第四話:忍びの少女、琥珀と鬼との再戦 -3
琥珀は、鬼の生態や最近の事件について、太郎たちに詳細な情報を提供し始めた。
「鬼ってね、ただ暴れてるだけじゃないんだよ。強い鬼ほど、縄張りを持って、人間を食料として囲い込むんだ。最近、この辺りじゃ、羅生門の鬼よりずっと厄介な鬼が暴れてるって噂だよ」
琥珀は、地面に木の枝で簡単な地図を描きながら説明する。その地図には、いくつかの集落と、赤い印が記されている。
「羅生門の鬼は、確かに強い。だが、父の仇の鬼は、もっと巨大な金棒を振り回し、雷を操るような鬼だったと聞いている。羅生門の鬼とは少し違うようだ」
太郎は、父の仇である鬼の特徴を琥珀に伝えた。彼の脳裏には、父の最期の姿と、その遺言が鮮明に蘇る。
「ふーん、金棒で雷かぁ。それはちょっとピンとこないな~。
でも、最近、森の奥の集落が、一晩で壊滅したって話だよ。
そこを襲った鬼は、羅生門の鬼よりずっと強力で、闇の瘴気を撒き散らしてたって。その鬼、天界から追放された神様が関わってるらしいって話だよ。随分と厄介な力らしいけどね~?」
琥珀は、首を傾げながらも、さらに恐ろしい噂を口にした。その言葉に、太郎の顔から血の気が引いた。天界から追放された神――。
それは、まさしく自分自身のことを指しているのではないか。
彼の心に、再び不安と、過去への恐怖がよぎる。自分の力が、鬼を引き寄せているのではないかという疑念が、彼の胸を締め付ける。
その瞳は、大きく揺らいでいた。
「若様…?どうか、ご無理なさらないでください」
黒鉄は、太郎の異変に気づき、心配そうに彼を見つめた。彼女の琥珀色の瞳には、太郎への深い愛情が滲み出ていた。
太郎は、琥珀の言葉に深く考え込んだ。羅生門の鬼を討つことは、父の仇を討つという個人的な目的のためには重要だ。
しかし、もし琥珀の言う通り、本当に「天界から追放された神」が関わる、より強大な鬼が人里離れた集落を荒らしているのなら、そちらを優先すべきではないか。
多くの人々が苦しんでいる現状を放っておくことはできない。
「黒鉄。羅生門の鬼を討つことは、俺の父の仇を討つ上で重要なことだ。だが、もし琥珀の言う通り、もっと強大な鬼が人々を苦しめているのなら…そちらを優先すべきではないか?より多くの民を救うことが、今、俺がすべきことだと感じる」
太郎は、黒鉄に問いかけた。彼の表情には、迷いと、しかし人々を救いたいという強い使命感が混じっていた。
「若様のお考え、承知いたしました。確かに、より多くの民を救うことが、若様の使命であるならば、羅生門の鬼は後回しにすべきでしょう。この黒鉄、どこまでも若様にお供いたします」
黒鉄は、太郎の言葉に迷いなく頷いた。彼女の忠誠心は、若様の個人的な復讐心よりも、若様の使命を優先することを選んだ。
「よし。琥珀、その集落へ案内してくれ。俺たちは、そちらの鬼を討つ」
太郎は、琥珀に視線を向け、決意を固めた。
一行は、次の目的地である集落を目指して、新たな仲間と共に森の奥へと旅を続ける。
時刻は午後。
木漏れ日が差し込む森の中。
琥珀は楽しそうに先頭を歩き、木々を軽やかに飛び跳ねる。
その動きは、まるで森の精霊のようだった。
黒鉄は、少し不満げに琥珀を見つめる。若様の隣は、自分の定位置だというのに、とでも言いたげな表情だ。彼女の口元は、微かに尖っていた。
太郎は、新たな仲間が増えたことに喜びを感じつつも、自身の力の謎に思いを馳せていた。
集落までの道のりは、琥珀曰く「二日もあれば着くかな~」とのことだった。食料はまだ残っていたが、太郎は道中で狩りをすることも提案した。黒鉄は渋々同意し、琥珀は「お肉!お肉!」と目を輝かせた。
その日の夕食は、太郎が仕留めた鹿の肉と、琥珀が見つけてきた珍しい木の実、そして黒鉄が焼いた(少し焦げ付いた)魚だった。焚き火を囲み、三人はそれぞれの個性を出しながら食事を摂る。
「ねぇねぇ、この木の実、甘くて美味しいよ!黒鉄ちゃんも食べてみて!」
琥珀が、黒鉄に木の実を差し出す。
「ふん。貴様が拾ってきたものなど、毒が入っているかもしれぬ。若様、くれぐれも、あの猿にはお気をつけください」
黒鉄は、琥珀の差し出した木の実を警戒するように一瞥し、太郎に忠告した。
「はは、大丈夫だ。琥珀は毒見役も務めてくれるからな」
太郎は、くすりと笑った。
「え~!ひどいよ太郎兄ちゃん!私、毒見役じゃないもん!」
琥珀が、頬を膨らませて抗議する。黒鉄は、そんな琥珀の様子を見て、わずかに口元を緩めた。
「よし、行こう。琥珀、案内を頼む」
太郎が、琥珀に声をかける。
「は~い!任せて!私に任せれば間違いなし!」
琥珀は、元気いっぱいに応える。
「(琥珀を睨みながら)…まったく。若様の隣は、私の定位置だというのに…。若様、くれぐれも、あの猿にはお気をつけください」
黒鉄が、小声で太郎に忠告する。その声には、わずかな嫉妬が混じっていた。
「はは、分かっている」
太郎は、くすりと笑った。彼の心には、新たな仲間との旅への期待と、自身の力の謎を解き明かしたいという、強い探求心が芽生えていた。
「俺の力が、誰かを傷つけるだけでなく、こうして新たな出会いをくれることもあるのか…。この旅が、俺の真の力を見出す道となるのだろうか」
太郎は、心の中で呟いた。彼の足取りは、希望に満ちていた。
森の奥へと続く道は、彼らにとって、新たな物語の始まりを告げていた。




