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 いつものようにノックをして扉を開けると――


「フェリシアン様」


 彼女がぱっと笑顔を浮かべ、こちらを向く姿が飛び込んできた。その様子があまりに嬉しそうで、何故だか私の胸を柔らかく締め付けた。


「立って待っていたのか」

 

 部屋の真ん中に立つ彼女に目が離せないまま、近づく。

 

「はい」


「これを君に」


 私は持っていたお菓子を彼女に手渡した。

 お菓子を差し出すのも幾度目だろう。

 何度も同じものを贈るのは芸がないとは思うものの、毎回違う品だからと自分に言い訳してつい買ってきてしまう。

 美味しそうに食べる彼女の姿を眺めながら、和やかに過ごすのは既に私の一時の安らかな時間になっている。

 王都警備団の騎士服を着た私が可愛い菓子を買っていくその姿が店の中で注目されることになっても、その時間を手放したいとは思わなかった。


「ありがとうございます」


 受け取ったあと、彼女が何故か可笑しそうに笑った。


「さて、庭にいこうか」


「はい」 


 私達はいつものように庭へと足を運んだ。


 何周か庭を巡ったあと、テーブルでお茶をしていると、エレン嬢が口を開いた。


「フェリシアン様、私、もうひとりで大丈夫です。こんなに元気になりました」


 彼女の思いがけない言葉にカップから顔をあげる。


「もう充分お力になって頂きました。ありがとうございます」


 以前の私ならそこで頷いていただろう。

 エレン嬢はもう一人でも歩けるようになった。私の助けはもう必要ない。


「だが、まだ外には出歩けないだろう」


 しかし私の口は勝手に言葉を紡いでいた。


「君の気晴らしになるなら私はこれからも足を運んでもかまわないが――」


「いいえ!」


 初めて聞く彼女の強い口調。

 自分でも驚いたのかはっとして顔を赤くさせたあと、顔を俯かせた。


「……私はこれまでもあまり外に出ることはありませんでした。私は家で本を読んだり、刺繍したりしてるほうが好きなんです」


 控えめでおとなしい彼女らしい言葉だった。


「……そうか。……なら、君の言葉に甘えてそうしようか」


 休憩時間をエレン嬢の見舞いに当てているとはいえ、毎日訪問しているとその負荷が仕事に出るのは仕方なかった。その分、片手間に食事をしながら書類を片付けたり――たまに摂らないこともあったが――、残業を増やしたりなどして補っていた。以前も仕事が忙しいときは休憩をほとんど取らずそうしていた。

 最初はそれでもこなせたが、毎日ともなると、やはり貯まる仕事が少しずつ増えていくのが現状。

 私の仕事が円滑に進まないと、一緒に仕事をこなす部下に迷惑がかかってしまう。そういうことを慮ると、ここは彼女の言葉に甘えるのが正しい判断だろう。

 彼女もそう気遣って、自分からそう言ってくれたに違いないから。


「はい……」


「毎日はやめるが、時々君に会いにくることはかまわないだろうか」


 納得したとはいえ、何故だが彼女に会えなくなるのが嫌で、そう口にした。


「はい。お待ちしております」


 そう言ったときの君の表情。

 どうしてそんなふうにせつなそうに笑うのか。

 先程の自分の言葉を撤回したくなった。


――やはり君に毎日会いに行きたいと思う。


 けれど、一度出した言葉を翻すのも、彼女の気遣いを無視することもできなくて、その言葉を呑み込んだ。


 

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