“過失と責任-中編-”
剣助は、折れた剣を探して山道を歩いていた。折れた刃の方は回収してあるが、柄の部分はまだ見つかっていない。そんなもの見つけたところでもう意味はないかもしれないが、大事な家宝をこのまま放置しておく気にはなれなかったのだ。
岩の下や草の間、木の根の隙間など、ありとあらゆる所を探したが、どこにも見当たらない。どの辺に落ちているかも分からないので、途方も無い。
「はぁ……」
探しながら、さっき水青に言ってしまったことを思い出す。
段々冷静になってきて、感情をぶつけてしまったことを深く後悔していた。
──あんなこと言うべきじゃなかったのに。
自分に腹が立って、思わずそこにあった木を殴り付ける。すると、強く殴りすぎたのか元々腐っていたのか、直径20cmほどだった木は折れてしまった。
「うわ! や、やべ。ゴメン」
剣助は木に謝った。
木は刺々しい切り口を剣助に向けている。それを見ていたら、ふと槍太の胸が切り開かれた光景がフラッシュバックした。
思わず目をつぶり、拳に力が入る。
その時、
「何やってんだよ」
後ろからふいに声を掛けられた。声だけで分かる。闇奈だ。
剣助は不貞腐れたように振り向き、いじけたように言う。
「様子見てこいって、刀矢さんが言ったのか?」
すると闇奈は、呆れたように剣助を見た。
「自惚れるんじゃねぇよ。誰もオメーなんて心配してねぇよ。……ひめ以外はな」
「へ?」
意味深な最後の言葉に驚いたが、闇奈はそれ以上説明しようとはせず、背を向けて歩き出した。
「残りの半分探しに来たんだろ? 探知機になってやるから、早く探そうぜ」
そう言いながらスタスタ歩いていく。その、探知機という言葉の意味が一瞬分からなかった剣助だが、初日に闇奈が言っていたことを思い出して納得した。
(あそうか。何か剣の気配が染みついてるとか言ってたな)
今まで色んな気配を察知してきた闇奈なら、剣の気配が分かってもおかしくない。ここは闇奈について行った方が効率的だ。
そう思い、剣助も後について歩きだした。
およそ5時間後。
山から少し外れた修験洞の入り口付近で、それは見つかった。
「まさかこんなとこにあるとはな~。山ばっか探しても見つからねぇわけだ」
剣助は折れた剣の柄を握ってため息をついた。もう無くさないように、それを腰の帯に差し込む。
捜し物も無事見つかって、更に冷静になると、水青のことが気になってきた。
辺りはもう日が落ち、月が出ていた。この時間なら、もう皆部屋へ戻って休んでいるだろう。このまま家へ戻っても、皆に合わせる顔がない。
「あ、闇奈あのさ」
剣助は闇奈に相談してみようかと思い、おずおずと声をかけた。
静かに振り返り、じっと自分を見つめる闇奈。その凛とした表情を見ていたら、弱音なんか言えなくなってしまった。
剣助が黙っていると、
「剣助。ちょっと話さねぇか?」
闇奈から話を持ちかけてきた。
剣助は驚いたが、相談するきっかけが出来たのでホッとして、頷いた。
町から少し離れた木の下に、二人は並んで腰掛けた。
月は急に現れた薄い雲に覆われていて、辺りは暗く、お互いの顔ぐらいしか確認できない。
闇奈は、じっと真正面を見ていた。
剣助はいてもたってもいられずに、すぐに口を開いた。
「闇奈……」
「ん?」
「あの、水青は?」
「ああ。落ち込んで、ずっと黙ってる」
予想通りの言葉に、剣助は俯いて頭を抱えた。
「俺……ひでぇこと言っちまった」
「うん」
「八つ当たり、だったんだ」
「うん」
「剣が折れちまって、槍太も、あんなことなって……俺、パニくってて、どうしたらいいか、わかんなくて」
「うん」
闇奈は、取り繕ったりフォローしたりはしなかった。しかし、ただ聞いてくれているそんな態度が、剣助には有り難かった。
「サイテーだよ。俺、サイテー……ホント最低だよ。なんて謝ったらいいか、全然わかんね……」
剣助は取り返しのつかないぐらい水青を傷つけてしまったと、たまらない気持ちになった。しかし、闇奈は真正面を見たまま意外なことを言った。
「謝らなくていいさ」
「え?」
剣助は顔を上げて闇奈の横顔を見た。すると、闇奈はゆっくりとこちらを向き、剣助の目を真っ直ぐ見て言った。
「謝るなよ。剣助」
そして、また目線を正面に向けて語り始めた。
「剣助。私たちはな、未熟なんだ。これから先、色んな間違いやると思う。もしかしたら、同じ間違いばっか何度も繰り返すかもしれねぇ」
剣助はじっと闇奈の横顔を見ながら聞いている。闇奈は相変わらず真正面を見て続けた。
「どっかで誰かが否定してくれねぇと、見失うことだってある。力が強ければ強いほど、それは危険だ。誰を殺しても、傷つけても、肯定されてたら……何も感じなくなる。力が正しく使われなくなっちまう。私たちは、そうなっちゃいけねぇんだ」
闇奈はやっと剣助の方を向いて、剣助の肩に手を置いた。その手は、温かかった。
やんわりと罪悪感を刺激してくれる、優しい温もり。
「剣助──」
涙腺がゆるくなってきたのが分かる。
「お前は間違ってない」
涙が溢れた。
「私たちには、お前が必要なんだ。今のままのお前が。だから謝るな。この世界に染まるな。自分を曲げるなよ。そのままで、見守っててくれよ」
人を思いやる心を強く持っている剣助のような人間が、この先強大な魔力を身に付けて変わっていってしまうであろう自分たちが、道を踏み外さないためには絶対必要な人物だと、闇奈は思っていた。
罪悪感を包み込まれて、剣助は膝を抱えてボロボロ泣きだした。
(俺、なんでこんな事言われてんだ? 俺だってひでぇことしたのに)
剣助だって、わかっていた。水青がワザとやったわけではないこと。その責任を自分が追及出来る立場ではないこと。
自分だって、ゴロツキや密月を斬った。
誰かを守る為であったとしてもそれは、他の誰かに傷を押しつけたことになる。
その事を自分の中で容認しておきながら、傷ついたのが槍太だったからといって水青を責めるのは、理不尽なことだ。
しかし、闇奈はそれは間違っていないと言った。
その理由が、バカな自分でも何となくわかったように思えた。
「闇奈。俺が間違った時は、否定してくれるか?」
「ああ。私たちはこれから、否定し合いながら進まなきゃなんねぇ。そうじゃねぇと、お互いに自分を見失ってく。その時は、遠慮しねぇよ。こっちも頼むぜ」
闇奈は肩をポンポンと叩いて、また正面を向いて剣助の涙が止まるのを待った。
「闇奈。あのな」
涙も一通り流し、枯れ始めたら剣助は口を開いた。
「俺、お前が槍太かっさばいたこと、別に気にしてねぇよ」
「えっ」
闇奈は目を丸くした。なぜ自分の心配事がわかったのだろう。
「お前のことだから、俺がビビってると思ったんだろ? バカにすんなよな」
剣助は鼻をすすって笑った。
「平気なのか?」
「別に。結果オーライだろ。あの時槍太は死んでたんだし。やるだけやって、助かったんだからいいじゃねぇか。お前こそ間違ってねぇよ」
闇奈は拍子抜けした。バカで繊細な剣助にしては図太い。
「へぇ。逞しくなったじゃねえか。6歳までぬいぐるみ抱いて寝てたくせに」
恥ずかしい思い出を利用して照れ隠しをする闇奈。剣助は慌てた。
「な! か、関係ねーだろ! てか火芽香には言うなよ!? 絶対!」
「わかったよ」
闇奈は安心したように笑った。
「あそうだ。剣助。朗報があるぞ」
闇奈はそう言って剣助の腰からパッと柄を取ると、フリフリして見せながら微笑む。
「コレ、直るかもしれねぇ」
「マジか!?」
思いがけない朗報に、剣助は身を乗り出す。
「マジだ。ここから東にある町に、コレ作った奴が住んでるらしい。そいつに頼めば、なんとかなるかもしれねぇ」
「な、なんでそれを早く言わねぇんだよ!?」
「なんで? 出発は明日だぜ」
「そっそういう問題かよ!?」
「いいじゃねぇか。明日は来るんだ。バカにもアホにもな」
「……それ俺のこと言ってんのか?」
「さぁ」
闇奈は笑いながら剣の柄を剣助に返すと、すっと立ち上がった。そしてちょっと意地悪そうな笑みを浮かべると、言った。
「じゃあ、帰ろうぜ。ひめが待ってる」
剣助はドキッとした。




