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 手芸屋に入ると、フェリシアン様はもの珍しいのか、店内を見回した。

 私はその間に自分が持っていない色の刺繍糸と、いくつかのボビンレース、それから青のリボンを選ぶ。


「決まりました」


「では、私が支払おう」


「お願いします」


 フェリシアン様が支払いを済ませたあと、品物を私に手渡してくれた。


「ありがとうございます」


 頭を下げて笑顔で受け取った私と違って、フェリシアン様はなんだか奇妙な顔をされていた。


「……君はそれで満足だろうか。もっとほかのものを贈ってもよいのだが……」


「こんなに買ってもらえたんですから、これだけで充分です」


「……そうか」


 まだ何か言いたそうなフェリシアン様を連れて、私は店を出た。


 店を出ると、露店が目に入った。そこに売られているものに思わず惹かれ、私はフェリシアン様を振り返った。


「少し見ていってもかまいませんか」 


「ああ」


 露店には手作りの髪飾りやネックレス、イヤリング、腕輪など売られていた。

 手作りといってもよくできていて、模造宝石や布花、ガラス玉、ビーズなどが使われ、どれも綺麗な仕上がりだった。台座などに使われている金属も綺麗に磨かれている。

 いかにも若い女性が好みそうな装飾品だった。

 この露店がたっている場所からして、客層は裕福でない貴族の令嬢やお金に余裕がある平民の娘といったところかもしれない。

 本物の宝石や金や銀には遠く及ばないかもしれないが、私にはどれも可愛く映った。

 熱心に見ているうちに、あるものが目に止まり、私の中で淡い思いが過ぎった。

 もう少しわがままを言っても大丈夫だろうか。

 最初の通りで見たものよりは遥かに値段も安いはず。

 これならフェリシアン様もそんなに困らないはず――。


「あの――」


 フェリシアン様に声をかければ、フェリシアン様が私の手の内にあるものに気づいた。


「ほしいのか」


「はい……」


「……わかった。――店主、これをひとつ貰おう」


 フェリシアン様が懐から財布を出して、お金を渡す。


「ありがとうございます……」


――私が生まれて初めて持つイヤリングをフェリシアン様に買ってもらった。


 熱いものが込み上げて、喉に引っかかりそうになったけれど、なんとかお礼を口にすることができた。

 手のなかにある、ピンクの貝殻がついた小さなイヤリング。


 いくつかの髪飾りは持っているし、ネックレスも母から借りて身につけたことはある。

 けれど、イヤリングはまだ一度としてなかった。

 私の中でイヤリングは特別なもので、大人の女性の象徴だった。

 実際、イヤリングを身につける多くの女性が成人を迎えていた。

 彼女たちはみんな堂々として立派に見える。

 自分にはない何かを彼女たちが持っているようで羨ましかった。

 何の取り柄もない私でも彼女たちと同じようにイヤリングをつければ、少しはましに見えるだろうか。

 そんな思いに駆られたことが何度もあった。

 そして、アデラ含め成人していない令嬢がイヤリングをすでに身につけているのをお茶会の席で見かける度、置いてけぼりをくらったような寂しい気持ちを味わった。

 かと言って、我が家の懐事情を考えると欲しがることもできなかった。


 フェリシアン様は私より六つも離れた年上の方。子供に見られても仕方ない。 

 けれど、イヤリングをつけたら、少しは印象が変わって見えるかしら。

 期待がほんの少し膨らんだ。


――少しは大人っぽく見てもらえたら嬉しい。


 イヤリングを早速つけてみたくなって、私はピンクの貝殻がついたイヤリングを耳にやった。


「……似合いますか」


 目を見て問うには恥ずかしく、視線を外してしまった。

 フェリシアン様からの返事はなかった。

 不思議に思って顔をあげれば、何故か微動だにせずこちらをじっと見つめるフェリシアン様の姿が――


「……フェリシアン様……?」


 似合わなかっただろうか。不安に思って、首を傾げると、はっと正気に戻るように硬直を解かれた。


「――ああ。……君によく似合っている」


――嬉しい。


 私はぱっと笑顔になり、喜びが波紋のように胸に広がった。

 そうしてフェリシアン様との初めてのお出掛けはとても嬉しい思い出として心に残った。




 

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