない言語で歌われる、知っている古い詩。風変わりな格好をした楽師と歌手。興味を惹かれないはずがないの。
でも珍しさで客を呼べるのは二、三回までよ。これ以上は、質で勝負しないと客がついてこないの。だからコンサートは二回だけでおしまい。
もっと公演すべきって声もあったけれど、私たちの腕前が伴っていないのよ。趣味でやってきた素人ですもの。惜しまれているうちに去っていけば、お互いに良い思い出で終われるわ。
「エリンドラはそれでいいの?」
「ええ。歌うのが楽しいうちに身を引きたいわ」
アルフレッドは私がやりたいって言ったら、支援してくれるみたいだけど。私の気持ちは変わらないわ。
二回目のコンサートが終わった後、私たちは出資者や賛同者を交えて夜会を開いていた。お礼とか挨拶とか、言わなきゃいけない人がたくさんいるの。アルフレッドは彼らの顔や名前を全て知っていたから、私は隣で微笑んでいるだけだったわ。
どうして一度しか会ったことがない人の名前を覚えられるのかしら。アルフレッドの記憶力を少し分けてほしいわ。
「アルフレッド。研究室に引きこもっているかと思えば、面白いことを企画していたようだな」
挨拶を終えて休憩しようとしたころ、嫌味ったらしい声がかかったわ。
見事な金髪の男性ね。歳はアルフレッドと同じくらいかしら。初対面だけれど、どこかで会ったような感じがする。
こちらを見下す態度が隠れていないわ。せっかく格好良い見た目に生まれてきたのに、その態度で魅力が半分以下になっているわね。
「……彼はギルバート。俺の兄だよ」
お義母様が産んだのはアルフレッド一人だけ。ギルバートは王妃の第二子よ。つまりアルフレッドとは半分だけ血が繋がった兄弟ということになるわね。誕生日が一週間だけ離れているって聞いているわ。
年齢が近すぎるとね、何かと比較されるのよ。私の五番目と六番目の姉様たちは、そのせいで仲が悪かったの。どちらが優れているか、いつも争っていたわ。
「俺が支援している劇団が、人気を取られるのではないかと危惧していたぞ」
「ご冗談を。こちらはあくまで素人の趣味です。本物の劇団とは比べようもない」
「どうだかな。お前に資金集めの才能があることも初めて知った。その才能を、もっと他に活かせばいいものを」
ギルバートはアルフレッドを褒めているようで褒めていないわね。余計なことをせずに研究だけしていろ、もしくは世の中のために働け、という意味かしら。たぶん彼はアルフレッドがどんな功績を積んでも、決して認めないわね。永遠の見下し要員なの。
思い出したわ。この人、私の元婚約者に似ているのよ。直情的じゃないところは違うけれど、見下してもいい相手を前にした態度がそっくり。
懐かしいわ。いいえ、嬉しくないから懐かしいと言ってもいいのか分からないけれど。
「君がアルフレッドの愛人か」
ほら、この目。どこまで虐めてもいいのか見極めている最中よ。口をきくことすら馬鹿馬鹿しいって思っているのに、わざわざ相手をしに来るの。もしかして、自分で自分を虐める趣味でもあるのかしら。嫌いなら放置すればいいのにね。
ギルバートは私に話しかけているようで、遠回しにアルフレッドを小馬鹿にしていた。
口を挟まないのか、なんて思わないで。この性格の人って、途中で反論すると怒るのよ。余計に面倒なことになるわ。
「兄上はこういった場に興味ないと思っていたのですが?」
アルフレッドがさりげなく話題を変えた。ここでギルバートに意見をしても、場の空気を悪くするだけですもの。良い方法だと思うわ。あまり平和的じゃない空気を察して、みんなが注目し始めているから。
「なに、頑張っている弟の顔を見に来ただけだ」
あら。馬鹿にしに来ただけだと思っていたわ。
私はうっかり喋りそうになった。考えなしに喋って、監禁された過去を繰り返してはいけないわ。せっかくアルフレッドが誘導しようとしているんですから。さりげなくギルバートと私の間に入って視線を遮ろうとしていたり、矛先が向かないようにしてくれているのよ。彼を背後から攻撃するようなことをしたくないわ。
こんな時、二番目の姉様なら皮肉が効いた素敵な言葉を返すのに。言葉のナイフで、相手の懐を思いっきり抉るようなことを言うの。私も姉様を見習って、ギルバートの心を折る一言を考えてみようかしら。
けれどギルバートは私の反撃なんて待ってくれない。一方的に話を続けた。
「君も付き合う人間はよく考えた方がいいんじゃないか? アルフレッドのどこに惹かれたのか知らないが――」
「アルフレッドの良いところなら、たくさんあるわよ」
ようやく私にも分かる話題が来たわ。ギルバートはここで私が喋ると思っていなかったのか、少しだけ怯んだみたい。
「……へえ。例えば?」
「まず、悪口を絶対に言わないわね」
周囲で事態を見守っていた人の間から、一瞬だけ笑い声がした。ギルバートがそちらへ鋭い視線を向けると、みんな顔を背けたわ。
私はそんなことお構いなしに喋るけれど。
「どんな人でも、一定の敬意を払っているのが伝わってくるの。意見が合わない人だろうと、否定から入らずに理解しようとするのも長所よね」
ギルバートは口を挟もうとしていたけれど、ちょうどいい言葉が出てこなかったみたい。
「私が分からないことを質問しても、面倒がらずに分かりやすく教えてくれるのよ。理解できるまで付き合ってくれる優しさとか、自分の専門分野以外の知識も幅広いところも素敵だわ。それでね、知識があっても自慢しない謙虚さも持っているのよ。熱中しすぎるところは欠点かもしれないけれど、見方を変えれば集中力がすごいってことよね。真剣な横顔を見るのが好きなのよ」
二番目の姉様のように、皮肉を言う必要なんてなかったわ。アルフレッドの長所なら、いくらでも出てくるもの。私は私にできることをするのが一番ね。誰かの真似をしても長続きしないわ。
「エ、エリンドラ……もうそれぐらいで……」
「どうして? まだアルフレッドの素敵なところを全て話していないわよ」
「まだあるのか……」
アルフレッドったら。逃げたいって顔して止めないでほしいわ。この際だから、あなたの良いところを盛大に知らせたいの。
周囲には聞いてくれる人が大勢いるのよ。彼らの顔を見てよ。アルフレッドを見る目が優しいわ。私が喋るたびに頷いて同意している人もいるの。みんな同じことをアルフレッドに対して思っていたのよ。
「君たちがお似合いだとよく分かったよ」
うんざりした顔でギルバートが吐き捨てるように言った。
「ありがとうございます。お義兄様にそう言ってもらえて良かったわ」
「……嫌味すら通じないのか。これだから教養のない平民は……」
ギルバートは小声で言ったけれど、全て聞こえているわよ。
それにしても現代の表現は難しいわね。言葉通りの意味だと思ったのに。
「とにかく、アルフレッド。お前は自分の立場をよく考えて行動するんだな」
会話は終わりだと言わんばかりに、ギルバートは挨拶もなしに離れていった。唐突に来て唐突に帰っていく人ね。
「まだ言いたいことが沢山あったのに」
「いや、もう十分だから」
アルフレッドはそう言うけれど、私は満足していないのよ。周囲の人たちも、まだ聞きたいって顔してるわ。
「そんなことより、君の音楽仲間が向こうから呼んでるぞ。歌を希望されたんじゃないか?」
そう言ってアルフレッドは私を誘導し始めた。確かに進行方向には楽器を持った人たちが手招きしているけれど。
仕方ないから今回は諦めてあげるわ。
夜会から一ヶ月後、私は神殿で取り調べを受けていた。それとも裁判なの?
「エリンドラ。不特定多数に呪いをかけた容疑がかかっている。身に覚えは?」
神官が私に尋ねた。質問の形をした事実の確認というやつかしら。
不思議ね。どうしてこうなったの?




