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顔がなくなった血塗れの死体を蹴って、反応がない事を確認する。蹴った時に異能力の反応もなかったので、これが異能力で作られた偽装の死体でない事も一緒に確かめられる。
これにて無茶な任務も終了。最初、任務を聞かされた時は正気を疑った。1人で潜入する事なら慣れているので良かったのだが、2人な上にその相方がまたしても何も知らない先輩だ。
何も知らない、何もできない彼を連れていくのは数以外のメリットが肉壁にするしか思いつかない。それでも今回はよくわからない力を使ってアシュリーの家族兼構成員である兄弟達を数人倒していたが。
「本当に無茶苦茶な任務でした。一体どういう意味を持たせる意図があって組ませたのか、結局最後までわからず仕舞い」
血塗れの悲惨な現場を見渡しつつ、エレベーターの前で伸びているクロの前まで歩いて近づく。槍状に変化させた天使を維持するのは人型として実態化するよりも負担が軽い。それでもずっと維持し続けるのは大変なので、敵が居ない時はできるだけ引っ込めている。
それがまさか仇となるとはつゆしらず。
厄介な敵を葬った事に油断して、姿を消した敵構成員がいる事に疑問をもてなかったのが不味かった。いや、疑問には思っていた。だが、今この瞬間に至るまで思い出すことができなかったのだ。
パンッと1発の銃声が廊下に響き渡る。音が鳴った方角はこちら側から見て左斜め後ろ。距離は近からず遠からず。パーティー会場とされていた扉ではないかと推測できる。銃弾は肩を掠め、そのまま壁へと弾痕を残す。
「外した。普段ならこのくらいの距離なら外さないはずのに。殴られた後遺症か?」
「ジャックは殴られる前からいつも命中精度が良くないですよ。他人の所為にするのは辞めてください。ほら、わかったなら返してください。次は自分が撃ちます」
扉から出てきたのはクロによって伸びていた双子の少年。その片割れ、吊り目だと側から見てもわかりやすい少年の片手には拳銃がある。
それが誰へ目掛けて撃たれたのか、そんな事は口にしなくてもわかる。つまりまだ敵は残っていたのだ。敵の本拠地と言っても過言ではない場所なのだから、こういう事態も想定しておくべきだったのは完全に落ち度だ。
心の中で反省しながら、引っ込めた槍をもう一度展開する。この距離のない間合いなら、殴った方が確実に2人を片付けられる。しかし、そうしないのは1度形状変化させると、違う形状に変化させる時に無駄な負荷がかかる。
ならば攻撃的な形態である神槍状態で、しっかりと蹴りをつける方が今後の伏兵の事も考える事ができる。そう言い聞かせる。
「そのまま気絶しておけば、無駄な血を流す必要はなかったんですが。私は子供だからと言って手加減しないので、生きているとわかれば始末します」
2人の方へ向き直り、槍を高速で差し向ける。部屋の中に逃げる隙は与えない。
天使として実体化している時は半径3m程度までしか喚ぶ事ができない。しかし、槍状ならば目に見える範囲内でならば自由に動かせる。
会場に一歩逃げられれば届かなくなる上に、寝ている会場の人間を巻き込まないように配慮しながら戦う必要も生まれてくる。
誰かに配慮なんてのは1番苦手だ。先輩だろうと上官だろうと関係ない。誰であろうと今ある自由を奪わせはしない。
その時、アハトの青い目が更に色濃く光っていた事には誰も気づかないままで、双子は飛んでくる槍を無視して指を差す。
「「だってさ、姉さん」」
双子が声を揃えて言った言葉。意味を理解するまで何回も頭の中で言葉を反芻させる。
(彼らが姉と呼ぶ存在は1人。けれど、奴の死体は後ろに。……後ろ、また後ろから気配が!)
ヒヤリと冷たい感触が背後から襲う。今の今まで消えていた異能力の気配と刺すような視線。アシュリーの異能力を使った気配が何を示すのか、そんな事は考えなくてもわかる。
自身が避けようにも防御の態勢を取るにも、気配は近いのでもう間に合わない事が直感でわかる。槍は双子の方へ飛ばしてしまっているので、今から戻していては遅すぎる。
それでも何か行動に移さなくてはならないので、背後にいるであろうアシュリーに向けて拳を向ける。しかし、向けた拳は届くことはなく、後ろから鼻に回されたハンカチの様なもので息を吸ってしまった事で意識が一気に朦朧とする。
「はい、2人目もお終い」
その言葉を最後に意識は完全に失われた。




