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グルメ猫ファンタジー  作者: 万年亀
第六話 迷いの森の果実狩り

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森の中の家と甘い饗宴

森の奥深くに、鬱蒼とした森の風景とは対照的な日当たりの良い穏やかな広場が広がっていた。

広場の中央には、一人で住むには少し大きすぎるが質素な木造の家が静かに建っている。


煙突からは細く白い煙が立ち上り、窓辺には色とりどりの花が植えられた鉢が並んでいた。

家の周囲は丁寧に手入れされた菜園と果樹園になっており、どうやら自給自足の生活をしているようだ。


ルミナの住処は、森の神秘的な雰囲気と生活感が調和し共存している場所だった。


「さあ、着いたよ。汚いところだが、まあゆっくりしていってくれ」


ルミナは一行を家の中へと招き入れる。

内部は外観の印象通り、温かみのある木の温もりに満ちていた。


中央には大きな木製のテーブルが置かれ、その周りには座り心地の良さそうな椅子がいくつか並んでいる。

壁一面には、天井まで届くほどの巨大な本棚が設えられ、そこには分厚い革表紙の書物が隙間なくぎっしりと詰め込まれていた。


魔術師の住処というよりも、まるで森の図書館のようだ。


三人がテーブル席に着席すると、ルミナは「少し待っていてくれ」と言い残し奥の台所へと姿を消す。


やがて、彼女は信じられないほど豪華な、そして甘い香りを放つ料理の数々を、大きな盆に乗せていくつも運んできた。


「さあ、どうぞ。存分に食べてくれたまえ」


ルミナがテーブルの上に次々と料理を並べていく。

その瞬間、メリアとブルの目が見開かれ歓声が上がった。


「わあー!」


「おおー!」


磨き上げられた銀の大皿には、宝石のように輝く色とりどりの果物が山と盛られている。


見たこともないような形や色の果実が綺麗にカットされ、互いの色彩を引き立て合うように配置されていた。


その隣には、黄金色に焼き上げられたピーチパイが、湯気と共に甘い桃とふわりと酒の香りを立ち上らせている。

表面の格子状のパイ生地は、キャラメリゼされて艶やかに輝き、見るからにサクサクとした食感を想像させた。


大きなガラスのボウルには、様々な果物が浮かんだフルーツポンチがたっぷりのシロップと共にキラキラと輝いている。

透明なシロップの中を赤いベリーや黄色い果肉、緑色の球形の果実が浮き、まるで宝石が水の中に泳ぐかのようだ。


さらに、真っ白な生クリームと真っ赤な苺で美しくデコレーションされたショートケーキ、濃厚な黄色のクリームがたっぷり詰まったフルーツタルト、瑞々しい果汁をそのまま固めたかのような色鮮やかなゼリーの数々。


それら全てがとても甘く芳醇な香りを放ち、部屋全体を甘い幸福な空気で満たしていた。


しかしその幸福な光景の中で、ただ一人スフィアだけが絶望の表情でそれらを見つめている。


「うわあい……」


彼の口から漏れたのは歓声ではなく、力ない呻き声だ。

それもそのはず、振舞われた料理はそのことごとくが果物メインだったのである。

基本肉食のスフィアが喜ぶわけがない。


早速ブルは、山盛りの果物サラダに夢中になって手を付けていた。


「美味しい!」


シャキシャキとした葉野菜と共に、甘酸っぱい果実が口の中で弾ける。

甘みと酸味が舌の上で混ざり、柔らかい果肉が歯の間でほどけ、蜜のような甘さが滲み出す。


特製のドレッシングが、野菜の青々しい風味と果物の甘みを見事に調和させ、複雑で爽やかな味わいを生み出しているようだ。


「ですね!」


メリアもまた、フルーツポンチを小さなスプーンですくい上げ、ご満悦の表情だ。


冷たい甘露が舌を打ち、シロップと共に口に含んだ果実は噛むたびに新鮮な果汁が溢れ出す。


果肉の柔らかさと、果物特有の酸味と甘みが交互に舌を満たし、飲み込むことでシロップの甘さの波が口内からゆっくりと引いていく。

歩き疲れた身体の内側に優しい甘さが染み渡っていくようだ。


そして当然、スフィアはその楽園のような光景を前に一切手を付けようとしない。

――というか、付けられない。


彼は肉食であり、野菜や果物は決して食べられないわけではないが、消化器官がそれらに適応していない。


彼ら猫獣人は基本的に肉食であり、他には穀物や一部の野菜を少量摂る程度だ。


果物などを一度に大量に摂取すれば確実にお腹を壊してしまうことを、彼は経験則で知っていた。


その様子に、ルミナが不思議そうに首を傾げる。


「おや、食べないのかい猫くん。口に合わなかったかな」


その様子に、メリアが慌ててスフィアの代わりに事情を説明する。


「あ、すみませんルミナさん。スフィアさんは肉食なので野菜や果物は食べられないんです」


「正確には、多少食べられるけど食べ過ぎるとお腹を壊す、だね」


ブルも果物サラダを頬張りながら補足した。

それを聞いて、ルミナの表情が一瞬で申し訳なさそうなものに変わる。


「おっと……それは知らなかったな」


彼女はうーむ、と腕を組んで考え込んだ。


「うーん、どうしたものかな。生憎だが、私は肉を食べないから肉の備蓄は一切ないんだよね……」


「しゃーねーよ。俺のことは気にすんな。二人だけで楽しんでくれ……」


スフィアは、耳がぺたんと寝たしょんぼり顔で力なく席を立とうとする。

自分だけが食べられないこの空間は、食いしん坊の彼にとって拷問に等しい。


しかし、ルミナはそれを優しく引き止めた。


「待ってくれ、せっかくの客人だ。楽しめない者がいるというのは、招待者として沽券にかかわる。一応聞くが、肉の他に食べられるものは無いのかい」


「他なあ……」


スフィアは腕組みをして唸る。


食べられるもの、と言われても、彼の中では「肉」か「それ以外」か、という大雑把な分類しかない。

まあ肉食なのでそれでほぼ間違いないといえばその通りだが。


すると、メリアが何かを思い出したようにぽんと手を打った。


「そういえば、お二人とも穀物類は食べられますよね」


「穀物は野菜じゃないからね。ちなみに僕も普通に食べるよ」


「まあパンとかは食うな」


「あとはそうだなあ、僕も兄さんも乳製品は食べるかな」


「ブルも肉は食わないけど卵は食うよな。俺も食う」


スフィアとブルが、次々と食べられるものを挙げていく。

それを聞いたルミナは思いついたように口にした。


「……猫くんは甘いものはどうだい?」


「うーん、あんま食ったことないけど多分普通に食う」


「村長さんのお話聞きながら薬草茶に結構砂糖入れてましたね、スフィアさん」


「辺境だと砂糖は貴重だからなあ……」


スフィアの故郷では甘味は非常に高価な贅沢品であり、日常的に口にする機会はほとんどなかったのである。

今拠点にしている街にも菓子類はあるが、いつも肉でお腹いっぱいにしているため手を出す機会に恵まれなかった。

美味いかわからない菓子より確実に美味い肉、ということだ。


「よしよし、それだけわかればなんとかなりそうだ」


ルミナは満足そうに頷くと、再び台所へと向かう。

何かを探すように台所をごそごそと漁っていたが、やがて銀色の盆にいくつかの菓子を乗せて戻ってきた。


「チーズケーキ、というんだがこれはどうだろう」


彼女がテーブルに置いたのはホール状の、こんがりとした美しい焼き色がついたケーキだった。

表面は滑らかで、切り分けられた断面は濃厚なクリーム色をしている。


台座の部分は砕いたビスケットを固めたもので、見事な二層構造を描いていた。


「ちーずけーき?」


スフィアが、初めて聞く単語に首を傾げる。

その様子を見て、メリアはここぞとばかりにドヤ顔で説明を始めた。


「知らないんですかスフィアさん。チーズケーキとは、チーズを使ったケーキなんですよ」


「いくらなんでもそれはわかる」


「名前のまんまじゃない? その説明」


スフィアとブルからの冷静なツッコミが、メリアのドヤ顔に見事に突き刺さる。

ドヤ顔で説明した割に全然説明になっていなかった。


「そんじゃ、一回食ってみるか……」


スフィアは目の前に差し出された一切れのケーキを、恐る恐る小さなフォークで刺し、口に運ぶ。

その瞬間、スフィアの金色の瞳が、驚きと感動で大きく見開かれた。


「甘くてうめえ!」


口の中に広がったのは生まれて初めて体験する、濃厚で、それでいて爽やかな甘み。


舌に触れた瞬間、重たい甘味が広がる。

しっとりとした生地が体温でゆっくり崩れ、濃厚なチーズの香りが鼻に抜けてゆく。


バターから出る旨味とレモンの微かな酸が絡み合い、甘みを底から支えるようだ。

噛むほどに舌にまとわりつき、濃度が増していく。


チーズの持つ芳醇な香りとまろやかなコク、クリームの滑らかな舌触り、そして砂糖の直接的な甘さ。


それら全てが、台座のビスケット生地の香ばしさと塩気によって完璧にまとめ上げられている。


しっとりとしていながらも重すぎず、後味は驚くほどすっきりとしていた。


「それはよかった……こっちもどうぞ。穀物が大丈夫ならこれもいけるだろう」


ルミナは嬉しそうに微笑むと、今度は様々な形をした焼き菓子の詰め合わせ――クッキーを差し出した。


スフィアはまだチーズケーキの余韻に浸りながらも、星形のクッキーを一枚手に取り、口に入れる。


サクサクッ


小気味よい音と共に、生地が歯の間で軽やかに砕ける。

次の瞬間、濃厚なバターの香りと、小麦そのものの持つ力強い風味が口いっぱいに広がった。


バターが舌の上で滲み、香りが鼻を抜ける。

噛むたびにサクサクという音とともに熱がこもり、控えめに思えた素朴な甘さが濃くなってゆく。

飲み込んだ後、喉の奥に残る微かな塩気が次の一枚を呼ぶかのようだ。


「これもんめえ!」


「ああ、よかった。こちらも一安心だよ」


スフィアが夢中になってクッキーを頬張る姿に、ルミアは心底安堵したような笑みを浮かべる。


メリアも一枚試食してみて、その尋常ではない風味の強さに驚いた。


「このクッキー、すごく小麦の香りが強くて美味しいですね。何か特殊な小麦でも使ってるんですか?」


「そうだね、ここの小麦系のお菓子は全て『仙麦』という小麦で作っているんだ」


「センバクってなんだ?」


「さあ、聞いたことない」


「私も寡聞にして聞いたことないですねえ……」


「……あ、そう?」


三人の反応にルミナは少し拍子抜けした様子だ。

スフィアとブルだけでなく、商家出身でそれなり以上に知識には自信のあるメリアですら、その名は初耳だった。


――仙麦。


それは神々が住まう領域、神域でのみ栽培されると言われる、伝承にのみその名が残る伝説の麦である。


少量で常人の一食分に相当するとも言われ、生物にとって必要な栄養素全てが詰まっており、栄養素は体内にいくらでも蓄積可能でしかも太らない。

これを食べるだけで生きられるとさえ言われる、まさに奇跡の小麦である。


そんなものが今、目の前でただのクッキーとして消費されていることを彼らは知る由もなかった。


「あ、こちらのピーチパイもすごく美味しいですねえ。これもセンバクが?」


メリアが今度は桃がたっぷり入ったパイを一口食べ、その生地の層の美しさと風味の豊かさに感嘆する。


歯が果肉を噛み切る瞬間に蜜が舌に広がり、果汁とバターが混ざり合い、濃厚な甘みが喉を滑り落ちる。

噛むたび果肉が潰れ、糖の粘りが舌に残るかのようだ。


「パイ部分はそうだね。中の桃は『アンブロシア』という桃で、『ネクタル』という酒でじっくり漬け込んでいるのさ」


「へえー、どちらも聞いたことない名前ですけど、すごく美味しいです」


「ははは、それはよかった」


――アンブロシア。


神々の果樹園にのみ実り、ひとつ食べれば一年寿命が延び、肌が十年の若さを取り戻すという、伝説の不老の桃である。


――ネクタル。


それは神話にのみその名が残る神々の霊酒。

あらゆる病を瞬時に治癒し、予防さえする、生命の蜜とも称される聖なる飲料である。


「あ、こっちのケーキの生クリーム、とても濃厚で美味しいです。牛乳とは全然違いますね。これも何か特別なミルクですか?」


ブルが、スフィアとは別のショートケーキを頬張り、そのクリームの尋常ではないコクと甘みに目を丸くする。


口の中にクリームの濃厚な甘さが広がり、苺の酸がその中で弾ける。

スポンジがしっとりと舌に沈み、濃厚なクリームと共に空気のような軽さで消えていく。


いくらでも食べられそうな見事なショートケーキだった。


「もちろん。『アムリタ』という特別なミルクを使っているんだ。気に入ったかい?」


「はい、とても!」


「……うん、それはよかった」


――アムリタ。


天界にのみ存在すると言われる聖なる牛から搾られる伝説のミルク。

古い文献によれば、神からそれを授けられた人間は凄まじい超常的な力を得たと記されている。


これらの他にも食卓に並んでいる、一見するとただの美味しそうな果物や菓子。


その一つ一つが、名のある王侯貴族が国の財産を投げ打ってでも手に入れたがるような、神話級・伝説級の食材ばかり。


三人は自分たちが今、何を口にしているのかも知らぬまま、ただ純粋にそのありえないほどの美味に舌鼓を打ち、とんでもない食事を続けるのであった――。

やべえもんを知らずに食ってる。

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