約束
「……え…………?」
リンファの魔法が一瞬だけ止んだ。俺はその隙に、直ぐ様エクスカリバーを地面から引き抜いた。リンファは慌てて魔法を発動しようと集中するものの、俺の方が一足速かった。
「剣波!」
俺は剣波をリンファとは逆の方向へ放った。どうせリンファに飛ばしても、この距離では簡単に避けられてしまうだろう。なんせ相手は戦闘の達人だ。勝つためには、意表を突くしかない。
『なんとっ!? コータ選手、剣から衝撃波らしきものを出した反動で、勢いよく滑り始めたぁー!!』
「なっ……!」
リンファは狼狽えながらも、ウィンドショットを放ってくる。が、こちらもそれを落ち着いて捌いていく。分散した風では、今の俺の勢いは止められない。
張られた氷の末端にたどり着き、なんとか足場の悪い領域から脱出した。俺は間髪入れず、立ち上がると、リンファの元へと走った。
「いくぞ、リンファ!」
「……くっ!」
俺がリンファに一気に近付き、薙ぎ払いの動作をする。……が、俺の動きを一早く理解したリンファは、俺の剣が届かない距離までバックステップした。アナウンス、観客、他の転生者……。その場にいた誰もが、俺の剣撃が空振りに終わることを予想しただろう。
だが、俺はさらにそこから、薙ぎ払いの動作で、エクスカリバーをリンファの方へと放り投げた。
「くらえっ!」
エクスカリバーが勢いよく回転しながら、リンファに迫る。観客が驚愕の声を上げ、アナウンスが今起きた急展開に無言になる中、俺は自分が放った剣の軌道だけを見ていた。そして、この賭けに近いやり方に対し、リンファは。
間一髪、エクスカリバーをしゃがんで避けた。おそらく、今のは攻撃をあらかじめ予想していたわけではなく、反射神経だけで避けたのだろう。予想できなくとも、視認してから避けられる。それは、まさに幾千もの戦いを乗り越えてきたからこそ、なせる芸当だった。
「悪くない手だったよ、コータ」
リンファが間も置かずに、俺の方へと向かってくる。
「だが、それでは世界は守れない」
リンファは少し残念そうに、そう呟くと、手ぶら状態の俺へ剣を振りかざした。
そう。
リンファなら、きっと。
「避けてくれると信じてたぜ」
俺は手元にエクスカリバーを召喚した。
「!?」
リンファが今までにないくらいの、驚きの表情を浮かべた。放り投げたはずの剣が一瞬で手元に戻る……。そればかりは、さすがのリンファも予想しきれなかったのだろう。一瞬だけ、剣撃に迷いが生じたようだった。が、すぐに防御体制へ移ろうとし始めた。
すごいな、リンファは。こんな状況でも、瞬間的に判断して、次の体制に移ろうとするなんて。
だけど。
俺だって、一年間戦い続けてきたんだよ。
「俺の勝ちだ」
攻撃から防御へ急遽変えようとした時に生まれる、一番手元が緩くなるその一瞬を、俺は見逃さなかった。そして……。
剣と剣がぶつかる甲高い音が闘技場に鳴り響いた。観客、アナウンスの息を飲む音が微かに聞こえる。静寂に限りなく近い空間で、次に鳴った音は……。
リンファの剣が、地面に刺さる音だった。
剣を弾き飛ばされた勢いで、リンファはペタン、と尻餅をついた。今まで鬼のような形相で戦っていた表情は、呆然としたものへと移り変わり、武器もなしに、その場で女の子座りしているリンファの姿は、ごく普通の女の子に見えた。
「…………っ……」
どうしたらいいか分からない、といった様子で、小さく言葉を漏らす目の前の聖騎士に、俺は言った。
「お前は十分戦ったよ。だからもう、剣を持つ必要なんてない。後は俺たち転生者に任せろ」
俺の言葉に、上目遣いで、いまだキョトンとした顔のままだったリンファは……。
「……うん」
小さく、頷いた。それは、先ほどまでの思い詰めた顔とは違い、どこか憑き物が落ちたような表情だった。
『え、えーと……? コータ選手の勝ち、ということでいいんでしょうか?』
今までずっと無言だった実況が、恐る恐る確認を取る。そういや倒してもないし場外にも出してねえな……と、思っていると、リンファが勢いよく立ち上がった。そして……。
俺の手をぎゅっと握り、天に上げた。
「私の完敗だ。勝者はコータ! 皆、どうか勝者であるコータに盛大な拍手を!」
リンファ直々に、勝敗の宣言をしてくれた。観客の何人かがパチパチと鳴らし始め、それは徐々に全体へと広がっていく。しばらくして、実況が慌てて俺の名前を叫ぶも、それはすでに一体となった、大勢の観客の拍手の中へと埋もれていった。
「へへっ……なんか、ありがとっす……ふひ」
こんな大勢の人から称賛を浴びたことはない。慣れない事態に、惜しげもなく陰キャ感全開で反応していると、横でリンファが俺に言った。
「……信じて、いいんだよな?」
こちらを横目で見ながら、俺の手を強く握る。まだ手を握られているせいか、距離が近い。見れば見るほど「綺麗」な顔立ちだ。それに、騎士らしく、どこか勇ましさも感じ取れる。だが、少なくとも、さっきまでの雰囲気は……。
「「うん」って言ってたじゃないか。聖騎士に二言はないだろ? 大丈夫、絶対に救ってみせるさ」
……堅苦しい言葉遣いを忘れちゃうくらいには「可愛い」が勝ってたよ。
「なっ!? あ、あれはいきなりだったから、ちょっとくだけた感じになってしまっただけで……!!」
顔を真っ赤にして弁解する聖騎士ちゃん可愛い。……が、いつの間にかリンファから離れていた俺の手を見てみると、僅かに鬱血していた。聖騎士ちゃん怖い。
俺は適当にリンファに謝ると、未だ拍手が鳴り止まぬ闘技場を後にした。退出する間際、より大きな拍手がなされるのを背中に感じ、少しだけ高揚している自分がいた。
これでひとまずは、一回戦突破だな!




