瀬戸際の秘策
なんとか他の方法を考えていたその時、ルルカが観客席から、何か叫んでいるのが聞こえた。
「コータぁ! 頑張れ~! 家賃のためにも勝って~!」
ちょっと待て、あいつでかい声で何言ってくれちゃってんの? なんか周囲から「家賃……?」とか「あぁ、かわいそうに……」とか聞こえ始めてるんだけど? ただでさえ負けそうになってるのにさらに惨めな感じにするのやめて?
こういう時は普通、主人公を再起させるような熱い言葉を投げ掛けるべきだろ……。つーか、そもそもルルカが余計なことせずに勝ち上がってたら、松田さんの攻撃も《神鏡の加護》で反射して簡単に勝っていたのに……いたのに…………。
ん?
待てよ?
―――――もしかしたら、まだいけるかもしれない。
「ルルカちゃん、元気だね。君たちの家賃のためって理由も分からなくはないが、僕だって負けられないんだ」
松田さんが少しだけ悲しそうな顔をしながら、こちらに迫ってくる。あの表情の意味が、俺に対する同情なのか、松田さん自身の事情によるものなのかは分からない。だが、今は。
「いや、俺だって……負けられ……ないん……すよ……」
なんとか強気な言葉を吐いて、自分を奮い起たせる。そうだ、まだ策はある。確かに絶体絶命だが、諦めるな。気合いを入れろ。集中を研ぎ澄ませろ。そして、あの魔法を唱えるんだ。
徐々に迫る『脅威』に、自身の敗北が脳裏をちらつく。観客も、松田さんの強さに乗っかり、過激な言葉で場を昂らせる。絶望感だけが漂い、つい雰囲気にのまれそうになる。
もしかしたら失敗に終わるかもしれない。
だがもう、後がない。
「ごめんね、コータ君」
松田さんが目の前まで来た。左手のハンドアックスが振りかぶられる。ルルカの叫ぶ声が、微かに聞こえるも、最高潮に盛り上がる闘技場に響くは、松田さんへの激励。そんな、ゲームオーバーひとつ手前の状況で、俺は最後の力を振り絞って叫んだ。
「マキシマム!」
俺の声に、松田さんの手がピタっと止まった。彼は一瞬、驚いた様子だったが、すぐに首を横に振ると、言葉を発した。
「……おいおい、今さら攻撃力を最大にしてどうす…………っ!?」
松田さんの言葉が、途中で不自然に止まる。周りも状況を察し、疑問の声が飛び交った。
松田さんの体は、オレンジ色の光に包まれていた。そう、魔法をかけた対象は、他でもない、松田さんに対してだった。
「い、一体どういうつもりなんだ……?」
「《マキシマム》は……『攻撃力を最大にする』魔法……。じゃあ……」
俺はそこで、今もきっとこの状況をバカ笑いしながら見てるであろう、どこかのデタラメ悪魔の笑い方を思い出しながら、自身もその表情を浮かべつつ、言った。
「上限がない相手に使ったら、どうなるんですかね」
「……なにっ……………!?」
俺と松田さんのやり取りを理解していない観客が、早くトドメをさすよう、ヤジを飛ばしてくる。あと一振りで、この勝負は決まる。しかし、松田さんはハンドアックスを振り下ろさない。いや、振り下ろせない。周囲もまさか、瀕死の俺がかけた魔法のせいでこの奇妙な状況が発生していることなど、思いもしないだろう。
《マキシマム》は一定時間、攻撃力を最大にする魔法。だが、松田さんには上限がない。
上限がない者の最大値……。すなわち、『∞』である。カンストという概念が存在しない以上、その数値は文字通り、無限に伸び続けることとなる。
さらには支援魔法のため、攻撃魔法ではない以上、松田さんの魔法耐性も貫通する。これは、松田さんが強すぎることを逆手に取った、弱者の最後の悪あがきだった。
「……上限がない相手に使っても、効果はない」
ハンドアックスを握る松田さんの手に力が入るのが見えた。俺は、少しずつ痛みが引き始めた腕を擦りながら、落ち着いたトーンで言った。
「じゃあ、その手を振り下ろせばいい。攻撃力は『∞』になってるかもしれないし、松田さんの言う通り、不発に終わっているかもしれない。でも……もし『∞』だったとしたら……俺が確実に死ぬのはもちろん、闘技場も観客も、タダでは済まないでしょうね」
「……ぐっ……!」
俺は、直前でルルカがデリカシーのない応援をしてくれたことと、さっきの試合で暴走してくれたことを心の底から感謝した。あの試合がなければ、この策は思い付かなかっただろう。そのヒントを与えてくれた本人は、ケティの頭をモシャモシャしながら何か喚いているが。
「《マキシマム》が解けるまで待ちますか? 少なくともそれまでには、エクスカリバーを手元に戻して、一太刀浴びせることぐらいはできますけど」
実際、俺の体力は回復しつつある。ハッタリでもなんでもなく、このまま時間が経過すれば、硬直状態にある松田さんを斬ることなど、たやすいことだった。
「……僕はっ!」
「おっと、動かない方がいいですよ。武器がわずかに振れただけでも、危ないかもしれない。あなたに残された選択肢は二つ。『この場で負けを認め、俺に魔法を解除してもらう』か、『回復した俺にそのまま斬られるのを待つか』のどちらかです」
俺たちの不自然な状況に、徐々に理解を示す者が現れ始めたのか、闘技場からは、俺に対する声援が聞こえ始めた。実況は相変わらず『どうなる!?』しか言ってないあたり、まだ分かっていないらしい。
「……さぁ、どうしますか?」
「……っ」
松田さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、目を閉じた。
そして――――
「……僕には、この手を振り下ろすことはできない」
松田さんは、苦笑いをしながら、寂しそうな声色でそう告げると。
「僕の負けだ。認めるよ」
周囲に分かるように、しっかりとした声量で言い放った。
『……あ、あれ? 松田選手、突然の敗北宣言です! え、えっとつまり、これはコータ選手の勝利……?』
実況が恐る恐る、勝敗の行方を確認する。だが、そんな実況とは裏腹に、観客たちは一斉に、俺と松田さんへの称賛の言葉を投げ掛けていた。その熱気、勢いに、実況も慌てて、
『あ、はい、コータ選手の勝利ですっ! 皆さん盛大な拍手を!』
と、宣言した。
「……いてて、なんとかなったか」
未だにダメージが残る体を、なんとか起こし、立ち上がろうとすると、救護係のノアが駆けつけてくれた。華奢な体で、なんとか俺を支えようと……ってあれ、この子以外と力あるな。
「大丈夫ですか、コータ」
「あ、あぁ……なんとかな」
力があるのも驚きだが、それより不可抗力とはいえ女の子と密着する形になってしまうのは陰キャ男子としてはなかなか焦るというか困るというかいや悪い気はしないけれどもってそれどころじゃねぇ。
俺は、松田さんにかかっていた魔法を解除した。
「もう大丈夫ですよ、松田さん」
「そ、そうかい?」
いつの間にか、頼りなさそうなおじさんの雰囲気に戻っていた松田さんは、拍子抜けしたような声で、武器を下ろした。
「たはは、負けちゃったね。とはいえ、敗北宣言したのは僕なんだけどさ。まさか、《マキシマム》をあんな形で使われるとは……」
「《マキシマム》なんて、最初から使ってませんよ」
「……へ?」
ただでさえ頼りない雰囲気の松田さんが、さらに素っ頓狂な声をあげる。俺はその様子に、つい苦笑しつつも、さっきの一連の流れの種明かしをした。
「使った魔法は《クイック》です。その証拠に、松田さんを囲んだ光は『オレンジ色』だったでしょ?」
「え、えぇ~……じゃあ僕はまんまと騙されたわけか」
顔をしかめながら、松田さんが首を擦り始めた。こうして見ると、やっぱり一つ一つの行動がおじさんくさい。
「まぁ、さすがの俺も観客を巻き込みたくはないんでね。もしかしたら普通に攻撃してくるかもしれない相手に、そんなリスクは取れませんよ」
そこで、俺は一旦言葉を切ると、真剣な眼差しで、松田さんに問いかけた。
「……松田さんは、なぜ勝たなくちゃいけないんですか?」
唐突に投げ掛けられた質問に、松田さんは首を擦る手を止めた。その後、少しだけ険しい顔をしたようにも見えたが、すぐに、
「……大した理由じゃないよ。ただお金が欲しかっただけさ」
と、再びあの頼りない笑い声をあげた。その後、どこか暗い影をちらつかせながら、彼は一言「じゃあね」とだけ言うと、そのまま立ち去っていった。
俺は、最後に武器を振り上げた時の、松田さんの悲しそうな顔が、まだ頭から離れないでいた。そして、会場を巻き込むまいと、苦悩する顔も。あの人はきっと、すごく優しい人なのだろう。そんな彼が、こんな転生者だらけの大会にエントリーしてまで、手に入れたかったものとは……。
「……おっと」
いかん、少し視界がクラッとした。今は決勝戦に向けて休むべきだ。俺は、放置しっぱなしだったエクスカリバーを呼び戻すと、ノアの肩を借りて、その場を後にした。




