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異世界帰りのアルバイター  作者: 糸島荘
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「おはようございます。気分はどうですか?」


 薄暗い空間の中、火が灯る蝋燭だけが置かれた机を挟み、椅子に腰掛ける老齢の男。シルクハットに杖を持つという紳士然とした服装は、まるで時代に合っていない服装なので只者ではない雰囲気を感じる。


「ここは一体?……ッ!体が動かない。椅子に何かで縛り付けられてるのか」


 両手足にできるだけ力を込めるが、強く縛り付けられておりピクリとも動かない。吸血鬼としての力も失っているようで、人間以下の力しか入らないのも原因かもしれない。


 首輪の何かが発動した後、何があったのかはわからないが光も差さないこの場所を見るに、見知らぬ場所に監禁されているのだろう。


「落ち着きたまえ。そう暴れなくてもすぐに解放して差し上げます。私の質問に答えてくれたら、ですがね」


 執拗に顔をシルクハットで隠し、顔の全体像を見せたがらないところから怪しさが満点だ。辛うじて見える口元には立派な白髭が生えており、老齢である事を強調している。


「お前は誰だ。俺をこんなところまで連れてきて、一体何が聞きたいんだ」


「おっと、これは失礼しました。私は異能力対策課本部情報課課長の佐々木と申します。あなた様からみれば、上司という形になりますね」


 肩書きは凄く偉そうだ。実際、偉いのだろうが情報課というものがあるというのは初耳だ。これは自分の知識不足というよりも、元々情報課なんてものがあるという事自体知らされていなかった。


 末端構成員如きに情報を全て開示するわけないので仕方のない事だが、やはりこの組織はあまり信用できない。そして目の前に座る老齢の男も信用できない。簡単に名前を教えられたが、偽名である可能性が高いだろう。


 自称、佐々木は「よろしく」と言いながら、帽子を顔の前まで持っていき、少し頭を下げてすぐに帽子を戻す。器用に顔だけ隠しているのも、ここまでくれば感心に値する。

 

「黒さん、あなた様には聞きたい事が幾つもあります。それはあなた様自身もわかっておいででしょう。ですので簡潔にいきましょう。あなた様は異世界からの帰還者ではないですか?」


「……どうしてそう思ったんですか。異世界なんて眉唾物の話、あるはずないじゃないですか。そんな夢みたいな話、小説やアニメの中だけですよ」


「一般的にはそうでしょう。ですが、それは異能力も同じではないですか?たまにいるんですよ。異能力とはまた違う、別の何かを持ち合わせているあなた様のような人が」


 ここで初めて男と目が合う。佐々木の目は驚くべき事に黒目がなく、目の色が全て白色の濃さだけで構成されている。その目からは薄気味悪さよりも、何処となく圧を感じる目力だ。


 圧を感じて体が震えた事がバレたのか、佐々木はまた顔を隠し、椅子から乗り出していた姿勢を正してまた話を続けだす。


「おっと、すいません。ですが、使われていた異能力は申請されていた再生の異能力を、逸脱した力を行使していたのは確認済みです。その点については説明してもらう必要がありますよ」


「自分の力を隠そうとするのは当たり前だろ。お前達は国家公認の組織だと言っていたが、今まで生きてきて聞いたこともない組織だったら警戒もする」


「そうでもないですよ。未知の力は人を不安にさせます。そんな時、国が認めている組織が手を貸してくれると言われればどうですか?自分の身に何があったか全て話したくなるでしょう。藁にもすがるような思いでね」


 それは一理ある。異能力者は世界的にも少ないと言われている。ネットやニュースで噂されることは度々あるが、核心をついた情報はいつも流れない。


 そんな中で異能力者になった者は誰を頼るか。家族や友達には頼れないとなると、頼れるところは少ない。とは言ってもそこから露出していない組織である異能力対策課に連絡がいく訳でもないので、見つけられる理由はわからないが異能力対策課から連絡をしているのだろう。


 仕組みを知りたいとは凄く思ったが、今考えるべきはそれじゃない。ここからどうやって脱出するかを優先して考えるべきだ。


 だからと言って、異世界についての事を話すべきだとは思わない。幸い血を飲んで吸血鬼の力を発動させなくても、再生自体は常に発動している。どれだけ痛めつけられようと死ぬ事はないので、時間をかけてでも脱出方法を探すしかない。


 覚悟を決めて、向かい合って座る佐々木を見る。相変わらず目は合わないが、溜息を大きく吐き、心底呆れたような声を上げる。


「その顔はどうやら話すつもりがないようですね。黙秘権を使うのは当然の権利なので構いませんが、拘束時間が長くなるだけですよ」


「上等だ。何時間だって、何日だって付き合ってやるよ」


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