温もり、そして『冷』
救護室に着くなり、俺は崩れるようにベッドへと横たわった。その様子を見て、ノアが直ぐ様治癒魔法を唱え始める。それに合わせ、徐々に自分の体から痛みや疲れが抜けていくのを感じながら、俺は呟いた。
「なんか、懐かしいな。ノアに会った時も、こんな感じで魔法かけてもらったよな」
ノアは、俺の体から目を離さずに、口元に笑みを浮かべた。
「ふふっ、そうですね。まぁ、あの時とは違って、ゼノン様はいないみたいですが」
そういたずらっぽく言うノアの言葉に、つい俺も笑みがこぼれる。思えば、あいつがいなかったら、今頃こんな会話してなかったよなぁ。というより、そもそもこんな大会にも出られなかった。
……随分、平和になったものだ。いや、正確にはまだナイトメアモードな世界であることに変わりはないが、少なくとも、こうして冗談を言い合える程度には、まだ俺たちにも余裕があるみたいだ。他の転生者も、今回に関しては凶悪な存在はいないみたいだし、なんだか普通に『異世界転生もの』を謳歌している気分になる。
そんな呑気なことを考えている途中、俺は、リンファの事を思い出した。
「リンファはどうしてる?」
不意にあがった『リンファ』という言葉に、ノアは一瞬驚いた表情になったが、すぐに戻り、優しい声色で答えた。
「彼女はあの後、私の所に来て、いろいろ語ってくれました。……コータになら、言っても大丈夫ですよね」
ノアが突然、救護室の扉に向かって言葉を投げたので、俺はギョっとした。次の瞬間、扉はゆっくりと開かれ、そこには……。
「……ノア様はいじわるです」
長い白銀の髪を、指でくるくると弄んでいるリンファの姿があった。心なしか、頬を赤く染めているように見える。
「黙ってこの大会に参加した罰です。ほら、おいで」
ノアがちょちょいと、小さく手招きする。その仕草が、どうにも猫のように見えて、少しだけキュンとした。そして、リンファもまた、恥ずかしそうにしながらも、口元を緩ませながらこちらにくる様は、まるで犬のようである。ふむ、これはこれでキュンとする。となると、俺はさしずめ萌え豚といったところか。うるせぇよ。
「リンファは、コータのことが気に入ったみたいです」
「ノア様っ!?」
なんということでしょう。ノアが初手から核弾頭級の言葉で、部屋の雰囲気を大変気まずいものへと変えてくれました。これなんて劇的ビフォー○フター? このシスターもしかしてわざとやってる? つまりは腹黒シスター……。なるほど、俺Mだからアリだわ(突然の暴露)
なんて冗談はさておき。俺は、リンファの顔がみるみる赤くなるのを横目で見ながら、フォローを入れた。
「ま、まぁ大会で優勝したら、エファリスに行くって約束したしな。仲良くはしとこう、みたいなノリだよな、リンファ?」
「あ、えっと……あぁ、そ、そうだ。コータには、今後お世話になる機会が、きっと多くある。だから、交流を深めようという意味で」
「さっき「あんな頼りになる男性を見たのは初めて」と言ってませんでしたか?」
「ノア様、頼むからもう黙ってて下さい……」
うつむいたまま顔を上げられずにいるリンファを見て、ノアは楽しそうに笑った。この子、もしかしてゼノンの素質があるのでは……。それとも、普段からこの二人はこういうやり取りをしているのだろうか。まぁどちらにせよ萌え豚な俺は大変満足してるんですけどね。
……そう、こういうのが、本来のあるべき姿なんだ。
「リンファ。俺、この大会に優勝して必ずエファリスに行くよ。そんで、護衛と情報収集を徹底して、この世界を救う糸口を見つけてみせる」
楽しく会話することも許されなかった世界が、この世界だ。その被害は大きく、人が消えた街、『ファスター』を始め、きっとあらゆる場所で、転生者による悲劇は繰り広げられていたはずだ。それが今、ゼノンが現れたことによって、凶運世界は好転し始めている。この機会を逃すわけにはいかない。平和だなんて錯覚は、今、この救護室だけに留めておかなくては。
「コータ……ありがとう。決勝戦、頑張ってくれ」
「ま、優勝なんかしなくてもエファリスには行くけどな。ただまぁそうなると移動費用にちょっとお金かかるからできれば優勝したいのと家賃も払いたいのと」
「あ、あぁ……。なんかすまない」
「いや同情はいらないから! 俺が好きでやってることだから!」
エファリス遠いからなぁ……。俺は、大会の目的がもうすっかり変わってしまったことに苦笑いしながら、いつの間にか全快していた体を起こした。
「よっと。ふぅ、だいぶ楽になったわ。ありがとな、ノア」
「どういたしまして」
「気を付けてな、コータ」
「おう、行ってくる」
ニッコリと微笑むノアの表情は、まるで女神のようで、先程までの小悪魔っぷりを微塵も感じさせない。その温度差が、とてもゾクッとする。対して、リンファは相変わらずしおらしいままだ。猛犬がチワワになるとこんな感じなのか……。良き。
俺はそんなノアとリンファの魅力をたっぷりと堪能すると、部屋を出た。
扉を閉めた後、部屋の中から楽しげに会話する声が聞こえた。リンファも、ある意味重荷が外れたことで、自分を開放出来るようになったのだろう。
二人の関係性はまだ知らないが、少なくとも今、こうして笑顔でいてくれるなら、それでいい。
「さてと……もうひと頑張りしますか」
その場で大きく伸びをし、決勝戦への気合を入れていく。最後の相手はイスケだ。瞬間移動というチート技をどう攻略するか……。俺には《神鏡の加護》ないしなぁ。どうしようかな……。
と、考えていたその時。
「やぁ、コータ」
俺が立つ通路の背後から、聞き慣れた声がした。
「ん? あれ、お前……なんでこんなところに?」
俺は振り向くと、相変わらず掴み所のない、ミステリアスな男――――――内海 零に質問した。
「ちょっと暇だったから、ぶらついていたら迷っちゃってね。でも、もう戻る道は分かったから大丈夫」
「そうか」
「さっきの試合、見ていたよ。すごい機転だったね。僕はもちろん、知り合いも絶賛していたよ」
「知り合い?」
「ああ、友人と来ていてね。今日、この大会を心待ちにしていたのは、僕よりもむしろ友人の方だったのさ」
「へぇ……」
レイの交遊関係については分からない。だが、どうしてだろう。
その『友達』について話す彼の言葉には、なんの感情も感じられなかった。
まぁ、レイはもともとクールなやつだしな。淡々とした所が多いから、そんな風にも聞こえるのだろう。
そんな風に、自分なりに納得していると、レイが唐突に意味深な台詞を吐いた。
「『強さ』ってのはいいものだね」
「え?」
「松田さんを見ていて、君も思わなかったか? 大抵の転生者を凌駕するであろう、あの圧倒的な能力……。あれだけ強ければ、この世界で生きるのも難しくないだろう」
「……まぁ、そうだろうな」
急にどうしたんだ……? 確かに松田さんの強さは、シンプルにチートである。対して、レイは転生者であるはずなのに、なぜか能力がない。もしかして、さっきの試合……いや、この大会を見てきて、チート能力に魅了され始めているのだろうか。
と、考えていると。
「だけど」
レイは、そこで少しだけ声を低く落として。
「『強い』って、案外つまらないことなのかもね」
そう言って、ひどく冷たい笑みを浮かべた。
ひんやりとした空気が漂う、仄暗い通路に、彼と二人きりの空間。そこに、刺さるような静寂が訪れた。言葉にできない、だけどなんだか『胸騒ぎ』に近い、得たいの知れない感覚が俺を襲う。
「……じゃあ、俺はもう行くから」
その空間、そして自身を駆け巡る嫌な感覚に耐えきれなくなった俺は、足早にレイの横を通り過ぎようとした。
――――その、レイの横をまさに過ぎる直前に。
「無事に、大会が終わるといいね」
彼は、通路の空気よりもずっと冷たい声で、そっと囁いた。




