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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第六話 迷いの森の果実狩り

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ユグドの果実を実食

ヒュドラとの死闘を終え、一行はルミナの家へと戻っていた。

戦いの興奮はいまだ冷めやらず、三人の足取りは疲労の中にも確かな達成感を伴っている。


家の中央に置かれたテーブルには、早速持ち帰った戦利品が広げられていた。


村長の依頼であったユグドの果実。

大袋いっぱいに詰め込まれたそれは、ルミナの家の穏やかな照明の下で不思議な存在感を放っている。


「これがユグドの果実かあ」


スフィアは袋から一つを取り出し、両手で持ち上げて照明にかざすように眺める。

光の加減で、薄黄色の表皮がほのかに虹色に煌めいているようだ。


「このキラキラ光ってんのおもしれーな」


「光ってるのは魔力由来ですかね。まあ魔力とかよくわかんないですけど」


メリアもその神秘的な輝きに見入る。

彼女は魔力がほぼ無いため魔力を感じ取ることはできないが、その神秘性はなんとなくわかるようだ。


「匂いは薄いね。村長さんは美味しくはなかったって言ってたけど……」


ブルが大きな鼻を近づけてくんくんと嗅いでみるが、微かに甘い植物性の香りがする程度で、特に食欲をそそるものではない。

そしてその言葉を聞いてスフィアが手に持っているユグドの果実をゴトリとテーブルに置いた。


「味見してみっか」


スフィアが好奇心に抗えず獲物解体用のナイフを手に取り、その白刃が果実へと振り下ろされる。


スフィアは器用な手つきで皮を剝き、果実を六等分に切り分けた。

断面は瑞々しく、水気をたっぷりと含んだ白色の果肉が現れる。


二切れずつを手に取り、まずはスフィアが。

続いてブルとメリアも恐る恐るその一切れを口に運んだ。


「……んー?」


スフィアの眉が、期待とは違う方向に曲がる。


「食感はいいね。梨みたいでシャクシャクしてる。でも……」


ブルが的確にその歯触りを表現する。

サクサク、シャクシャクとした軽快な食感は心地よい。

だが、肝心の味がついてこない。


「なんというか……味が薄い?」


メリアの言う通り、甘みも酸味もほとんど感じられなかった。

噛みしめれば、わずかに植物性の風味が広がるものの、それは「果実」という言葉から連想される豊かな味わいとは程遠い。


「水っぽくてあんまり甘くねーな」


「薄く風味が付いた水と思えばこれはこれでアリですが、果実としては……」


「微妙だね」


三人の感想は、見事に一致する。

村長の言う通り、ユグドの果実は特に美味しいものではないようだ。


そんな三人の微妙な表情を察したかのように、ルミナが盆にコップを四つ乗せて台所から戻ってきた。


「そうだろう。それはそのままでも食べられるし効果もあるんだけど、自然のままだと半端なんだよね」


盆をテーブルに置きながら、彼女は悪戯っぽく笑う。


「ルミナさん」


「半端ってのは?」


スフィアが聞き返す。


「うん。ユグドの果実はそれなりに高い回復の魔力はあるんだけど、所詮は自然物。味も魔力も散漫で安定はしていないのさ。それは本来、数を集めて濃縮して使うものなんだ」


ルミナは指を一本立て、まるで講義でもするかのように説明を続けた。


「数を集めて濃縮して、散漫になっている回復の魔力の方向性を整えて、必要な部分に特化させ先鋭化させる。そうやって初めて真価を発揮する。万能薬は作れないが、様々な妙薬を作ることはできる果実なのさ」


「じゃあそのまま食べて治ったっていう流行り病は……」


ブルが村で聞いた話を思い出す。


「その病は広く伝染しても死者は出なかったんだろう? その程度の病だったんだよ。ユグドの果実をそのまま食べただけで撲滅できる程度のね」


「そうなると、ただ果実を食べただけでは強い病には効果はなさそうですね……」


メリアが現実的な結論を導き出す。


「そうだね。ちゃんとした医療魔法を扱う医療機関に売らないと意味はないんじゃないかな」


「その辺も教えてやるかー」


スフィアが、あの悪戯好きな村長の顔を思い浮かべながら呟いた。


「というわけで、こちらがその濃縮したユグドの果汁ジュースだよ」


ルミナが盆の上から三つのコップを配る。

中には先ほどの果肉と同じ白色だが明らかに濃度が違う、とろりとした液体が満たされていた。


「へえ。ジュースなんですね」


「固形にもできるけど、私はジュースのが好きなんだよね。甘いし」


その「甘い」という一言に、スフィアの耳がピクリと反応した。


「マジか! いただきまーす」


「僕も僕も」


先ほどの淡白な味の記憶が残っているため、スフィアとブルは半信半疑ながらもコップに口をつける。

メリアもそれに続いた。


その瞬間、三人の表情が一変した。


「んめえ!」


スフィアの叫びが響く。

舌に触れた瞬間、濃密な甘みと、それを引き締める爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。

先ほどの薄味の水っぽさが嘘のように、果実の持つポテンシャルが全て解放されたかのような濃厚で芳醇な味わいが舌の上を滑る。

先ほど試食していなければ、これが果汁100%ジュースだと言われたら信じてしまったかもしれない。


「あ、僕これ好きだなー」


ブルも目を輝かせている。

喉を潤すたびに、芳しい香りが鼻腔を抜け、身体の芯から活力が湧いてくるようだ。


「さっきの果実と似た感じですけど、濃縮されただけあって、こっちのが遥かに濃厚で美味しいですね」


メリアも、その洗練された味わいに感嘆する。

これはもはや、ただの果汁ではなく極上の蜜だ。


ルミナが満足そうに微笑む。


「ちなみに美味しいだけではないんだよ」


「?」


ルミナの言葉にスフィアがコップから顔を上げた、その時だった。


「あ、スフィアさん。傷が」


メリアが、スフィアの顔に残っていた微かな擦り傷を指差した。

ヒュドラの尻尾で荷物の山に突っ込んだ際、兜が外れてついた傷だ。

その擦り傷がみるみるうちに薄れ、消えていく。


「おお!?」


スフィアは慌てて自分の腕を見る。

蒼鱗の鎧越しに受けた衝撃で鬱血していた部分の痛みがすうっと引き、内側の熱が冷めていく。


「なんか身体の痛みが消えてきた!」


ブルも自分の身体の変化に気づき、驚きの声を上げた。

ヒュドラのブレスを防いだ際に鎧越しに伝わった鈍痛や、無理な体勢で踏ん張った筋肉の張りが嘘のように和らいでいく。


「自然治癒力の強化に特化させてみたよ。疲れも取れるはずだけど、どうかな?」


ルミナが、さも当然といった様子で解説する。


「こりゃすげえや」


「たいしたもんだねー」


スフィアとブルは、その奇跡のような効能に素直に感嘆した。

なるほど、これはメリアの持っていた低位の回復薬とは全然違う。


「ま、ヒュドラを無事討伐できたお祝いってことで」


ルミナはそう言って、自分の分のジュースも楽しそうに口に運んだ。

三人は、この森の奥で出会った魔術師の底知れない実力を、改めて思い知る。


ジュースを飲み干し、満ち足りた気分で一息ついたスフィアが、ふと思い出したようにメリアに声をかけた。


「ヒュドラといえば、メリアよお」


「なんです?」


「ヒュドラの素材、持ってこなくても良かったのか?」


そう。

あれほどの激闘の末に倒したヒュドラだったが、三人はルミナに後処理を丸投げし、ユグドの果実だけを回収してこの場に戻ってきていた。


それはメリアの強い進言によるものだ。

普段お金にがめつい彼女がヒュドラ素材は放棄すると言い出したのだ。

それがスフィアにはずっと疑問であった。


「そうだね。貴重な竜だから高く売れると思ったけど」


ブルも少しもったいなかったかな、という表情で付け加える。


「毒とか強くて使い道ありそうだしよ。高値で売れるんじゃねーの?」


あれほど強力な魔獣の素材だ。

リヴァイアサンがそうであったように莫大な富を生む可能性があったはずだ、とスフィアは考えている。


だが、メリアはスフィアのその言葉を待っていたかのように、人差し指を立て、チッチッチ、と軽く振ってみせた。


「知らないんですかスフィアさん」


だが、その顔はいつもの商魂たくましい顔ではなく、どこか冷徹さすら感じさせる真剣なものだ。


「毒ってのは戦いに使うだけではなく、誰かを殺すのにも使えるんですよ」


メリアは、いつになく真面目な声で続けた。


「人間ってのは狡猾なんです。あの強力な毒を高値で売ったとして、その買い手がどこでどう使うのか、私たちには一切関与できません。ひょっとしたら、遠い街で私たちの知り合いが殺される要因が、その毒かもしれない。何かの事件で私たちが売ったヒュドラの毒が使われてたらどう思います?」


「それは……」


スフィアは言葉に詰まる。

そこまで深く考えたことはなかった。


メリアは、その小さな剣士の目をまっすぐに見据えて言い切る。


「私はお金大好きですが、人を殺せる代物売って喜ぶほど外道じゃありませんよ。商売ってのは、自分も相手も楽しくあるべきだと思います」


その言葉には彼女の商人としての、そして人間としての確固たる信念が込められていた。


「それなら鱗や甲殻売ったらどう? あれには毒はないんでしょ」


ブルが、まだ納得しきれない様子で尋ねる。


あれほどの魔獣の素材だ。

やはり全て破棄するのは惜しく感じているのだろう。


しかし、メリアはこう返した。


「一体分の大量の鱗や甲殻を売ったら、商人はこう思うでしょうね。『毒はどうしたんだ?』って」


メリアは、まるで現実の商談をシミュレートするかのように冷ややかに続ける。


「ヒュドラといえば毒です。その一番価値のある毒をどうしたのか、根掘り葉掘り聞かれたうえで、当分は『毒を隠し持っているのではないか』と疑われ続けるでしょうね。ヒュドラの毒は強力無比ですから、余計にです」


「……うわあ」


スフィアが心底面倒くさそうな顔をした。

そんな疑いをかけられ、常に見張られるような生活は御免被りたい。

ブルも同じ気持ちなのか少し顔をしかめた。


「そういうの死ぬほどめんどくさいので、いっそ全て破棄して『ヒュドラは交戦したが撃退した。入手したものは無い』ってことにした方が丸く収まると思います」


メリアはそこで一度言葉を切り、きっぱりと言い放った。


「あって困るものですけど、無くて困るものではありませんよね? ヒュドラ素材」


「まあ、そうだな」


スフィアも納得した。

財布の中身は日頃の細かい依頼報酬に加え、鶏肉の食べ比べ大会とリヴァイアサン素材、そしてメリアの財布引き締めによって潤沢なほどだ。


無理に稼ぐ必要性は特に見当たらない。

メリアにそう言われると、確かにヒュドラ素材に用事は無いといえば無い。


「専門の医療機関に確かな伝手でもあれば、毒を精製して薬にでもできたかもしれませんが、あいにく信用できる伝手はありませんしね。この辺が落としどころでしょう。……ルミナさんには死骸の処理をお願いすることになってすみませんが」


メリアがルミナに頭を下げる。


「ああ、いいよ。任せてくれ」


ルミナは、どこか面白そうにメリアの長広舌を聞いていた。


「他所に被害が出ないように、ちゃんと処理するとも」


そしてメリアの説明を聞き終わったスフィアはため息を吐きながら理解の色を見せる。


「はー、そこまで考えてたんだな」


「そう考えると、全部破棄は妥当だね……」


スフィアとブルは、メリアの深謀遠慮にただただ感心する。

自分たちが戦闘と食事のことしか考えていない間に、彼女は遥か先のリスクまで計算していたのだ。


「どーもどーも」


二人の素直な称賛に、メリアは照れくさそうに頭を掻く。


「私も死の商人は嫌ですからね。扱いきれないものは取り扱うなって、お父さんから口を酸っぱくして言われてますし、リスクヘッジは考えますとも」


「おみそれした」


「お見事」


二人の温かい拍手が、ルミナの家に響いた。


ルミナは、そんな三人の和やかなやり取りを微笑ましげに眺めながら、空になったコップを片付けるために静かに立ち上がる。

そして、盆を持って台所へと向かいながら誰にも聞こえないほどの小さな声で、ぽつりと呟いた。


「流石だね。……彼の血筋かな? 世代を超えても、平和を愛する心に変わりはないようだ」


その声は暖炉の火がはぜる音に紛れ、森の静寂の中へと消えていった。

それが誰を指しているのか、知る者はこの場には誰もいない――。

スゥ……っと脳に染みていく納得感が好きです。

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