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少年マックスの編集部へ美登里は神山に案内され、会議室でコーヒーを振舞われた。熱いコーヒーを啜って、ようやく美登里は人心地をついた。
「先生、もしかして、あの連中と本気で喧嘩するつもりだったんじゃないですか?」
「さあ、どうかしら、判らない」
神山の太い眉が八の字になった。
「先生、危ないことは本当にやめて下さいよ。これから連載が始まるんですから、大事な時期なんです」
神山の言葉に一つ頷いた美登里は、それまで手にしていたカップを置くと、きりっとした目つきで睨んだ。
「それにしても、ガンガガンの作者が、女子高生だったなんて驚いたわね」
「まったくです」
神山は同意して、苦笑した。
「入稿は全部、情報端末を使って電子データとして送信されますし、打ち合わせはメールだけなので、一度も顔を合せなかったから、まさか作者が女子高生とは……」
美登里は真兼朱美に、マンガの執筆方法について質問した時の遣り取りを思い出した。
朱美は、「すべて自分でプログラムしたマンガ制作ソフトで描いている」と答えた。マンガのキャラクターも、背景も全部3Dデータで起こしているので、自分で描く必要はないのだそうだ。
だからアシスタントも必要なく、シナリオを起こして必要な場面はソフト側で勝手に構成されるから、「一時間もあれば一週間分の原稿は作成できる」、と誇らしげに朱美は語った。もっともそのマンガ制作ソフトを使いこなせるのは、朱美だけだそうで、他のマンガ家が利用することは出来ないらしい。
自分は一回分の原稿を描くときには、三日間徹夜で髪を振り乱し、朦朧とした意識状態で、数人のアシスタントを使ってようやっと、一回分の原稿を上げていることを思うと、正直羨ましいような、悔しいような複雑な感情が湧き上がってくる。
「でも、あそこで神山さんがツッパリたちに宣言したから、どうやらリームのサイドストーリー、あたしが描かないといけなくなったみたいね」
美登里の言葉に、神山はありありと気色を浮かべた。
「やって頂けますか!」
美登里は頷いた。
「しょうがないじゃない。作者にも会わせてもらえたし……。あの朱美って女の子、あたしがリームを主人公にしたマンガを描くことに、なんの異議もなさそうだったわね」
明らかにホッとした様子の神山は、ちょっと躊躇いを見せて美登里に質問した。
「ところで今日は、加藤さんの姿が見えませんが?」
神山はアイリスを「加藤さん」と苗字で呼ぶ。間違いではないが、アイリスを苗字で呼ぶと元々の日系アメリカ人という出自が、単なる日本人のように聞こえて、美登里はそこがおかしかった。
「ああ、アイリスはまだ真兼町にいるのよ。どうやら作者の真兼朱美とか、双子の新山姉妹と気が合うみたいで」
神山は上目遣いになった。
「大丈夫ですか?」
この場合の「大丈夫ですか?」には二つの意味がある。一つは美登里とアイリスの間に感情的なしこりとか、トラブルがあったのか? という質問で、もう一つは美登里のマンガの外国向けの翻訳をアイリスが一手に引き受けている今、離れていてスムーズに意思疎通が出来るか、という疑問だ。
美登里は神山を安心させる意味で、微笑を浮かべて「大丈夫!」と力強く答えた。
実際、美登里は何の不安も感じていない。
どういうわけか、明日辺流可男という男子高校生の存在を知った今、以前よりはるかにアイリスとは信頼感情が強くなっていることを感じていた。
あの時、佐々木藍里という女性から「あなた方は明日辺流可男の〝妹〟です」と宣言され、その宣告が実に心の底まで達したことを自覚したのだった。
そうだ!
自分は明日辺流可男という〝お兄様〟の〝妹〟なのだ!
流可男を中心として、美登里たち〝妹〟たちは繋がっている……という、圧倒的な確信があった。
その時、美登里の端末がメールの着信を伝えてきた。
神山に一言断り、美登里は着信の相手を確認した。
桃華だった。
メールを確認すると「〝お兄様〟救出作戦につき相談」と、短い文面が目に飛び込んできた。
美登里の心臓がでんぐり返り、全身の血液が逆流した。
〝お兄様〟救出作戦!
美登里は総ての精神力を総動員して、神山を睨み据えた。神山は美登里の凝視に、一瞬で全身を強張らせた。美登里は自分の両目から、恐ろしいほどのパワーが神山に注がれ、その意思を縛り付けているのを感じた。
「御免、神山さん。リームの話は無しにして」
神山は驚愕のあまり、両目をひん剥き、パクパクと言葉なく、口を開閉させた。美登里は神山を睨んだまま、勢いよく立ち上がった。
「マンガの連載より大切な用事が出来たの」
言い捨てると、美登里は一切振り向くことなく、大股で編集部から立ち去った。
頭の中に、たった一つの言葉がガンガン木霊していた。
〝お兄様〟救出作戦!




