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 レヴィンズ家に向かう馬車の中で、手紙を見つめる。

 無意識にぬくもりを求め、指を這わすも喪失感は拭えなかった。


 男爵に説明を求め、事の経緯はだいたい掴めた。

 朝の時点ではエレン嬢はいて、夕食時に呼びに行ったら、返事がなく、この手紙が残されていたということだった。

 事前にお昼用のサンドウィッチを受け取ったというから、午前中のうちには出ていったのだろう。婦人とメイドは出かけ、男爵は書斎に籠もっていた。


「なにか、おかしいところはなかっただろうか」


「……いえ、得には。普通に食事は摂っていましたし、いつもと変わらなかったかと。と言っても、私は新聞を読んでいて、特に注意を払っていませんでしたので……。申し訳ありません」


「……いや、それは私も同じだ。エレン嬢の変化に気付けなかった」 


 最後に会った時、友人から伯爵家のパーティーに誘われたと嬉しそうに告げていた彼女。

 その時に特に違和感は感じなかった。


――どうして、修道院なんかに。


 急に結婚が嫌になったのだろうか。

 考えた途端、心がとてつもなく暗く沈んだ。

 彼女に告白されたのが二ヶ月前。

 その間、彼女が心変わりしたようには、見えなかった。

 そう思うのは、ただの願望だろうか。

 悩んでいる間に、レヴィンズ家に到着した。


 馬車を降り、家の扉を開ければ、青ざめた様子の夫人とメイドが固まって、玄関に立っていた。


「この度は、フェリシアン様にとんだご迷惑をっ」


「いや。今はそれより、エレン嬢の部屋を見させてほしい」


 私を見るなり、縋ってきた夫人をとどめる。


「は、はいっ」


 私達はエレン嬢の部屋へと赴く。

 部屋はいつもと変わらないかに見えた。

 ただひとつ、私を明るく迎えてくれる彼女がいないことだけを除いて。

 心にぽっかりと穴が空いた気がした。

 それを無理矢理押し込み――


「メイドになくなっていないものがないか、調べてもらいたい。修道院に行ったのなら、下着や服がいくつかなくなっているはずだ」


「は、はいっ」


 メイドが弾かれたように、動き始めた。

 私は隅に置かれた机に向かった。

 この部屋を何度も訪れているものの、女性の部屋を不躾にじろじろ見るのは憚られ、視界に敢えて入れないようにしていたため、今初めて見る場所だった。

 机の上はすっきりと片付いていて、手がかりになりそうなものはない。引き出しも同様だった。


「数着、下着と服がなくなっていました。あと、鞄もあったはずなんですがそれも見当たりません。それから櫛などの小物も」


 調べ終わったメイドが教えてくれる。


「そうか、ありがとう」


 修道院に行ったのは間違いなさそうだ。

 その理由は一体何なのか。密かに修道女になりたいことをずっと思い描いていて、それを結婚真近になって諦めきれず実行したのなら、無理矢理連れ戻すのも酷なことだ。けれど、私はあの日の彼女の告白を信じたい。少しでも希望の光があるのなら、私は彼女を連れ戻したい。

 手がかりを探して、横の戸棚に目を移す。

 その上から二段目の棚を見た瞬間、妙な既視感に襲われた。

 茶色いくまのぬいぐるみと、ブロンズの人形。  

 何故か惹かれて、くまのぬいぐるみを手にとる。ふかふかの毛とつぶらな瞳。以前もこれと似たものを手にしたことがあると思った瞬間、警備団に入って間もない頃の記憶が呼び覚まされた。

 あれは確か、初めて巡回した祭りの日。


「もう成人にもなったのに、まだぬいぐるみを持ってるなんて、おかしいですわよね」


 後ろで見守っていた夫人が口を開く。

 

「何故だがそれがお気に入りみたいで、手放そうとしないんですの。人形だって、腹が潰れてるっていうのに」


 泣いていた迷子の女の子。その子が持っていた人形。泥で汚れていたのを水で洗ってあげた。  

 くまのぬいぐるみは、的あてで得てその子にあげた。

 その時に見返してきた、泣き濡れた女の子の表情。その瞳と髪の色……。


「……ああ。あれは君だったのか……」 

  

 なんとも言えない気持ちが胸に広がっていく。

 

「え?」


 夫人が戸惑いの声をあげるが、私は再び棚に目線を戻していた。

 ぬいぐるみと人形との間にある不自然な空間。まるで何かが置かれていたような。

   

「あれ、そこに白いうさぎのぬいぐるみもあったはずなんですが――。最近、新しく加わったんです。でも、今は見当たりませんね」


 メイドが口を開く。


「それも持っていったんでしょうか」


 正解を知るわけでもないのに、私の中では答えが確定していた。

 ずっと彼女が大切にしてきたくまのぬいぐるみと人形。それと一緒に飾られていたという、うさぎのぬいぐるみ。

 それを持っていったということは、たったひとつの理由からでしかない。

 胸がかつてないほど締め付けられた。

 

「この国の地図はあるだろうか――」


「え? あ、は、はいっ。今すぐお持ちします」


 男爵が慌てて駆けていく。


「夫人、エレン嬢の所持金がどのくらいだったか知りたい」


「ええと、お小遣いは時々渡してましたわ。けれど、それも欲しいものがある時で。お釣りを合わせたとしても、大した金額とは思えませんわ」


 多く見積もっても、二三日の行程。

 男爵が地図を持ってきた。机の上に地図を広げる。

 王都から二三日以内で行ける修道院に丸をつけていく。全部で五ヶ所。


「今からでも探しに行ったほうが……」


 後ろではらはらと見守っていた男爵が口を開く。


「いや。修道院へ行くのにきっと駅馬車を使った筈だ。駅馬車は日暮れ前には止まってしまう。もう今頃はどこも走っていない筈だ」   

 

 もう外は薄暗い。これから暗闇に閉ざされる中を駅馬車も走ってもいないのに、やみくもに探し回っても意味はない。

 だが、それもそう悪い点ばかりとは言えない。駅馬車が昼間しか走らないのは、暗くなると道が見えなくなるのと、場所によっては野盗が出るからだ。つまり、駅馬車が止まっている今、これ以上距離の差が出ないとも言える。

 今頃、エレン嬢はどこかの宿で休んでいることだろう。

 問題はどこの修道院に向かったかだ。


「男爵、夫人、この件は私に一任してもらえるだろうか。必ず、エレン嬢を見つけ出すと約束する」


「それは勿論です。フェリシアン様に力になって頂けたら、どれほど心強いか。お任せいたします」


 そうしてその後男爵と夫人に別れを告げた私は、再び警備団の本所へと舞い戻った。



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