ラブ・ゴースト
丹羽夕子29歳。
突然ですが、モテ期がきました!
あ、いや。
自己弁護させていただくと、子供の頃から、それなりにモテました。
結構、可愛かったと思います――すっぴん対決できる小学中学年のうちくらいまでは。
あなたが大人であれば同意してくれると思いますけれど、小学生でも高学年であれば――クラスに一人くらいは「はっ」とするような美少女、いますよね。
なんだよ、親はモデルなの? とか思ってしまうような――。
うちのクラスにもいました。
なんなら最近まで、多少の親交はありました――実家暮らし同士だと、そりゃ家近なので。
その子は今も綺麗です――不公平ですよね。
はい、私も元々、素材は悪くありません。
「クラスで二番目に可愛い子がうんたらかんたら」とかいうラノベジャンルがあるようですが、まあそれです――いえ、すみません盛りました。たぶん三番目か四番目くらいかもしれません。
そういう、モブに毛が生えたくらいの女子だったら、そんな美少女が身近にいた場合――。
取りうる手段は二つだけです。
一・美少女の引き立て役に徹しつつ「よくみると横にいる子もいいじゃん」とか「俺はお前の方が話しやすくて好きだよ」とかいう希少な男をひたすら待つ。
二・美少女のライバルとして悪役に徹しつつ、一定数いる悪役ヒロインが好きとかいう奇行種を集める。
当然、地味で気弱で根暗な私はどちらも選べず、小学高学年以降の立ち位置は――モブ子の、よく見りゃ少し可愛くね?――でした。
でもだから、多少ですけどまあ、モテはしましたよ。
ただ――まあこんな性格だから、結局、特定の彼氏はできなくて。
そりゃまあアラサーですから、多少は適当に遊ばれたり……遊ばれたりしましたけど――私は遊んで無い、いつも大真面目だったんですよ。
――重い?
はいはい――たまに言われました。
でも、そんな事いう人って軽い女が好きなんですか?
絶対、違いますよね?
女がチャラチャラしてたら、それはそれで叩くんですよね?
――まあ、いいです。
とにかく、磨けば光る地味子というキャラでやってきて、ようやくモテ期がきたんです。
新入の田中くん。
ちょっとイケメンの、しかし気取らない優良物件。
性格良くて仕事もできる――ので、少しばかり先輩たちに妬まれて、プチいじめみたいな事をされていた。
デスクのメモを捨てられたり、顧客からの連絡時「田中は不在です」なんて、出社しているのに取り継いでもらえなかったり。
見てられなくて、メモを拾ってあげたり、「田中くーん、電話!」とか教えてあげたりしていたのだけど、先日なんと「いつものお礼に週末、食事でも」と誘われました。
感謝の気持ちだけだろ?
いやまあそうかもしれないけれど、デートの誘いはデートの誘いだ。
文句ある?
更に、新しく配属されてきた上司の関沢課長。
バツイチだけど、少し物静かな感じの二枚目で、影があってなかなか人気。
たまたまだけれど、私と二人で職場に残る事が多く、結構色々、喋る間柄になった。
それで――?
は? それだけですけど、十分じゃないですか。
あれは脈ありますよ。
絶対そのうち口説いてきます。
だって、あのタイプの二枚目からしたら、私みたいなのはチョロいし、軽く落とせると思ってますから。
言ってて悲しくないか?
――悲しいですが、相手にもされないよりは悲しくないですよ?
はい、そんな感じで、イケメン二人が現れてのモテ期です。
つい、気持ちも明るくなって――万能感もありました。
だから――普段ならできない事ができてしまった。
体が――動いてしまった。
横断歩道を渡る小学生くらいの男の子。
暴走して、突っ込んでくるトラック。
「危ないっ」
体が、動いてしまったんです。
咄嗟に飛び出し、子供をつき飛ばし――。
あとはお決まりの……。
激しい衝撃――私の体は宙を舞い、コンクリートに叩きつけらました。
目の前は真っ暗になり、子供の泣き声とサイレンの音が聞こえた――それが生前の、最後の記憶です。
◇◇
気がつくと、私は私の体からフワッと浮き上がり――霊体になっていました。
ああ、このまま天に召されるのね――そう思って、胸の前で手を組んで、聖女のポーズで空を見上げて、フワフワッと上がって行こうとした時に、声が聞こえました。
「こっちくんな!」
――。
――。
――はあ?
なんという失礼な話。
私、子供を助けましたよね?
人生初のモテ期を棒に振って、人助けをしたのに「こっちくんな」は無いでしょう?
憤っていると、その時――強い風が吹きました。
「あーれー」
思わず変な声が出ました。
私の身体――というか霊体は飛ばされて、ビルの隙間に引っかかってしまいます。
どうやら、すり抜けたりは、しない様子。
と、ビルの向こうから、スーツ姿の若い男がやってきます。
なんか、妙に印象に残らない男です。
特徴がないというか――。
「個性、消してるから」
男がいいます。
「あ、俺、死神ね。お前――いい事したつもりのところ悪いけど、死ぬ予定じゃなかったから生き返ってもらうわ」
「はあ」
「だけど、あの体はしばらくだめだから、医者が外傷を直すまで、意識不明の体裁でスペアの中にいてくれ」
ちょっと待て。
スペアなんか、どこに転がっているの。
「無茶苦茶いわないで! 天国へ行けないなら元の体にすぐ戻してよ」
「今戻ったら激痛でショック死するぞ。なに大丈夫。今のお前は、魂――エクトプラズムだけの存在だ。虫でも人形でも、魂のない物には入り込める。肉体が回復するまで、どっかに入って過ごしてろ――あ、でも入ってる時に器が死ぬとお前も死ぬから気をつけてな」
ふざけるな。
誰が虫なんかに――ならいい、いっそこのまま霊体として過ごすから。
「ほら、いつまで引っかかってんだ。いま外してやるから、待ってろ――」
死神は私の霊体をビルの隙間から引きずり出す。
「その体はワタみたいなもんで、僅かだが質量はあるし、見える奴には見えるから、気をつけろよ」
質量――。
そういえば、霊体には重さがあるとか聞いた事がある。
「エクトプラズムの重さは21グラム。お前の元の体重からいうと――」
「言わないでいいから」
「ま、2000分の一だな。おい、それより、そのカッコで彷徨くなよ。霊感の強い子供とかには見えちゃうからな。猥褻物でトラウマ植え付けるなよ?」
はー?
何を言って――ギャアア!
「は、裸っ!なんでっ」
「なんでって、魂が服着てたらおかしいだろ」
しかし、普通――こういうのってボワって白く光ってたりして、うまい具合に隠れてるもんじゃないの?
こんなに生々しい――こ、これはただの痴女だ。
「だから、何かに入ってろって。そら、そこのカタツムリとかどうだ。なあに、運と医者の腕が良けりゃ、すぐに元の体に戻れるさ――」
こうして私は、元の体が回復するまで――
2000分の一の重さの、素っ裸がやけに生々しい幽霊になり――街を彷徨う事になったのだった。




