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“死の淵-後編-”

「婆さん、気功って、他に使い道ねぇのか?」


 15歳だったある日。闇奈は家の道場で祖母と気功術の練習をしていた。


もう気功弾は威力もコントロールも完璧だったのだが、出来るのがこれしかない事に物足りなさを感じていたのだ。


「そうだねぇ。気功は生命エネルギーそのものだから、軽い症状なら治療もできるよ。傷を治したりは無理だけど、そうだねぇ。気付け薬ぐらいにはなるかね」


「ふ~ん。試してもいいか?」


「なにで試すんだい?」


「そりゃモチロン──」


 トン! と祖母のうなじを叩き、気絶させた。早速『気付け薬』の練習を始める。


「よし。え~と、こうかな? ……だめか。じゃあこうか?」


 闇奈は、祖母の胸に気功を当てたり、首に当てたりして色々試行錯誤したが、どれも失敗だった。


 そんな時、祖母が自然と目を覚ました。


「おっ。婆さん、起きたか。色々やってみたんだけどよ~──」


 言い終わらないうちに、闇奈の体は吹っ飛ばされた。祖母も気功弾の使い手だ。


「人を実験台に使うんじゃないよ!」


 怒鳴る祖母の声はハッキリとは聞こえなかった。気功弾をまともに食らった闇奈は意識が混沌としている。


「まったく。そんなに知りたいなら、身を持って体験してごらん」


 祖母はそう言うと、闇奈の口や首に手を当てた。


「呼吸はオッケー。脈もオッケー。じゃあ、頭だね」


 一通り触診を終えた祖母は、闇奈の額に手を当てて、手の平をぼんやりと光らせた。


ほんのり温かい、心地のいい感覚だ。少しして、闇奈の意識はハッキリした。


「わかったかい? ただ適当に気功を当ててもダメなんだよ。どこに当てればいいのか見極めて、集中して当てるんだ。人体は皮膚が邪魔になってるから、内部まで届かせるには局所的に当てるしかないんだよ。よく覚えときな」




**



(気功は……生命エネルギー……局所的に……集中して……当てる所を見極めて……皮膚が、邪魔?)



 祖母の教えを思い出した闇奈は、一つの可能性を見出した。手に持っている剣の刃を見る。



(邪魔なら、とっぱらえば……効くかもしれない!)



 一つの作戦を試すことを決心した闇奈は、槍太が着ていた(はかま)(えり)を思いっきり開き、胸を露出させた。


そして、槍太の腰にくくられていた水筒を取り、胸の上で刃にバシャバシャ水をかけて洗った。


そして、キレイになった刃を口にくわえると、今度は自身の手も洗った。


最後に、残った水を全て槍太の胸にかけて泥を洗い流すと、水筒を投げ捨てて、神社のお参りのように手をパンパンと二回叩いてそのまま合掌して祈った。



(神様。成功させて下さい。やるしか……ないんです)



 それを見ても剣助は、相変わらず呆然としていた。


 闇奈は決心したように目を開けると、口にくわえていた刃を手に取り、切先(きっさき)を槍太の胸に当てがった。


「な、なにすんだ? 闇奈?」


 剣助はやっと口を開いた。


「どうせ死んでんなら、やるだけやってやる!」


 闇奈は唇を噛んで槍太の皮膚に刃を食い込ませた。


「闇奈!」


 突然死体を切り始めたことに驚いた剣助は、とっさに闇奈の腕を掴む。


 闇奈は一瞬ビクッとして手を止めた。


「てめぇ……さっわんじゃねーよ! 手元が狂うだろが!」


 そう怒鳴る闇奈のすごい形相に、剣助は思わず手を離す。


 闇奈は再び集中した。もし、深く刺しすぎてしまったら、元も子もない。


 再び剣の切っ先を槍太の胸に当て、ゆっくりと切開していく。死亡しているせいか、出血には勢いがなかった。


(心臓……この辺りのはずだ。頼む。破裂してないでくれ)


 祈りながら徐々に深く切ってゆく。


 剣助はガタガタ震えながら開かれていく皮膚を凝視していた。


 やがて、闇奈の手は止まった。


 ──あった!


 数々の血肉や骨の向こうに、柔らかさを失った心臓を見つけた。心臓は、破裂せずに原型を保っていた。


闇奈は刃を投げ捨てて、右手で心臓に触れた。


冷たい血や肉がまとわり着く気色悪さを振り払うように、目をつぶって集中した。


手の平から淡い青白い光りが溢れ出す。



(動け……動け……頼む!)



 闇奈は強く祈りながら槍太の心臓に有りったけの気功を注いだ。



(動け……動け……槍太! 動かせ!)



 語りかけるように祈り、手の平から溢れる光は槍太の体内に満ちていく。


その時、僅かではあるが手の平を押し返す感触がした。


 闇奈はハッとして目を開けた。


「動け! もっと動け!」


 その言葉に従うように、心臓はより強く動きだす。


「これなら助かる!」


 闇奈は心臓に手を当てたまま、槍太を抱き上げると靴を脱いで足の裏から気を撃って飛び上がった。


難しいので滅多に使わない技だが、不思議とすんなり使えた。


 崖の上に着地すると、


「お前は待ってろ!」


 剣助にそう言って飛び降りて行った。



ーー



「風歌ぁー! 風歌! どこだ!?」


 槍太を抱えたまま崖下に着地した闇奈は、そのまましゃがんで立てなかった。槍太は身長186cmもあるため、バランスが取りづらい上に重い。これほどの高さから飛び降りると、さすがに足にダメージがくる。


 幸い、風歌は聞き付けて来てくれた。 


「あ、槍太……!」


 槍太を見つけて一瞬は安堵した風歌だったが、胸にめり込んでいる闇奈の手を見て、愕然とした。


「早く! 治療してくれ! 蘇生はやってある!」


「あ、う、うん」


 戸惑いながらも、すかさず風を起こす。


 闇奈は風が吹き始めたのを確認すると、槍太を地面に置いて心臓から手を離した。


心臓は弱々しいながらも規則的に動いていた。それにひとまずはホッとしたが、また別な心配があった。


(消毒しないで触ったけど……大丈夫かな)


 闇奈は高校は看護科に在籍しているため、医療の知識には詳しい。汚い手で傷口に触ると炎症を起こし、破傷風(はしょうふう)になることがあるのを心配していた。


この問題は、槍太の抵抗力次第だ。何も問題が起きないようにと、闇奈は心の中でまた神頼みをした。


 槍太の胸の傷は見る見るふさがっていき、ぺしゃんこだった胸や腹の厚みもほぼ元通りになった。


治療魔法は、生きている状態でないと効かない。こうして傷が治っていくのが、槍太が生きている何よりの証拠だった。


 闇奈はそれを見届けると、大きく息を吐いた。極度の緊張状態が解けるのを感じた。


「風歌、任せてもいいか? 上にまだ剣助がいるんだ」


「そうなの? うんいいよ。早く行ってあげて」


「じゃあ、頼む……」


 気丈にも剣助の救出に向かおうとした闇奈だったが、立ち上がろうとして崩れるように倒れた。『気』の使いすぎである。


「闇奈!? ちょっと、大丈夫!?」


 風歌は慌てて抱き起こし、すぐに風を闇奈にも当てる。


 そこへ、騒ぎを聞きつけた密月がやってきた。


「どうした!?」


 倒れている闇奈を見て、慌てて駆け寄ってくる。


「急に倒れたの。風も効かなくて」


 風歌は困り果てて泣きそうな顔で密月を見る。


 密月が顔を覗き込むと、闇奈は朦朧としながらも口を開いた。


「上……あそこに……剣助が……」


 息も絶えだえにそう言いながら、闇奈は弱々しく剣助がいる場所を指差した。


 密月はその方向を確認すると、しっかり頷く。


「あそこだな。わかった。行くから、寝とけ」


 闇奈はそれを聞くと、手をパタッと下ろして意識を失った。



**



「なんだ。槍太お前、死ぬ気だったのか?」


 死ぬ覚悟を決めた槍太に、父は何やら意味深なことを言う。槍太は目を丸くした。


「へ? だって、俺死んだんだろ? だからオヤジとこうして」


「お前は簡単に諦めるんだな。そんなことでは叱られるぞ。見てみろ。後ろだ」


 言われた通りに後ろを振り返った槍太の目に、信じられない光景が飛び込んできた。


「う、っわ……」


 思わず後ずさる。父が指を差した先には、数えきれないほどの人がズラリと並んでいた。


その中に、死んだ祖父や祖母の姿もある。それで、これは歴代の鉄家(くろがねけ)縁者であることが分かった。


「忘れるな槍太。お前が今あるのは、これ程の人が生きてきたからだ。これだけの人の人生の上に、お前は成り立っているんだ。だから……もう太く短く生きたいなんて言うな」


 そう言う父は悲しそうに笑った。


 槍太は驚いた。そのセリフはさっき山で密月たちと会話してる時に言ったことで、父に直接言ったわけではないからだ。


「え、聞いてたのかよ?」


「俺たちは、いつでもお前を見てる。悪いことも全部見てるぞ」


 父は威圧的に言った。


「マジかよ!?」


「マジだ。ぜ~んぶ見てるからな」


「トイレとか、風呂とか。……まさか一人で部屋でする事も?」


「……じゃあ、その時は目をつぶってやる」


「そうしてくれよな~。気になって何もできないじゃんか~」


「槍太。そのぐらいにしなさい。みんな呆れてる……」


 しらーっとした先祖たちの視線が痛かった。


 その時、



 ドクン──



 突然、槍太の体がびくついた。


 直後、白い空間がボロボロと崩れ始める。


「え? な、なんだ?」


「誰かがお前を生き返らせたな。残念だったな。まだ、役目は終わらないようだ」


 父は深く安心したように、ニヤリと笑った。


 その時、急に足元が崩れた。体がふわっと落ち始める。


「わ!? お、オヤジ!」


 慌てて父の方に手を伸ばしたが、父の姿はもうなかった。代わりに、頭の中に響くような声が聞こえてきた。



《槍太……》



「どこだよ!?」



《槍太。生きろ》



「わかったって!」



《この先、彼女たちとの力の差は広がる一方だ。優しいお前は、自分の無力さに(さいな)まれるだろう》



「……」



《だが、投げ出すな》



「……」



《最後までやり遂げろ》



「……ああ」



《そして、確かめてきてくれ。俺たちが守ってきたものは、正しいことだったのか》



「え?」



《俺たちの分まで、しっかり見届けてきてくれ》



「なんだよそれ?」



《この伝統の……成れの果てを》



「どういう意味だよ!?」



《槍太。お前が息子でよかった──》



「待ってくれよ!」




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